ピリオド

  • since 12/06/19
 黒子の居なくなった世界は、再び色を失った。
 赤司にとって黒子はランタンのような存在だった。それもとびきり小さくて光も淡い、赤司がしっかりと握って眼を凝らさなければならないような小さなものだ。それでも、真っ暗闇を歩く赤司の足元を照らすには十分な光で、荒んだ心を癒すには温かな光だった。

(黒子、お前はきっと知らなかっただろうな。僕がお前を前にして必死になっていたことなんて。今は別れても何時か同じ道を歩めるだなんて、思っていたんだ)

 黒子の憂いは知っていた。黒子の望むチームプレイが崩壊していることは分かっていた。それでもそれを無視して、各々のワンマンプレイに委ねたのは帝光中学校男子バスケットボール部のキャプテンとして当然の行為なのだ。
 段々と黒子の笑う回数が減ったのも、声を押し殺して泣いているのも、悩んでいるのも全部分かっていた。それでも自分から動かなかったのは過信していたのかもしれない。

「黒子のロッカーは此れだな」

 全中が終わり3年生は事実上の引退だった。しかしレギュラーや推薦を得ている3年生も練習にと部活に顔を出している。毎年恒例のことなのだから、顧問も知っているはずだった。それでも、顧問はそう言ってロッカーのネームプレートを取り換えた。

「まだ引退はしてませんし、個人練習もあります」

 震えそうな声で赤司が顧問の行為を制すれば、顧問は不思議そうに言う。

「黒子は退部しただろう?聞いてなかったのか」
「退部?」
「全中が終わった後に黒子が退部届を提出したぞ?受験に集中したいから、だったかな」

 曖昧そうに言う顧問の言葉を聞きながら、世界は色を失っていった。顧問が何か言っているのもまるで聞こえない。

(黒子とはもう終わってしまったのだろうか)

 そのことがあったのは9月のことだ。それ以来、黒子は姿を消した。



 図書室の隅は黒子がよく使用していた席だった。ちらりと見た貸し出し記録に黒子の名前は無く、黒子は図書室も使用しなくなっていた。
 その席は少し影になっていて冷房も暖房も効きにくい席だった。黒子がその席を使用する度に赤司は黒子の体調を心配していたのだけれど、それも黒子は知らないのだろう。
 何を読む訳でもなく、席から見える向かい校舎を見る。
 モノクロの世界で色付いた其れが横切る。
 気付いた時には、黒子を押し倒していた。どうしてこんな状態になったのか赤司は分からなかった。何時の間に図書室を出たのか、どうやって黒子を捕まえたのか、何も分からない。ただ怖々と赤司を見上げる黒子が許せなかった。

(ごめん)「どうして、」
(大事にしたかった)「絶対に、許さない」
(傷つけたくなんて、なかった)

 想いとは裏腹な言葉が口を出る。
 黒子は拒絶することもなく其れを受け止める。これで憎悪の眼を向けてくれたら少しはマシだったのかもしれない。思い返す度に馬鹿げた想像をする。



「僕がお前に惚れているって、最後まで信じてなかったな」

 何度も取り出してすっかり色あせた、笑っている黒子の写真をなぞる。2年の全中の試合でキセキと呼ばれる5人と黒子が笑いあっている唯一の写真だ。きっとこの顔を見ることは二度とないのだろう。
 誠凛という新設校に進学すると思っていたけれど、黒子の姿は無かった。ありとあらゆる学校を調べても黒子は何処にも進学していない。黒子の家に連絡をしても繋がらない。
 黒子との繋がりは全て断たれていた。

「会いたいよ、テツヤ」

 何度唱えたのか分からない願望を口にする。



 赤司は、高校3年のウィンターカップを最後にすっぱりとバスケから遠のいた。もしかしたら、このまま続けて行けば黒子の元に自身の名前が届くかもしれない。そんな幻想も抱いたけれどそれ以上に、バスケをする度にあの時黒子の声に耳を傾けていればなんて後悔が過るのだ。
 現在は家を出て、棋士となった。
 中学や高校から将棋一筋の者がいるなかで、ぱっと出の赤司は馬鹿にされていた。けれどもその実力は確かなものだ。それもそのはずで、赤司が幼いころに手習いを受け、時折指していた者はかつて棋士界で名声を得た人物だった。その人の奨励があって入会したのだ。
 結局赤司は勝負でしか自分を見出せない。勝ち続けなければ、死んでしまう。勝ち続けなければ、自分を殺したくなる。
 黒子が生きているのか死んでいるのか分からない。日本にいるのかも分からない。もしかしたら結婚をしているのかもしれないし、子どももいるのかもしれない。そんなことを考えるたびに赤司の心臓は悲鳴を上げる。
 その姿は痛々しいもので、彼をよく知りうる人は誰しもが心配した。けれども赤司にはその声は届かない。赤司にとってその声は雑音でしかなかった。
 1人で住むには広過ぎる家を買って、寂しさや苦しさに押し潰されそうになる度に、あの暖かな光を思い出す。
 10年が経っても、あの恋と呼ぶには想いの深すぎる感情が薄まることはない。それどころか何時だって黒子テツヤの影を追いかけていた。
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