ピリオド

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 連日続いた雨が上がり、さんさんとした陽射しとからりとした風が、ベランダにはためく洗濯物を乾かしている。
 学生であるサンダルフォンは期日が迫るレポートも無く、ルシフェルもまた休日出勤をせざるを得ない業務が無かった。付き合ってから、サンダルフォンの事情を知ったルシフェルがなし崩しに同居を持ち掛けたために、殆ど毎日顔を合わせているとはいえ、ゆっくりと顔をあわせるのは久し振りのことだった。
 サンダルフォンが洗濯物を、ルシフェルが掃除を終えたのは同じタイミングだった。自然と、共通の趣味となった珈琲を淹れようとしたサンダルフォンを、ルシフェルが私が淹れよう、といってサンダルフォンをリビングのソファへと留めた。半ば強引な言い方にサンダルフォンは僅かな違和感を抱いた。けれども、その違和感も消え去る。
 珈琲特有の苦味、渋み、酸味はルシフェルと出会ってからの時間に比例するかのように、サンダルフォンの舌に馴染んでいた。サンダルフォン自身が少しでもルシフェルの好みを知りたい理解したいと、いじらしく努力をした結果でもあり、そしてルシフェルが自身が好ましく思っている珈琲を同じく、それ以上に好ましく想っているサンダルフォンにも、好ましく思ってほしいと動いた結果である。受態的なルシフェルが、能動的に行動する姿は、普段のルシフェルをしる──サンダルフォン以外からしたら、ぎょっと、どうかしたのかと首をかしげる行動であった。

「さあ、召し上がれ」
「ありがとうございます! ……いただきます」

 暫くしてから淹れられた珈琲を、サンダルフォンは宝物のようにカップを持ち上げて、一口味わうと、美味しいですと笑みを浮かべた。ルシフェルが胸の内から暖かなものが込み上がって、溢れそうになるのを、珈琲を口にして、飲み込んだ。

「出掛けなくて良かったのかい?」

 ルシフェルが確認をするように問いかける。
 久しぶりに重なった休日に、どこかに出かけようかと聞いたのは昨夜のことだった。サンダルフォンは目をぱちぱちと瞬かせると、少し考え込んでから、困ったように笑って、折角なのだからゆっくりと休みましょうかと口にした。急に言われて思いつかなかったという気持ちもあった。また、言葉通りに折角なのだから、二人きりで過ごしたい、という気持ちだった。
 サンダルフォンの言葉にルシフェルは一瞬だけ、まごついて首肯した。

「……どこかに出かける用事がありましたか?」
「いや、そんなことはないよ」
「そう、ですか? ……俺に合わせる必要はありませんからね?」
「合わせているんじゃない。きみと一緒に過ごしたいのは私の我儘だ」

 きっぱりと言い切るルシフェルにサンダルフォンは矢張り困ったような顔をした。
 サンダルフォンは内心で、不思議に思う。なんせ、いつだって誘いかけるのはルシフェルからだった。
 期間限定の展示がされる美術館。偶然見かけたという喫茶店。ちょっと遠出をして外泊。なにもかも、サンダルフォンがこれまで知らなかった世界である。
 俺も同じようにした方が良いのだろうか? 負担をかけているのだろうか? ……とサンダルフォンは嬉しい気持ち半分、度々不安と申し訳ない気持ちでいっぱいになった。何がしたいのか、と聞かれて考え込んだものの、どうしても、出てこなかった。──むしろ、それまで働きづめであったルシフェルに休んでほしいという気持ちだけだった。本当ならば、家事だって引き受けるつもりだったのだ。……といっても、結局、効率良く済ませてしまうルシフェルが掃除をしてしまうし、珈琲を淹れてもらってしまっていた。考え出せば情けない気持ちで、泣き出しそうになる。サンダルフォンは誤魔化すように、温くなった珈琲を口にした。
 サンダルフォンの心情は、ルシフェルには理解できずに、伝わらない。それは、ルシフェルからサンダルフォンに対しても、同様だった。

「……私の方が、君を、付き合わせているのではないだろうか?」
「どうしてそうなるんですか!?」

 思わず、サンダルフォンが声を荒げる。なぜその結論に至ったのか、サンダルフォンには思考の道筋が辿れなかった。

「むしろ、俺の方が、迷惑ではありませんか? だって、いつも、任せてばかりでしょう? どこに行くのも、何をするのも」
「迷惑なものか」
「本当に?」
「本当だ。……君だって、無理に私に付き合う必要はないんだ。嫌なことは、嫌だと言ってくれて構わない」
「それこそ、貴方と一緒に過ごしたい、俺の我儘ですよ?」

 同じ言葉を口にされてはルシフェルは何も言えなくなる。そして、とうとう観念をする。

「自慢をされたんだ、ベリアルから」

 ベリアルはサンダルフォンの従兄弟だ。顔をあわせる度に揶揄われるからサンダルフォンは苦手で、好ましく思っていない。とはいえ蛇蝎の如く嫌っているわけではない。顔を合わせる必要があれば、普段は手に取ることのない少々値の張るランチであったりデザートであったりを強請る程度の関係である。ルシフェルは、そんなサンダルフォンのささやかなおねだりが羨ましかったのだ。
 ベリアルに強請っていたことを知られたサンダルフォンは羞恥と怒りで、それが真実であるから否定できずに、ルシフェルに吹きこんだベリアルを今度会ったらただじゃおかない、と理不尽な八つ当たりを決意していた。それから、ちょっとおかしな点に気付いてしまった。

「……自慢ですか?」
「自慢だろう。だって私は、そんなことされていない」
「されたいんですか、そんなの」

 サンダルフォンには、理解できない。だってそんなの、面倒でしかない。もしもベリアルにされたら鬱陶しくてたまらない。訝しむサンダルフォンに、ルシフェルは照れ笑いして、

「きみのお願いだったら、なんだって叶えるよ」
「なんだって、は大袈裟すぎますよ。俺のお願いなんて、ばかばかしいものでしょうし、ベリアルにだって……その、嫌がらせですよ? それに、お願いなんてものでもないし、我儘です」
「その我儘を聞きたいんだ」

 何を言っても、頑ななルシフェルにサンダルフォンは困惑して、口をまごつかせた。

「嫌われたくないんです」
「嫌いになんてなるものか」
「本当に?」
「本当だとも」
「絶対に?」
「勿論──絶対だ」

 しつこい確認をルシフェルは愛しんでなぞった。

──だったら……。と根負けしたサンダルフォンがもごもごと我儘を口にした。ルシフェルは嬉しそうに言葉を聞いて、その余りのちっぽけさにきょとりとした顔で、それだけで良いのかいと確認をする。サンダルフォンは顔を真っ赤にしてこくりと首肯した。

Title:誰花
2022/05/23
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