ピリオド

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 たどたどしい口調で注意を繰り返す姿は、確かあれが気に掛けていた青年だったかと思い出す。青年、といってもどこか幼く感じるのは口調だったり、行動がその外見と不一致である所為のようだった。
 今では秘書のような役割をしつつも、矢張り好き勝手にしている明彦に紹介されたのは彼が手掛ける事業の一つだった。
 曰く、健全なリラクゼーションサービスであるらしい。話しを聞いた大黒は鼻で笑った。そのサービスはどうやら軌道に乗っているらしく明彦に招待されたのだ。

「まあホテル代わりってことで使ってみてよ」

 ちっとも、期待をしていない誘い文句は大黒の性質をよく理解している明彦ならではだった。確かに、大黒は出かける用事があった。人に会わなければならなかった。面倒だと代理人を立てることも出来ない相手である。明彦の提案は、態々ホテルを予約したりだとかも手間であったし、それならばまあ良いかと大黒は首肯した。
 そして訪れたのが、宿泊施設が立ち並ぶ地域から外れた位置に建つ小さな屋敷だった。一見すればただの民家か、廃屋のような建物を前にした大黒を中からでてきた青年が「明彦の言ってた人……?」と首を傾げながら招いた。屋敷の中を入ってすぐ、廊下と階段が見えた。玄関をあがると、廊下を通り、リビングへと通される。リビングというよりも待合室のような部屋だった。青年がお茶を用意する。温い緑茶だった。味は悪くない。大黒がお茶を飲んでいる間、青年は腕時計を見ていた。それから、ぽつぽつと思い出したように言葉を発した。突拍子もなく発するものであったが、その内容からリラクゼーションサービスにおける注意事項なのだと、気付いた。
 大黒は分かっていると、突き放すように言えば青年は、そう、と首肯するだけだった。
 お茶を飲み終えた。丁度、頃合いであったように青年は大黒を案内する。
 部屋を出ると、階段を上がった。
 廊下を挟んで2部屋があった。人の気配は、青年以外感じられない。他の客はいないようだった。他人の気配に敏感な大黒にとっては好都合であるのだが、採算は取れるのかと考える。だがまあ、これは明彦の趣味ともいえない遊びの延長で自分には関係のないことだった。
 青年は廊下の右側の部屋に立つと、振り返った。

「なにをしても、起きないけど、痛いこととか、しないであげて」
「分かっている」

 青年は感情の読めない瞳を伏せた。
 部屋の鍵を青年が開けると、大黒を通した。青年は入ってこなかった。ぱたりと扉が閉められる。大黒は妙な気味の悪さを覚えながら部屋を見た。
 和室を無理やりに洋室にした様子だった。ところどころに和室の名残が見えた。
 部屋の中央には広いベッドが置かれ、よく目をこらせば膨らみがある。部屋の隅に置かれているルームライトの仄かな明かりを頼りにして、近づいた。知らず、息を詰めていた。

「……眠っているのか」

 確認するように声を掛けた。ベッドの上の膨らみの主は、少女の形をしていた。布団を肩まで被り、右側を枕に押しつけて横になっている。まろい頬には髪が掛かり、口元をむにゃりともごもごとさせて、眠っている。年の頃は十代半ば後程度。化粧をしておらず、眠っている所為か、さらに、稚いように思えた。
 大黒は立ち尽くしていたのを思い出すと、息を殺して、静かにベッドに腰掛けた。柔らかなマットレスが沈む。少女が寝返りをうった。大黒は胸の内で舌打ちをした。
 反対側に寝返りをうつと、少女の日焼けをしたことの無い真っ白な背中が広がった。少女が丸めると、傷が一つもない背中にはうっすらと背骨が浮き上がっていた。
 大黒は詰めていた息を吐き出した。
 それと同時にどうしてこうも気を使っているのかと自分に呆れと、少女に対して怒りのような理不尽な感情を向けていた。
 大黒は布団をめくるとベッドに入った。青年か、あるいは明彦に連絡をして新しい部屋を用意させることも可能であるのだ。けれども、それをしなかった。その選択は頭から抜け落ちていた。
 布団の中は、少女の温もりが広がり生温かった。そして甘い香りがした。香水のような不自然な臭いではない。眠気はなかなか襲ってこなかった。ただ少女の背中をじっと見つめる。少女が呼吸するたびに上下する背中を見ていた。それから、少女は再び寝返りをうった。ころりと、大黒の胸に転がる。大黒は一瞬だけ呼吸を止めた。
 ふにゃりと、小さな、けれども確実に柔らかな触感が大黒の胸に広がる。同時にとくとくと、鼓動を感じた。首筋に生温い吐息が掛かる。
 普段であれば、そのどれもが不快に感じる。だというのに、一向に気持ちの悪さを覚えない。
 大黒は動揺する自分が、本当にどうかしているように思えた。
 成人はとっくに過ぎている。大黒は女に困ったことは無いしそういった欲も薄い。興味本位で、好奇心から手を出したことはあるが、まあこういうものなのだろうという程度で、享楽や快楽を見出すことはなかった。だというのに、今はどうだ。
 大黒は、自分自身に困惑していた。
 そっと、手を伸ばした。指先で肩に触れた。ぴくりと震えたが、起きる気配はない。その上に触れる。首筋には皺もシミもなく、さわさわと産毛をなぞるように撫でた。それから、髪の下から見え隠れしていた耳に触れた。薄いが柔らかい。ピアスの穴はなかった。少女と同じ頃の自分はどうだったろうかと思い返すが、記憶は薄かった。


「本当に、眠っているのか?」

 確認するように、期待するように声を掛けていた。少女は答えない。むずがるように、大黒の首筋に顔を寄せるだけだった。甘い香りがくらくらと大黒を惑わせる。
 十代中ごろ。その頃の大黒は不良と言われるような行動をしていた。今でも大して変わっていない。法に触れない程度で、抜け道は幾らでもある。そんな自分が少女に触れて良いのだろうか。そんなことを考えている自分に気づくと、馬鹿らしくなる。何を考えているんだかと自身に呆れ、そんな思考を否定するように、自ら、少女に触れた。
 瑞々しい肌はしっとりとして、大黒を誘う。少女は拒絶することなく、無抵抗で、なすがままだった。余程、深い眠りに就いているようだった。呼吸は穏やかで、健やかなものだった。
 大黒は少女を抱きしめた。そうすることが当たり前だと言わんばかりに、手が動いていた。少女はされるがままで、大黒にすり寄る。

「起きたのか?」

 少女は答えない。夢を見ている様子だった。何の夢を見ているのかまでは分からない。ただ無垢な寝顔を見下ろすと、悪い気持ちはしなかった。不快感はなかった。
 小さな寝息と、時折寝言をもごもごと発する少女の寝顔にはちっとも苦悩は浮かんでいなかった。暢気なものだなと大黒は思う。莫迦にした気持ちはなかった。単純な感想だった。
 少女に比べると年上ではあるものの、大黒はまだまだ若い。薄いといっても、そういった欲はある。少女を前にすると薄かった欲を、思い出す。
 眠っている少女だ。大黒よりも華奢で、御誂え向きに全裸である。
 こんなサービス業なのだ。「何」をされても、「何」がおこっても不思議ではない。なんせ相手は眠っている小娘だ。それも余程、強い薬で眠っているのか、起きる気配は一向にない。細い首を絞めることは容易い。その下半身を割って無理矢理体を繋げることだって、難しいことではない。簡単に思いつく危険性を、少女が理解していないとは、思いたくなかった。考えたくなかった。そもそも、この経営は織部明彦である。その性質を、大黒は理解している。

「なんの夢を見ている」

 声を掛けてみた。当然ながら返事はない。大黒は自分の行動に驚き、呆れた。ふふふ、と笑い声。少女の口からだった。

「起きてるのか」

 期待するような気持ちで声を掛けていた。少女は、目を瞑り、また静かな、安らいだような寝息をたてる。大黒は胸が淋しくなった気持ちになって、少女に触れた。しっとりと、柔い肌が手に吸い付く。傷一つない肌。少女の髪を撫でた。癖のある、柔らかな髪だった。
 少女は目を覚まさなかった。
 大黒はそろりと、手を滑らせる。背中からそっと、背骨をなぞり尾てい骨にふれた。華奢といえば聞こえは良いが痩躯だ。けれども、柔らかい、幼い肢体。少女はやはり、身じろぎをするだけで何も答えない。時折声を漏らすが、それは大黒への反応ではない。しかし、その反応に、興奮を覚える。大黒は喉を鳴らしていた。ごくり、と、唾液を飲み込んだ音が響く。
 自分の心臓の音が大きくなっていく。
 尾てい骨から尻へと、指を這わせる。柔らかく、そして弾力がある。
 少女はむずがるように寝返りをうとうとした。大黒は思わず、手を除けてしまうと、大黒に背中を向ける形になる。大黒は少女の背中をじっと見つめる。真っ白な、美しい、滑らかな肌。
 大黒は、知らず止めていた息を吐き出すと少女の項に顔をうずめた。甘い香りを吸い込む。どっと疲れを思い出す。そして、意識が沈むと、ふと、浮上した。
 枕元の携帯電話が振動している。それと、腕の中の温もり。大黒は一瞬だけ、状況を理解しかねた。逡巡、そういえばと思い出すと面倒だと思いながら携帯電話をに手に取る。画面は明彦からの着信を表示している。
 眠りを妨げられた不快感から不機嫌に通話に出る。

「ファーさん生きてる?」
「勝手に殺すな」
「いやあ何時まで経っても出てこないから」

 声だけでもにやついていることが分かる。出てこない、というのは明彦もこの屋敷に居るのだろう。

「……これは起きるのか?」
「ああ、ちょっと強い薬なだけ。問題はないよ。折角ファーさんを招待したんだからうちでも人気の子を用意したんだけど。なに、気に入った?」

 揶揄うような口調に大黒はさして苛立ちを浮かべなかった。

「ああ、丁度いい」
「……まじで?」

 聞いてきたくせに、信じられないと言わんばかりの声だった。大黒はなんだか面倒な気配を感じ取って通話を切る。画面に表示される時間を見ると熟睡していたようだった。単純計算にすれば、普段の睡眠時間の1週間分といってもいいような時間を眠っていた。眠りすぎて疲れを感じる。その癖、妙な爽快感がある。
 大黒は起き上がるのを渋る気持ちを覚える。名残惜しむように、腕の中の温もりを抱き留めた。寝汗なのか、肌がしっとりと濡れていた。普段の自分ならば不快に思うような他人の生理現象を、すんなりと受け入れている。
 意識がこてんと落ちる寸前、少女は背を向けていたのに、今では大黒と向き合うようにしている。どうやら、寝相はあまり良くないようだった。
 分厚いカーテンからちらちらと光が差す。そろそろ用意をしなければならないと大黒は未練がましく少女に顔を寄せた。
 物言わぬからだろうか。それとも彼女が特別なのだろうか。大黒は初めて興味を覚えた。
 それから、明彦の言葉を思い出す。

──うちでも人気の子。

 この少女を、自分以外が触れていることに胸の中にどす黒い不快感を覚えた。そんな大黒の気持ちも知らず、名も知らぬ少女は優しい寝顔を晒して眠っていた。

Title:エナメル
2022/10/03

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