ピリオド

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「サンダルフォン」
 似つかわしくない場所で見かけた姿に、名前を呼び掛けたルシフェルは思わず噤んでしまう。はめ殺し窓から空を見上げている姿は、ルシフェルの知るものではなかった。ルシフェルが知るサンダルフォンは、感情豊かで、いつだってくるくると愛らしい表情を浮かべている。けれど、今、そこに存在している彼からは感情が全て抜け落ちているようだった。人形のように、何も感じ取ることができない。本当に、サンダルフォンなのだろうか。バカバカしい疑問を抱くほどの、見知らぬ姿。戸惑いを殺し、声を掛ける。
「サンダルフォン? どうかしたのか」
 はっとしたように振り向く。驚いて、見開かれた目がぱちぱちと瞬きを繰り返している。先ほどまでの姿が嘘のような、ルシフェルの知るサンダルフォン。その姿に安堵を覚え、知らず微笑を浮かべていた。
「ルシフェルさまこそ、どうしてこんなところに……」
 こんなところ、とサンダルフォンが言う区域は実験場を兼ねた処分場だ。サンダルフォンの覚えている限り、ルシフェルとこの区域で顔を合わせた事は無かった。この区域は、ルシフェルには立ち寄る理由もない場所だから、当然であると思っていた。此処に運ばれるということは、役割を終えた、あるいは役割を与えるに相応しくない、役割を与えることが出来ない不完全な存在だけだ。サンダルフォンはいつ、自分がその列に加えられるのかと、怯えている。恐怖している。
 役割がなければ、生きることが許されない世界。
 最初から役割を与えられている人には、理解できないだろうと、サンダルフォンは薄暗い気持ちを抱く。不敬な羨望を抱く。
「きみこそどうして此処に? きみは、こういった場所は得意ではなかったと思うが」
 罰が悪くなる。咎められている訳ではないのに、騙しているような罪悪感がちくりと胸を刺す。同時に、清廉潔白な御方がこの場所の存在理由を、何が行われているのか、この区域の役割を、把握していたのだと知り、慄然とした。
「確かにあまり得意ではありませんが……問題ありません。些細な手伝いですから」

──知らないでいてほしい。
 同朋の嘆きを、絶望を聞きながら、踏みしめながら、生に執着をする浅ましい己の姿を。存在する理由を、生きていて良い証明に縋りつく姿を見られたくない。

──奪わないでほしい。
 あの実験場においてだけ、サンダルフォンは存在を認知される。おぞましい実験に駆り立てられながら、成果を示せば、彼らは納得をする。
 ルシフェルから与えられる役割が祝福であるのなら、真逆であっても、呪いであっても、サンダルフォンは手離すことが出来ない。

──けれど、もしも貴方が、

 サンダルフォンの言葉に、ルシフェルは納得を仕切れていないようだった。
「何かあればすぐに言いなさい」
 言えば、どうするのだろう。
 ただ、待つだけの日々を、与えられるだけで何も返すことが出来ない自身に苛立つ日々を、この人は知らない。それが、羨ましい。憎らしい。分かっているのだ。理解している。彼に、その意図はない。優しい人だから、サンダルフォンを気に掛けてくれている。それでも、サンダルフォンに付き纏う不安は、恐怖は追いかけてくる。
 いつ、見限られるのだろうかと怯える心を、彼は知らない。
 中庭での孤独を、立ち去る姿に溢れだす寂しさを、理解出来ない。
「ありがとう、ございます。でも、大丈夫ですよ。心配性すぎますよ、ルシフェルさま」
「そう、だろうか」
 心配をされて、嬉しいと思う気持ちがある。だというのに、疎ましいと思う気持ちが胸に浮かんだ。それほど脆弱に思われているのか、情けない存在と思われているのか、何も出来ないか弱い存在と、思われているのか。
「……きみが、言うのなら。また、中庭で」
「はい、お待ちしています」
 ルシフェルが、背を向けた。サンダルフォンは、その背中に伸ばしかけた手を、抑えて、握りしめる。名残惜しむように振り返ったルシフェルに、サンダルフォンは笑みを浮かべて見送った。困ったような笑みにルシフェルは言葉を掛けようとして、結局、噤んだ。
 はめ殺し窓から覗く空は、高く蒼く、澄んでいる。
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