血の味が滲んだ

 

子供の頃からボクは重度のシスコンだった。


「おねーちゃん、おねーちゃん、おねーちゃーん!」



短い両足を一生懸命前後に動かしてボクよりも背が高いお姉ちゃんの背中を追いかける。
たった1つしか年が離れていないのに、その頃のボクにはお姉ちゃんは随分と大きく見えた。



「ふふ。ライトったら…今はお勉強の時間でしょう?また抜け出して来たの?」

「窓からおねーちゃんが見えたから追いかけてきたんだ!」



お姉ちゃんは昔からきれいに笑う女性で、ボクが笑うと一緒になって笑ってくれる。
当たり前のように頭を撫でる優しい手や、しっかりと【ボク】を映してくれる澄んだ瞳がボクはとても好きなんだ。

だけど。

お姉ちゃんはボクだけのモノじゃない。
お姉ちゃんにはボク以外の弟―――アヤトくんとカナトくんがいる。 ボク達は3兄弟。生まれるのも一緒。過ごす時間も一緒。そして。



「ねーさま…っ」

「ねーちゃん!」



お姉ちゃんを求める強さも――――【一緒】だった。

ボクだけじゃない。
2人もボクと同じくらいにお姉ちゃんを求める。お姉ちゃんと過ごす時間を欲する。
子供はとても傲慢で、我儘で、それでいて一途だ。思うがまま行動に移したボクは結局2人と喧嘩してしまう。



「もう…。どうして喧嘩しちゃうのかなぁ、3人は」



そしてお姉ちゃんはいつも困った顔をする。
一番怪我が酷かったアヤトくんを優先的に手当てし、次は大袈裟な位に泣きべそをかくカナトくん。…で、一番最後は、このボク。
だけど、ボクはこの順番に文句を言ったことはない。寧ろ一番最後を望んでる。
だって最後の方がお姉ちゃんを一番独占出来るんだから。もう手当てが済んでしまった2人は待つしかない。
ボクは【手当】を理由にお姉ちゃんに存分に甘えるんだ。

思い切り抱きついたり、ワザと痛がってみせたり、必要以上に甘えたり。子供なりに卑怯な手さえ使ったりもした。
それでもお姉ちゃんは受け止めてくれる。ボクの我儘を、ボクという存在を。
だからボクは他の誰よりもお姉ちゃんが好きで好きでたまらなかった。



そんな感情が、いつしか形を変え、大きくなり、気付けば歪みさえみせていた――――。



「おねーちゃん、おねーちゃん、おねーちゃーん!!」

「い、いやああぁぁぁっ!こっちにこないでー!」



満面の笑顔が緩みっぱなしのボクは大好きなお姉ちゃんをひたすらに追いかける。
あははは。お姉ちゃんってば、本当にイイ声だすなぁ…!もうこの声さえ聞ければそれだけで気分悦(よ)くなっちゃうよ!
嗚呼っ。あんなに必死な表情で、今にも溢れそうなほど涙を浮かべて、ひたすらにボク以外の男の名前を呼んで逃げまとってる!
酷いよねぇ。ボクという者がありながら他の人に助けを求めるんだからさ。でも、それでもイイよ。ボクはそんなお姉ちゃんだって求めてるんだから!



「おねーちゃん、おねーちゃーん!ねえ、見てよコレ!新しく見つけてお姉ちゃんのために買ってきたんだ!この動きとかスゴイよ!」

(ウィンウィンウィイイィィイン!)

「やだー!そんなの両手で持って追いかけてこないで!うえぇんっ、アヤトーっ、カナトーっ、助けてー!」

「嗚呼っ、そんの震えた声も素敵だよお姉ちゃんっ。ねえ、その声でボクの名前を呼んでよ!泣きながらボクのこと見つめてー!」

「シュウくん、レイちゃん、スバルくーん!誰でもいいからライトを止めてー!」



最高…っ。最高だよお姉ちゃん…!
拒絶と恐怖が入り混じった涙声で呼ばれる自分の名前はどうしてこんなにも心地良いんだろう!

もっともっと言ってほしい。もっともっとボクだけを呼んで。
お姉ちゃんの頭も心もボクでいっぱいになればイイのに。



「まったく…いつまで騒ぎ続けるつもりですか貴方達は。いい加減にしなさい。耳障りですよ」

「って、やっぱりライトじゃねーか。ほんとしつけーよなテメエも。こんだけ拒絶されてんのに何度繰り返すんだよ、バカか」

「うえぇぇえん…っ。レイちゃんママーっ」

「ママじゃないと言っているでしょう!?姉弟揃ってしつこいんですよ、貴方達は!」

「ああっ。おねーちゃんってば、何でレイジなんかの後ろに隠れのさー。ボクがこんなも求めてるのに酷いんじゃない?」

「お前もいい加減に学習しろよな。ったく、姉貴のやつ完全に泣いてんじゃねーか」

「可哀想な姉様。はい。テディを貸してあげますね」

「あ、アヤト…っ、カナトー…っ」



レイジだけに飽き足らず、お姉ちゃんはボクの前でアヤトくんとカナトくん、そしてスバルくんにまで抱きつく始末。
嗚呼っ、イイなあ、羨ましいなあ。涙いっぱいのお姉ちゃんに抱きつかれるなんてっ。ボクもあんなお姉ちゃんにしがみ付かれたい!



「お姉ちゃん!ボクの胸も空いてるよ!!」

(ウィイイイイン!)

「イヤよ!絶対イヤっ」

(ウィイイイイン!)

「ええっ、どうして!?アヤトくんとカナトくんが許されてるのにボクだけダメなんて意味が分からないよ!」

(ウィイイイイン!)

「いや、もう散々に言われて理由明確だろうが…」

(ウィイイイイン!)

「分からないよ!だいたい、シュウ!いつから居たの!?というか、どさくさに紛れてお姉ちゃんの膝枕とか羨ましすぎるから代わってよボクと!!」

(ウィイイイイン!)

「つーか、うるせッ!!おいライト!テメエが持ってるその気持ち悪ィ動きばっかするモンどうにかしろ!目障りだ!!」

「バ●ブの何が悪いの!?」

「というか、最早お前の存在そのもの…」

「膝枕してもらいながら言うとか一番腹立つなシュウは!!」



もう頭にキタ!大好きなお姉ちゃんを他の奴等になんか許してる場合じゃない!
シュウなんか何様だ!お姉ちゃんはボクのなんだぞ!くらえバ●ブ攻撃ってぎゃあああ!!
痛い痛い痛いっ!なんかミシミシいってる!ボク顔が変形しそうなくらい骨が軋んでるよヤメテお願いボクがボクでなくなるからシュウー…!!



「………っ、っっ!」

「……はあ。何で分からないかな、お前…」

「…な、何がさ…っ!?」

「こいつの膝枕は俺の特権だってコトが」

「シュウなんか滅びろチクショーッッ」



あまりの苛立ちと悔しさで勢い余って歯が軋む。
すっかりアヤトくんとカナトくんにべったりになっているお姉ちゃんを何としてでも奪還するべく、お姉ちゃんに向かって飛びかかる。
刹那、ボクの顔面に埋め込まれた傷一つない拳によってボクの顔はえらいコトに。

ああ、馴染みある香りが鼻孔をくすぐる。

視界には完全に表情を引きつらせたお姉ちゃん。
そして。
僕の舌の上では、自分の血の味が滲んだ。

んふ。後でお姉ちゃんに責任もって手当てしてもらおーっと!



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