ピリオド

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 まどろみから浮上する。瞼を照らす光源は、カーテンの隙間から注がれている。朝の陽ざしは柔らかで、二度寝に誘うが、サンダルフォンは瞼を持ち上げる。飛び込んできた寝顔に、まどろみは消えて脳が覚醒する。ちっとも慣れることがない。深い眠りに入っているのだろうサンダルフォンが身動ぎをすると、縋るように引き戻される。サンダルフォンは寝顔を見上げて、声を掛ける。その安眠を妨げるのは申し訳ないが、起きなければ団長たちに何を言われるか分かったものではない。
「朝ですよ。起きてください」
 瞼が緩やかに開かれる。ぼんやりと、夢現の視線と交錯する。ふにゃりと浮かべられる笑みに、サンダルフォンは声を掛ける。
「おはようございます、ルシフェル様」

 戸惑いがなかったいえば、ウソになる。裏切った過去やぶつけた言葉は何一つとして取り返しがつかない。サンダルフォンは、覚悟していた。ルシフェルに罰せられることを。望んでいた、滅ぼされることを。けれど、ルシフェルは何も言わなかった。記憶に障害でも残ったのだろうかと不審がるサンダルフォンをくすりと笑って、サンダルフォンの頬にかかる髪を耳に掛けた。それだけだった。だから、サンダルフォンはきまずく思いながら甘んじて、ルシフェルの隣にいる。おこがましい、恥知らずと言われても、仕方ない。
 二千年前に願った時間を手放したくない。もう二度と、手放したくない。

「おやすみ、サンダルフォン」
「……おやすみなさい、ルシフェルさま」

 祝福を授けられる。一房髪を取られて、唇が落とされる。羞恥は消えない。慣れることはない毎夜の習わし。サンダルフォンも、また、倣うようにその手を取り、唇を落とした。俺程度の祝福なんて、祈りなんて。けれど、眠りが穏やかであるように。ルシフェルが部屋の光源となっていた元素を収束させる。部屋は暗闇に包まれる。抱き締められて、寝返りはうてない。サンダルフォンは逞しい胸板に身を寄せて、規則正しい鼓動に耳をすませた。うつらと、瞼が重くなる。

 本来は眠りは不必要だが、天司長の力を馴染ませるために、ルシフェルには必要だった。サンダルフォンも覚えがある。外部からの力を体に馴染ませる、自分の力に変換をする。元々はルシフェルの力であっても、サンダルフォンを経由したということで変わらない。

 人の標準体型で造られた寝台は、ルシフェルには小さい。部屋数の事情で同室であるサンダルフォンが、もはや眠りを必要としなくなったのだから俺のものも使ってください、寝台をつなげてしまえば良いのではと具申すればルシフェルは、きみはどうするのだ不満そうに言った。思ってもいない言葉に、サンダルフォンは戸惑った。
「俺はもう、眠りを必要としませんから」
「しかし、長く、眠りを必要とし続けたことには変わらないだろう?」
 ルシフェルは頑なに譲らず、結局、サンダルフォンは畏れ多くも同衾をしている。寝台の片隅にガチガチに固まった体を横たえて時間が過ぎるのを待っていた。しかし、翌日になるとルシフェルに寝台の中央で、抱きしめられて目を覚ますようになっていた。それが毎朝続いた。

「俺はあまり、抱き心地が良いとは思えないのですが」
 ルシフェルよりも小さいとはいえ、決して小柄でもなければ、華奢でもない。成人男性、とまではいかないものの青年らしい体躯をしている。態々つなげた寝台のスペースを、ルシフェルのための眠りの場を妨げているのが気が気でならないでいた。
「そう、だろうか」
「ええ。安眠にはもっと柔らかな素材のほうが適しているかと」
 ふむと考える仕草を見せたものの、ルシフェルは一向にサンダルフォンを離すことはない。それどころか抱き寄せられる。寝台の上で逃げ場はない。
「君の体温や香りが、何よりも私を安眠に導いている。君には不便をかけているのだろうが」
「不便だなんて!」
 反論は思いの外大きな声だった。距離には不釣り合いな、思わず飛び出した言葉と声。サンダルフォンは面食らったルシフェルを前にしてはっと、口を押えた。
「夜は静かにね」
 そう言ったルシフェルは笑いを耐えている。しかし、抱きしめられているサンダルフォンには、抑えようとしている震えが伝わる。笑われているという羞恥は、やがて不満になった。むっつりとしたサンダルフォンにルシフェルがあやすように言葉を掛ける。
「怒らないで」
「怒ってません」
 ルシフェルが苦い笑いを浮かべた。少しだけ、気が晴れた。やがて罪悪感を覚える。子どものような自分に、呆れた。どうして、この人を前にすると冷静になれないのだろう。俯瞰できないのだろう。恥じ入った。
「申し訳ありません、ルシフェルさま」
「こちらこそ、笑ってしまってすまなかった」
「いえ、おれが、悪いので……」
 鬱々と、悪い方へと思考を沈めだしたサンダルフォンの頭をルシフェルは優しく撫でる。ずるい人だ。そんな風にされては、許されていると思ってしまう。
 サンダルフォンは困って、ルシフェルを見上げた。ルシフェルは何も言わない。穏やかな視線をサンダルフォンに注いでいるだけだった。

 寝息がきこえる。耳元をかすめる音。背中に回された腕。絡めとられた脚。サンダルフォンは静かに、手をのばし、首にかかる髪をはらう。銀の髪は絡まることなくするりと手触りが良かった。白い首筋が夜闇に浮かび上がる。

「よかった、夢じゃない」

 安堵して、目を閉じた。

2019/02/28
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