▼パッショーネ語学


表記は「イタリア語」、『日本語』です。




5時間ほど睡眠を取るつもりで横になったのに気付いたら7時間たっていた、なんてことは今生のまだ小さな体ではしょっちゅうなので今更にイラついたりはしないが、今日はいつもより寝過ぎたようだ。時計の針は10時を指しており学校も間に合いそうになかったため行くのを諦めて私服のシャツとパンツを履く。サイズばかりはまだ小さいが値段の張るそれはジョルノの外見年齢を底上げするには十分だった。サスペンダーまでつければどこかの貴族の息子のようにすらなる。事実血は貧民から這い上がった貴族のものであったからこれがまた笑えて、朝から一人で肩を震わせた。




「おはようございます」
「ジョジョ!おはようございます!」
「よージョルノ」
「おはようございます、ジョジョ」

仮眠室とは名ばかりの、パッショーネNo.2、3、その他親衛隊のたまり場となっている部屋のドアをノック無しに開けて挨拶すると、既にそこにいた部下たちが返事をくれる。そんな小さなことに幸せを感じるには些か年齢が低すぎる気もするが、生を受けたのが二回目のジョルノに常識は通用しない。頼れる部下がどんなにジョルノの心を支えているかは部下はもちろんジョルノ本人も気付かないくらいだ。寝癖が目立つジョルノを見てフーゴはホットミルクを入れるためソファーから立ち上がった。

「調子はどうです?」
「もう無理だってジョルノォ!」
「アジアの言葉はヨーロッパ圏と全く違いますしやはり時間はかかりますね。僕も少しずつやってますが『イラガナ』書きにくいです」
「あはは。確かに『平仮名』はアルファベットと全然違うよね」
「笑い事じゃねーぞオメー」

ジョルノはテキストを下敷きにうつ伏せたミスタの頭を叩いてフーゴからホットミルクを受け取った。ジョルノのミスタへの容赦の無さは最初見たとき驚いて慌てたものだがどちらも気にした様子はなく、周りだけが取り残されていたのはいい思い出だ。普段紳士なジョルノにミスタだけはシニョリーナに見えていないようで、対等な扱いをいつもしている。確かに言葉使いは荒いが女性としてのプロポーションは完璧なのに、と少しフーゴは不憫に思っていた。

「僕も少しやっておかないとなぁ」
「あ?お前喋れるんじゃなかったのかよ」
「そりゃあ多少は喋れますけど、幼児語が混じってる可能性が高いので。それに漢字は読めませんし」
「『カンジィ』?なんだよそれ……『イラガナ』と『カタカナ』以外にまだあるって言うのかよ!」
「まあ、そこまで出来るだろうとは思ってませんがね」
「ホンットムカつくなオメー!英語もスラスラ覚えやがってこっちがどんだけ苦労したと思ってんだ」

ホットミルクを飲みながらテキストを取り上げて眺めるジョルノにミスタがギャンギャンと騒ぎ立てるが特に気にした様子もなくここの『あ』はもっと丸く、と指示している。シーラEが話についていけなくなったのか、静かに退室して仮眠室には三人だけになってしまった。こうなるとミスタに小言からの逃げ道は無くなってしまう。

「ジョジョ、英語も喋れるんですか?独学ですかね?」
「ああ……まぁ、そんなところだよ。フーゴは大学行ってたなら英語はある程度できるでしょう?」
「ええ…、テキスト上の表現だけなら」
「英語は日本語より全然覚えやすいからね。さてミスタ、あなたの英語も最近聞いてないことですし英語で日本語の指導でもしましょうかね」
「げーッそれはやめて!ホント無理だって!英語でさえHの発音に悩まされてんのに!!」
「またそれですか」
「お前は最初に日本語話してたからワカンネーだろうよッ!」

13歳といえばまだ中学生のはずだが突如現れてボスに君臨したジョルノの凄みにそんなことはフーゴの頭からすっかり抜け落ちていた。年齢のわりに大人びて気持ちが悪いくらい頭が回るジョルノをフーゴは素直に尊敬している。またミスタも学識の量はともかくジョルノが急に連れてきたにしてはギャングへの理解もあったし何より戦闘慣れしていて咄嗟の判断には長けている。この二人が奇妙なのは始めからだった、と今更なことをフーゴは思った。

「フーゴはHを発音できる?名前に入ってるから『ふ』は出るんだろうけど……他の『は』とか『ほ』とかさ」
「え?ああ…僕も意識しては出せません。ジョジョは日本にいたことがあるんですか?ここから日本ってのもおかしな話ですが」
「そう。……うーん、僕、日本人のハーフだったんです。母が日本人で、昔日本にいたので少しは喋れるってだけです。会議で使えるレベルじゃないよ」
「ハーフ!?日本人の!」
「うん、まぁそう…」
「何考えてるかわからない顔してるのは日本人の血が入ってたからなんですね」
「フーゴ、さすがにそれはジョルノ悲しむぞー」

ミスタはフーゴの前回とかぶるようなジョルノへの敬愛具合を見て懐かしくなりながらも声はかけておく。包み隠さないフーゴの言葉が刺さったのか誤魔化しながら喋っていたジョルノは遠くを見ている。そんな頭を撫でてやりながらフーゴにホットミルクを注文してテーブルから追い払う。

「ンな顔すんなって。悪気はねぇし、事実だと思うぜ」
「わかってます……ミスタぁ」
「へーへー」

ミスタの隣の椅子に座ったジョルノは項垂れてしまい、ミスタがまだ子供の頬をつまんで引っ張った。ジョルノはされるがままになってミスタの方をちらりと見やると、文句を言いながらミスタの分のホットミルクを入れたフーゴが眉をひそめて二人を見ていた。ミスタとじゃれているとしょっちゅう同じような顔をする。

「あんた達本当なんなんだよ……」
「ギャングですよね」
「おう」
「そんなことはわかってるんだよ!朝からベタベタしやがって!勉強しろ!」
「ひーこわっ」
「フーゴもね。そっち座って」
「…わかってます」

ジョルノはフーゴの怒りが頂点に達する前に宥めるのが上手かった。理由は単純で、前からやっていたからなのだが記憶のないフーゴはどこか不燃焼な感じがしており後味が悪かった。が、ボス直々の命令には従うしかなく感情が荒ぶるのを抑えてミスタの向かい側の椅子に腰を下ろす。落ち込んでいたようにみえたジョルノは既に真面目にテキストをミスタに示していた。

「僕がいるときに発音はやりましょう。はいミスタ、ここ読んで」
「えーッ」
「つべこべ言わない」
「『……あじめまして、わたしの、なまえ…うぁ、』Maria『です』」
「はい駄目です」
「ほら見ろ!畜生!」
「フーゴも、同じところ読んでみて」
「えっ……『ッあ、じめまして、わたしのなまえわ、マリアです』…ですかね?」
「うーん、80点くらいかな」

首を傾げて唸るジョルノに二人は少しげんなりしながら顔を見合わせる。日本人にはいまいちな聞こえ具合らしいが、生まれてからずっと発音せずに生きてきた音を急に出せと言われても無理なものは無理だ。驚いた時に出るでしょうと言われたが、そんなにいちいち何を言ったかなんて覚えてもいないし勢いで出る音にそれこそ意味なんてない。筆記は出来るせいでフーゴは尚更もどかしく感じている。

「『はじめまして、わたしのなまえはマリアです』、が正しい発音です。ちゃんと出るよう頑張って下さい。とくにミスタ」
「まだ3ヶ月もあるからどうにかなるだろ」
「来月から日本語だけで話してもらいます」
「ハァ?何もかも急すぎるんだよオメーは!」
「前言った通り任務も入れないようにしますから、ね。頑張って、僕のジュリア」
「だああその名前で呼ぶな!こそばゆいわ!」
「人の前でイチャつかないで下さい」
「じゃあ、かわいいパニー。ミスタを頼みますよ」
「っ、なんでそれを……!」

ホットミルクありがとう、と言ってジョルノは席を立つ。フーゴはいまだに顔を赤くしたまま固まっており、ミスタは逆に冷静になれた。ジョルノはすっかりご機嫌な様子で手を振って部屋から出ていって、それを見送ってからフーゴはテーブルにうつ伏せた。色素が薄いから赤い耳が目立っていて、ジョルノ相手にはかわいい反応するよな、とミスタはつくづく思うのだった。そして今になって今生の名前を呼ばれたことを思い出して照れる。ジョルノに会うまでは普通に呼ばれていたのにジョルノだけには呼ばれると慣れなくて恥ずかしく思うのだ。気まずくなって続きやんぞ、と声をあげると顔を上げたフーゴが目元を手で覆い隠しながら返事をした。フーゴが照れている時の仕草だ。

「いつまでも照れてんなよ」
「……うるさい。やるぞ」
「へーい」

記憶より幼いフーゴのかわいさに顔をにやけさせながらミスタは言った。




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