ピリオド

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 ちょっとした、興味本位であった。研究が行き詰まっていたこともある。刺激を求めていた。現状を打開するような、スパイスは無いかと考えていたときに、そういえばと、記憶の糸を辿ってしまった。
 ルシファーはルシフェルを作る際に、生殖機能を削ぐ事は無かった。ルシフェルには欲求として、性欲というものがあるはずだった。ほとんど同時期に作ったベリアルに至ってはルシファーもちょっとどうかと思う程に、理性が蒸発しているのではないかと思う程に、欲望に忠実であるのに対して、ルシフェルには一向にその傾向が見られなかった。
 役割の違いも大きいのだろうが、天司長という立場で抑圧されているのかと考えたが、命じて造らせた天司を想定以上に、矢鱈と可愛がっている様子を見るに、自我は確認できる。ルシファーには覚醒作用という目的以外に用途が浮かばない珈琲を嗜好していることを確認している。態々研究所に帰還して、中庭に通っているのだから、欲求はあるのだ。
 ルシフェルが性的に不能である、なんてことは在り得ない。それは創造主として確認をしている。

──あれは、本当に性欲が無いのか。

 抑えきれない好奇心はルシファーの原動力である。それから、準備して行動を起こすまでに迷いは一切無かった。倫理なんてくそくらえである。止める部下もいない。触らぬルシファーにたたりなし。同朋も遠巻きにまた何かやってるなと見ているだけだった。

 帰還していそいそと中庭へ向かおうとするルシフェルを捕まえる。中庭を実験のために一時的に封鎖する、代わりに用意した部屋を使えと言えばルシフェルは一瞬だけ驚いた顔をしてからわかったと応じただけだった。

 ルシファーは私用の研究室に備え付けられたモニターをじっと見つめる。モニターは部屋に一人、手持無沙汰にコーヒーカップを手に取ったり、部屋をきょろきょろと見渡す、忙しないサンダルフォンを映している。ルシファーが実験のために整えた部屋である。整えたといっても、部屋の細工をしただけだ。
 ルシフェルよりも先に中庭に居たサンダルフォンに声を掛けている。サンダルフォンが何処にいるのか、探し出すことは容易い。与えられた部屋か、中庭のどちらかである。そのどちらかにしか居場所はない。こつりと響いた足音に待ち人かと、嬉々として顔を上げたサンダルフォンは、視界に映った白いローブに喜色を絶望で上塗りして、顔を強張らせた。ルシファーはサンダルフォンの様子を気に留めることなくルシフェルへ伝えたことと同様に指示すれば、サンダルフォンはおずおずと従った。この時ばかりは愚直さも好ましく思う。
 モニターのサンダルフォンが顔を上げた。ルシファーは音量を上げると、ルシフェルが部屋に到着したようだった。

「始まったか」

 ルシフェルが違和感を抱いたようにきょろりと部屋を見渡す姿に勘付かれたか、失敗かと危惧したが「どうかしましたか?」というサンダルフォンの不安気に問いかける声に、なんでもないよと答える姿に、とり越し苦労だったかと上げかけた腰を落とす。
 用意したテーブルを挟んで座った二体は、サンダルフォンが淹れた珈琲を飲みながら、ほのぼのと会話をしている。ルシファーはあまりのつまらなさに欠伸をかみ殺す。珈琲の研究について、微塵たりとも興味は抱かないし湧かない。珈琲の何が彼らの興味をかき立てるのか。
 部屋には、気化した薬品が放出されている。興奮剤だとか、催淫剤だとかいわれてる類のものだ。ルシフェルたちが気付くのが早いか、薬品が作用するのが早いか。今のところ、気付く素振りはない。それどころか、作用しているのかすら怪しい。矢張り、失敗かとルシファーは実験を失敗と片付けようとしたときだった。

「サンダルフォン、どうかしたのかい?」
「……ぁ、もうしわけありません」

 効果が表れたのは、サンダルフォンが早かった。ルシフェルよりも長く部屋にいたことも起因しているのだろう。とろりと下がった眦、火照っているのが分かるほど顔が赤らんでいる。酩酊しているように舌足らずな言葉。放出できない熱に浮かされたようにふわふわとして、もじもじと脚を擦り合わせている。それを、気分が悪いと判断したらしいルシフェルにルシファーは違うだろ! とモニター越しに知らず、思わず、突っ込んでいた。
 もしかして、本当にルシフェルには性欲が無いのかとルシファーは危ぶむ。
 明らかに薬品の影響を受けているサンダルフォンに対して、ルシフェルに異変は見られない。状態異常への耐性が、強すぎるのだ。

「ルシフェルさま、あの、からだが、あつくて……」

 ここまで言わせたんだぞ、襲え。襲ってしまえ。それはお前が溺愛しているやつだぞ。安心しろ、ルシフェル。それがお前を嫌うことは万が一にもない。たぶん。

 ここには、ルシファーの意思を読み取るものはいなかった。徹夜続きに終わらない研究報告書、成果の出ない実験結果、木偶のように使えない同朋と括られることも腹立たしい低知能の研究者たちというストレスの具現であるような存在。それらを汲み取り、あなた疲れているのよ、なんて冷静に判断するものいない。

 部屋は事を始めるには御誂え向きに鍵がかけられている。一度室内に踏み込めばルシファーの許可なく開錠が出来ないように仕組んでいる。普段は研究情報の流出を防ぐために施している術を応用しただけである。防音の壁に、唯一の窓は耐久精度が最も優れているものを使用されている。暴れる星晶獣の渾身の力をぶつけられてもヒビひとつ入らない一級品である。邪魔は入らないぞ、襲ってしまえと思念を送る。

「サンダルフォン」

 熱っぽい呼び声だった。ルシファーはほっとする。どうやら性欲はあるようだ。尤もその発散方法を知っているのかは定かではないが、獣の本能がどうとでもしてくれるだろう。他人の情事を覗くような趣味嗜好は持ち合わせていないが、これは実験である。そして対象は「人」ではない。

 ルシフェルがサンダルフォンに触れる。小さなテーブルを挟んで伸ばされた手が触れたサンダルフォンは驚くほどに熱い。そして、火照ったサンダルフォンにとってその手は冷たく、気持ち良くあり、そして身の内で膨らみ続ける熱には刺激が強い。鼻に掛かるような声が漏れた。甘えるように、ルシフェルの手にすり寄る。

 ルシフェルは頭の中が真っ白になっていた。体が動かない。視線を逸らすことができない。喉が鳴る。暴力的な欲望がちらりと湧き上がる。むちゃくちゃに暴きたい。慈しむべき、存在であるサンダルフォンに向けるにはその欲望は、その発露を、ルシフェルは、





 ルシファーはとうとうおっぱじめるかと呑気に考えていたのに、爆発音。けたたましい警報が研究所に響き渡る。モニターにノイズが走っている。一瞬ばかり、何があったのか理解できずにいた。それから、壊されたのだと気付く。
 フロアの各所から研究員たちの悲鳴が聞こえた。第三実験室が破壊されていぞ! 誰が使っていた! 暴走してるのは、ルシフェル!? どうなっている!
 阿鼻叫喚の実況をBGMにルシファーは大きな欠伸をして瞼を閉じる。ひとまず、ルシフェルに性欲があるという結果は確認できた。久しぶりに、良い実験結果を得られたという満足に、徹夜続きでアドレナリンがどばどばで興奮しきりだった体と脳に思い出したかのように疲労感が広がり、睡魔が誘う。背凭れにもたれ掛かり、睡魔に身を委ねる。横着せずに仮眠用のベッドに行けば良いと分かっているのだが億劫だった。
 起きたら多分、騒動はどうにかなっている、ハズである。

2019/04/02
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