ピリオド

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 討伐から帰還したサンダルフォンを出迎えようとしたルシフェルがみたものは、フードを被って自身とよく似通った身形をした男の後ろに隠れるサンダルフォンだった。団長は苦い笑いを浮かべながら、たらりと冷たい汗を垂らし、ルシフェルの様子をおそるおそると確認をしている。ルシフェルは一点を見つめて何ら反応を示さない。いやな沈黙が続いた。
 間に挟まれた男はふうと息を吐き出すと、にこやかな笑みを浮かべて、
「それでは天司長、彼のことはお任せしますね」
 ずいっと差し出された人影は居心地悪そうにしている。
 ルシフェルが手を伸ばし深く被られていたローブのフードを払う。ゆるりとした癖毛が揺れた。気まずそうに、申しわけ無さそうに伏せられた赤い眼。ルシフェルは思案する。彼が、ルシフェル自ら造りだしたサンダルフォンであることに違いはない。ただ、一回り程小柄になり性転換しているだけにすぎない。ルシフェルにとっては「だけ」である。
 団長曰く、依頼された魔物の討伐に向かって討伐を終えたは良かったもののサンダルフォンを欲しがったという依頼主の男が呪いを掛けたのだという。サンダルフォン自身の呪いに対する抵抗力もあって、呪い自体は一時的なものであるらしい。欲しがった、という件にルシフェルはひやりとした視線を、話し手である団長に向けていた。団長自身には負い目はない。落ち度はない。寧ろサンダルフォンを守ろうと、その依頼主を止めようとした。団長にそのような視線を向けることはお門違いである。ルシフェルは冷静さを欠いていたのだが、気付いていない。
 サンダルフォンは呪いを掛けられた、というよりもルシフェルによって与えられた肉体を一時的とはいえ造りかえられたということに深い罪悪を抱いている。自室に閉じこもり、シーツを被って一人、反省をしていた。天司に食事や排せつは不必要とはいえ、あまりの塞ぎように団員たちが声を掛けても甲高くなった声を出すのも憚られるのか沈黙を守ったままだ。
「ルシフェル、お願いしていい?」
「ああ。言われるまでもないことだ」
 ルシフェルがドアノブに手を掛ける。鍵がかかっていたが、ルシフェルがちょいと操作をして外す。カチャリと施錠の外れる音。シーツにこもって鬱々としていたサンダルフォンは気付かない。これで安心かなあと団長はサンダルフォンの声にならない悲鳴を聞きながら回れ右をした。



 ルシフェルがサンダルフォンをどのように説得をしたのかは団員たちにはわからない。籠城は呆気なく終わり、サンダルフォンはルシフェルに支えられながら部屋を出てきた。何があったのか、サンダルフォンは語らない。顔を真っ赤にしてきみたちには関係のない事だと高くなった声で突っぱねるのだ。何かあったんだろうなと察して聞き出そうとしても、天司長がぴったりとサンダルフォンに寄り添っているのを目にすると何も言えなくなった。まあ、そういうことがあったんだろうなと勝手に邪推している。

「っわ」
 サンダルフォンに掛けられた呪いは未だ解けていない。サンダルフォンは以前通りに振る舞っていたつもりなのだが、肉体の変化に頭が追い付いていない。何もない場所で躓き、転びかける。そんなサンダルフォンを見ていられなくなったルシフェルはそっと腰に手をまわすようになった。
「あぶないよ、サンダルフォン」
「……申し訳ありません」
 天司長としての万全な力があれば、サンダルフォンに掛けられた呪いを解くことなんて造作もないことだ。しかし、今のルシフェルにその力は無い。
 躓くサンダルフォンを不思議に思いながらも、ルシフェルは近くなった距離に少しだけ、嬉しくなる。触れられることを許されていることに、優越感を覚える。
「……女性の体は、不便ですね」
「そうなのか」
 サンダルフォンがぽつりと漏らした不満にルシフェルは首を傾げた。サンダルフォンはぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「足元があまり見えないのです。ルシフェルさまにも、迷惑ばかりかけてしまって……。彼女たちはよく動けますね」
 男性体で数千年を生きてきたために一時的な変化に適応できていないとはいえ、戦闘どころか、日常においてすらままならない。胸部を締め上げる防具は息苦しく、暫くつけられそうにない。転びそうになる度にルシフェルさまに手を引かれて支えられる。情けない姿を、団員たちがにまにまと見ているのが不満だった。
 戦闘に参加している女性陣を思い浮かべているのだろう、サンダルフォンは不甲斐無い自分と比べて、ため息を吐き出した。
 サンダルフォンの言葉を偶然聞いてしまったイオは、物言いたげにじっとりとサンダルフォンを見つめた。気配に聡い天司たちが気付くと、視線が交錯する。イオはぶっすりと不満そうにしているものだから、二人は何があったのか分からない。今の会話にしたって聞かれて困ることではないし、今の会話のどこに不快に思う部分があったのか、わからないでいる。
「どうした?」
「いろんな人に喧嘩を売ってるなあって思っただけよ」
「喧嘩を売った覚えはないぞ?」
「売ってるわよ! まあ、アタシはまだ成長中だし!?」
 たわわに揺れる胸と自分の平原のような胸を見比べてふんすと息巻く少女の言葉に、二人の天司は顔を見合わせて首を傾げた。

2019/03/05
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