ピリオド

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「あれ、サンダルフォン……背、縮んだ?」
 団長の言葉にサンダルフォンは不機嫌に舌打ちをした。柄の悪い応えに団長は怯えることもない。からかうようにねえねえと絡んでくる。
「……きみの身長が伸びたんじゃないのか?」
「あー! そうかも! 僕成長期だし!」
 ちょっと測ってくる!と意気込んでいる団長にサンダルフォンは呆れながら、誤魔化せたことにほっとする。それから内心で、おそらく伸びてないぞと団長の背中に告げた。
 モップに体重を預けながら、どうしたものかと息を吐き出す。
 憂いた心とは裏腹に、快晴で、空の旅路は順調だった。全空を脅かす存在は破壊され、そして、
「サンダルフォン、向こうのモップ掛けは終わったよ」
 一瞬、止まりかけたような心臓が激しく鳴りだす。ばくばくと、飛び出しそうな心臓をおさえて振り向いた。想定した通りの人が、似合わぬモップを手にサンダルフォンの挙動を見守っていた。
「……俺はまだ掛かるので、先に休憩に入ってください」
「そうか」
 サンダルフォンの言葉に、首肯しておきながら、休憩に入るどころか、立ち去る素振りも見せない。寧ろ、持っていたモップをかけだしている。
「ルシフェルさま!」
「一人で休憩に入るのは、寂しいことだ。それに、今日は以前立ち寄った島で購入した珈琲を試すのだろう? どうか、手伝わせてほしい」
「しかし、」
 射抜くように見つめられる。懇願でありながら、無自覚なのだろう、有無を言わせない。サンダルフォンは仕方なく、申しわけありませんと渋々、譲歩する。ルシフェルは謝る事は無いよと言った。浮かべる笑みから、目を逸らした。ルシフェルの笑みは毒だった。じくじくと、心をむしばんでいく。なのに、もっと笑いかけてほしいと思ってしまう。依存性が高い、危険だ。サンダルフォンはモップに視線を落とした。使い古されたモップは毛羽立って、洗えども、染みついた汚れは落ち切っていない。そろそろ、かえ時なのだろう。いつも、変えなければと考えて、忘れて、次の当番が回ってくる。
 モップをかける。広い甲板を端から端まで。交代制の掃除当番に、ルシフェルが組み込まれることをサンダルフォンは納得できていない。特別扱いなんてしないからねとサンダルフォンが共闘を申し出たときから言われていた、団内の唯一といってもいいルール。王侯貴族すら掃除当番は振り分けられている。


 体を構成する元素自体に変化はないというのに、外見が保てない。
 丸みを帯びた腰、肉付いた臀部、膨らみ始めた胸部。甲高くなった声。
 最初は、些細な変化だった。少し、体が丸くなっただろうか。少し視線が下がった気がする。少し、少しだけ。決定的な違和感を覚えたのは、性器が明らかに小さくなっていた点だ。今や男性器は無い。変わりのように、ぴったりと閉じた筋が存在している。そこに至るまで気が付かない自分の鈍感さに呆れた。
 性転換をしている。
 青褪めて鏡越しに、裸身を確認した。膨らんだ胸部は筋肉なんてものではない、柔らかな脂肪で出来ている。ふにふにと柔らかい。大きいとは言い難く、鎧の下で潰れる程度だ。誤魔化し切れる。潰されて痛みを覚えるものの、我慢できないものではない。丸みを帯びた体つきとなっているとはいえ、元々露出の低い格好であったこともあって、周囲には気づかれていないようだった。
 日課となっていた変化の確認。そのために、裸身を姿見に映していた。夜更けで、団員たちは寝静まっている。こんな時間に人が訪ねてきたことはない。故に、油断をしていた。
「失礼、す、る」
 視線が交錯する。
「こ、こ、れは、あの、その……ノックをしてください、ノックを!」
「……あぁ」
 ルシフェルはサンダルフォンに言われるまま、手に掛けていた扉にノックをした。今更、遅い。部屋に入ってきたルシフェルが扉を締める。見たことも無いほどに狼狽えている、戸惑っている様子に、サンダルフォンは冷静さを取り戻していた。
 サンダルフォンは室内着にしている黒いTシャツを手に取る。以前、依頼の際に着用して以来室内着にしているTシャツは細くなった肩幅には大きく、ずりおちる。みっともない。
 ルシフェルは視線を気まずそうに、彷徨わせていた。
「こんな時間にどうしたんですか」
 つっけんどんな言葉になる。誰よりも見られたくない、知られたくない人に晒してしまった。自分に対する怒りを八つ当たりにしていた。変化した肉体。与えられた肉体を、維持できなかった。天司にとっての矜持はぼろぼろだった。
「大した用事ではなかったのだが……私の思い違いでなければ、きみに与えていた性は男性体であったはずだ」
「思い違いなんかじゃなりません……」
「いったい何時から?」
 サンダルフォンは口を開く事は無かった。ルシフェルは息を吐き出す。サンダルフォンは肩を震わせた。
「コアの状態を確認する、いいね」
 頷く意外に出来るわけが無い。

 サンダルフォンの肉体が寝台に沈んだ。
 抜き取ったコアを検分する。歪みも無ければひびも無い。穢れの一つもない。呪詛の類も見受けられない。創造主であるルシフェルが、問題なしと言える状態である。コアを戻す。
 ルシフェルには思い当たる節があったのだ。
 一つの進化を、知っている。興味深い進化だと、記憶していた。
 種族を繁栄させるため、種族を途絶えさせないため、より良い遺伝子を遺すための、効率の良い繁殖過程。
 ルシフェルは天司長の座から退いたとはいえ、その能力は原初であり、頂点である。ヒエラルキーに例えるなら最上位に位置している。対して、サンダルフォンはルシフェルが造りだした存在である。常に、ルシフェルの影響下に存在している。そして、麾下の天司とは、異なる距離を許し、求めている。現在では、研究所でいたときよりも、共に過ごす時間は増えている。二千年の時間と距離を埋めるように。
 ぴくりと、サンダルフォンの瞼が反応を示す。
 ぼんやりとした瞳がルシフェルを見上げている。
「コアに異常はない」
「そうですか」
 良かった。ほっと息を吐き出したサンダルフォンの首筋は白く、細い。ゆるりとしたTシャツの、広い首元から、浮き出た鎖骨が覗いた。すぐ下は緩やかなまろみがある。見てはならないものを見たような罪悪感を覚えながら、視線は逸らせない。喉が鳴った。
「ルシフェルさま?」
「……いや、日常生活に支障はないだろうか」
「今のところは。戦闘についても問題はありません。ただ、どうして……」
 仮定を伝えるべきか、逡巡。
「天司長の力を永らく保持し続けたことや、返還の影響もあるのだろう。変化があれば、言いなさい」
 首肯したサンダルフォンに、良い子だねと言う様に頭を撫でる。ややあって、頬を薔薇色に染めたサンダルフォンは視線を落とした。

 変化は一時的なものではない。サンダルフォンは着実に、女性化している。
 前例に覚えはない。
 天司の交配について雌雄同士で実験が行われたが無意味な結果となった。何度か繰り返された実験は、結局、中止されて、それよりも、より良い素材と機能を備えた天司を作ることに重点を置かれた。以降は、不要であるならばと、製造段階で生殖機能は排除されている。初期に造られた天司を覗いて生殖器官はつけられているものの、その器官は機能していない。命じられるままに造ったサンダルフォンにもその機能はなかった。ルシフェルが、付けなかった。
 だというのに。
 生殖機能の無い天司でありながら、求め、欲し、変化している。
 最上位種であるルシフェルの子を成そうとしている。
 抱いた喜びをひた隠し、サンダルフォンを見つめる。青い眼が覗かせる劣情に、サンダルフォンは気付くことはない。きゅうと痛みにも似た感覚を訴える下腹部に違和感を覚え、誤魔化すように足を摺り寄せた。それから、ルシフェルに触れられる喜びをかみしめていた。

2019/02/27
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