ピリオド

  • since 12/06/19
「サンダルフォン?」
 訝しげに、けれど、名前を呼ばれた。ひゅっと呼吸の仕方を忘れた喉から出たのは、間抜けな音だった。早鐘を打つ音が煩い。周囲の音が抜け落ちる。その声をもう一度と願っていて、けれど、聞きたくなかった。もう一度会いたいと思っていたくせに、怖くて逃げ続けてきた。そんな、まさか。きっと他の誰かのことを呼んでいる。
「サンダルフォンだろう?」
 確信を得たように、繰り返される呼び声。居ても立っても居られない。身体中が歓喜を覚えている。特別だった。誰に名前を呼ばれても、この人に呼ばれることだけは違った。振り返りたい。押しとどめる。いけないと、耐える。違う、きっと、他の誰かを呼んでいる。胸の奥底で芽生えかけた感情を摘み取る。言い聞かせる。期待をするな、希望を抱くな。忘れられて良い、知らない存在が良い。有象無象の一部で良い。二度と、この人の不幸になりたくない。この人を傷付ける存在になんてなりたくない。なのに、苦しげに、切ない声はサンダルフォンの決意を揺るがせる。
「……すまない。不躾だったね。きみは、私の大切な子に、随分と、似ていたから」
──大切な子。
 かっと目の奥が熱を持つ。捨て去られる不用品のままであったなら、取るに足らないガラクタであったなら、サンダルフォンはルシフェルのことを、きっと、憎んだままでいられたのに。憎んでいると、想い続けることが出来たのに。一度だけ、初めて触れた。裏切った、優しさを踏みにじってきたサンダルフォンを、最期まで慈しんでくれていた。サンダルフォンは覚えている。忘れることがない。忘れられない残酷な、許されない罪の記憶。
 縋りたい。振り向いてしまいたい。もう一度、御姿を。もう一度、名前を呼んでほしい。
 何時だって、欲深くて、無垢なんかじゃなかった。この欲望が、いつだって大切な人を傷付けてきたのに。どうして、学習をしない。何度、繰り返すつもりなのだ。
「時間を取らせてしまったね。……気を付けて帰りなさい」
 行ってしまう。予感があった。これは、一度きりだと。もう二度と、サンダルフォンと、天司であった頃のように、優しく呼びかけられることはない。有象無象の一部になる。願ったことじゃないか。なのに、良いのか。本当に? ぐらぐらと、揺れる。決めていたのに。たとえ、再び出会うことがあっても、知らないままでいようと、覚えていないままでいようと。呆気ない。サンダルフォンは偽れない。ルシフェルを前にして、無理な事だった。いつだってサンダルフォンは、ルシフェルを求めていて、求められたくて、応えてほしくて、応えたい。
 振り向く。振り向いてしまった。
「ルシフェルさま」
 名前を呼ぼうとして、声が出ない。ぱくぱくと、唇だけが音を乗せないまま動いた。声を出そうとすれば、嗚咽が漏れそうになる。記憶と変わらない姿が其処にある。白銀の髪は月明かりのように、優しく輝いている。澄んだ蒼穹の瞳は、くしゃりと泣き出す寸前の弱り切った顔を認めて、見開かれる。宥めるように、ルシフェルが伸ばした手は、空を切る。
「え」
 呼び止める暇も与えず、サンダルフォンは、新入生らしく、そして性質としての生真面目さゆえに規則を乱すことのない、規定通りの膝丈スカートを翻して校門へ走って行った。ぽつりと、玄関ポーチに置き去りにされたルシフェルに女子生徒が声を掛ける。
「先生、さよならー」
 その声に、ルシフェルは曖昧にああと、どうにか応えることが出来た。



 ただ、偶然に過ぎなかった。決して、ルシフェルがいたからサンダルフォンは進学先を選んだわけではない。全て偶然だった。産休や家庭の事情により、慌ただしく教師が入れ替わり、その中に、偶然、ルシフェルが居たのだ。ルシフェルにしたって、偶然だった。留学を終えて家業を継ぐために戻ってきたというのに、早々に経営している学校の教師が不足していると言われ、父に有無を言わされず「お前教員免許取ってたよな」と確認をされたかと思えば教師となっていた。子どもが好きだからだとか、教えることに生きがいを覚えているからだとか崇高な信念はない。ただカリキュラムの一環として取っていたにすぎなかった。
 全学年がずらりと講堂に並び、新任教師の挨拶を聞き流している。生徒指導の教員が進行している。産休に入った先生に変わりましてと紹介されて登壇した教師の姿に、サンダルフォンは目を奪われた。それは、サンダルフォンに限らない。興味が無さそうにしていた生徒たちは一様にぽかんと、その姿に見惚れていた。
「これから一年間、よろしく」
 簡潔な言葉でありながら、ルシフェルは心を奪っていく。
 ルシフェルが受け持つのは三年生の地歴であることに、三年生はガッツポーズをして他学年はがっくしと項垂れた。部活動は受け持たないと聞けば微妙な反応が上がった。残念がる人もいれば仕方ないと諦めるものもいる。もしも部活動を受け持てばその部活には人が殺到するだろうし、ルシフェルが赴任期間を終えれば幽霊部員しかいなくなる。当然といえば、当然であった。
 人を惹きつけるルシフェルは、常に人の中心にいる。周囲には何時だって同僚教師であったり、生徒だったりがひしめいていた。サンダルフォンはいつも、その姿を見ていた。ストーキングという訳ではない、つもりだ。ただでさえ目立つルシフェルの元に人が集まり、更に目立っているに過ぎない。サンダルフォンも、彼らのように無邪気に「先生」と呼び慕うことが出来たならと思うが、出来っこない。どうしたって、負い目があった。それに、呼ぼうとしても、声は喉に引っ掛かり出てこない。覚えがある。天司であった頃、声を掛けようとして、躊躇った。役割のある天司に指示を出す姿。サンダルフォンには分からない言葉のやりとり。その度に、孤独を突き付けられる。何でもないふりをしてその場を立ち去った。サンダルフォンの言葉は重要性が低い。天司長にとってどうだっていいものだったから。どうしたの? 同級生が首を傾げた。金色にも見える、明るい茶色がさらりと揺れた。サンダルフォンは何でもないと答えるが、彼女はサンダルフォンの視線を追って納得をしたようだった。
「相変わらずすごい人気。教えるのも上手なんだって」
「俺たちには関係ないだろう」
「また俺っていってるよ」
 罰が悪くなり、視線を彷徨わせる。磨き上げられたガラス越しに、ルシフェルと目会ったような気がして、早とちりも甚だしく、夢見がちな自分に呆れた。抱えていた教材を持ち直す。
 視界にちらりと揺れた癖のある黒髪に、ルシフェルがもどかしくなっていたことを、サンダルフォンは知る由もない。



「時間があるだろうか」
 緊張した面持ちで言われて、サンダルフォンは言葉を呑み、頷いた。
 珍しいことにルシフェルが一人だった。サンダルフォンがきょろりと周囲を見渡しても、見咎める気配はない。警戒をしているサンダルフォンにくすりと笑ってしまう。
「大丈夫だよ」
 サンダルフォンは、羞恥で、頬を染めた。
 ついておいで。そう言ったルシフェルの後に続く。広い校内を、ルシフェルは人の少ない場所を選んでいるようだった。道すがら話し掛けられる。
「生徒として在籍しているだなんて、驚いた」
 何を言えば良いのか、サンダルフォンは思い浮かばない。そうですねと頷けばいいのか。それではあまりにも素っ気が無さ過ぎる。俺もあなたが教師をしていることに驚きましたと言えば良いのだろうか。なんだか、厭味ったらしくないだろうか。迷っているうちに、まるで無視をしているようになって、焦る。
「あえて、嬉しかった」
 答えになっていない。突飛が過ぎる。やらかした。何を言っているんだ。失敗をした。青褪めて、俯いてしまう。そんなサンダルフォンに手を伸ばしかけて、ルシフェルは手を降ろす。教師と生徒。男と女。その立場と性差という理性が、本能を押さえつける。
「私も、君に再び逢うことが出来て、嬉しかった」
 ぱっと顔を上げたサンダルフォンの頬は、薔薇色に染まっていた。本当に? 言葉にされていないのに、その瞳は悠々と語っている。稚けない仕草。心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚えながら、ルシフェルはその様子を瞼に焼き付けた。
 通されたのは準備室と書かれている部屋だった。荷物が溢れて埃がちらちらと視界を過る。換気扇を回しても、窓を開けても空気に舞う埃は喉に引っ付いて離れない。
 女生徒と二人きりだなんて、醜聞でしかない。また、重荷になってしまう。経歴に、傷をつけてしまう。サンダルフォンは部屋に入るのを、躊躇った。
「……実はこの教室の掃除をしたくてね。手伝ってもらえないだろうか」
「俺で、良ければ」
 これは、手伝いだ。たまたま、声を掛けられたにすぎない。仕方のない事だ、言い訳だと分かっていても、納得をさせる言葉がサンダルフォンには必要だった。
 昼休憩の時間に準備室で落ち合うようになっていた。忽然と姿を消すサンダルフォンに友人がにやにやとしていたがサンダルフォンは見なかったふりをした。ふらりと行方を眩ませるルシフェルを探す声があちこちから聞こえたが、ルシフェルは聞こえないふりをした。そうして一カ月、二人で半ば倉庫状態になっていた準備室の掃除と整理を終えた。
「綺麗になりましたね」
 じんわりと掻いた汗をサンダルフォンはタオルで拭った。初夏を控えて、じっとりと汗が噴き出る。薄手のシャツが肌に張りついている姿から、ルシフェルは目を逸らした。
「冷房をつけようか」
「良いんですか?」
「ああ、職員室は既に付いているしね。各教室は来週からだが……」
 悪戯っぽく笑ったルシフェルに、サンダルフォンは目を瞬かせた。空調を操作するルシフェルの姿に、サンダルフォンは戸惑いを覚える。



 二十分弱の休み時間を共に過ごす。ルシフェルの個人準備室として使用するらしく、地歴の教材、資料集、参考書や問題集と共に彼の私物が数点置かれていた。そのうちの一つだけ、サンダルフォンのためのティーカップが置かれている。サンダルフォンのために、ルシフェルが用意をした。
「サンダルフォン、きみは部活動には参加していないのかい?」
 ティーカップに注がれているのは何時だって珈琲だった。かつてであれば決して口にしなかったであろうインスタントも、時代を経て研究が進むうちに風味も味も良くなっている。たった二十分では器具を使って珈琲を淹れる時間は勿体無かった。
 サンダルフォンは首肯する。サンダルフォンは部活動に所属していない。サンダルフォンの興味が湧かなかったということもあるが、何よりも、放課後は──
「そうか」
 ふむと考えるそぶりを見せるルシフェルにサンダルフォンはどうしてそんなことを言うのだろうと不思議に首を傾げる。ルシフェルは部活動を受け持っていないし、何よりサンダルフォンという新入生との接点はない。教師として気に掛けるような問題を起こしているつもりもない。それとも、何か、やらかしてしまったのだろうかとざわざわとした行き場のない不安が胸に溜まっていく。
「なら生徒会はどうだろうか」
「生徒会、ですか?」
「ああ。実は、という程でもないのだが、私は生徒会の顧問を受け持っていてね。特別な理由はないよ。私が元々、ここの卒業生で、生徒会長をしていたからという理由に過ぎない。例年であれば、新入生から成績優秀者や希望者を生徒会として招き入れているのだが今年はどうやら方針を変えたようでね。入学後の様子をみてスカウトすることになったんだ。そこで私はきみを推薦したいのだが、どうだろうか」
 言葉をゆっくりと噛み砕き、脳で変換をする。
「俺、がですか」
「ああ。サンダルフォン。きみは、学業においても生活面においても、真面目で優秀だからね」
 喜びが全身を伝う。ルシフェルに、認められた。天司でなくなっても、変わらない喜びであり、求め続けてきた。たった一人に求められたくて認められたくて、必要とされたかった。しかし、サンダルフォンは困ってしまう。この人に頼られて嬉しいのに、求められることを願ってきたのに、今のサンダルフォンは応えられない。ただのサンダルフォンであったなら、全てを投げ捨ててルシフェルを選ぶけれど、今のサンダルフォンには出来ない。今のサンダルフォンには、投げ捨てられない存在がある。
「……申し訳ありません」
 正直なところ、ルシフェルは過信をしていた。きっと、サンダルフォンは頷いてくれると、喜んでくれると思っていた。まさか、断られるだなんて、想像をしていなかった。驕りだったのだと、思い上がりだったのだと、恥じた。
「理由を聞いても?」
「放課後は、弟の迎えをしなくてはいけなくて……」
「弟」
 考えたこともなかったというようだった。サンダルフォンは理由を口にする。特別に重い理由ではない、どこの家庭にだってある。人によっては重荷ではないだろうかと思われても、サンダルフォンにとっては何てことは無い、よくある家庭の事情だ。年の離れた弟に、共働きの両親というパズルが揃えば必然的に導き出される答え。サンダルフォンには自己犠牲のつもりはない。一回り近く年の離れた弟に、思うところがなかったといえばウソになる。とはいえ、ふにふにとした手足でとたとたと駆け寄る弟は可愛いし、天邪鬼なところや、大人のように振る舞うマセた姿を見ると愛らしいと思う。
「そうだったのか」
「申し訳ありません」
「いや、君の事情も考慮せずに悪かったね」
 それから名残惜しく、二十分の休みを過ごした。


 サンダルフォンは、また、裏切っている。じくじくと後悔が押し寄せる。けれど、どうしたって言えるわけがない。打ち明けたって、意味がない。ルシフェルとは、きっと、たった半年程度の時間しか共にできない。任期を終えればルシフェルは教師でなくなる。きっと、それきりになる。なら、サンダルフォンは半年の間、必死で隠し続ける、裏切りだと分かっていても、それが誰のだめであるかも分からなくなっても。


 偶然だった。ルシフェルが父が倒れたと連絡をうけて仕事を切り上げて病院へ行ったのも、サンダルフォンが弟の予防接種のために病院へと行ったのも。結局、ルシフェルの父はなんてことはなくただの過労であったし(それも本人は不本意な入院であったらしい)弟の予防接種も滞りなく終わった。さて帰ろうと注射を前にして泣くことも怯えることもなかった弟の手を取る。病院を出ようとし。
「サンダルフォンと、きみ、は……」
 血の気を無くしたサンダルフォンを、姉の姿に水色のスモックを着た幼い「弟」はルシフェルをじとりと睨みつける。黄色い通学帽から下から覗く目は、幼い外見からかけ離れた剣呑さを宿している。その小さな手は、サンダルフォンの手をきゅっと握っている。サンダルフォンははっと弟とルシフェルを見比べて、泣きそうな顔になる。それは叱られることを覚ったような情けない顔で、どうしたらいいのだろうと迷っている顔だった。
「彼が、弟なのかい?」
 努めて、優しく、問いかけながらも、ルシフェルは戸惑いを隠し切れていない。サンダルフォンの中で罪悪感が湧き上がる。弟を、ルシファーという存在を、ルシフェルには隠していた。それは、弟であるルシファーのためなのか、敬愛するルシフェルを思ってなのか、全て自己保身のためなのか、サンダルフォンには最早どれが本心なのか分からない。ただ、
「弟は、ルシファーには、記憶は無いんです。だから、」
 過去のことに触れないでほしい、彼を、憎まないでほしい。何を続けようとしたのか、サンダルフォン自身にも分からなくなっていた。
 ルシファーには星の民であった記憶がない。サンダルフォンを前にしても姉、という存在としか認識していない。何千年も前に不用品と評した存在を前にした、つまらない反応ではない。可愛がっている弟に、あの瞳で見られたらきっと、サンダルフォンは姉としての矜持も何もなく、悲しく、思ってしまう。ぎゅっと小さな手がサンダルフォンの手を握りしめる。サンダルフォンは汗ばむ手で、その手を握り返した。
 泣きそうな女生徒に、すっかりこちらを敵視している幼稚園生。すっかり、ルシフェルが悪者の図になっていた。ひそひそと何かを話している声や視線が痛い。
「少しいったところに公園がある。そこで話を出来るだろうか」
 サンダルフォンはルシファーを見る。ルシファーは何も言わない。元々、口数は少ない子だった。ただ、姉を気遣える優しい子だ。大丈夫だ、ルシフェル様はお優しい。サンダルフォンははいと頷いた。きゅっと握りしめる手から勇気をもらった気がした。



「あれは鈍いな」
 幼い子どもが口にするには随分と棘のある言葉だった。ルシフェルは驚く事は無い。それどころか、矢張りな、とすら納得すらしている。そんなルシフェルの反応を詰まらなさそうに見る視線には覚えがある。
「きみは、変わらないな」
 数千年前から、変わっていない。ルシファーの世界は二つしかない。興味のある、役立つもの。興味の無い、役立たないもの。自分自身が作り上げたものであろうが、なかろうが、用途が無ければ、役に立たなければ、全て等しく価値はない。不用品でしかない。今世において、ルシフェルは、ルシファーにとって無価値であるらしい。悲しいともは思えない。悔しいとも思う事は無い。
 丁度、コンビニで飲み物を買ってきたサンダルフォンが姿を見せれば、ルシファーが駆け寄った。姉にべっとりなルシファーがルシフェルと一緒に待つと言ったとき、サンダルフォンは少しだけ驚いたのだ。けど、記憶が無くてもルシフェルという存在は特別なのだろうかと思うと仕方ないように思えて、ルシフェルによろしいでしょうかと確認すれば、彼も構わないよと言うので、二人にきりにするのに少しだけ不安を抱きながらも、けれど、敬愛するルシフェルはきっと非道いことなんてしないと安心をして任せた。常のサンダルフォンであれば例え親友であっても誰であってもルシファーを任せることはない。ルシフェルに対する無条件な信頼だった。
 躊躇することなく、ルシファーはサンダルフォンに抱きついた。サンダルフォンは当たり前のように屈んで抱き止めた。姉弟にとっては当たり前のスキンシップに過ぎない。サンダルフォンにとって、ルシファーは可愛い弟なのだ。甘えられて、嬉しくないわけが無い。夏服の学校指定のシャツ一枚越し。ふにふにと柔らかな触感に、満足げに、羨ましいだろうと言わんばかり。ふふんと、ルシフェルに見せびらかすように抱き着いている。ちょっとどうなんだろう、きみ中身は変わってないのだろう。ルシフェルが何を思ったのか手に取るように分かったのだろうルシファーは、ぎろりと鋭い眼光で睨みつけてきたので、口を噤んだ。
「口に合うか分かりませんが」
「君が選んだものだ、有難く受け取るよ」
 コンビニのアイスコーヒー一つに何言ってるんだろうコイツら。ルシファーは思ったが言わない。だって姉であるサンダルフォンがいるので。
 ルシファーは別に過去においてだってサンダルフォンのことを嫌悪していたわけではない。憎んだこともない。過去において、サンダルフォンに役割がなかったから、役に立たない存在であったから、ルシファーにとって、不必要であった。そこにルシファーの個人的な感情は含まれていない。もしも、含まれていたらと考えることも無意味だ。所詮は過去のこと。ルシファーはすっぱりと割り切っている。うじうじと悩む事は無い。今は今だ。今のルシファーにとって、サンダルフォンは頭の良い馬鹿で、疑うことをしらず、姉として健気に振る舞い弟の世話を焼く、まあ不必要と斬り捨てることが出来ない程度の存在でしかない。人はそれをツンデレと呼ぶのだが生憎とそれを指摘する人間はあと十年は顕れない。
「これで足りるだろうか」
 財布からルシフェルが取り出したのは高額紙幣で、サンダルフォンは受け取れません!と慌てて拒否をした。小銭で買える程度のものがそんなものに化けるだなんて恐ろしいったらない。わたわたと焦っていたサンダルフォンは、ぽつりとえんこう……とルシファーが呟いたのを聞き落していた。しっかりと音を拾ってしまったルシフェルはひくりと頬をひきつらせた。

2019/02/14
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