ピリオド

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 再会早々にして矢張りこいつとは相性が悪いと互いに察した。歩み寄ろうとしたところで、どうしようもないほどに、生理的に反りが合わない。油と水。犬と猫。あるいは犬と猿。この際どちらが猿なのかは関係がない。なんせ、交わることのない関係であるのだ。だというのに、抱える悩みは共通している。その上で、どうしてだか悩みの解決に互いが欠かせないのだから二人はうんざりとした気持ちになる。どうしてお前なんだとは口にはしないものの互いの共通認識であった。

 営業先への資料を作りながら、サンダルフォンは愛飲している缶コーヒーを手に取る。自分で淹れるのも、喫茶店でこだわりの珈琲を味わうのも昔から変わらないサンダルフォンの趣味の一つであるのだが、現代では時間が惜しく缶コーヒーに手を伸ばすようになった。当初こそ躊躇いはあったものの、今となっては企業努力に称讃贈らずにはいられない。眠気覚ましとばかりに飲む中で、ふいに「もしかしてこれがダメなんじゃないか……?」なんてことが過ってしまう。しかし今のサンダルフォンが求めているのは眠気覚ましと集中力である。サンダルフォンは過った考えに気づかないふりをして飲み干した。
 多少、頭がすっきりとした気持ちで電話対応をしつつ資料を作り終える、気付けば定時である。サンダルフォンが席を立つと見計らったように同僚が話しかける。

「なあ、これから呑みに行かないか?」
「悪い。約束があるんだ」
「彼女いたっけ?」
「まさか!!」

 同僚の勘繰ったような、面白がるような声にサンダルフォンはげえと言わんばかりに否定をする。あいつが彼女、恋人だなんておぞましいにも程がある! とは何も知らない同僚の言ったところで無意味であることをサンダルフォンは理解をしているから口にはしない。
「また今度誘ってくれ」と言ってサンダルフォンはそそくさと会社を後にした。
 待ち合わせ場所として指定されたのはいつものホテルだった。そもそも、そのホテルに泊まるので現地集合という意味合いが近い。駅近くにあるホテルは殆ど毎週末のように利用している。ホテルのフロントにも顔を覚えられたような気がしてならない。
 到着をしたのはサンダルフォンが先だった。ほんの少し待っていれば特に急いだ様子もないルシファーが現れる。待たせたか、なんて言葉もかけられずむっつりとした顔で行くぞ、と言われサンダルフォンは言い返す気力もなくその後を追う。
 一週間ぶりにあったルシファーの顔色は青白く、みるからに不健康と言わんばかりであった。気安く世間話をするような関係ではないから口にはしない。したところで、百倍になって言葉が返って来るであろうことは火を見るよりも明らかだった。サンダルフォンはフロントから鍵を受け取ったルシファーの後を追いかける。
 エレベータに乗り込み、部屋につく。それまでひたすらに無言だ。

「先に風呂に入る」
「わかった」

 やっとの会話もこれだけで終わりだ。ルシファーが風呂に入り出てくると入れ替わりで、サンダルフォンが入る。そして出てくると後は眠るだけだ。もっとも、眠ることが目的である。
 ルシファーもサンダルフォンも、ひどい不眠症だ。熟睡した記憶なんてここ数年皆無である。ハーブや睡眠導入剤は粗方手を出し、処方された睡眠薬でやっと一時的に眠れるようになったものの、根本的解決にはなっていない。そんな中で、偶然ながらもルシファーとサンダルフォンは添寝という睡眠不足故の思考能力が鈍ったとしか思えない手段をもって、心身を苛む睡眠不足の解消を図ることになったのだ。添寝程度で解決できるかと馬鹿にしたルシファーであったしサンダルフォンも有り得ないと思っていた。なんせ二人共にして睡眠不足でありながらなのか、だからなのか神経が高ぶっていたのだ。風が窓を叩く音で目を覚まし機械の小さな振動で意識が覚醒する。そんな自分が他人の熱や呼吸に触れて眠れるはずがない。タカを括っていたというのに、その日二人は睡眠を貪った。これまでの睡眠不足が嘘のように、睡眠障害なんてありませんでしたと言わんばかりに眠りこけて、チェックアウトを告げる電話に飛び起きたのだ。以来、毎週末は身を寄せ合って眠っている。
 成人済み男性二人が利用することは想定していないだろう寝台で身を寄せ合いながら、目を閉じる。そして気づけば朝であるのだから、サンダルフォンはほんの少しだけ恐ろしくなる。日頃はどろりとした不快な重量感で眼がさめるのに、添寝としたその日のその眼ざめは爽快なもので、体もなんだか軽いくらいだった。
 サンダルフォンが目を覚ました頃、すぐ隣で眠っていたルシファーも目を覚ます。寝起きのぼんやりとした表情を見ると、一瞬だけ、勘違いしそうになる。そうだったらどれだけ嬉しいか、とは誰にも言えない言葉だ。浮かべた相手は困りながらもサンダルフォンを否定はしないだろうけれど、そもそもサンダルフォンが困らせたくはない。
 徐々に意識を戻した表情は剣呑とした冷たい印象が生れた。ただ、その顔色は、前日の青白さから回復している。互いに満足の睡眠を貪ったところで、目が覚めて早々に動き出す。お互いに無駄話をするような仲ではない。用済みであるのだ。さっさとホテルを出て次にいつ会うのかなんて約束もせずに別れる。大体は週末前にルシファーからホテルを取ったと連絡があり、サンダルフォンがわかったと、返信をする。これがサンダルフォンとルシファーのたまにある過ごし方である。
 同じ寝台で眠る。それだけの関係だ。互いに恋愛感情なんてものはなく、肉欲なんてもっての外。あるのはただ「眠りたい」という肉体維持のための欲求である。ルシファーとサンダルフォンとて、本意ではない。添寝──誰かの熱が落ち着く要因であるならば、誰でも良いのではないかと思い添寝サービスの店を利用したことがある。今でもルシファーとサンダルフォンが連絡を取り合い添寝を続けているのが、利用した答えであるために語ることはない。

「顔色が良いな」というルシフェルの言葉にはどうにもちくちくとした嫉妬が見え隠れしている。
 週明けに職場に着くなり言われたルシファーはうんざりとした気持ちを覚えてしまう。隠すつもりはなかったものの、言うつもりもなかったルシファーとサンダルフォンの添い寝という行為はどうしてだかルシフェルの耳に入っていた。お前が言ったのかとサンダルフォンを問い詰めたが、アンタが言ったんじゃないのかとサンダルフォンに言われてしまい、二人はじゃあどこからと疑問と若干の恐怖を覚えてしまった。

「私だって今のサンダルフォンの寝顔なんて見れていないのに」
「アイツの寝顔に羨む価値なんてあるか?」

 思わず反論してしまえばルシフェルからじとりと睨みつけられる。
 きみは分かってない、なんてぷつぷつと文句を言うルシフェルにルシファーは面倒臭い気持ちになる。こちらは睡眠不足で苦しんでいるのに、あいつだって同じだぞ。とそれを言いかけたところで面倒くささが勝る。
 ルシフェルがサンダルフォンのことを今でも気に掛けている、程度では生温い程の執着を向けている。ルシファーですら重いな、と感じる執着を向けられている張本人はといえばけろりとしているし何とも思っていない、寧ろ気付いていない様子である。ルシフェル様は相変わらず優しいですよねなんて宣う。その優しさは生憎とルシファーに向けられたことはないし、そもそもサンダルフォン以外に向けられない。流石のルシファーもルシフェルに同情すれば良いのかサンダルフォンに感心すれば良いのか悩むところであった。

「代われるものなら代わってほしいくらいだがな」
「──……ずるい」
「何がだ」
「きみだけ、ずるい。サンダルフォンはどうして君を頼るんだ」
「そんなのアイツに言え」
「こんなこと言えるわけがないだろう。みっともない」

 何を言っているんだとばかりにルシフェルが言うものだから、ルシファーも何を言っているんだお前はと言わんばかりの顔で見つめ合った。

2024.01.22
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