ピリオド

  • since 12/06/19
 黒子の体は男でありながら、先天的に妊娠が可能な体だった。それは奇異な状態であるものの、社会的にも制度的にもあらゆる方法で認知されていた。それに妊娠出来るからといって彼らの殆どは女性と結婚し女性が妊娠している。また、その体は、妊娠は可能であるけれども妊娠確立自体は極めて低いのだ。それこそ女性と比べてみれば明らかだ。
 だからこそ、黒子は油断したのかもしれない。
 黒子は妊娠をしていた。
 体調不良が続きその症状が妊娠特有のものであると知ったのは妊娠検査薬の結果を見てだった。両親に子どもが出来たと告げれば、母親はショックで泣きだし、日頃は穏やかな父も激怒した。それは妊娠に対してであり、中学生ながらにそういった行為をしたこと、同性と致したこと、あらゆることに対するモラルからの怒りだった。
 男性妊娠体による妊娠は未だ世間的には白い目で見られている。

「まだ15なんだぞ?!何を考えている!」
「テツヤは気が動転しているだけよね?お父さんも、落ち着いて?」

 必死に息子を庇う母親に黒子はごめんなさいと頭を下げる。

「僕は、この子を産みたい」

 それを聞くなり、勝手にしろ!だがもう二度と家を跨ぐな!父はそう言って乱暴に部屋を出て行った。母も顔を青白くしてわっと泣き出してしまった。
 手元には、旅行鞄一つ分の荷物しか無い。それと手切れ金のように投げ渡された黒子の通帳。

「後悔なんて、していませんよ」

(きっと、何とかなる。何でもしてやろう。全部手放した僕を選んでくれたこの子を僕が守るんだ)

 その決意だけを胸に、黒子は只管に生きてきた。



 すやすやと眠る、文字通り腹を痛めて産んだ子どもは天使のようだ。まだしっかりと眼を開いていないけれど、この眼が赤ならば自分の遺伝子は何処に行ってしまったのだろうと黒子はちらりと嫉妬を覗かせてしまう。
 ふわりとした赤毛を手で梳く。さらりと流れる其れは自分の髪質とは違う。

(赤司くんと、僕の赤ちゃん・・・)

 点けっぱなしにしていたテレビから流れるニュースのスポーツコーナーでは、高校バスケットボールの試合が取り上げられていた。もしかしたらあのコートの中を僕は駆けていたのかもしれない。そんな考えを、頭を振り、払い落す。
 手元を漁ってリモコンを見つけると電源ボタンを押した。
 眠っていた赤ん坊はその些細な動きに不快そうにむずがっていた。


「おーしゃ」
「こっちですよ、茜」

 狭いアパートの一室で、黒子はよたよたとぐらつきながらも歩こうとする愛息子の茜に腕を広げる。そんな黒子に、茜は倒れ込むように抱きつく。

「今度はお外に行きましょうか」
「うー?」

 よじ登ろうとする茜を支えながら思案する。

(子どもの成長は早いですね)



 黒子が現在勤めているのは男性妊娠体の研究所だった。そこで事務職をする傍ら実験に参加している。未だ全様が明らかとされていない男性妊娠体の貴重な妊娠体・出産体ということで黒子は歓迎されていた。人権は保障されているし職員も良い人ばかりだ。
 実験と言っても経過観察程度であるし、遺伝子構造の変化を調べるための血液採取程度だ。だというのに出産費用は免除してくれたし、給料が出る。その額も申し訳なく思うほどに良い。しかし、あと2年もすれば契約期間は終えてしまう。
 贅沢は敵だ。
 黒子はひしひしとその言葉を胸に生活をしていた。現在住んでいるアパートだって築何十年もののすぐ傍を電車が横切る古いものだ。今は兎に角、お金を貯めなければならない。

(でも18になれば、仕事の幅も増える)

「おーしゃ?」

 思案していた黒子を、不思議そうに茜は見上げる。はっと、黒子は現実に戻される。じっと黒子を見つめる茜の眼は、黒子と同じ水色だ。
 細々と二人きりで暮らしていた。



 赤司だって当人だった。しかし彼に何も言わずに1人で決めて、茜を産んだことを後悔したことは一度だってない。
 自身の体のことを伏せていた。そのため、元々男同士ということもあって赤司は其処に永遠があるとは思っていないようだった。赤司は所謂『旧家』と呼ばれるような立派な家の跡取り息子だった。もしかしたら暇つぶし程度だったのかもしれない。好奇心から黒子と付き合っていたのかもしれない。頭の良い人だったから自分で経験をしたかっただけかもしれない。それでも良かった。黒子はただ赤司を好いていた。だから手を繋げてキスが出来て体を触れあえることが幸せだった。それを壊したのは、自分だ。
 赤司は一度だけ、避妊具を使わずに黒子を抱いた。合意の無い行為で、退部届を提出した後だった。その時のたった一度の行為で茜は生まれた。キセキのような確率で欲しいと願っても中々受胎出来ない人もいる中で、茜は黒子に宿ったのだ。
 茜の成長を垣間見るたびに、申し訳無いような気持ちが込み上がった。
 僕が喋ったとき、母さんは喜んでくれたのだろうか。歩いたとき、父は見ていてくれたのだろうか。そんなことを、つい考えてしまう。

(父さんや母さんは、どうしているんだろう)

 一度だけ、茜を産んでから実家を見に行ったことがある。何を考えていたのか今では分からない。その時、家の表札は無く家も売られていた。もう何処にも帰る場所なんて無いのだと理解した。その場から逃げ出すように、茜を抱えて去った。
 あれ以来、生まれ育ったあの町にも付近にも近寄れない。
 親子二人きりで暮らすには少し狭い部屋で、静かに暮らしていければいいのだ。ミルクの匂いのする茜を抱き締めて黒子は微笑む。



 病気も怪我も無縁だった茜が熱を出したのは小学校に入学してからだった。仕事から帰宅した黒子を迎える茜の頬は赤くなり眼がとろりとしていた。直ぐに熱を測れば37度と少しだった。平熱が低い茜には高いくらいだ。

「うーん。もう病院は何処も閉まっていますし、明日の朝に行きましょうか」
「ごめんね、とうさん」
「謝ることなんて何もありませんよ」

 ぺっとりと汗をかいた肌に張り付く赤毛を払えば、気恥かしそうに見上げる。
 その様子が急変したのは真夜中だった。

「茜?」

 はふはふと肩で呼吸する茜の様子は明らかに熱が上がっていた。触れるだけでも、火傷をしてしまいそうな熱さだ。

「おとうさん、さむい」
「大丈夫ですから、大丈夫ですから」

 ブランケットで茜を包み深夜救急へと駆け込む。車の免許を取ればよかった。そんな後悔が脳裏を過る。



「すいません!子どもの熱が!」

 慌てる黒子を落ちつけるように看護師が驚きながらも、適切な応急処置をする。深夜帯で珍しくも大きな事故もなかったため、運良くすぐに医者にかかることが出来た。

「インフルエンザですね」
「そう、ですか」
「最近増えているので学校で移ったのかもしれませんね。今日は点滴をうっておきましょう。もう良いですよ」
「・・・ありがとうございました」

 深々と頭を下げる。
 点滴を打って薬を飲んで、茜は落ち着いたようでぐっすりと眠っている。茜の頭を膝に乗せて、ほっと息を吐き出す。

(死んでしまうのかなんて、思った)

 大病院の受付部屋とあって広い。並べられた椅子の一つに茜を寝かせる。落ち着いて数時間の疲れがどっと出たのか、瞼が重い。

「・・・黒子?」

 その瞼がぱちりと開かれる。何年も前に毎日のように聞いていた神経質な声。

「緑間君、どうして」
「俺の科白だ」

 暗がりの中でも十分に緑間の刺々しさが肌を刺す。相も変わらずヒステリックな人だなあとのんびりと考える半面、どうしたら良いのだろうと逃げ出したい気持ちが反面。
 茜がその気配を感じ取ったのか唸り声を上げて、黒子は平静を取り戻す。

「その子どもはお前の子どもか」
「はい、内緒にしてくださいね」
「全中の後、俺達の前から居なくなったのは子どもが出来たからか」
「いいえ。全中の後ですよ。それに元々全中が終わったら退部すると決めていましたから」

 飄々と中学時代と変わらずに淡々と話す黒子に緑間は沸々と怒りを覚える。

「俺達が必死で探していた間、お前は「黒子さん、どうぞ」

 吐き捨てられた言葉に否定も肯定もせず、黒子は茜を抱えて立ちあがる。意識がないために普段よりも重い。それでも黒子とて男で、かつては運動部に在籍していたのだ。
 黒子を呼びに来た妙齢の看護師は怒りを露わにしている緑間に驚きつつも、それを眼で牽制する。その目は『患者さんに何をしているの』と言っていた。
 病院を出て直ぐにタクシーを呼んだ。贅沢をしてしまったなあと思うけれど、今日くらいは許されるだろうと誰かに許しをこう。

(女の人となんて無理です・・・生涯童貞ですよ、どうせ)

 心配をしてくれていた、探していてくれたのかという嬉しさはあったけれど、本当の事を告げるにはどうも憚れた。

(僕のことなんか忘れてください)
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