ピリオド

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 空の世界において敵対関係であったサンダルフォンとルシファーだったが、今世において、立場も、種族も、背負うものも、宿願もない、ただの命として出会ってから、紆余曲折を経て交際をしている。友人としてではない。二人は所謂、恋人関係である。
 ルシファーは根っからの研究者であった。星の民でもなく、そして大いなる意思も何もない今の世界においても研究の道を進んでいる。それはルシファーの意思によるものだ。数多にある道のなかから、選択をしたのはルシファー自身によるものだ。誰に指示されたわけでもない。
 ルシファーは現在の状況を気に入っている。
 かつては不用品としてしか認識が出来なかった、最高傑作にとって悪影響でしかないと思っていたか細い命は今のルシファーにとっては、口にすることはないものの大切な存在として、認識している。
 ルシファーが、自由意志によって選び取った。
 二人は婚姻関係にあるわけではない。
 紙面の契約を交わしているわけではない。
 互いに帰るべき家を所有している。しかし、ルシファーの本来の家は足の踏み場もない腐海と化している。研究資料があふれているから帰宅をすることがなくなったのか、滅多に帰宅しないから資料があふれるにまでなってしまったのか、どちらにせよ、とてもではないが生活できる環境ではない。そんな理由を持ち出して、ルシファーは出張以外ではサンダルフォンの家に居着いている。サンダルフォンは呆れながらも、ルシファーに帰れなんてことは言わない。表面上はぷりぷりと怒りながらも決して追い出したりはしない。
 互いに、恋愛にかまけるようなお気楽な思考回路ではない。
 依存関係ではない、と思っている。人からは恋人がいることを驚かれるほどだ。
 付き合ってから十年近く経つ。
 酸いも甘いもない。
 嫌なところは目につくし、腹が立つことも少なくない。人がきけばそんな理由で、なんて内容の喧嘩もする。
 かといって、惰性で付き合っているわけではない。妥協なんかじゃない。
 ルシファーはサンダルフォンだから、サンダルフォンはルシファーだから、隣にいたいのだ。
 嫌なところも含めて、すべてをひっくるめて、隣にいたい。
 多分、これが最後の恋になるのだろうとお互いに感じている。
 ルシファーは欠伸を噛みしめながら体を起こす。目覚めた時間は既に朝、どころか昼とも言い難く、夕方に近い。私用の携帯端末にはサンダルフォンからの連絡があった。冷蔵庫に昼食があるから食べろという内容だ。昼食、と先手を打つあたり朝は起きないだろうと見越したのだろう。最も、夕方に目を覚ましたのはルシファーも予想外であったが。
 ルシファーは仕事が好きだ。仕事、というよりも手に掛けている研究が好きだ。時間を惜しむほどに没頭してしまう。前世、というべき星の民であったという意識が抜けきらないのか体力の限界を忘れてしまう。つい、この身が脆弱なただの人であることが頭の中から抜け落ちることが多々ある。傍から見えれば過労死待ったなしの勤務時間をルシファー自らの意思で全うしようとするのだから上司が待ったをかけることもしばしばであり、珍しいことではなかった。上司としてもルシファーの研究結果が金を生み出すことは重々承知しているし研究者としての嫉妬と、上司としての期待もあるのだが彼の死に急ぐような鬼気迫る没頭ぶりは、上に立つ者として看過できないものであった。というわけで、ルシファーは学会の出席が終わるや否や有無を言わすことも許されないような強行で有休消化を取らされていた。
 休みに何をすればいいのかルシファーはわからず殆ど惰眠を貪るだけだ。
 科学雑誌や学会資料に目を通すから仕事と変わらない。
 没頭するような趣味が即ち仕事であるのだ。
 サンダルフォンと休日が重なってもお互い好き勝手している。サンダルフォンはコーヒーのブレンドをしてそれをルシファーが飲みながらお互い本を読んだり、レシピを考案したりしている。
 思えばサンダルフォンの休日の過ごし方も仕事と変わらないのではないか。
 実は似ているのかもしれないなとルシファーはまぶしさに目を細める。
 目に痛いほどの西日をカーテンで遮った。
 自分の家とは違うとわかっている。ここは、サンダルフォンの家だ。部屋の片隅にはコーヒーに関する書物が並んでいる。壁にはコルクボードが掛けられてルシファーの出張予定やサンダルフォンのシフトがマンスリーカレンダーに書き込まれている。
 整理整頓された部屋はサンダルフォンらしく、几帳面だ。
 喉の渇きを覚える。食器棚からコップを取り出す。どれも、二種類ずつが手に取りだしやすい位置にある。青はルシファーで、赤はサンダルフォン。気づけばセットになっていた。
 殆ど同棲に近い状態で、所謂事実婚の状態だ。
 ルシファーの荷物はサンダルフォンの家に届くし、サンダルフォンはそれを疑問に思ったこともない。
 当たり前のことだからだ。
 ただ二つ並んだ食器や、当たり前になっていることに名前を付けるならそれはーー
 ガチャリ。
 ルシファーは眉をひそめた。
 帰ってきたのだろうかと一瞬ばかり考えたが、まだ退勤の時間には早すぎる。なにかあったのだろうかと思ったが、サンダルフォンは連絡をこまめにする。何かあれば端末に連絡が入るはずだ。
 強盗か?
 ルシファーは剣呑にキッチンにいたことはこれ幸いと音をたてないようにして包丁やカラトリーが収まっている引き出しに触れる。強盗と思わしき気配は、ルシファーが固唾をのむのを他所にバタバタガサガサと煩いくらいの音を立てている。
「ただいま帰りましたよ、サンちゃん」
 呑気な声だった。
 にこにこ顔で荷物を抱えながら、きょろりと部屋を見渡している。
 ルシファーは目をかっと見開く。声の主はといえば、目的のサンちゃん、がいないこととルシファーがいることにきょとりとした様子を見せてから小首を傾げて見せた。同じ顔同じ色の瞳が交差する。
「おや、ルシファー。久しぶりですね。ところで、サンちゃんはどちらに?」
「サンダルフォンは仕事中だろう」
 冷静な声は自分が発したものではない。ならばとルシファーが視線を向ければ、後から続いて現れたのは同じ顔だった。何が、どうなっているんだ。なぜサンダルフォンと。ルシファーは現状の理解が出来ずに固まるしかない。混乱するルシファーを置いてけぼりに紙袋を抱えていた二人はせっせと中身を取り出し、開封していく。
「サンダルフォンには連絡をしたのか?」
「勿論ですとも。サンちゃんは連絡をしないと怒りますからね」
「そうか」
 たった三文字には親愛の情が込められている。相変わらずだと考えたところでドス黒い感情がわき上がる。彼らはなぜこの部屋にいるのか。なぜ鍵を持っていたのか。サンダルフォンとの関係すら、ルシファーは知らない。そもそもサンダルフォンに言われていない。
 立ち尽くしたまま、不快に、みじめったらしい気持ちにるルシファーに気づいたのは、ルシフェルだった。
「友よ、」
 説明をしようとした矢先ばたばたと忙しない音を立てて、ぜえぜえと息を切らしたのは部屋の本来の主である。
「これは連絡とはいわないだろう!?」
「おかえりなさい、サンちゃん」
「っただいま!!」
 怒っていながらも律儀に返事をするサンダルフォンは真面目過ぎるだろうと、ルシファーは呆れてしまう。
「なんだこれは! メリーさんか!!」
「サンちゃんが、連絡はマメにしろと言ったでしょう?ですから……」
「まめっていうのはな、事前にいれろっていうことだ! こんな、一枚一枚画像を送ってくるやつがいるか! あと連絡先を変えたらそれを連絡しろ! 本当にこわかったんだからな!?」
「怖がらせるつもりは、なかったのですが……」
 しょんぼりとする男にサンダルフォンは言い過ぎただろうかと思ったのだろう、言っていることは正しいくせになんだか申し訳ないみたいな顔をしている。
 サンダルフォンは業務中は携帯端末に触れない。スタッフ用の室内でマナーモードにしている端末が震え続けているのを同僚が気づき何かあったのではないかとサンダルフォンに声をかけたのだ。それから、端末を確認すれば見知らぬ連絡先から画像が送り付けられていた。ウイルスの類や迷惑メールだろうかと思えば、画像は良く知る場所だった。一枚一枚と、確認するうちに確実性を帯びていく。サンダルフォンのよく通る公園だとか、買い物に使うスーパーだとか、やがて。さっと顔を青ざめさせたサンダルフォンに店主はただ事ではないと察したのだろう、同僚も早退をすすめて、サンダルフォンはその言葉に甘えて仕事を切り上げて帰宅したのだ。
 はっと、サンダルフォンは自分が間違ったことは言っていないと気づいたのだろまたぷりぷりと怒っている。そんなサンダルフォンにまあまあと言いながらチョコレートをすすめている。これは新作なんです、中にラスベリーソースが入っていて甘酸っぱいんですよと呑気な声だった。ルシフェルもまた勝手知ったるとでもいうようにコーヒーを淹れる準備をしている。
「友よ、すまないが少し横にずれてもらってもいいだろうか」
 無言のまま横にずれる。ルシフェルは感謝すると言いながら蛇口をひねる。
 リビングでは自分と同じ顔をした男とサンダルフォンがいて、隣にはIHの操作をしている自分と同じ顔。
「……説明をしろ」
 地を這うような声にサンダルフォンがびくりと肩を震わせた。
 私もあんな声が出るのでしょうか、と場違いな感想を耳打ちしてくる隣の男にあきれながらサダルフォンはヒノキの棒を片手にラスボスの魔王に挑むような気持ちで逃げ出したくなる。だが逃げられない。
「父と、兄だ」
「父です」
「兄だ」
 父は貿易関係の仕事を営んでおり、後継者修行兼秘書の兄と共に海外を飛び回っている。サンダルフォンは乗り物酔いが激しい体質故に同行はしていない。と言う理由もあるが、なによりも、ルシファーがいるからだ。あちこちを飛び回っていては、会えない。後者の理由は父も兄も知らない。二人は体質故に仕方ないと思っている。帰国するときには、謝罪のつもりなのか大量の土産を持ってくるのだ。
 今まではルシファーの海外出張や学会、それからサンダルフォンがあえて、スケジュールをずらしたことで鉢合わせることがなかっただけだった。
「なぜ、黙っていた」
「聞かれなかったから」
 目をそらしながら答えたサンダルフォンは明らかに嘘をついている。そんなサンダルフォンを笑みを浮かべながら見つめているのは父と兄を名乗ったそっくり同じ顔であるから、ルシファーは頭が痛くなる。
「サンちゃんをあまり責めないでください」
「責めているつもりはない」
「……私にも責めているように見えたのだが」
 ぎろりと睨みつけるものの、彼らには効果がないことは重々承知している。
 父である男は、兄である男は、どちらもルシファーの死因である。
 父である男が何をしたのかはサンダルフォンは知らない。父も語らない。兄である男がどのような理由で友を手に掛けたのか、サンダルフォンは問わない。兄も語らない。
 しかし、なによりサンダルフォンが言えなかったのはルシファーの執着を知っていたからだ。友と位置づけ最高傑作と呼び、自らを補完するために作ったルシフェルはルシファーにとっての特別だ。それが、おそろしかった。嫉妬も沸き上がらないほどの、執着。
 唇を尖らせるサンダルフォンにルシファーはため息を吐き出す。
 大方バカバカしい思考の果てに至った考えなのだろうが、どうしてこうも突っ走っていくのか。付き合って数年が経つが、やはり、理解が出来ないでいる。
「ねえ、おなかがすきました。どこかに食べに行きませんか」
「空気をよめ」
「今いうことか?」
「すまない……私も空腹だ。友よ、きみもどうだろか」
「俺をのけ者にするつもりだったのか? いい度胸だな」
「そういうつもりはなかったが……」
「ああ、ルシファー。チーズは大丈夫ですか? イタリアンのお店がこの近くにあるんです」
「聞いておきながら意見を聞くつもりもないな。おい、お前は大丈夫か」
「え?」
「イタリアンだ」
「あ、ああ。食べる」
「着替えるから待っていろ」
 ルシファーはサンダルフォンの頭をこつりと小突いていった。
 よかったね、サンダルフォン。そういって笑った兄は、保護者のようで、サンダルフォンはむずがゆさを覚える。
 しゅんしゅんとわき上がるお湯の音にサンダルフォンが私が淹れようという兄を制止する。帰ってきたばかりなんでしょうと言いながらコーヒーの用意をする。客人用のカップとルシファーとサンダルフォンの普段使いのカップ。それを見つけたルシフェルが笑うから、くすぐったくて、サンダルフォンは気づかないふりをした。

title:へそ
2019/09/28(修正2020/04/17)
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