ピリオド

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 斑類の中においても人魚は特殊な地位にある。特に「赤司」の一族は代々斑類の統括をしてきていた。
征十郎は赤司の当代の十番目の子供だった。
 高齢とも言える出産をした母は先祖返りであり、上にいる9人の子どもも全員が当代と彼女との間の子どもだ。けれど、斑類として、人魚の一族に身を委ねる人間としての度を越した教育を受けた記憶は征十郎には無かった。両親共にお互いを愛し合っていたために、子どもにも誰か一人と添い遂げて欲しいと願っていたのだ。だからこそ、ただ種を残すための結婚をしてはならないと、心が通じ合ってこそ意味があるのだと口を酸っぱくして子どもたちに言い聞かせてきた。征十郎にとっては当たり前のことだった。寧ろ仲睦まじい二人の姿に憧れを抱いていた。
 そんな恋愛価値が奇異なことだと知ったのは彼の言葉だった。
「そうですね、かのうせいがたかければうみます」
「かのうせい?」
「はい。にんぎょをとだえさせないことがだいじなことですから」
 征十郎にとって彼は数多くいる親戚の中でも年齢が同じで、最も親しい少年だった。薄水色の髪と眼は水中のなかを思い出させて、何処か懐かしさすら感じていた。彼といると胸がじんわりと暖かくなって、ずっと一緒にいたいと思うようになっていた。子供ながらにきっと「運命の人」なのだと年の離れた姉の読んでいた漫画の言葉を用いるほどに、彼のことを想っていた。
 そんな彼の言葉に、征十郎はぽかんとする。
「あかちゃんはあいしあっているふたりへのおくりものだよ」
「ちがいますよ。しゅをそんぞくさせるためのこういのすえのたまものです」
「ふーん」
 いまいち理解出来ないままに返事をする。積み木でお城を作っていた。
 通っている幼稚園は赤司一族が経営するものだ。万全な警備体制を敷く有名な園であり、誘拐などの犯罪に巻き込まれやすい重種の子どもが多く通っている。
「テツヤはぼくのあかちゃんをうんでくれる?」
──お父さんとお母さんが愛し合っているから、あなたたちは生まれてきてくれたのよ。
 ドキドキしながら幼い愛を口にすれば、テツヤはきょとんとした顔で
「おとうさまがおっしゃるなら」
 意味はイマイチ理解できなかった。


 黒子の一族は赤司の傍系にあたり、赤司に次いで多くの人魚を排出してきた。そして多くを本家に嫁がせてきた。
 本家である赤司の一族が、種や一族の存続に躍起にならないためか、黒子家は感情論よりも理論的に考えて積極的動いてきた。なかでもテツヤの父である当代は顕著だった。
 テツヤには異父異母兄弟が多くいる。その中でもテツヤは当代である父からの期待を一身に背負っていた。
 赤司家の末の子供と、唯一年が近い子供で、体が丈夫。シロナガスクジラの魂魄を持っていると言われている赤司征十郎とシロイルカの魂魄を有しているテツヤ。もとより幾分かの血の繋がりもある。可能性は、他と比べれば高いだろう。
「テツヤ、赤司征十郎さんを覚えていますか」
「はい。ぼくとおんなじとしのこですよね。このまえ、ほんていでみかけました」
 当主の奥方である赤髪の女性に手を引かれていたのを覚えていた。
 テツヤの言葉に気をよくしたように父は言う。
「そうですか。テツヤ、黒子は人魚という種を残さなければならないということをよく覚えていなさい」
「はい、おとうさま」
 それだけを言い聞かせて父は側近に急かされるように仕事へと戻っていった。



 初めて征十郎を見掛けたのは、本家での会合に父に連れ立って居合わせたときだ。といっても、片付けなければならない仕事が出来たという父はテツヤをおいて先に帰ってしまった。テツヤは御付き数人に連れられて本家を後にしようとしたとき、庭で椿を指して笑い合っている奥方様と末の息子である征十郎を見掛けたのだ。
「テツヤさま?」
「いいえ、なにもありません。いきましょう」
 良いなあと思ってしまったのは、テツヤの小さな秘密だった。
 テツヤは、子どもだ。難しいことは分からない。けれど、自身を取り巻く家のことについては何となく、理解できていた。
 人魚という特殊な種類を存続させること。テツヤは、その為に産まれてきた。家庭教師や、当主である父が言い聞かせてきた言葉。テツヤにとっての生きる意味。



 テツヤの付き人からの幼稚園であった報告に、テツヤの父は機嫌を良くしていた。
「赤司の当主に、書面を送りましょうか」



 黒子の家は気風からなのか常に赤司を支えていた。それを十分に赤司は理解している、感謝もしている。しかし、彼らの言動は赤司に妄信的であるように思えて、ときに恐ろしくすら感じることもあった。
 黒子家当主からの手紙に、さてどうしたものかと柳眉を崩す。
「お手紙、なんて書いてらっしゃるか聞いても?」
「ああ。君にも大事なことだしね」
 そう言って手紙を妻に渡せば、彼女もまた顔を顰める。
「私たちだけで話すことじゃないわ。征十郎に聞きましょう」
 眠る準備をしている最中だった征十郎。連れてきた手伝いの者を下げさせた。
「どうかしたの、おとうさん」
 時刻は8時を過ぎた頃で、未だ5歳の園児である征十郎はうつらうつらとしていた。
「すぐに終わるから……。黒子テツヤくんって、分かるかい」
 黒子テツヤ、その名前で知っているのは大好きな彼だった。目をぱっちりと開いてうんと頷く征十郎に、両親が戸惑ったように訊ねる。
「征十郎、あなたテツヤくんと結婚したいの?」
 母のオブラートにも包まないストレートな言葉に頬を赤くしながら
「けっこんはすきなひととするんでしょう? ぼく、テツヤがだいすきだもの」
 息子の言葉に両親は彼が、純粋にテツヤくんが好きなのだとわかる。それならば自分たちが横から口にすることではない。自分たちがそうであったように恋愛事は当人たちの気持ちが重要なのだ。これでテツヤくんが征十郎を好きでいてくれるなら問題はない。
「そうか。わかった。もう眠いのにすまないね、おやすみ」
「おやすみなさい」
 挨拶をすると征十郎は寝室へと手伝いの者に連れて行かれた。
 心配そうに見る妻に、赤司家の当主であり、征十郎の父は心配することはないよ。大丈夫、返事には本人たちに任せると書くよと安心をさせた。



 父に呼びつけられたとき、なんだろうと思っていた。テレビドラマのような暖かな家庭ではない、事務的な血だけの繋がりを重視する人だったから、何を言われるのか分からなかった。
 父と話をするときは決まって和室だった。
 その部屋をテツヤはあまり好ましくは思わなかった。息苦しくなるような、首を絞められているのではないかと錯覚するような思い出しかない。
「座りなさい」
「はい」
 幾つかの書面を見ていた父が顔を上げる。その顔にはいつもの無表情からは程遠い何処かやりとげたような達成感があった。嬉しそうな顔を見てテツヤは不思議がると同時に、少しだけ嬉しく思えた。
「テツヤ、征十郎さんの子供を産みなさい」
 驚いて一拍の間を置いて返事をした。
「はい」
 満足気な父はもう下がっていいですよと言う。そういえば何時もは部屋の前に鎮座している側近の人も見掛けなかったことを思い出す。今日はもう仕事に行かないのだろうか。何か言おうかと迷って、何を言えば良いのか分からずそのまま下がった。
 それからふと思い出したのは本邸で見掛けた征十郎とその母親の姿だ。忘れなくちゃいけないのに、自分とは違うのだと理解しているのに消化することが難しかった。



 赤司征十郎と黒子テツヤの婚約を発表したのは、征十郎の7つの誕生日のことだった。
 嬉しそうに笑う征十郎とは真逆に、テツヤはぼうっと床を見ているだけだった。婚約は本意じゃないのか、もしかして好きな子がいるのではないかと不安に思った征十郎の母が話しかける。
「テツヤくん、征十郎とは結婚したくなかった?」
「いえ、そうじゃないです」
 テツヤは否定をする。戸惑っているだけかしら。元々猿人として生まれ育ってきた彼女には、斑類であり同性と結婚しなければならない彼の気持ちは汲みとれない。どうしたものかと思っていると姉たちに遊ばれていた征十郎がぱたぱたと近づく。それから笑っていると思っていたテツヤが笑っていないことに気付いた。
「テツヤはうれしくないの?」
 悲しそうな顔をする征十郎にテツヤは否定する。
「うれしくないわけじゃないです」
「テツヤはわからないなあ。ぼくはテツヤがだいすきだからけっこんできるのがうれしいよ」
「ありがとうございます」
 嬉しくて仕方ないという征十郎に対して、テツヤの顔は常と変らない。征十郎の母は、一抹の不安を覚えた。



 通される部屋の脇には黒服の男たちが控えていた。
「征十郎さまとの子供はまだですか」
「すいません」
 ふうと息を吐き出す父の姿は何時まで経っても恐ろしかった。暴力を振るわれた記憶もなければ、声を荒げて怒鳴られた記憶もない。だけれど、時たましか会わらない父親の存在はテツヤにとって絶対だった。
「やり方が分からないわけじゃないでしょう?」
 その問いに言いよどむ。自分は分からないわけじゃない。けれども・・・。それを考えたところで父もまた気づいたようだった。
「まだ、していないのですか」
「・・・すいません」
 小学校を卒業して1年も経っていないのだから、当然だろうという認識は無い。
 考えるような仕草をしてから、
「灰崎家の祥吾さんを覚えていますか」
「はい」
 灰崎家とも黒子は親しくしていた。その長男である祥吾とは幼少時に一度顔を合わせて以来あっていない。けれども中学が同じだった。彼が気づいているかは知らないけれど、一方的には知っている。
「以前から話は来ていたのですが、灰崎家との繋がりも深めるということもあります。考えてみましょうか」
「……わかりました」
「下がって良いですよ。返事が来次第、伝えます」
「はい、失礼致します」
 部屋を後にすれば、控えていた父の側近も静かに頭を下げた。それを手で制する。
 自室へと戻るために渡り廊下を歩いていると胃から何かがせりあがってくるような不快感があった。飲み込むとそれは胃の中に落ち着いた。



 征十郎の視界の端で、婚約者であるテツヤにちょっかいを掛ける祥吾の姿が映る。前々から、祥吾はテツヤを気に入っているようで小学生のような悪戯をしていた。それに征十郎はヤキモキしながらも放置していた。其処には自分とテツヤは婚約者なのだという絶対的な信頼があったからだ。言わばタカをくくっていた。
 レギュラー専用のロッカールームで着替えているのは征十郎と祥吾だけだった。
 チームメイトという認識くらいしか無い征十郎に対して、祥吾はにやりと笑う。
「なあ、知ってるか?シャチはシロナガスクジラも食い殺せるんだぜ」
 それの揶揄が分からないほど愚鈍ではない。
「あんまりのろのろしてっと、テツヤを奪っちまうぞ」
 ロッカールームの言葉が気がかりで部活にあまり熱が入らず、不完全燃焼のままに帰宅をした。よくよく考えてみれば彼の言葉にはなんの確証もないものだった。それに「奪う」なんて人のものを欲しがる彼の口癖のようなものだ。そこまで深く考えなくてもよかっただろう。
 翌日になれば凝りは少し残るものの、テツヤも祥吾も普段通りのようで安心した。しかし、テツヤが爆弾を落とす。
「まだ話しが出ているだけの段階ですけれども、一応報告にと」
「どうした?」
 部活のことだろうか。征十郎にとっては暇つぶし程度だったバスケは、どういう訳だかテツヤの琴線に触れていた。部活についてだろうと何気なく、返事をした。
「灰崎から貸出の打診がされました」
 淡々とした言葉に反応が遅れた。怜悧な頭脳をもってしてもテツヤから発せられた言葉を変換するのに時間が掛かったようだ。
「貸出?」
「はい。灰崎……というよりも祥吾くんと、という話ですね」
 何でもないことのように言うテツヤはまるで未知の生き物だ。
 征十郎も斑類の同性同士の子作りについては知識としてはある。それに年頃の思春期の男子としては、何時も隣にいるテツヤに対して何時だってムラッとしていた。けれども自分たちには未だ早い早いと言い聞かせてきた。
 こういうのは手順を踏んでから。なんて思っているうちに純真だと思っていたテツヤの貞操が失われつつある。
「……テツヤ」
「なんでしょうか」
 呼吸を整える。
「俺の子どもを産んでくれ!」
 征十郎の声は、帝光中学全体に響きわたっていた。

title:joy
2012/12/26
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