ピリオド

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 研究所に帰還することは、随分と、久方ぶりのことであった。
 報告であるならば、伝令の天司を介せば済むことであったのに、ルシフェルは今までであるならば、自ら、研究所に赴いていた。研究所には、中庭には、彼がいたから。それだけで、研究所は戻る場所となったのだ。
 今となっては、研究所には帰還する理由はなくなり、ルシフェルの足は自然と遠のいていった。
 だが、今回ばかりは自分の口で報告をせねばならなかった。
 白亜の回廊を抜けると研究区域に入る。
 星の民たちは、今起こっている反乱による被害と、その復旧に追われているようで慌ただしくルシフェルに気を留めるものがいない。ルシフェルの探し人である創造主は、部下や伝令の天司に囲まれていた。辟易とした様子で報告を聞いている。
 やがて、ルシフェルに気が付いたようだった。
「報告か?」
 ルシフェルが首肯する。
 ルシファーは部下への指示を出し終えると、歩き出した。ルシフェルはそれに続く。
 研究区域の奥へと進んでいく。奥の部屋は極、限られた研究員以外が立ち寄ることを禁止されている。いわば、機密事項ともいえた。
 他の部屋に比べるとやや蒸し暑い部屋は常に温度が保たれている。
「それで?」
 ルシファーに促されて口を開く。
 反乱の制圧について。被害や、反乱に加わったもの。そして、
「サンダルフォンを、反乱に加担したものとして、パンデモニウムに収容をした」
「……そうか」
 報告に、興味がなさそうに一つ、頷いたルシファーはひとつの繭の前で立ち止まった。
 ルシフェルは怪訝に、ルシファー越しに繭を見る。
 天司の創造は終えたのではなかったのだろか。
 なぜ、稼働前の、天司の繭があるのか。
 なにを、作ろうとしているのか。
 疑問は幾つも沸き上がった。
「お前のことだ。あれを手元に置くと思ったのだがな」
「彼は、反乱に加担をした。許されるべきことではない。罰を、与えなければならない」
「…………罰?」
 くっと、笑いを押し殺そうとしたのか、くぐもった声を漏らしたルシファーは、結局、こらえきれないというように、耐えきれないというように、背を丸めて声をあげて笑いだした。作られて以来、長く、共に過ごすことがあったとはいえ、見たこともない姿に、ルシフェルは内心で、驚いていた。また、なぜ、笑っているのか理解できず、怪訝に眉をひそめた。
 罰であるというのなら、天司長であるならば、なぜ「処分」をしないのか。それはルシフェルにとっての甘えであり、弱さである。完璧であるはずのルシフェルの、不完全さである。欠陥なんぞ、あってはならぬというのに。これは、とても
「………愛玩もなくなって寂しいだろう? これでも使え」
 そう言ったルシファーが繭を示す。
 何を言っているのか、理解できず、あるいは理解をしたいとも思えずルシフェルは不快だった。
 繭を作っていた羽がこぼれる。
 羽化の瞬間であるらしい。
 繭の中から、生まれたばかりの天司はぐったりとした様子で床で崩れる。肌に張り付いているブルネットの癖毛。覚醒しきっていない、虚ろな赤い目。それらは、ルシフェルがよく知るものであった。最後に見たのは、恨みと、憎悪の込められた鋭い視線。
 するりと、ルシフェルの手から離れていった。
 今や隣にいない。
 中庭にいない。
 かつて、否、今でも、ルシフェルにとって、唯一心安らぐ、安寧。
「一人遊びは寂しいだろう?」
 生まれ落ちたばかりの脆弱な肉体の腕を、ルシファーが引っ張り上げ、そのままルシフェルに向かって放り出す。ルシフェルは、思わず、抱き留めた。そして、生まれたばかりの姿とはいえ、柔らかな触感に違和を覚える。
「どうせなら、天司同士の交配も測定したいからな。肉体を女性体にして作り直した。肉体の数値やスペックはお前の作ったものと変わらない」
 ルシフェルは、目を瞑る。
 まだ、自我も不明瞭な少女を模した天司は、ルシフェルにもたれかかっている。自身の力で立つこともままならないようで、そして、ルシファーの言葉も理解できていない。
「すまない」
 少女は悲鳴を上げることなく、血の海に伏した。
 赤い海が、床一面に広がっていく。
「なんだ、気に入らなかったのか」
 ルシフェルは、何も応えることはなかった。
 応えることが、出来なかった。
 怒りとも、悲しみともわからない感情が胸の中で渦巻き、苦しかった。
 気に入らないだとか、そんな問題ではないのだと、言いたかったが、きっと、彼は理解を示すこともないだろうと諦めがあった。
 一人残されたルシファーは、床に広がった血がローブの裾にしみこんでいることに気づき舌打ちをした。うつ伏せのまま倒れこみ「処分」をされたそれ。
「……これは、廃棄をできるのだな」
 まったく同じではなく女性体であるからか、あるいは自分が作ったものではないからか。
 なんせ、ルシファーには理解ができない。
 必要がないなら廃棄をする。単純明快なことだ。簡単な取捨選択である。不要は捨て去る、たったそれだけのことだ。
 ならばなぜルシフェルはサンダルフォンは「廃棄」しないのか。
 わざわざパンデモニウムに収容という手を打ったのか。アレにそれだけの価値があるとはルシファーには思えない。たしかにスペックだけならばルシフェルにも迫るものだがルシフェルには及ばない。知能や所作全てにおいてルシフェルに劣る。ルシフェルが執着を示す理由すら、ルシファーには理解できない。
 繭に触れる。
 白く、柔らかな羽は触れると呆気なく崩れていった。
 受け取りを拒否されてしまった。
 拒否されたならどうせ行き着くのは廃棄なのだが、まさか自分で処分をするとはなと、ルシフェルが理解できなくなっていくことに苛立ちを覚えながら、床に広がるそれと鉄臭いにおいに不快に、ベリアルにでも片付けさせるかと部屋を後にした。

title:うばら
2019/07/23
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