ピリオド

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 補給のために立ち寄った島は穏やかな気候に包まれていた。ロゼッタが良い島ねとうっとりと感嘆の声を漏らすほどに緑が豊かであった。
 団長が育ったザンクディンゼルほどではないにしても、島外から訪れるものは少ないようだった。閉鎖的な環境に反して、住民は穏やかで明るく素朴に、寄港した騎空団を出迎えてくれた。
 前の島を発ってから長く飛び続けていた。騎空艇としては中型であり、団員の数に対して部屋スペースには余裕があるものの、閉塞的な生活が続けば幾ら空の旅に慣れていても、団員たちも無自覚なストレスをため込んでいた。ここらで少しだけ落ち着いてから出立しようかという団長の言葉に反論は無かった。
 自由に過ごして良いと言われてからサンダルフォンとルシフェルも、喫茶室を閉めて島に降りていた。久しぶりの陸地とだけあって団員たちの多くは島に降りていて、喫茶室の利用者は殆どいなかった。サンダルフォンも、将来のためにと喫茶店研究がしたかったこともあり、店は閉めることにした。出掛ける間際にルシフェルに声を掛ければ、
「出掛けるのかい?」
「はい、この島の喫茶店を見てみようかなと」
「そうか。この島は珈琲が名産だからね。他の島との交流も少なく、気候の影響もあるのだろうが独自の進化をしている」
 そうだったのか、と驚くサンダルフォンを見詰めてルシフェルは眦を和らげる。それから、
「とはいっても最後に飲んだのも、二千年以上前のことだ。今はどうなっているのかは分からない」
「なんだ」
 悪戯っぽく続けたルシフェルに、サンダルフォンは呆れ混じりに笑ってしまった。ルシフェルなりの冗句であるらしい。時折、口にする。空の民である団長たちは理解できない規模に目を丸くしているものの、サンダルフォンはつい笑ってしまう。
「私も共にいっても良いだろうか?」
「勿論です!」
 二人で並び歩けば島民からはぎょっとした視線を向けられる。とはいえ二人は気にすることはない。すっかり、慣れたものである。大方先ほどまでルシオが人目を惹きつけながら闊歩してちょっとした騒動が起こったあとなのだろうとサンダルフォンは推測している。それは得てして外れていない。騒動は団長たちによって鎮められたあとであり、ルシオはささやかな変装をして過ごしたのだと、後になってから、サンダルフォンは団長の愚痴に付き合わされて知った。
「人が多いですね」
「何か、あったのだろうか」
 顔を見合わせて戸惑いと、緊張が走る。そんな二人を小さな声が笑う。
 白い花冠を被り、鮮やかな刺繍で彩られたワンピースを纏った少女が明るくこんにちはと話しかけてくる。サンダルフォンとルシフェルは話しかけられたことに驚きながら努めて優しく、こんにちはと返した。二人揃って、初対面では。友好的とは言い難い。それとなく団長に注意をされるまでルシフェルは気にしたこともなく、自分の顔に手を当ててそのような顔をしていたのかと小さな衝撃を受けた。一切の無自覚な威圧であった。対して、サンダルフォンは自覚があり、喫茶店をするなら接客も大事だよと言われてから気に留めている。今は気心の知れた団員を相手にしているものの、いずれは見知らぬ人間を相手にするのだからと将来を見据えている。
「春が来たお祭りをしているの」
 少女は得意げに笑う。サンダルフォンは春の妖精のようだとふと思った。思ってからキザったらしく、恥ずかしいなと胸中に留める。
 祭りとなると喫茶店は閉めているのだろうかと不安を覚える。折角なら珈琲を飲みたいところだ。なによりルシフェルさまの時間を無駄にしてしまったのではないかと苦い気持ちになる。
 人の機敏に聡い少女が首を傾げた。
「なにか探しているの?」
「ああ、珈琲が飲みたいんだが」
「なら開いている喫茶店があるわ!!」
 自分のことのように嬉しそうな少女に釣られるようにサンダルフォンも口角をあげて笑みをこぼす。
「案内したげる」
「それは、」
 そこまで世話になることはできない。何より祭りであるならば少女も友人たちと見て回るのではないかと心配になる。そんなサンダルフォンの苦慮を他所に少女はサンダルフォンの手を引いてずんずんと歩いていく。困惑を浮かべたサンダルフォンの視線にルシフェルは微苦笑を浮かべてついていく。
「友達は良いのか?」
「うん。みんな好き勝手してるんだもん」
 ぷう、と頬を膨らませる少女にサンダルフォンは意地を張っているだけなのかと笑ってしまう。それにしても見知らぬ人間なのだからもっと警戒を持たなければならないだろうと不安になる。ふと、自分はいつから見知らぬ存在を心配してしまう性質になったのだかとサンダルフォンは少しだけ笑った。
 その横顔を見ていたルシフェルは何か言いたげであったが、口を噤んだ。
「ここだよ。お母さーん!!」
 人の往来が激しいメインストリートから一本外れると、祭りの賑やかさを感じさせない静かな通りとなっていた。再度、お母さん、と呼びかけながらとある民家に入って行く少女の後をついていくべきか迷い、ルシフェルとサンダルフォンは顔を見合わせた。
 それからルシフェルが民家の横に小さく看板が掛けられていることに気付く。確かに、喫茶店であるようだった。開店中と書かれている。恐る恐るとサンダルフォンは民家の扉を開ける。カランと来店のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!!」
 先ほどの少女がにこやかに招く。それからは少女にこちらの席に、と案内をされるがままである。少女がメニューを取り出してから、おすすめはと説明をする様子を二人は微笑ましく見つめた。
「あの娘ったら、無理矢理連れてきてしまってごめんなさいね」
 少女の母親が困り顔で口にした言葉に首を振った。
「友達みんなパートナーがいるのに一人だけいないから拗ねてるのよ」
「パートナー?」
「ええ。お祭りの最後にパートナーと踊るのよ」
「それは面白そうだな」
「興味があるかしら? ならこれを使う?」
 いやそれはとやんわりと拒絶をするものの、娘に受け継がれているらしいお節介で、取り出された花冠がサンダルフォンの頭に乗せられる。少女と揃いのように白い花で作られている。サンダルフォンは似合わないだろうと外そうとしたが、目の前のルシフェルが、サンダルフォンが花冠を外そうと頭に手を伸ばすたびにしょぼくれたみたいな顔をするものだから外すに外せない。サンダルフォンはその顔に弱いようだということを、やっと認めていた。
 サンダルフォンは仕方ないと花冠を被る。だがふと、
「これは男が被っていて良いものなのか?」
「もうみんなそこらへん気にしてないわよ」
 そんな大雑把なとサンダルフォンは呆れてしまった。
「殆どは女の子だけどね。女の子から男の子に渡すのよ、パートナーになってくださいって」
「お母さんはお父さんがいるでしょ!!」
「だからお母さんは使わないからお兄さんにあげたのよ」
 やれやれと母親の言葉に、少女は頬を膨らませている。
「お兄さんたちあの騎空艇に乗ってきた方でしょう? お祭りの思い出ってことでもらってくれない?」
 持て余しているのだろう言葉にサンダルフォンはややあってから首肯した。有難う、と言えばほっとしたように安堵を零している。サンダルフォンは花冠になんとなしに触れる。やはり恥ずかしいなという気持ちはあった。
「お揃いだね」
 今泣いた烏がなんとやら。にこにこ顔の少女に言われてサンダルフォンは苦笑を浮かべてそうだなと答えた。ルシフェルはその姿を見詰めてから、笑みと共に珈琲を啜った。
 少女のおすすめだという珈琲は島で栽培された珈琲豆を使ったものだった。サンダルフォンには馴染みの無い風味は面白く、ルシフェルにとっても以前飲んだものとは異なり、進化を感じられる興味深い代物である。
 民家を改造したらしい喫茶店もサンダルフォンには新鮮で面白いものだった。じろじろと見るのはどうかと思うが興味が尽きない。こんな形の喫茶店もあるのかと記憶に留める。
「サンダルフォン、そろそろ出ようか」
「そうですね」
 出ていこうとすればさらりと自然に少女もついてくる。ついてくるな、と強くも言えずに困り顔の二人に対して、にこにこ顔の少女はこっちにも面白いものがるのよ、と二人を連れまわしている。これでも天司長なのだぞ、なんていったところで無意味であるし、ルシフェル様を連れまわすなんてと言ったところで猶の事であろう。二人は諦めて可愛らしいガイドに成り行きを任せる。
 少女は軽やかな足取りで、迷うことなく歩いていく。
「ここはね珈琲の飲み比べが出来るんだよ」
「それは……」
 喜色混じりの声にサンダルフォンは気付いた様子はない。少女はサンダルフォンの反応に満足した様子ではりきっている。
 ばったりと顔を合わせた団長、ビィ、ルリアにサンダルフォンはしまったと一瞬だけ顔を顰めた。しかし団長はといえばにやにや顔で揶揄ってくる。
「サンダルフォン可愛いもの付けてる」
 むっと、サンダルフォンは開き直る。
「ああ、可愛いだろ」
「サンダルフォンさんとっても似合ってます!」
 似合ってますと言われてもちっとも嬉しくない。可愛い可愛いと揶揄う声にサンダルフォンは辟易としてから、しっしと追い払う。きゃあと逃げていく後ろ姿に怪我はするなよと声を掛ければはぁいと返された。団長たちも祭りに浮かれて楽しんでいるようだった。
 少女にあちこちを案内されて疲れもあるが一日楽しめたものだった。ルシフェルとサンダルフォン二人ならあまり訪れないような見世物や出店に案内をされて、充実をした一日であった。日は沈みかけている。夕日が祭り会場を照らし続けていた。人の通りはまだ賑やかで、これからのダンスを楽しむように小さな影が並んで広場の方へと向かっていく。
 自分たちもそろそろ騎空艇に戻ろうか、その前に少女を自宅に届けなければとサンダルフォンはルシフェルに目くばせをする。少女ははしゃぎ疲れたのか口数が少なくなり、うとうとと夢心地のようだった。
 サンダルフォンとルシフェルが少女の手を引く。小さく、熱を持ったように温かな手だった。
 影がみっつ。小さな影をはさみ、長い影が二つ並ぶ。
「ごめんなさいね」
「いや。此方こそ、折角の祭りなのに連れまわしてしまった」
「まさか! こっちが無理矢理連れまわしたんでしょ?」
 曖昧に首肯すればほらねえと母親が笑う。
 少女は母親に凭れ掛かりぼんやりとしている。ほとんど夢の世界に入っているようだった。
「きみも一日有難う」
 サンダルフォンがしゃがみ少女に目線を合わせる。ぼんやりとした目線がサンダルフォンを見詰めてふにゃりと笑う。
「お兄ちゃんとダンスにいく」
「もう寝ぼけてるんだから」
「寝ぼけてない! お兄ちゃんとダンスにいくの!!」
 むきになる少女にサンダルフォンは苦笑をこぼし母親は呆れている。ルシフェルはといえばその様子を見詰めるだけだった。やだやだと、少女がぎゅうとサンダルフォンに抱き着けば、ルシフェルの瞳はやや剣呑に歪められる。それは、頂けない。許せることではない。努めて、冷静に。相手は幼いのだから。
 真顔で少女をべりりと剥がす。
 少女はぱちぱちと目を瞬かせている。
 ルシフェルは、サンダルフォンから引きはがした少女を真正面から見据える。少女は真正面の美麗な顔に怖気づくこともないほどに、驚いていた。そんな幼い少女に、ルシフェルは言い聞かせるように告げる。
「すまないが、サンダルフォンは私のものだ」
 ぽかんとした少女だったが、やがて言葉の意味を理解したようにわっと大声で泣き出して母親に抱き着いている。子どもの戯言じゃないかとサンダルフォンは思ったがルシフェルはといえば見当違いに、はっとしたようにサンダルフォンに向き合うと、
「きみを物のように扱ってしまった」
 と後悔を口にする。少女はといえばぐずぐずと鼻を鳴らしている。折角のお祭りだというのに申し訳ない気持ちになるが、ルシフェルの独占欲に触れられたことは、満更でもない気持ちだった。
 大人げないなと思いながら、サンダルフォンはルシフェルに引かれる手を払うなんてつもりはない。幼い心に傷がついていないか心配になる。振り返れば、苦く笑っている母親が気にしないでというように手を振っている。サンダルフォンはその手に振り返してから、前を歩く人の顔を見詰めて、少しだけ笑ってから、握られた手の平を、そっと握り返す。
 騎空艇に帰ればおかえりと声を掛けられる。先に帰っていたらしい団長がルシフェルの頭に載せられている花冠に気付いたようで目を瞬かせた。

2020/04/19
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