ピリオド

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 ふわふわと内臓が浮かび上がる感覚にやっと慣れを覚えたサンダルフォンは割り当てられた当番に勤しんでいた。多くの団員を抱える騎空団ともなるとたかが洗濯といえども侮れない。討伐依頼と同じほどの疲労感を覚える。とはいえ疎かにすることは出来ない。衣類の汚れに伴う雑菌の繁殖。感染症の類は閉鎖された空間且つ集団生活を送る上で予防すべき脅威だ。雑菌が肉体に害を成すリスクも考えれば日々清潔を保つことが求められる。
 サンダルフォンはシーツの皺を広げる。洗濯当番になるとハーヴィン族や女性陣、小柄な団員たちは衣類やタオル類を、男性陣はシーツなどの大型のものを担当するようになっている。自然と分担されていた。
 爽やかな石鹸の香りが鼻孔をくすぐる。さっぱりとした香りは浮遊感を伴う不快感を和らげる。ほっと、息を吐き出したところで、
「ああ、サンダルフォンさん」
 思わず息を呑んでしまう。違うと、頭では分かっている。理解をしている。けれど、何度目になるのかと、自分自身で呆れてしまう。逡巡、視線を彷徨わせてからえいやと覚悟を決めたように呼びかけられた先、背後を振り向こうとしたサンダルフォンだったが、覆われた視界につんのめる。
「わふっ」
「! 大丈夫か、ルリア」
「はい! だいじょうぶです〜」
「おや、これはまた……」
 苦笑いをしているのだろうか。呆れたような物言いにむっとしながら、サンダルフォンは視界を覆い尽くしていた柔らかな羽をかき分ける。ルリアはタイミング悪く、サンダルフォンの後ろでタオルを干していた。ふわふわと柔らかな羽が、ルリアを傷付けることは無いと分かっていながらも、サンダルフォンは怪我をした様子のないルリアを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。ルリアはもふもふと触れていた純白の六枚羽に、にこにこと笑みを零して手にしていたタオルをロープに掛ける。
 ルシファーとの戦いを経て、継承されたルシフェルの六枚羽はサンダルフォンの体に馴染んだものの、自由自在に扱うことは出来ていない。サンダルフォンの意思の通りに顕現は出来る。けれど、ふとした瞬間にサンダルフォンの意に反して、まるで自分の意思があるかのように勝手に顕現している。害は今のところはない。戦闘に支障はない。むしろ体勢を崩したサンダルフォンを守るように、あるいは攻撃を逸らすようにしている。ただ、サンダルフォンはままならない力に、扱いきれていない事実に重く、息を吐き出す。
 サンダルフォンはつい、きまずくて、ぶっきら棒にルシオに、
「……何か、用事があったのだろう?」
「ふふ…………ああ、すいません。団長からそろそろ休憩にとの伝言です。よろしければ珈琲を淹れてもらえませんか? 皆さんお待ちなのです」
「あ、私もサンダルフォンさんの珈琲が飲みたいです!」
「まったく、休憩を取らせるつもりがないな」
 だが決してサンダルフォンは嫌な気持ちではない。厭味ったらしい言葉になってしまうのは、彼の照れ隠しだ。それを長く共に旅をしてきたルリアは分かっているからえへへと笑う。ルシオはその様子を微笑ましく、見守ってからふと、サンダルフォンに視線を移した。ふわふわと風に揺れている鳶色の癖毛に、純白の羽毛が見え隠れしている。サンダルフォンは気付いた様子がないし、ルリアにとっては死角なのだろう。気付いているのはルシオだけのようだった。
「さきに室内に戻っていろ、俺はこのシーツを干し終えたら戻るから」
「わかりました!お湯を沸かしておきますね」
 ふんすと息巻くルリアにサンダルフォンはちょっとだけ笑みを浮かべてから洗濯かごの中で、まだ残っていたシーツを手に取った。甲板のあちこちに張られたロープに掛けられてはためくシーツだが、生憎とまだ干し切れていない。ルリアはふんふんとご機嫌な様子で鼻歌を奏でながら真っ白いスカートを翻していった。それから極力、意識を向けまいとしている様子のサンダルフォンにルシオは手を伸ばす。
「ああ、羽根が……」
 からまっていますよと伸ばしかけた手がサンダルフォンに触れることはない。ふわふわと柔らかな心地のよい感触に妨げられる。きょとりと、サンダルフォンはルシオを見上げる。もふりとした羽にルシオは愈々、可笑しくなってしまう。
「あなたは、ルシフェルさんに大切にされているんですね」
 からかわれているのだろうかとむっとしたサンダルフォンだったが、敬愛する御方の名を出されると言葉が浮かばない。お前があの御方について語るなとも、何を知っているんだとも、何を言えばいいのか分からなくなる。ただ、大切にされていると言われて、思われて、不快ではない。サンダルフォンとてあの場所での語らいを経て、自信がある。だけど、それを口にするのは癪に障った。
 サンダルフォンは口を噤み視線を逸らす。真っ白い羽根がルシオから庇うようにして、ルシオの視界から、サンダルフォンを隠してしまう。
「全く、私は邪な気持ちなんて一切ないというのに」
 ぷうと不満を口にしたルシオは去って行った。どうやら、ルシオは害成すものとして、まだサンダルフォンを任せる存在として認められていない。威嚇するように顕現する羽はルシフェルの意思が、残滓が濃い。二千年以上に渡り、長くルシフェルと共に存在した力はその意思を汲んでいる様子だった。むしろ、その在り方は――考えたところでとルシオは思考を放棄する。
 先に戻っていますねと声を掛けたルシオの後姿を見送りながら、甲板で一人、サンダルフォンはつい、話し掛けていた。
「まったく――どれだけ、俺のこと好きなんですか」
 サンダルフォンは冗談交じりに語りかけた。答えなんてないと分かっている。独り言。悪趣味な冗句。笑い話にもならない。詰まらない。なんて、な。続けようとしたサンダルフォンを遮るようにして、純白の羽が戯れるように、サンダルフォンの頬を撫でる。在りし日の温もりを、思い出して、あの御方に触れられているような錯覚に、サンダルフォンは瞼を閉じた。瞼の裏で、あの御方が、ほほ笑んでいる。瞼に焼け付いて離れない。
「――――ルシフェルさま……」
 あえかな声に、応えるように、慰めるように、羽がサンダルフォンを包み込む。

【サンダルフォン】
「どんだけ俺の事好きなんだよー」
#この台詞から妄想するなら
2019/06/01
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