私は無限ループに囚われ始めていた。
「あー、やってらんねぇ」
心地よいテノールが耳に届いた。声色と言葉がちぐはぐなのが、こいつのもったいないところだと思う。
「…なんかあったの?」
「なんかあった、あった。もう、マジやってらんねぇーっての」
溜息を大袈裟に吐き捨てたが、納得出来なかったのか、唾を吐き捨てる仕草をした。
「ちょっと、本気で吐き出さないでよ?公共道路が穢れる」
「つめてぇー!お前、つめてぇー」
荒んだこいつに言われると、余計腹立たしかったが、イチイチ構ってやる義理もない、と自分を落ち着かせた。
「無視かよー。ハナちゃん構ってよぅー」
甘ったるい声で、ワザとらしく名前を呼ぶこいつが憎たらしい。
「なによ、さっきから…」
「さっき十和子さんにデート申し込んだんだけど『私、今ダイエット中だから』って断られたんだよ!やってらんねぇー。まじ、意味わかんない。あんなに細いのにダイエットってなに?むしろ、もうちょっと太ったほうがいいってのに」
息継ぎもなく、こいつは心底わからないといった表情で言い放った。
「てゆーか、あんたよく十和子さんなんて高嶺の花につっこんだね」
そう言うと、こいつは私の頭のてっぺんから爪先までじっと観察してから
「…お前はもうちょっと痩せたほうがいいと思う」
と言ってのけた。
「…シネ!」
みぞおちに鉄拳を食らわせ、その場を後にした。
「あ、ハナ!今から飲みに行かない?」
「…あきちゃん、ごめん。今ダイエット中だから」
無駄な努力とはわかっていても、あいつの目に捉えてほしいと願う。
そんな無限ループ
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