ピリオド

  • since 12/06/19
「▼」クリック(タップ)でお題が表示されます。


眩く、目を細めた。どうかしたのですか。不安そうな彼になんでもないよと答えた。そうですか。傷ついたような曖昧な微笑を浮かべた彼にどうかしたのかと尋ねればいいえ、なんでもと返される。そんなはずないと、問い詰めることがなぜか出来ない。気まずい雰囲気のまま淹れられた珈琲を飲み干した。


耳を澄まさなければ寝息も聞こえない。よくよく見なければ胸が上下しているのも分からない。死んでるみたい。ふと浮き上がった言葉にぞっとした。そんなわけないと分かっているのに、だめだった。からからになった喉を震わせ名前を呼びかけるより、掠れた声が俺の名前を呼ぶ。見えない恐怖が拭われた。


時空の狭間というのは暇だ。暇潰しにベリアルに二千年を語らせた。隙を突くためにアレを狙う。あからさますぎるというのに気づかれない。「今更なことだ。アレが生きていたのは天司長の慈悲ではない。ルシフェルの独善だ。研究所から変わっていない」得意げだったベリアルは虚を突かれた顔をしていた。


雨の日になると一際不機嫌になる。何時にもましてむっとしている。低気圧の所為かと思った。「湿気で羽が重くなるから嫌いなだけだ」珈琲を吟味するときのようなひどく真剣な顔で、言われて絶句した。隣でうんうんと頷いている旧天司長の反応から天司あるあるのようだった。悩んで損した。


唇に触れる柔らかな感触に、きっと、間抜け顔をさらしていた。一瞬のことだった。「してほしかったのかと、思ったのだが」違っただろうかと、不安そうな顔で言われるから俺は言葉が出ず、壊れたブリキ人形のようにふるふると首を振るしかできない。ただ綺麗だなと見とれていただけだったとは言えない。


「ルシフェルってサンダルフォンのこと大好きだよね」「当たり前のことだろう」「すごい一切の躊躇いがない」「躊躇うところがあっただろうか」心底不思議そうな顔をするルシフェルは男らしい。おっと、サンダルフォンの照れ隠しの射殺しそうな視線が痛い。怖い。ルシフェル気づいて。誰か助けて。


ものすごい美形とすれ違った。筆舌に尽くしがたい、あまりにも美人すぎると人間は固まってしまうらしい。やっと呼吸することを思い出して、買い物リストを思い浮かべながら歩いていると別系統の美形がすごい速さで横を通り過ぎた。先ほどの美形と同じ香りがしたので思わず振り返るも影も形もなかった。


「きみが、羨ましい」この人にもそういう感情があるのかと驚いた。「距離が近い。私の知らない表情を向けられている」羨ましい、と言う割には淡々と言うなと思った。さっぱりとしている。言葉と感情がちぐはぐ。「だけど、彼が好意を寄せているのは私だ」「それは知ってる」ただ自慢されただけだった。


当たり障りのないそれらしい、願望を口にした。微笑むあなたは知らない。本当は珈琲になりたい。役割としてではなく、あなたが好ましく思うものになりたい。あなたの中に溶け込んでしまいたい。あやふやになって、消えて、溶けて、あなたの中。血肉。指先。構成するなにか。それから、忘れ去られたい。


「ば……」わくわくと静かに期待と興奮を寄せる瞳にたじろいだ。散々に不敬を働きながら。散々に裏切りながら。いや、もっと残酷で酷い言葉を吐きながら。いざ、期待されるとどうしたらいいか分からない。「ばか」か細い声に彼の人は満足したようだった。やっぱり、この人のことは分からない。


「いってらっしゃい」見送る背中は遠い。空が高い。あんなにも穏やかだった時間が嘘のような、寂しさに、押しつぶされそうになる。悲しみに飲まれそうになる。強がることだけが上手くなる。なんでもないふりだけが得意になる。「いかないで、ここにいて、ひとりに、しないで」膝を抱えて、顔をうめた。


手順通りに淹れた。美味しいのに、味気なく感じる。わかっているのだ。彼がいない。このままでは珈琲の美味しさを忘れてしまいそうだ。はやくここに、私のもとに帰ってきてほしい。共に珈琲を飲みたい。少しだけ、嘘。もう少しゆっくりで良い。彼が自由に羽ばたく傍らにいないのはただただ、遺憾。


「……あの、どうして俺が呼ばれたんでしょうか」「そこにいろ」「は、はい」「サンダルフォンに何か用事でも?」「うっわほんとに掛かった。センサーでもついてるのか」「掛かった……?」「きみはなにも気にしなくていいよ、サンダルフォン。先に中庭で待っていてくれ。すぐに追いかけるよ」


「お願いした?」「星屑にか?」「夢がない」「現実主義者といってくれ」口を尖らせる団長に呆れながら、見上げる夜空は星明りがまぶしい。「あの人と一緒に見たかったなと、思っただけだ」にやにやとする団長が腹立たしくて「すまない夜目が効かないんでね」一応は加減はした。蹲る姿に胸が晴れた。


研究員にルシフェルへの言伝を頼んだのは覚えている。そこまで耄碌していない。だがなぜその言伝が「サンダルフォンとの婚姻について」になるのか分からない。どこで狂った。そもそもどこからスペアが湧いて出た。おいその期待した目で俺を見るな。抱えられてるお前も思考を放棄するな。


幸せになる方法を知っている。諦めてしまえばいい。想いを、捨ててしまえばいい。たったそれだけが、出来ない。この感情を捨てることが出来たならきっと容易く幸せというものを享受できる。温かで絶対的な安堵に包まれる。だけど、俺の幸せというのは、あの人で形作られているから。どうしようもない。


幸せというのは恐ろしい。落ちればその分だけ、どこまでも、どこまでも、深く、深く、落ちていく。だから幸せになるだけ、待ち受けるのは悍ましく惨憺たる、地獄。だからどうか、やめてください。囁かないでください。期待させないでください。「ごめんね、好きだよ」なんて残酷なんだろう。


大切にされているからといって、期待するな。自分に言い聞かせる。自意識過剰。思い上がり。自惚れ。優しさに甘えるな。言い聞かさなければ、勘違いしてしまう。都合良く、解釈してしまう。もう一度、隣にいるだけで十分じゃないか。もう一度と願った珈琲を共に出来る。これ以上を望むな。罰当たり。


「きみは思い込むと突っ走る嫌いがある」改まった様子に、背筋が伸びた。「だから言っておく」最後通牒のようだった。「私がきみを好ましく思うのは憐みではないよ。私という、ルシフェルという個体として、サンダルフォンという個体が好ましく「ストップ。キャパオーバー。続きは起きてからで」


俺を見詰める青は澄み切っている。見知った青だ。俺が恋しく、焦がれた青だ。なのに、今、その青に映る俺は怯えている。震えている。恐れている。逃げたい。逃げられない。恐怖。絶対的な、捕食者を前にした、世の常、貧弱な被食者。目をそらせば、そのまま、ぱくり。哀れ一呑み。無惨丸呑み。腹の中。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -