ピリオド

  • since 12/06/19

朝餉

 テツナと征十郎の付き合いは、20年ほどになる。中学生のとき、部活動を通じて知り合った。二人とも未だ12歳になるのに大人びた、子供らしさのない子どもだった。お互い、自分を棚に上げて大人ぶっているスカした同級生だと思っていたくらいだ。険悪とまではいかないものの、精々、知り合いという程度の関係で中学生時代を慎ましやかに終えた。その後、進学先が同じで、今でも二人して首を傾げてしまう同居関係に落ち着いた。その頃には、親しい、互いを友人と言い合えるようには仲が良かった。あくまでも、友人だった。しかし、どうしたころか、人生というものは分からないもので。テツナは征十郎の子どもを妊娠して二人は結婚するに至っていた。現在は四男一女に恵まれ、少子化対策に貢献する数少ない一世帯である。

 赤司家の朝は早い。一家の大黒柱である征十郎の出社地獄に合わせて、朝食を全員でとるためだ。征十郎が学生時代に企業したスポーツ関連の事業を展開する会社は、一部上場企業となり、征十郎は朝が早く、帰宅も遅い忙しい一日を送っている。日付を跨いで帰ってくることが当たり前になりつつあり、ゆっくりとする訳にはいかないものの、唯一、子どもと触れ合えるのは朝食の時間しかなかった。

「おかわり!」「大ちゃん、にんじんを私のお皿に入れないで! 自分で食べてよ!」「うっせえ、ブス!」「こら! 大輝!」「好き嫌いするから背が伸びないのだよ」「そうよ! 私よりちっちゃいの知ってるんだから!」「そうだな、新太郎は好き嫌いなかったな」「……にんじん食べたらでっかくなれんのか?」「にんじんだけじゃ、大きくなれませんよ?」

 うとうととしながらも、出されたものをはむはむと食べ続ける三男を横目に、朝から元気が良すぎるのは二男の大輝だ。ご飯も朝から三杯目の御代わりをしている。しかし、好き嫌いは多く今朝も煮物に入れられた人参を双子の姉であるさつきの皿に忍び込ませたらしい。さつきは、好き嫌いは無い物の、食べるのが少し遅く、周りが男ばかりで遅く感じるだけかもしれないが、まだ半分も食べ終えていない。
 食事の時間にはテレビをつけない。赤司家のルールの一つだ。テレビの音の代わりに、家族の会話は弾んでいく。

「パパ、あのね? 昨日、漢字テストが返ってきたの」
「そうか、さつきは何点だったんだ?」
「100点!」
「そうか、流石だな……。すごいじゃないか」
「えへへ」

 さつきは照れながら、嬉しそうにはにかむ。昨日、帰ってきて早々にテツナに抱きついて報告をしたのだ。前回の漢字テストは98点と、惜しくも一問だけ間違えてしまった。両親の負けず嫌いを受け継いだ長女は相当悔しかったのか、今回は相当な意気込みだった。勉強の様子を見ていたテツナにとっても嬉しくて、つい、昨日のおやつはさつきの好きなものを用意してしまったくらいだ。

「それで……、大輝は?」

 にんじんと格闘していた大輝は、ピタリと1人だけ時間が停止したように固まる。今回の漢字テスト、というのは全学年が一斉に取り組む学校行事の一つだった。当然、双子である大輝は同じ問題を受け、返却も昨日されている。

「あら。それは私も知りませんね、大輝くん?」

 キッチンから、テツナも声を掛けた。昨日、さつきが答案用紙を見せてきた時から気にはなっていた。いつ見せてくれるかな、と思っている母親の期待を余所にランドセルを置くや否や大輝は矢のように家を飛び出して遊びにってしまった。それからご飯を勢いよくたべて、風呂に入るとぐっすりだ。

「あー……」「大ちゃんはね「あー!!!!」
「んぁ、うー!」

 さつきは大輝の点数を知っているようだった。にんじんの仕返しのように、点数を言おうとしたのを大輝は咄嗟に、大声で打ち消した。その大声に驚いたのは末っ子の涼太だ。幼児ながらも豊かなまつ毛がふるふると震え口がわなわなと震えている。やれやれといった風に、征十郎はプライベート用の携帯を取り出し、ベビーチェアに座っている涼太に向ける。

「涼太―?」「あー!」

 携帯を向けられた涼太はぐずるのを忘れたように、征十郎が動かす携帯を追いかける。

「はいチーズ」「ちー?」

 パシャリ。
 カメラが好きな末っ子は、カメラを確認すると途端に泣きやむどころか満面の笑みを浮かべる。末っ子がぐずりだしたらカメラを向けるか、母を呼ぶかというのがいつの間にか当たり前になっていた。期間限定の赤司家のルールである。

「で、大輝?」
「うっ……。1、8てん……」
「……ハァ。怒りはしないさ。ただその点数を取っておいて遊びに出かけるのは、どうだろうな。興は遊びに行くのは禁止だ。間違えた問題を解き直せ」
「うー……」

 自身が悪い、と自覚している分大輝は素直にうなずいた。ただ、放課後まで父との約束を覚えているかどうかは怪しい。

「人事を尽くさないから、こうなるのだよ」
「真太郎もテストあったんだろ、どうなんだよ!」
「ふん」

 言いながら、長男の真太郎は脇に置いてある通学カバンから一枚の細長い紙を取り出す。それをよく見えるように、大輝の前に広げた。

「これが人事を尽くした結果なのだよ!」
「おお……」「真ちゃんすごーい!」

 思わず、感嘆の声を上げる大輝と素直に尊敬のまなざしを向けるさつきに、真太郎は気分を良くしたのか、ふふん、と笑って見せる。見せつけていたのは、つい先日行われた中間考査の結果だった。国語、数学、英語、理科、社会の5教化全てが95点以上で数学と理科は満点である。クラス順位と学年順位は堂々の1位だ。

「……真太郎、そういうのは先にテツナか僕に見せなさい」
「あ」

 つい、うっかりをやらかす長男に征十郎とテツナは苦笑する。下の兄弟と年齢差がある真太郎は、双子が生まれて早々に長男という自覚を持ったようなのだが、それでも長く一人っ子であったためか、マイペースなところが抜けきらない。長男のそんなうっかりが、夫婦は可愛く思ってしまうのだ。「流石だね、真太郎」征十郎は満足気に、目を細めた。征十郎に手渡された結果用紙を後から覗き込みながらテツナも笑みを浮かべて「真太郎君もよく頑張りましたね」と言って顔を綻ばせた。

「そろそろ時間ですよ」
「もう?」

 通勤用のジャケットを手にしてテツナに、征十郎は聞き返してしまう。時計を確認すれば、いつもの出社の時刻だ。朝食のこの時間は楽しい。だからこそ、時間があっという間に過ぎてしまう。広げられたジャケットに征十郎が腕を通す。それをじっと、はむはむとご飯を一心不乱に食べ続けていた敦が見ていた。

「敦君もお見送りしましょうね」
「うん」

 座ったままだった敦が手を伸ばす。未だ4歳時の敦に食卓の椅子は少しばかり高く、誰かが抱き上げないと危ない。それに以前、1人で降りようとした際に滑り落ちて頭をぶつけてしまったのだ。幸いなことに怪我は無かったものの、それ以来、敦も大人しく椅子に座るようになった。それどころかベビーチェアで涼太が騒いでいると「だめだよ」と言うほどになったのだ。
 他の兄弟もお見送りのために立ち上がり、さつきが通勤用の鞄を持ち、大輝は朝刊を用意していた。敦を降ろしテツナは次に涼太を抱っこしようとしたのだけれどベビーチェアに座っておらず、征十郎が抱き上げていた。

「珍しいですね」

 普段、敦を抱き上げて玄関まで向かうのは征十郎の役だった。

「たまにはね。涼太、重くなったね」
「毎日よく食べて、よく寝てますから」

 なら私は敦くんを抱っこしましょうか。と考えていたけれど敦はどうやら真太郎が抱っこしていたらしい。真太郎は高校1年生の平均身長よりはずば抜けて高く、何時もと異なる視界の高さに敦は興奮から、頬を紅潮させていた。
 リビングから玄関までの距離なんてたかが知れている。しかし、玄関まで見送るのもまた赤司家の暗黙のルールだった。誰が言い出したわけではない。なのに、例え喧嘩の途中であっても、征十郎が時間になれば喧嘩をピタリと止めてしまうのだから面白いとテツナは思う。
 玄関先で子どもたちの行ってらっしゃいを言う声は、征十郎の一日を乗り切るやる気の源だ。十何年前は結婚なんて考えもしなかったし、何より子どもが居る自分というのが想像もできなかったというのに、人生とは面白いものだ。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい、征十郎さん」

 愛妻の言葉に征十郎は笑みを浮かべた。赤司家の朝の日常だ。

台風

 2,3日前から台風が接近していて、ニュース番組ではその話題で持ち切りだった。台風というと災害だとかが心配されるのだけれど、赤司家の小学校組、主に大輝、は学校が休みになれることという認識しかしていないようだった。敦も勿論だけれど、イマイチ理解できていないようで、今日は幼稚園無いの?なんで?と頻りに訪ねていた。

「今日はもう、幼稚園はお休みですね」

 台風の日にはテレビは付けておく。警報だとかを知っておかねばならないからだ。子どもたちは何時もと違う朝に少しばかり興奮していた。

「小学校は?」
「10時の段階で警報が出てればお休みですよ」
「そうか、僕も休もうかな」

 味噌汁を啜りながら、征十郎はしみじみと言った風に呟く。台風が接近する度にこのようなことを言うのだ。そのうち何度かは、実際に休んでいるのだから困ったものである。主に社員の方々を困らせると言う意味で、だ。

「社長が何を言ってるんですか」
「何人かは休むみたいだけどね、こんな天気だし今は立て込んだ仕事も無いし、面倒くさいよ」

そんなので良いのだろうかと話しを聞いていた真太郎は思ったけれど社会人のルールなんて知らないし口には出さなかった。

「今度の会議は、台風が接近したら休みっていう社則を議題にしようかな」

 何処まで本気か分からない征十郎の考えに、テツナはため息しか出なかった。
 そんなことを話している間も、風はびゅうびゅうと吹き荒れているし、雨も夜中から降りっ放しだ。今回の台風はどうやら停滞型らしく、長期間留まるようだった。ニュース番組の上部には続々と警報や注意報のテロップが流れる。

「おれは休みなの?」
「そうですよ。敦くんは今日、お休みです」
「さっちんたちも?」
「さつきちゃん達は10時までは分かりませんね」
「ふーん」
「大輝くん、一応準備しておいてくださいね」

 恐らく休みになるだろうと高を括っている大輝に一応は注意をするも、テツナも今日は休校になるだろうなと予測していた。

「窓われない?」

 敦が心配気にカーテンを開けた窓を見やる。割れることは無いだろうけれど風の勢いは強く、折れた枝が当たってはまた吹き飛んでいた。

「大丈夫ですよ、割れません」
「ほんと?」
「はい、本当です」

 未だ心配気な敦だったけれども、そっかあ、と言うと再び目の前のご飯を食べることに夢中になった。しかし、横に座っているさつきは庭に出る窓を見つめながらそわそわしている。というのも、少し前に、庭のプランターでミニトマトを育て始めてつい先日、芽が出てきたところだったのだ。

「さつきちゃん、ミニトマトなら大丈夫ですよ。昨日の夜のうちに、征十郎さんがプランターを移動させてくれましたから」
「昨日のアレか」


 昨夜もまた日付が変わる頃に帰ってきた征十郎に、テツナは庭のプランターを動かすようにお願いした。奇妙なお願いだと思うも、仕事で疲れていたけれど、別に其処まで労力を使うことではないので引き受けて、プランターを日当たりのよいところから少しばかり隠れるような場所に移動させたのだ。移動させたプランターの上に、テツナがビニールか何かのカバーをかけていた。
 プランターには木で造られた小さな名札がついてあり、よくよく眼を凝らせば「さつき」と書かれていた。

「アレってさつきの?」
「はい、夕方のうちに移動させておこうかと思ったんですけど予想以上に重くて。すいません、お疲れなのに」

 台風は逸れるかと思えばそのまま上陸してゆっくりと移動していた。ニュースを見てしまったと思い、移動させようとするも思った以上に重く、子どもたちに手伝って貰おうと思うも、家事をしているうちについ忘れてしまい、思いだした時には既に子どもたちは全員眠っていた。朝一番で移動させようかとも思ったのだけれど、天気予報によると夜のうちに台風が接近し、雨風が強まるというのだ。そんなわけでテツナは征十郎にお願いした。


「パパ、ありがとう!」
「どういたしまして」

 安心した様子のさつきに、征十郎とテツナは思わず顔を綻ばせる。子どもたちは皆、可愛く、その間に順位なんて無いのだけれど一人娘にはつい甘くなってしまうのだ。
 テレビでは新たに警報地域が発表されたらしく、ここ数十分の間で聞き慣れたメロディが流れた。また交通機関、主に電車、も止まっている本数が増えていた。

 征十郎の仕事用の携帯電話の着信音もけたたましく鳴る。征十郎は携帯を取ると、どうやら電話だったしく、立ち上がりダイニングを出て行った。
 食べ終えていた大輝は、涼太にちょっかいをかけていた。涼太はそれにキャッキャと声を上げて笑っている。しかし大輝は加減が下手で、どうにもやり過ぎる傾向があった。そのため、涼太が泣きださないか不安にもなる。

「大輝、食べ終わったならお皿を下げなさい」

 戻ってきた征十郎が大輝に注意をする。そのまま席に戻ることも無く、テツナに

「今日はもう出るよ」
「何かありました?」
「管理会社が台風の対応に追われてるみたいで、鍵が開かないらしい」

 スペアのキーは征十郎のみが持っている。どうやら早めに出社したらしい社員が待ち惚けていたようだった。この天気の中で出社したのに災難な社員である。征十郎も少しばかり同情する。それでも休みたいという思いは変わらないが、行くしかあるまい。

「父さん、仕事?」
「ああ。大輝、学校が休みになっても警報が止んだ後も暫くは家にいろよ」
「分かってるよ」

 大輝はそう言うが、どうにも信用ならない。台風を楽しんでいるようで、この雨風の中でも今にも飛び出していきそうだ。そんな大輝に苦笑する。
 今日も今日とて、わらわらと征十郎の出社支度を手伝う。今日はさつきが新聞で、大輝が鞄だったようだ。

「気を付けてくださいね」
「テツナも気をつけろよ、じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 征十郎が玄関戸を開けるのに力を入れた。どうやら風圧の影響か開け辛くなっているようだ。開いた玄関から生温い風が吹いた。


 征十郎が家を出て、暫くは全員ダイニングに居た。

「部屋で勉強をしておく」
「あら。なら、後でコーヒーでも持っていきますね」
「頼むのだよ」

 真太郎はそう言って自室のある2階へと上がって行った。


「母さん、これ見ていい?」

 大輝が持ち出してきたのはDVDだった。それは市販のようにパッケージがついたものではない。大輝の持ちだした其れを開けると一枚の、DVDの中身と思わしきメモが出てきた。

「ああ、これですか。良いですよ」

 洗い物を済ませリビングのデッキにDVDをセットする。テツナも其れを見るのは久しぶりだった。テレビの前のソファに陣取る双子と、その双子に釣られたらしい敦、それにさつきが抱っこしている涼太と、気付けば下4人が勢ぞろいだった。真太郎も呼ぼうかと思ったけれど勉強の邪魔になるのも憚れる。

 DVDが流れてから、双子は息を飲んでいた。目をその映像から離す事が出来ず、じっと其れをみていた。敦や涼太はまだ分からないようで不思議そうだ。テツナがさつきからそっと涼太を抱き上げるも、気付いた様子は無かった。テツナはサイドのソファに座る。


 赤い髪の、今よりも随分と若い、見知った男がコートを駆けていた。男は他の選手よりも少しばかり小さいように思う。それでも、それすらもハンデにならない程にコートを支配していた。


「これ、父さん?」
「ええ、この時は確か高校1年生ですね。今の真太郎くんと同い年です」

 征十郎とテツナは自分たちの話、所謂付き合っていた頃だとかの話を子どもの前でしたことがない。そもそも二人には付き合っていた期間が無いのだから出来る話も無いのだけれど。家の中にある写真も家族写真だとか、子どもの写真しか無い。自ずと、赤司家では聞いてはいけないことと暗黙の了承がなされていた。

「父さん、バスケしてたんだ」

 目をキラキラさせて征十郎のプレイを見る大輝とさつきに、テツナは頬を綻ばせた。その横では何時しか退屈に飽きた敦と涼太が眠っていた。


(もう少し大きくなったら、もう一度見せてみましょうか)

 この二人と、長男のように目をキラキラさせて見てくれれば良いなと近い将来に思いを馳せる。

旅行

 家族で出かけることは多くは無いが少なくも無い。長男の部活動であったり、父親の仕事の都合であったりとGWや長期休暇中には難しいのだけど一般的な休日であればなんとかなる。とある休日に、赤司家は久しぶりに家族旅行へと出かけた。
 出掛け先は京都だ。征十郎がふと、末っ子が生まれてから未だ行っていないなと思い、その週末に行くことになったのだ。

「今週末、ですか」
「ああ、暫くは真太郎も部活の試合で忙しくなるだろうし。俺も立て込んだ仕事が入ってくる」
「そういえば、そうですね。・・・行っちゃいましょうか」

 日付が変わってから帰宅した征十郎が軽い夜食を食べているのを、お茶を飲みながら見ていたテツナとそんな会話をしたのが週の初めだった。翌朝には子どもたちに伝えていて、あ、この人本気だったんだ、とテツナは夫の行動力に驚いていた。夜遅くに帰ってきても征十郎もテツナも疲れを感じさせない顔で、買いあさった京都の観光本や、ホームページを見比べて何処其処のホテルが良いだとか、此処の餡蜜は美味しいらしいから敦とさつきは喜ぶんじゃないかとか、此処の寺院は御利益があるから真太郎が行きたいと言っていたとか言って旅の予定を作っているとあっという間に週は明けて行った。

 何処へ行くかということはあまり悩まず二人とも決まった。けれども一番悩んだのは行き方だった。短時間で行けるのは新幹線なのだけれど、涼太と敦は長時間の電車に乗り慣れていない。また、寧ろ二人よりも大輝の方が心配でもある。結局、荷物が増えるかもしれないし車で行こうかということになった。幸いにも征十郎もテツナも免許を取得していたため、交代して運転すれば其処まで疲れはしないだろうと至ったのだ。

「夜中のうちに出れば朝方には着くみたいですね」

 それが決めてとなったのか、金曜日の夜に出発し土日は遊び日曜の夕方に帰宅するということになった。
金曜日になると子どもたちは興奮気味に過ごしていたけれどそれが幸いしてかすっかり眠ってしまっていた。帰宅した征十郎とこっそりと、子どもたちを車のシートに乗せる。(真太郎には起きてもらい、少しばかり手伝ってもらった)


「最初は僕が運転しますね」
「ああ、頼む」
「はい」

 テツナは昼間と、征十郎が帰ってくるまでの間に仮眠を取っていた。カーナビを最小の音量にする。助手席は寝辛いだろうけれど、後ろのシートもどっこいだろう。まだ4人が小さいのが幸いだ。
 一度休憩を取り、その際に征十郎と交代をした。久々の運転に疲れてしまったのか、助手席でテツナはぐっすりと眠ってしまい着いたら京都で、先に起きていたらしい大輝に起こされた。


「かあさーん!」
「・・・ん」
「京都着いたぜ!」
「・・・へ?」

 がばり、と起きると此方をみてくすくす笑う征十郎と、あまり見ることの無い母の驚く顔に笑う大輝がいた。大輝はドアを開けて既に外に出ている。真太郎も荷物を降ろしているようだし、さつきは敦と涼太の面倒を見ているようだった。

「ママが一番のねぼすけだったね」
「おかあさん、ねぼすけ?」
「ねー?」

 舌足らずな敦と涼太はさつきの真似をする。
 からかわれた恥ずかしさに顔をぽっと赤くさせたテツナはすいません、と征十郎に謝る。大凡3時間程だろう距離の間にもう一度交代する予定だったのだけれど寝過してしまったらしい。

「良いよ、というか一度も起こしてないから大丈夫だよ」
「え?」
「思った以上にスムーズに進んでね。それに途中で大輝たちが起きたからしりとりとかしながら運転していたら、あっという間に着いたよ」

 大輝はのんきに「父さん、ら行ばっかりで終わらせてくる!」と文句を言う。
 テツナは文句を言う事ではないし、まあ有難く休ませてもらったと思うことにした。くだらないケンカもしたくはない。


 京都は、征十郎とテツナの母校がある。母校があるからといって、爽やかな青春時代があるというわけではないけれど、二人にとってはそれなりに思い入れのある地ということに変わりはない。


 相変わらずの人の多さに、人混みが得意ではないテツナは先が思いやられるような心持だった。京都はどのシーズンであっても人の多さはあまり変わらない。今回は観光がメインの予定であるためこの人混みの中で動くことになる。

「テツナ、顔色が死んでいる」
「だいじょうぶです」
「・・・大丈夫そうな顔色ではないのだよ」
「いえ、だいじょうぶです。というか、此処で迷子になったらと思うと、どうも・・・」

 テツナの言葉に思わずそっと一家全員で手を繋いだ。


 最初の行き先は金閣寺だ。ポピュラーで、ありきたりと思うことなかれ。実はテツナと征十郎ですら金閣寺を生で見たことは無いのだ。学生時代に一度は行くだろうと思っていたのだけれど終ぞ行くことは無かった。その土地に住んでしまうと、別に行くことも無いかと思ってしまったのだ。そして真太郎も京都へ来て訪れたことはなかった。学校の修学旅行等でもどういう訳だか京都には行った事は無く、家族旅行でしか訪れたことはない。

「ママ、あれが金閣寺だよね?」
「はい、そうですよ」

 さつきが指さす方には絢爛豪華な金閣寺。他の観光客がカメラを向けるようにテツナもカメラを向けながら答える。デジカメの液晶には、さつきと大輝、真太郎が興味深そうに金閣寺を見ている姿がある。勿論、小さくではあるけれど、金閣寺も映っている。カシャリ、と音が鳴りようやくさつきは撮られたことに気付いた。


 さっきの金閣寺を見た後だと随分と質素というか、つまらなく感じるものだなと思っていると、スラックスを引っ張られる。

「おとうさん」
「ん?」

 征十郎をくい、と敦が呼んだ。

「どうかしたか?」
「なんでみんな、あのぼろっちい小屋の写真とってるの?」
「小屋?」

 うん、あれ・・・言いながら敦が指さす先には一見ただの小屋がある。征十郎は思わず吹き出しそうになるのをこらえて

「あれは慈照寺っていう、ああ・・・銀閣寺っていう有名な建物だよ」
「ぎんかくじ?」
「そう。さっき見た金閣寺と同じ時代に建てられたものだ」

 銀閣寺と、征十郎が携帯で撮った金閣寺をきょろきょろと見比べながら敦はしげしげといった風に、

「お金のかけかた、まちがえたんだね」

 敦があまりにも真剣に言うものだから征十郎は耐えていたのに思わず吹き出してしまった。横にいた真太郎もぷるぷると肩を震わせており、そんな二人を不思議そうに、涼太をあやしていたテツナが見ていた。


 次は清水寺、と思ったところで時計を見ると時間はお昼前だった。この人の多さではお昼時になれば料理店はどこも満員になるだろう。

「そろそろお昼にしませんか?」
「俺も腹減ったー!」

 テツナは正直、あまり減ってはいないけれど大輝は既に腹ペコのようで真っ先に食い付いた。征十郎は腕時計を見ると、ああそろそろかと呟き、そうだなと同意した。
 観光名所が近くにあるということだけあり、付近は土産物屋と飲食店が数多くあった。飲食店は未だ人の出入りが少なく、丁度ランチタイムに入る頃合いだったようだ。

「さて、どうします?」
「俺は蕎麦が食べたいのだよ」「私はおうどんがいい!」「俺はてんぷら!」「じゃあ僕は湯豆腐」
「なに混ざってるんですか」「冗談だよ」
「おれは、アイスが食べたい」
「敦君のアイスはデザートですから、後で食べましょうね」

 蕎麦と饂飩と天ぷらと善哉なら、まあ、なんとかなるだろう。最悪、アイスは他の店で食べられるものだ。蕎麦と饂飩を取り扱う店は数多いため、店は直ぐにみつかった。アイスは無かったので、敦は少し不貞腐れ気味だったけれど他の店に食べに行くことを約束するところりと機嫌を直した。


 1日というのはあっという間に過ぎて行く。気がつけば日が落ち出して、人込みも少なくなっていた。


「旅行だなんて言って、赤司くんが食べたくなっただけでしょう」

 ジト目で見るテツナを無視し、湯豆腐をつつく。はしゃぎ疲れた子どもたちをホテルに残し、本来の目的であっただろう、学生時代から通っていた店に顔を出していた。
 旅行に来る前に予約していたのだろう。席に通されると直ぐに用意がされた。

「いろんな店の湯豆腐食べたけど、やっぱり此処が一番美味いって落ち着くな」
「それには同感です」

 テツナも切り替えて久方ぶりに食べる湯豆腐に舌鼓を打つ。その店は知る人ぞ知る、という名店でも無ければ騒ぎ立てる程に有名なわけでもない。白髪混じりの夫婦が、老後の楽しみの一環として経営する店だった。征十郎が偶然見つけて以来、学生の間は結構な頻度で通い詰めていた。テツナも同伴することが度々あり、店主とその夫人とも、二人はすっかり顔見知りであった。

「この味、家でも出してみたいものです」
「食べるのは俺だけなのに?」
「そうですけど」

 赤司家の子どもはあまり湯豆腐が好きではない。現代っ子というだけあって味の濃いものを好んでいるのか、豆腐自体が苦手なようだった。そのため赤司家の食卓に湯豆腐が並ぶことは無い。
 普段の食事には難色を示さないけれど、好物となると征十郎にもそれなりに譲れない部分がある。ところが、その部分というのがどうにも子どもたちにとっては理解も出来ないし受け付けないらしい。要は味覚の違いである。

「あまり飲み過ぎないでくださいね」
「テツナもな」

 お猪口を持ちあげ、小さく合わせた。


 火照った体を征十郎に支えてもらいながら、タクシーを降り、ホテルに戻った時には既に日付が変わっていた。


「テツナは相変わらず弱いな」
「すいません・・・」

 テツナは特別、アルコールに弱いわけではない。ただ、征十郎が強過ぎるだけなのだ。今回もテツナは久しぶりの外での飲酒に、自身でも珍しいと思いながらもテンションが上がってしまい、つい自分のペースを忘れ征十郎に合わせてしまったのだ。その結果が現状であった。
 テツナは、年甲斐も無くうかれたことに反省しつつ、部屋に着くと、ベッドにダイブをした。柔らかな布団は、ふわりとアルコールでふらふらとしていた体を包み込んだ。征十郎はテツナの滅多にしないような、子供じみた行動に苦笑しつつも携帯をチェックする。テツナの言っていた通り、元々のメインは先ほどの食事だった。真太郎には申し訳無いと思うも、下4人をつい任せるように一つの部屋にしてしまった。何かあったら連絡するようにと言っておいたけれど、どうやら何も無かったらしく、携帯には「全員眠った」という報告メールが入っていた。スクロールするとベッドに座っているさつきと大輝が、敦と涼太を抱えてピースをしている写真が添付されていた。

「あかしくん、なに、にやにやしてるんですか」

 ベッドに沈んでいたと思っていたテツナが何時しかむくりと起き上っていた。不満そうに口をとがらせている。舌足らずな口調と、征十郎の呼び方から相当に、酔いが回っているようだった。

「ほら」

 むすりとしていたテツナにメールに添付されていた写真を見せると、テツナもにまにまという表現できるような表情を浮かべる。普段の無表情振りからは想像できないほどの緩み具合だった。
 征十郎は、テツナが携帯に気を取られているうちに旅行鞄から寝間着用のシャツとパンツを取りだした。

「ほら、着替えろ」「めんどくさいです」

 逃げるように布団に潜り込んだテツナだったけれど、暫くすると寝息が聞こえ出し、眠ってしまったらしい。ため息を一つついて、布団をめくると服を脱がし、寝間着に着替えさせた。普段着のままでは寝辛いだろうという親切心だ。

(珍しく、酔っていたな)

 アルコールがすっかり抜けた頭でテツナの寝顔を見ると、昔となんら変わっていないように思う。年の割に皴やシミも無い。以前に買い物に出かけたときには大学生に間違われていたか。思いだし笑いをしてしまうと、テツナが唸り、枕に顔を押し付けた。

迷子

 水曜日から金曜日までが保護者面談のため半日授業となった。しかし、部活に所属している真太郎には関係のないことだ。
何時ものようにシュート練習に勤しむ。
 少し前はそんな真太郎は部活内では浮いた存在ではあった。けれども最近では、其れが当たり前となっていた。寧ろ天才と驕らずにストイックなまでに打ち込む姿は普段の生活態度のことを生意気だとも変人だとも言われているけれども可愛がられる要素となっている。

「たろちーん」

 空耳にしてははっきりと聞こえた弟の声にシュートを構えていた姿勢で固まる。
 何処から入ってきたのか、危なっかしく駆けよってくる敦を見て、真太郎は思わず目をぱちくりとさせた。また周囲もざわめく。子供嫌い(そうに見える)赤司真太郎と子どもとの関係が結びつかなかったのだ。そんな周囲のことなど気にもかけない敦はそのまま真太郎へと飛び付く。

「・・・敦?」
「え、たろちんって真ちゃんのことなの?なにそれ面白い」
「だまれ高尾」
「たかおー?」

 舌足らずな弟を抱き上げる。

「母さんはどうしたのだよ」
「おかあさんいなくなったー」
「・・・お前がいなくなったのだよ」

 大方物珍しい校舎をふらついて母親と逸れたのだろう。緑間はため息を殺しながら監督へと事情を説明する。それから携帯を確認すれば母親からメールが来ていた。内容は敦が迷子になったことと若しかしたらそっちに行っているかもということだった。遅過ぎるメールの確認に返信する。

「弟かー」

 ぷにぷにとした頬を突っつく。敦は気にした様子もなくポケットに突っ込まれていた飴をなめている。

「真ちゃんの面談って何時だっけ」
「確か、2時半までなのだよ」
「じゃあそろそろ終わるじゃん」

 時計を見れば確かにあと十分足らずで終わるようだった。



「すいません、お手数おかけしました」

 赤司真太郎の母親と聞いて部員一同「カタブツ」「長身」「クール」という印象を勝手に抱いていた。けれども敦を迎えに来たのはそれらとは程遠い、小柄な女性で子持ちとはとても思えなかった。部員の誰しもが母親であることを疑った。

「おかあさん」
「敦くん、お母さんから離れちゃだめですよって言ったでしょう?」

 とてとてと敦がテツナに抱きつく。そのやり取りは正に理想の親子だった。

「えー?おかあさんがいなくなったんだし」
「もう・・・真太郎くん、皆さんもすいません。お邪魔したでしょう?」
「騒がしくは無かったのだよ」
「そーそー?ちょう良い子だったぜー」

 今までむずむずとその会話を聞いているだけだった高尾が横入りをする。それに真太郎は舌打ちをした。普段は家でもどちらかといえば大人しいそんな長男の行儀が良いとはいえない仕草にテツナは驚いてしまう。

「赤司さん、見学をしていかれますか」

 監督である中谷が勧める。
 秀徳は普段の練習は関係者以外立ち入り禁止が基本だ。しかし、テツナは保護者であるし、関係者として良いだろう。それに普段は見ることの無い子どもの姿を見るのは親として少なからず成長を垣間見える瞬間でもあるのだ。中谷のそんな勧めにテツナも是非と頷いた。

「お言葉に甘えて、少しだけ」

 テツナは学生時代、マネージャーとして全中3連覇やIH・WCの優勝という偉業を達した赤司を陰ながら支えてきたのだ。そんなテツナから見ても秀徳の練習は面白いものだ。特にここ数年は何処で試合があるのかということも教えてくれなくなった真太郎のシュート練習は目を見張るものがある。

(我が子ながらあのバスケセンスは凄いですね。口惜しいですけど、征十郎さんの遺伝でしょう)

 残念ながらテツナはバスケの神さまには愛されていなかった。どんなに焦がれても決して、最期まで振り向いてはくれなかった。
 ダムダムと体育館に響くボールの弾む音は学生時代を思い出させてセンチメンタルな気持ちにした。



 ロッカールームで着替えている時のことだ。あまり人目に触れられない練習を見られるのは少なからず選手達にも刺激になっていた。

「真ちゃんママさんってバスケのルール知ってんの?」
「・・・その呼び方は何なのだよ」
「だってさーあの美人さんを『おばさん』なんて呼べねーじゃん」
「まあ躊躇いはあるよな」

 その言葉にロッカールームの真太郎以外が賛同する。
 テツナとしてはおばさん、と呼ばれるのに憧れを抱いている節があるがどうにも外見が似つかわしくない。からかわれるのを承知しているため、決して誰にも言うものかと思っているけれど真太郎と歩いていて、その妹に間違えられたこともあるのだ。感情起伏の激しくないはずの母親が珍しくも怒りを露わにしているのを真太郎は久々に見たものだ。
 閑話休題。

「母は学生時代、バスケ部のマネージャーをしていたのだよ」
「へー。あんまりスポ根系の人には見えなかったけどな。じゃあ真ちゃんがバスケしてんのも影響ある?」
「それは、父の影響だな」
「へえ。真ちゃんに影響与えるとか、どんな人なのよ」
「・・・まあ、天才という言葉通りの人だな」

 あの赤司真太郎に天才と言わしめる父親とはどういう存在なのかと、またしても謎が出てしまう。高尾としては堅物で私生活が謎の真太郎の人間味を見てみたいだけだ。
 着替え終わった真太郎はマイペースにロッカールームから出て行こうとするのを、高尾は慌てて着替え終えて追いかける。実際に帰ることはしなくともそういう素振りを見せるとつい追いかけてしまうのは人間として仕方ないだろう。
ジャンケンでパーを出したがために、リアカーと自転車を連結させた特注の『チャリアカー』の運転手となった高尾は、自身の運の無さにマジかと思いつつも必死でペダルをこいだ。

「真ちゃんの強運ってチートすぎんだろ」
「人事を尽くした結果だ。お前も『おは朝』のラッキーアイテムを持てばいいだろう」
「いやあ、俺繊細だからそんな羞恥プレイ耐えらん無い・・・いてっ!」

 軽口を叩けば本日のラッキーアイテムであるスーパーボールを背中に投げられた。子供向けのおもちゃと言えども小さな塊に掛けられる力の比率が痛い。そういえばと思うのは『おは朝』のラッキーアイテムは到底男子高校生が持っているとは思えないものが多いのだけれどそれを補えるのは兄弟がいるからなのだろうか。

風呂

※年齢上がっています


 中学に入学して暫く経った。ハードな部活の練習を終え、くたくたになって帰宅した大輝は自室でふとした違和感を覚えた。やけに奇麗になっている。自分は褒められることではないが、片付けるよりも広げるほうが得意で自室は常に散らかり放題だった。片付いているということは、母が手を入れたのだろう。そういえば前々から片付けなさいとは口喧しく言われていたな、と思い出す。大輝は思わずはっとする。
 鞄をやや乱暴に放り投げベッドに駆け寄ると、案の定、其れは無くなっていた。嫌な汗が伝い、もしやと思いたいして使われてもいない勉強机をぎこちなく見ると、恥ずかしくて怒りたくなるような情けなくなるような、何ともいえない、色々な感情が目まぐるしく駆け巡った。

 ばたばたと階段を駆け下りてキッチンで夕食を温めている母をぎろりと睨みつける。しかし図太い神経を持つ母であるテツナはそんな態度でも手を休めたりしない。むしろ次男の反応は可愛いものであると思っている。

「また勝手に部屋に入ったな!」
「大輝君が片付けをしないからでしょう。何度も片付けなさいって言いましたよ」
「だからって勝手に!」
「何も物は捨ててませんし無くなったものは無いでしょう?」

 思わず押し黙る。そういうことではなく、思春期の息子の気持ちを捉えてほしい。生憎と、そういうことが理解できる男性陣は現在家にはいない。それどころか堅物の長男や父がそれらを理解できているのか大輝は怪しんでいる。

 項垂れる弟に姉であるさつきは横目でちらりと見てからどうしたの?と心底訳が分からないとでもいうようにきょとんとしている。


「おふろ上がったよー」「たよー」

 小学校に入学したばかりの敦が、マネっこがブームの末弟の手を引きながらお風呂を出てきた。2人のしっかりと拭けていない頭からはぽたぽたと水滴が落ちている。さつきが「もう、仕方ないなあ」と言いながらも敦の頭を手慣れた様子で拭きとる。それを見た涼太も見よう見まねで首にかけたタオルで頭を拭く動作をしているが、こちらは仕方無いとはいえへたくそで拭けている様子は無い。
 すっかりぐだぐだになってしまった大輝は怒りだとかそんなものもしぼみ切り涼太からタオルを奪うとがしがしと拭きとった。

「あ、大ちゃん!もっと優しくやってあげてよね!」
「うるせー女じゃあるまいし良いだろ」
「もー」

 何のこっちゃ分かっていない涼太はぐるぐると揺れる視界にきゃっきゃと楽しんでいる。
 4人の様子をキッチンから覗きながらテツナは「もうすぐごはんですよ、お風呂に入るならちゃっちゃと入ってくださいね」と促した。その言葉にばっと一目散にお風呂に入ったのはさつきである。敦の髪を拭いていたタオルを大輝に押し付けて一目散に走ったその様子は学校で「美少女」と言われている姿からはやっぱり想像がつかない。というよりも大輝にとっては美少女?誰がだよ状態なので今更である。

「・・・は?あ、さつき!テメェ!」
「ごめーん。夕飯後にお風呂は太るから嫌なのー」

 遠く風呂場からてんで謝った様子もない声で返事がある。やっぱり姉なんてろくなもんじゃないと思いながらじゃれついてくる涼太と既にダイニングテーブルに着いている敦を見てごねる自分もバカらしく思えた。

2012/06/24
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