ピリオド

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 カリオストロの私室兼工房は足の踏み場もない惨状だった。引きこもって、研究に明け暮れていた証である。他の団員たちよりも広い部屋だというのに、広さは全く感じられない。息苦しさを覚えるほどに物が溢れている。うず高く積まれた本は塔のように聳え立っていた。危ういバランスで積み重なっている隙間を、カリオストロは慣れたように潜り抜けていく。サンダルフォンは、床一面に乱雑に散りばめられた羊皮紙には足を取られかけた。紙には思いつきの走り書きや、何かの数値が書き込まれている。サンダルフォンには利用価値の分からないガラクタとしか思えないアイテムをカリオスロトがかき分けていく。その後ろに続く。山深い、獣道を歩いているかのようだった。
「分かっているとは思うが、触るなよ。何が起こるか分からねえからな」
 サンダルフォンは肩を竦める。言われるまでもないことだ。其処まで警戒心は欠けていない。注意力は散漫ではない。好奇心旺盛な子どもならいざ知らず、サンダルフォンは不用意に触れることはない。団長やルリアならば、好奇心いっぱいに興味が引かれてぺたぺたと触ってしまうのだろうなと思い浮かべてくすりと笑ってしまった。此れは何だとあれは何だとビィが興奮してあちこちに興味を示す。わあ、綺麗ですね此れは何でしょうかとルリアが言って、カリオストロの言葉も忘れてちょいと触る。それからドタバタと事故が起こるのだろうという光景が、ありありと想像が出来た。現実のカリオストロが、乱雑に頭をかいた。口を尖らせている。
「団長たちがな、ちょっとばかし前にやらかしてくれたんだよ」
「やっぱり。既にやらかしていたのか」
「ああ、まったく。困った奴らだぜ。人の話をろくに聞きやしねぇ」
 言葉に反して、カリオストロの顔は困りながらも、優しく、声はうんざりしながらも、楽しくて仕方がないとでも言う様だった。騒動を懐かしんでいる。サンダルフォンは少しだけ、気持ちが分かってしまった。
 カリオストロが寝台と思わしき場所に、散りばめられていたものを床に落としていく。ぽいぽいと床に投げていく。稀少なものが含まれているのではないか。壊れるんじゃないかと思う勢いだった。サンダルフォンは、触ってよいのかも分からずその様子を見ているしか出来ない。やがて、思わしき場所だったそこが、寝台と確認できるようになった。カリオストロが顎で示す。横になれというのだろう。サンダルフォンは着たままだったエプロンを外す。喫茶店の開店祝いにと団員たちに贈られた特製のエプロンだ。黒い生地にワンポイント、白い羽の刺繍がされている。いつぞやに、人手不足にと舞台の照明スタッフとして駆り出されたときに、そのまま諸々の詫びにと貰ったTシャツとよく似ている。どちらもサンダルフォンの数少ない私物であり、思い出のつまったものだった。
 横になればカリオストロは慣れた手つきでサンダルフォンの腕をとり、麻酔をかけた。麻酔をかけるなんて、温情なものだとぼんやりと思う。自分に、麻酔は効くのだろうか。慣れていることと、得意なことは別問題だ。サンダルフォンはけっして被虐趣味ではないし、骨を摘出するなんて今まで体験したこともない。めちゃくちゃに痛いのだろう。中途覚醒をしないことを願うしかない。ふわふわとする、遠くなる意識で、天井を見上げる。ぐにゃぐにゃと曲がる木目。ぶつ切りになる視界。やがて、意識が落ちる。



 崩落した星の民の研究所から、カリオストロは一つの資料を持ち出すことに成功していた。
 とてもではないが、数千年前に残されたものではなかった。筆跡は新しく、インクに使われたものはおそらくだが、血液だった。悪趣味にもほどがあると辟易としながらも手に取った。用紙に至っては現代の技術で作られたものだ。数千年前に置き去りにされた、という細工も何も不要であったのだろう。つい最近書きましたということを隠すつもりもない。ともあれ、内容は実に興味深かった。
 天司の造り方について。
 天司、だけではない星晶獣にも通じるであろう資料は事細やかに書かれていた。
 胡散臭い遺物に違いはない。
 誰が何のために、あの場所に置いて行ったのか……。
 これはルシファーの肉体の保険であるのだろうとカリオストロは推測していた。ルシフェルの肉体を、確保出来なかった場合の保険だ。ルシフェルの再現をしようとした、あるいはさせようとしていた。ルシファーの頭部と繋ぎ合わされたというルシフェルの肉体。ルシファーが元々、融合という目的のためにルシフェルを造りだしたのかは分からない。ルシファーという男は、才能はあれども、所詮は星の民である。停滞をした種族といえども肉体に限りがある。カリオストロが対峙した黒衣の男が異常であるのだ。黒衣の男の選民意識は星の民であることに執着をしていた。ルシファーは違う。ルシファーにとっては、星の民であることは取るに足らないことだったのだ。ただ世界を滅ぼす力を欲していた。そのためには、星の民の肉体は邪魔だったのだろう。
 全て、推測にすぎないことだ。
 ただ疑問は尽きない。
 なぜ、ルシフェルの肉体を回収しておきながら、この資料は破棄されなかったのか。
 何もかもが用意周到であった。結界の張り方や封印方法について書かれていた資料。至れり尽くせりであった。誰が訪れるのか、その目的もタイミングも、全てを想定しているようでもあった。そこまでしておいて、忘れていた、なんて在りえないことだ。
 カリオストロはがりがりと頭を掻きむしる。考えても埒が明かないことは分かっている。推測したところで意味はない。無意味なことにエネルギーを消費しても仕方がない。
 どうしてこのカリオストロ様がここまで振り回されなきゃならないのだ。
 考えれば考えるほど、むかむかとしたものが込み上がる。カリオストロは気持ちを切り替えるようにと、息を吐き出す。
「全く、やることなすこと、すべてが矛盾してやがる。やっぱり、天司なんてものの思考回路は理解できねぇな」
 カリオスロトは摘出をした肋骨を手に取った。念入りに麻酔をかけ続けたことが功を制したのか、サンダルフォンが途中で目を覚ますこともなく、麻酔が切れる事も無かった。もっとも、起きたところで、麻酔が切れたところで、術式を途中放棄するつもりはなかったのだが。痛みに喚き散らかそうが暴れようが、手足を縛ってでも骨は頂くつもりでいた。労力を使わずに終わりお互いに良かったものだ。
 美しい形をしている。奇妙な嗜好は持ち合わせていないカリオストロでも、手にした骨に恍惚と息を漏らしていた。手に取るだけでわかる。稀少な素材だ。詰め込まれているエネルギーは膨大である。当然ともいえる。今のサンダルフォンは四大天司の力と、天司長の力を取り込んで、生物として、最高のスペックとなっている。その肉体から切り離した部位である。
 カリオストロは探究心をぐっとこらえる。
 昏々と眠るサンダルフォンと、隣の実験台の上で頑丈に包まれているそれを見比べる。資料〈レシピ〉通りに作ったものの、稼働する気配は微塵もなく、ただ精巧な人形に過ぎない。ルシオという、カリオストロが部屋で作業に没頭している間に加わった男と初めて顔を合わせたときには驚いたものだ。
 まさか動き出したのかと思った。
 冷静に考えればありえないことなのだが。それほどまでに似ていた。サンダルフォンが苦手意識を抱くのも無理はないと思えるほどだ。
 誰にも知られていないとはいえ、一度手を付けたものを放り出すことは天才錬金術師であるカリオストロ様の沽券に係わる。何より山より高いプライドが許せない。
 もう一仕事、やってやるか。
 骨を仕舞い込んだ。眠るサンダルフォンは起きる気配がない。麻酔の分量を間違えただろうか。
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