ピリオド

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 にこやかなルシオに対して、カリオストロは呆れ果てていた。運命だなんて陳腐な言葉だ。馬鹿馬鹿しいったらない。脈絡もない。理論も何もない眉唾ものの夢物語。ロマンチシズムが過ぎている。胸焼けがしそうだった。今カリオストロが望んでいるものはそんなものではない。
「……なるほど、な」
 けれど一概に否定は出来ない。
 彼の話は魅力的だった。その語り口の胡散臭さは頂けないが、学術的に考えれば全くの不可ではない。神話や伝説、奇術の類は紐解けば全て科学で証明できるのだ。それが理解できないから、証明できる術を持たないから、ただ一言、奇跡で片付けられている。
「肋骨、か……」
「良いですよね」
「知るかよ」
 うっとりと言うルシオを一蹴して、考え込む。
 サンダルフォンを構成しているらしい、かつての天司長の肋骨。天司の規格を作った男を以てして、最高傑作なのだという天司。たった一本の骨は、あらゆる素材を前にしても引けを取らないどころか、代替なんてものは存在しないに違いない。稀少価値が高いなんて言葉で片付けられない。たかが骨一本、されど骨一本に詰め込まれたエネルギーと匹敵する物質は果たしてこの世界に存在しているのだろうか。蓄積された情報を解析したいものだ。
 天司の能力値というものをカリオストロは確認していないし、比較も出来る状況ではない。だが、天司全ての創造主ともいうべきルシファーを前にして、有り余る容量と言わしめたサンダルフォンの規格にも納得がいくというものだ。世界の均衡を担ってきた四大天使の力を取り込み、且つ天司長であるルシフェルの力も身に宿すということをやってのけたサンダルフォンは、それがどれだけ危険なことであったのか知らないのだろう。知る由もないのだろう。その規格外の容量は、天司長のスペアという役割に相応しいのだろう。尤も、その役割もサンダルフォンを造った際のルシフェルには知らされていなかったのだという。知らないで、それだけの天司を造りだしたのかと思うと不気味だ。何を思ってそのような構造にしたのか。あらゆる役割に対応できるようにして、だろうか。理に適うのだろうが、引っ掛かりを覚える。
カリオストロにとって不可解なのはルシフェル〈創造主〉がサンダルフォン〈被造物〉に向ける感情だ。特別が過ぎるというものだ。カリオストロとて若かりし頃は錬金術の基礎として修練として、ゴーレム作りに明け暮れたものだ。より良いものを造れば満足感を抱いた。ただ一度として愛着とういものを抱いた事は無かった。壊れてしまえば残念と思うことはあれども造り直せるし、より良いものを造ればいいだけだった。だからこそ、異常であるのだ。
 サンダルフォンの犯した罪から罰に至るまで、ルシフェルの対応全てがカリオストロには理解が出来ない。天司なんて、面倒くさい生き物を理解しようとしてはならないのだろう。考えるだけ無意味というものだとカリオストロは思案の海から引き上がる。
 同時に、ことりとソーサーが手元に置かれた。芳ばしい香りが立ち込める。
 カリオストロはじっと、ソーサーを置いた手元から順繰りに見上げていく。居心地の悪さに身動ぎ、とうとう我慢できないというように声が上がった。
「……どうかしたのか」
「いや? なあ、サンダルフォン」
 サンダルフォンはちょっとばかし、嫌な予感がした。虫の知らせともいう。胸騒ぎを覚える。人相の美醜についてサンダルフォンは特別な嗜好は無い。ただ創造主である彼だけは何処に居ても鮮やかにサンダルフォンの目が映し出していた。自身を美少女と名乗るカリオストロに対して、特別な好意も無ければ苦手意識も無かった。ただ漠然と碌でもないことを言われるような気がしてならないでいた。それでいてその予感は見事に的中する。
「そういえば、お前からは未だ、なぁんにも、礼をもらっていなかったな」
 目を瞬かせてしまう。
「このオレ様が齷齪働いてやったんだぜ? 結界に封印。ガブリエルの無茶な飛行にも付き合ってやった。MVPって言われても良いくらいの働きじゃないか? なあ? それにお前の部下も助けてやった。上司であるお前から礼の一つも無いなんて……無いよなぁ、天司長?」
 にやにやと笑うカリオストロに、サンダルフォンは自身の頬が引き攣るのを感じた。カリオストロの半ば脅迫、恩着せがましい言葉をサンダルフォンは否定できない。常識人である団長がいれば待ったを掛けて、カリオストロを咎めるのだろうが、生憎と此処にいるのは、ぽややんとしながら、事の成り行きを見ているだけのルシオである。
「っぐ……確かに、きみの助力が無ければ被害は拡大していただろうし、アズラエルたちも助かっていなかった」
 彼女には恩がある。彼女だけではない。あの場に駆けつけた騎士たち、組織と呼ばれているものに所属している空の民たち。あの時の助力が無ければ、何かが欠けていれば今この時間は存在していなかった。
 サンダルフォンは深く息を吐き出して、カリオストロを見つめる。カリオストロは不適に笑っていた。絶対に否定をされないだろう、断られるわけが無いという自信に溢れている。
「……良いだろう、言ってみろ」
「そうこなくっちゃ!」
 揚々とカリオストロは声を上げた。甘い少女のような声音を、サンダルフォンはこれほどまでに恐ろしく感じた事は無い。
「この天才美少女錬金術師であるカリオストロ様にも、ちょっとばかし、どうにも出来ないものがあってな」
 ふと、カリオストロは真剣な顔つきになる。自然と、つられるようにサンダルフォンも背筋を伸ばしていた。訝しみながらサンダルフォンは、何か素材が必要なのだろうかと考える。此処数日、部屋に籠り切って作業に没頭していることは知っていた。何をしているのか、団長すら把握出来ていないようだった。気に掛けながらも、稀に良くある科学者らしい、天才らしい行動と思えば納得が出来てしまう。彼らは時に、常識人では考え付かない突拍子もないことを始めるのだ。研究所時代に覚えがあった。忌々しい悪魔となったルシファーである。彼もまた、天才であったのだ。ルシファーもまた、突拍子もない実験や研究を始めることがあった。彼の場合は許される立場であり責任者であった。最高評議会、もっと内面を評価しろと今になって思う。
「そこで、だ。サンダルフォン。お前の体を寄越せ」
「はあ!?」
「そうだな、骨を一本で良い」
「一本って……」
「たった一本で良いって言ってるんだぜ? そうだな、肋骨なら一本程度無くても日常に支障はないだろ」
 星の民とカリオストロの姿が重なる。カリオストロに対して怖気づくような恐怖は湧かないが、研究者というものは残酷なまでに現実主義者であることは共通らしい。
 サンダルフォンは逡巡する。
 あの御方から頂いた肉体を削ぐことに対する罪悪感がサンダルフォンを留まらせる。しかし、恩義がある。あの人の愛した世界を守ることが出来たのは、自分一人の力ではない。そもそも、元を辿ればサンダルフォンが引き起こした災厄が、元凶であるのだ。
「……二言はない」
「良い言葉だ!!」
 そうかなあと二人のやりとりを見守っていたルシオは思ったが口にはしなかった。決心をはやまっただろうかと色濃い後悔を浮かべてドナドナとされていくサンダルフォンに、手を振り見送る。ふんふんと少女の愛らしい鼻歌がやがて夜のしじまに消えて行った。ルシオは独り残された一室で、すっかり冷めきった珈琲を口にした。カチカチと刻まれる秒針の音がいやに大きく聞こえる。
「まあ、悪いようにはならないでしょう」
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