ピリオド

  • since 12/06/19
 乱雑に切り揃えた髪は碌に手入れもされていない。だというのに、さらりとした様子で風になびく。アルジュナはその姿を見るたびに、時折露わになる首筋をみつめてしまうのだ。
 真っ白い、だなんてものを通り越して、果たして死人のような血の気の失せた項。アルジュナは魅入られる。ああ、その首がほしい。いっそもう一度と何度思ったことかわからない。神弓を手にし、前線に立つその首に何度となく矢をかまえた。それでも、踏み止められたのは、一重に仕えるマスターの命によるものだ。
 今生の聖杯戦争は趣向が異なる。サーヴァント同士の闘いはありえない。なんせマスターを同じく、ただ一人としているのだ。そのマスターは失われた過去と未来の為にたった一人で闘っている。
 アルジュナは英雄である。その偉大さを自負している。だからといってマスターを疎かにする所以はない。そのマスターがその身にあまるような願いを抱いたとしてもアルジュナには関係の無いことだ。ただマスターを仰ぎその命に従うだけだ。
 本来ならばカルナの存在を許すことはできない。カルナが何をしたかどうかだなんて関係なくただ理不尽に本能がそう告げる。しかし、マスターが命じるならば仕方がない。サーヴァントとして召喚されたからには、振る舞うだけ。
 前線に立つカルナは槍を薙ぎ、突き刺し、敵を屠る。敵の攻撃をその身に受けてもちらりとも怯まずに向かう姿は、アルジュナの見知ったものだ。矢を受け、剣に刻まれ、槍に刺されても猶、不屈に闘う姿にアルジュナは奴の今際を思い出す。己が放った矢でとんだその──
「よそ見とは余裕だな」
 その言葉が嫌味によるものなのか、真摯に思ったことを口にしただけなのかはアルジュナには分からないし、理解したくもない。癪だが、その言葉はどのような意味を持っていたとしても真実を表しただけだった。ただ思うが儘に口にするその姿はアルジュナには愚かに映る。
 欺瞞を見透かす男に何を言ったところで無意味。
 カルナはただ思ったことを口にしただけなのか、アルジュナの言葉も聞かずにマスターに呼ばれると、アルジュナを気にする素振りもなく背を見せる。アルジュナは胸に燻った苛立ちに、息を吐き出す。マスターの傍にいるカルナは平穏そうな顔をしている。平穏を受け容れつつある顔は、あの男には到底似合わない顔だとアルジュナは唾棄する。
(気味が悪い)
 視界の暴力だ。アルジュナはその場から離れる。どうせ戦闘は終了しているのだから何の問題もない。
 薄暗い森はどの時空にあるのか分からない。生物の気配もなくただ戦闘だけが展開される空間だ。鬱蒼と生い茂る木々にアルジュナは背を預ける。欲求を抑え込むのは存外精神力を使うようで、知らず疲れが溜まる。それは今まで感じたことのない怠さだった。
 この原因を取り除けばマスターは嘆くだろう。歯痒いものだ。それを感じているのはどうやらアルジュナだけというのがまた癇に障る。
 何を思ったのかあの男は現状を享受している。僅かながらの葛藤が見え隠れするが、それを押し殺し、受け容れている。いっそその醜い感情を露わにすれば、アルジュナが苦悩することはない。そうなればただ力の限りに奴の首を弓で刈り取るまでのことなのだ。
「全く、ままならない」
 かつて、これほどまでに思い通りにならなかった事は無かった。アルジュナには何時だって輝かしい未来と祝福があったのだ。さりとて、幸福であったかは疑問を抱くものがあったとしても。
 幾分か落ち着きを取り戻したアルジュナは途絶えたマスターの気配を追い、帰還する。
 カルデアは騒がしい。あちらこちらに本来であれば殺し合いをするはずの英雄がいるのだ。心安らぐというのがおかしな話だ。最も、この地が唯一平穏であるということについては理解が出来ている。
(穢れを祓わなければ)
 使用する人間のいなくなったカルデアのあらゆる場所は、生き残った人々によって改造された。もっぱら医者とマスターがいじくりまわしたようで、今や当初の厳かさからかけ離れているらしい。あらゆる文化がまぜこぜになった異空間のようだ。
 そしてアルジュナもその一因となっているのだが、本人は自覚をしていない。
 カルデアの内部には森林空間があった。人工的でありながら、自然のものをそのまま持ち込んだような幾年にも積み重ねられて溜められた魔力がしっとりと満たされている。
 アルジュナは勝手知った森を進み目的の川を前にして停止する。それは川に半身を浸す向こうも同様だった。ぎょっとしたように目を見開く姿は滑稽だ。しかし、一瞬ばかりのことで再び洗い清めることに戻っていた。
 アルジュナは此処で戻るのは何だか奴に気を使っているようで不快に思えた。それをいないものとして、衣服を脱ぐ。川に足を浸すと、はっとする冷たさがある。背を向けて自身の身体を清める。果たしてこの醜い感情のままに沐浴をしたところで意味はあるのだろうかと一瞬ばかり考えた。
 ほうっと、つかれた息にそういえば奴もいたのだと思い出す。横目で確認すればカルナは太陽<父>を仰ぎ、祈りを捧げていた。裸身から滴る水は太陽の光を帯びてきらめいていた。
 その姿に、アルジュナは芽生えた感情に、ふたをする。アルジュナはただ無心に体を清めた。

title:ユリ柩
2016/01/26
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -