ピリオド

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 サンダルフォンは上げそうになった声を抑え込む。創造主であるルシフェルはその様子に気付くことなく、サンダルフォンの手をとり、検分をしている。肉体に異常はないかを確認をしている。
「きみは柔らかいな」
 一回り程小さな手は、ルシフェルが触れた何よりも華奢で、柔らかで、それでいて、手放し難い。自身で造りだしたゆえの、愛着だろうかと分析をしながらも触れる手には遠慮がない。
 サンダルフォンはじんわりと吹き出す汗を、ぬぐうことも出来ない。
「……ふむ」
 ルシフェルにとって初めて触れる柔らかさだった。
 対で行動をする指教の天司たちの仲睦まじい様子が浮かんだ。
 天司長という立場故に麾下の天司たちと触れ合うことなんて無い。彼らは天司長を敬い距離を取って接している。研究者たちに触れられるときも彼らは決して素手で触れることはしない。創造主であり、友と呼ぶルシファーも触れ合いを好む気質ではない。ルシフェルにとって、サンダルフォンの柔らかさと温もりは手放し難い心地よさをもたらしていた。ルシフェル自身は、それが心地良いと認識できていない。それでも離すなんて考えておらず、夢中に触れていた。
 しかし触れる力はとてもではないが適しているとは言えない。
 初めて触れるのだから。
 初めて触れられるのだから。
 互いに気付く事は出来ない。
「造って早々にジャンクにするつもりか」
 ルシファーのため息まじりの言葉に、ルシフェルは何を言っているのだと言わんばかりの顔をする。傍観に徹していたルシファーも、貴重な素材を注ぎ込んで造らせた天司をろくすっぽ活用できていな状態で壊されてはたまったものではないと、口を挟むつもりはなかったのだが一向に力加減を覚える様子のない最高傑作につい、痺れを切らした。基より気は長い方ではないこともある。
「それの顔を見てみろ」
「顔……?」
 ルシファーの言葉に追従して確認をとったサンダルフォンの顔は、青褪め、額からはふつふつと汗が噴き出て、米神からは汗が垂れている。唇を結んで何かに堪えている。ルシフェルは眉をひそめる。
「サンダルフォン? 何か異常でも?」
「お前の所為だろうが」
「……私の?」
 呆れながら、ルシファーはルシフェルの手からサンダルフォンの手を取り上げる。ルシフェルのじっとりとした、何をするのだと言わんばかりの視線を鬱陶しく思いながら。サンダルフォンは、ほっと息を吐き出した。じんじんと熱を訴える手はサンダルフォンの意思の通りに動かない。
 ルシフェルに変わって検分をするルシファーは舌打ちを零す。骨が砕けているのだろう、ぐんにゃりとした指。指は、仕方ないとはいえ、掌にも損傷が確認できた。
 ルシファーの触れ方は、ルシフェルよりも丁寧ではあったが、優しくはない。サンダルフォンは、戸惑う。痛みが良いと思うような精神構造ではない。けれど、ルシフェルの手は暖かったのだということをルシファーの冷たい手に触れられて知った。
「受肉して日が浅いというのに、お前の馬鹿力で触れば無理もないだろう」
「馬鹿力……」
 ルシフェルは自身の手を見る。サンダルフォンに触れたときと変わらない力で、手をにぎにぎとする。微弱なものだ。ルシフェルとて、サンダルフォンが稼働して間もないことを理解している。矢張り、納得がいかないとでもいうように首を傾げた。

◆ ◇ ◆


 きょろりとサンダルフォンは周囲を見渡す。研究所は広い。サンダルフォンは未だ全てを把握しきれていない。人でいうなれば、生まれて間もないと表現されても過言ではない。備え付けられた知識はあれども、まだ拙い。回廊にこつん、こつんと足音が響いた。急く気持ちが抑えられない。早く、お会いしたい。

「ルシフェルが戻ってきているぞ?」
 検査を終えて、いつもは何も言わないルシファーに声を掛けられたサンダルフォンは顔を強張らせた。慕っているルシフェルとよく似た姿でありながら、この研究者に対してサンダルフォンは身構えてしまう。そもそも、第一印象が良くなかった。ルシファーはルシフェルに連れられて姿を見せたサンダルフォンを一瞥して、ルシフェルに確認をしたのだ。
「本当に、お前がこれを造ったのか」
 それは決して、良い意味を含んでいないということがサンダルフォンにも理解できた。理解出来ない、不快で、不満で仕方がない。稼働して間もないとはいえ、ありありと含まれた負の感情をサンダルフォンは覚ってしまった。ルシフェルはといえば、「これ、ではなく、サンダルフォンという名前がある」と意見していて、彼の感情に気付いていないようだった。
 閑話休題。
「たまには、お前から会いに行けばいい」
「良いの、ですか」
 サンダルフォンは研究所内の移動に制限がついている。自由に出入りできる場所は極僅かであった。
 喜色を浮かべながら、許可を取る姿にルシファーは好きにしろと告げた。そもそも、認めないのであれば口にもしない情報だ。ありがとうございます。そう言って、サンダルフォンは研究室を後にした。部屋の主でもあるルシファーはといえば、検査結果の確認をしているうちにサンダルフォンを嗾けたことなんて忘れていた。やがて、らしくもない自身のミスに気付く。検査項目がひとつ、抜け落ちていた。ルシフェルに連れ出される前に、連れ戻すかと重い腰を上げて、追いかけた。

 お帰りなさいと言いたい、お話が聞きたい。はやる気持ちを抑えきれず、小走りになっていた。
 探し人は目を引いた。星の民たちが遠巻きに、見つめている。サンダルフォンは、高鳴る胸に、高揚した頬のまま、呼びかけようとした。
「ルシフェルさま」
 麾下を連れ立つ姿に、呼びかけようとした声は尻すぼみする。
 かけだしかけた足は、縫い付けられたように動かない。
「天司長様。治療を」
 どきりと、心臓が跳ねた。お怪我をしているのか。サンダルフォンはルシフェルが傷ついた姿を見たことがない。ルシフェルは、完璧であり、いつだって穏やかであった。
「不要だ」
 麾下の具申をルシフェルは一蹴した。
 冷たい、声だった。ルシファーではないかと、一瞬ばかり、疑ってしまうほどの、低い、温度の無い声だった。
 何もかもが気味が悪かった。
 ルシフェルさまじゃない。否定してしまう。サンダルフォンは知らない。サンダルフォンの知るルシフェルは優しく、穏やかで、決して冷徹ではない。
 恐ろしくなって、後ずさる。
 こつりと、足音が響いた。
 サンダルフォンの心臓が大きく跳ねる。見てはならないものを見てしまった。見つかってしまった。不安。恐怖。絶望。感情が吹き荒れる。
「ああ……サンダルフォンか」
 目の前の人が、敬愛する御方の皮を被った別人のように思えた。

 背後の気配に気付くこともできなかった。背後にぶつかった感触は人のものだった。サンダルフォンは振り向き、見上げる。真正面と、同じ顔である。不快だと言わんばかりのルシファーの視線に見下ろされながらも、サンダルフォンは動けずにいる。
「サンダルフォン、おいで」
 サンダルフォンの足は動かない。ルシフェルの求めに応じることができない。縋るように、ルシファーのローブを握りしめていた。その手を、ルシフェルは見咎める。
「サンダルフォン」
 苛立ったような声に、顔は青ざめ、涙目になっている。ルシフェルはサンダルフォンの様子に気付いていない。おいでと言う声は、優しい言い方であはるものの、実質命令に等しいことに、気付いていない。
 ルシファーはサンダルフォンが掴んでいるローブに薬品の染みが出来ていることに気付いた。

title:ユリ棺
2019/03/08
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