▼間接キス


※バンビーナ→少女/バンビーノ→少年(どちらも幼い子を指す)
 また、イタリアに間接キスという概念は存在しません




ようやく暖かくなってきた季節、パッショーネが占めている地域の治安確認に幹部達は追われていた。始めは南だけだったにも関わらずその勢力はシチリアや北にまで及んでおり、範囲が広く長い時間を要していた。そんな様子を見ていたジョルノは、日帰り出来る範囲は自分が見に行くことにし、護衛にはミスタだけをつけて週一で休みつつもほぼ毎日街に繰り出していた。
巡回といっても目立つことはできないから、もはや観光のようになっていたが二人は存外この外出を好んでいた。街が平和なことも確認できて日本で言うところの一石二鳥である。

「ミスタ、ジェラート食べたいです。あれ」
「味は?」
「チョコラートとフラーゴラ……」
「どっちかにしろよッ!」
「じゃあ僕はチョコラート、ミスタはフラーゴラ」
「なんでだよ……」
「早く食べたいですミスタ」
「だぁーッわかったよ我儘なバンビーノ!大人しくしてろよ」

護衛とは外行きだけで、ミスタは最早ただのジョルノの保護者だった。いや、実際気は張っているしピストルだって持ち歩いている、きちんと護衛としても働いているのだが堅気から見れば仲の良い兄弟か先輩と後輩なんかに見られているだろう。仮にも一帯を治めるギャングのボスとNo.2なのだが。
ミスタがジェラートを二つ持って戻ってくるとベンチに腰かけたジョルノが今か今かと待ち構えていた。人を使いパシっといていい立場だなぁとミスタは思ったが今は部下なのでそれは飲み込んでおく。チョコラートのジェラートを渡し隣に座って自分の分のジェラートを舐めると、ジョルノが先にそっち食べます、と少し先の欠けたジェラートを押し付けてきて代わりにミスタのジェラートを取り上げた。自由にも程がある。

「あ、そっち食べないでくださいね」
「オメー俺の扱いひどくね?普通半分こだろーが」
「駄目です。元はどちらも僕のですし」
「あっそ……」

手持ちぶさたになったミスタは遠くの時計を見る。昼近くを指すそれを見てジェラートなんか食べてないで昼飯食わないとな、と何を食べようか考えていた。ジョルノといると昼飯に長くかけられないのが難点だったが最近は慣れてきてしまっていた。
ぼおっとしていると満足したのかジョルノが固まっていたミスタの手からジェラートを取って交換していた。ジェラートはミスタが舐めた場所と反対側から半分くらい減っていて、買ったときよりいびつな形をしている。

「ふふ、ここのフラーゴラ甘くておいしいです」
「よかったな……」
「はい」
「食ったら昼食いに行こうぜ」
「少し歩いてからでも?」
「オメーに合わせる」

残ったジェラートを上からかぶりついて食べる。ベリーの香りと甘酸っぱさが絶妙で確かにおいしい。食に命をかけてるイタリア人ミスタは自分で選んだ訳じゃないにしろそこそこ満足出来たのでジョルノへの文句は閉ざしてやる。
ジェラートをバンビーナみたいに舐めてちまちまと食べるジョルノは最近190近くにまで伸びて女に間違えられることも殆どなくなった。身長を抜かれて散々に騒いだのも懐かしいが未だ伸び続けるジョルノにミスタは一種の悟りを開いている。甘いチョコラートのジェラートを舐めるジョルノは身近な者しかわからない程度に幸せそうだ。



ジョルノがジェラートを舐め終えてから移動を再開し、20分程歩いて適当なトラットリアに入った。昼飯時で店内は人で溢れており席が取れるのかと思ったが二人きりだったため早く空いたようだ。二人でパスタとついでにピッツァ、ジョルノのドルチェに上等な白ワインを一本頼んだ。食べ盛りの男児二人には足りないくらいの量だ。先に来たピッツァをフォークでつつきながら先にジョルノがジェラート1.5人分食べていたのをミスタは思い出したが、普通にピッツァをかじっているのを見る限り大丈夫だろう。

「ミスタ、ワイン注いで」
「へいへいっと」

グラスに注いでやると食べかけだったピッツァを人差し指で押し込んでそれを呷った。思っていたよりも食事の作法がなっていないジョルノはグラスから口を離すと人差し指を舐めて台拭きで拭いた。流石に音を立ててスープを飲んだりはしないがピッツァやらミニケーキやらを手でつまんで食べてしまうのはしょっちゅうだ。そうしてると大人びた顔は成りをひそめて子供らしく見えてそれが好きなミスタは特に咎めたりはしなかった。食事は楽しくが第一でそれ以外は二の次なのだから。

「カルボナーラとアマトリチャーナだよ」
「あんがとよ〜綺麗なねーちゃん」
「あんたもいい男ね。でもそっちの子の方がかわいいわね」
「うぐぅ」

ジョルノといると定番のように言われる言葉にミスタは唸る。言われた本人はと言うと気にせずにカルボナーラの皿を自分の方によせてフォークを手に取っていた。ミスタが同じような台詞でフられるのももう聞き慣れている。

「いちいち拗ねないでください……んむ」
「だってよォ〜〜確かにオメーも男にしちゃ勿体ねぇくらいに綺麗な顔してるとは思うけど、毎度同じこと言われると自信無くすってーの」
「うるさいですね。僕とミスタじゃ方向性が違いすぎますし比べようがないでしょう。あまり言いたくないですが、僕は東洋人の血のせいかいつまでも子供みたいに見られているのでミスタのような男くさい顔の方がよかったな」
「んなこと言っときながら自分の顔好きだろお前」
「ええまぁ」

くるくるとパスタを巻きながら言うとミスタが頭を抱えてどたばたと足をばたつかせる。ジョルノも今こそ会ったことのない父親に似ている自分の顔、というか、外見を気に入ってはいるが昔はろくなことが無かったので造形が良いことにも気付かなかったし、学校で女子生徒が寄ってくるようになっても自分の顔は好きではなかった。多分そのことを言うとミスタがいつになく騒ぐだろうというのが容易に想像できるので言う予定はない。

「だーッ、もういい食って忘れるッ」
「そうしてください。どうせ僕のドルチェもあるので追加で頼んでいいですから」
「そうさせてもらうぜ!オメーの食べ終わるの待ってたら食ったもん消化されちまうわ」
「そんなに遅くはないです。もう……」

フォークをくわえたままジョルノがじっとりとミスタを見るがそんなことはお構いなしにアマトリチャーナを貪っている。一人で食べることが殆どだったジョルノは食べるのが遅く、いつも空腹そうなミスタは早く、それもおいしそうに食べるのでジョルノはそれを見ているのが嫌いではない。

「……ミスタ」
「んぁ?」
「おいしいですかそれ」
「おう?なんだ、欲しいのか?」
「一口ください。あなたがあまりにもおいしそうに食べるので気になって」
「嬉しいこと言うじゃねーの、いつもクリーム系しか頼まないオメーが。細いんだし一口と言わず沢山食え」

先まで拗ねていたとは思えない変わり早さだが、そこがその時の感情に素直なミスタの良いところだとジョルノは思う。しかし、眼下に差し出されたミスタのフォークに巻いたパスタはいただけない。自分のフォークで食べようとしていたのに兄貴肌を見せたミスタの方が早かったのだ。

「ほれ」
「いや……、自分で食べれますって」
「いーだろぉ?ほら、口開けろ」
「やです」
「いらねぇのか?」
「いります、フォークひっこめてください」
「あんだよ、そんなに嫌かよ……」
「だって『間接キス』になるじゃないですか」
「カンセツキスぅ?」

間接キス、とはひとつの道具を使って複数の人が食べたり飲んだりして間接的にキスをする行為のことだ。母親が言っていて、自分自身も潔癖な方なのでその行為が好きではない。粘膜の接触なんてできるのかわからないがいつかできるはずの恋人ぐらいしか許せない。つまり今はいないわけだから誰とでもノーサンキューだ。たとえ今までで一番親密なミスタでも。

「何それ?」
「何と言われましても、あなたが使ったフォークで僕が食べたら『間接キス』になると言っているんです。いやです」
「や、全然わかんねぇんだけど?初めて聞いたぞ」
「……『間接キス』ってのは、直接接吻するんではなくてフォークなどで間接的、に……って、あれ、おかしいな」

ミスタからすればカンセツキス、なんて妙な単語を出していやいやと繰り返されても意味がわからなかった。確かにテストの点はいつもスレスレでやり過ごしてきたが、こんなところで知らない単語に出くわすとは思いもしなかった。

「すみません。日本語だったみたいだ」
「日本語?道理で聞いたことねぇと思ったわけだ」
「まあそれがわかったところでいやなものはいやなので、フォークいい加減引っ込めてください」
「変なヤツ……今に始まったことじゃねーが」
「日本の文化かも知れませんね。今まで母親以外としたことなかったので気付きませんでした」

白々しく言うジョルノはミスタの手をあしらって自分のフォークをアマトリチャーナに突き刺した。行き場のなくなったパスタを仕方なく自分の口に入れてミスタは肘をつく。ジョルノの薄い口にいつものクリームパスタとは違い真っ赤なソースがついていて新鮮だ。大して表情が変わらないということは味も悪くはなかったらしい。

「ジョルノ」
「ん、?」

振り回された意趣返しをしようと、ジョルノが口に含んだパスタが無くなる前に手を伸ばして唇についたトマトソースを指で掬って、それを舐めとった。やっぱりうまい。ジョルノは一瞬固まってから顔をしかめて露骨に視線をそらした。

「カンセツキス、ってやつ?」
「…………」
「おー、どうしたどうした」
「……馬鹿ミスタ、いやだって言ったのに」
「それは悪うございました、バンビーナ?」
「減給しときます」
「げっウソだろ、そりゃあ勘弁してくれジョルノ様ァ〜〜!!」
「やです」

ジョルノは完全に機嫌を損ねたのか眉をつりあげてカンセツキスを嫌がった時のようにいやいやと首を振る。調子に乗りすぎたのかとわかってももう遅い。やるときは容赦ないジョルノのことだから今月の給料は半分くらいの覚悟をしておいた方がいいだろう。といってもミスタの給料は半分でもそんじょそこいらの社会人と比べようがないくらいには入っているのだが。
不機嫌です、という顔をしながらのろのろとカルボナーラを食べ終わっても、ドルチェのパンナ・コッタが来たときには目に見えない花を飛ばしたみたいに機嫌が直ってきて、やっぱりバンビーノじゃなくてバンビーナなんじゃないかとミスタはつくづく思った。多分次言葉に出したら減給じゃ済まないと思うので追加で頼んだサラダと一緒に呑み込んだ。外には大小の学生が帰宅するのが見えて、平和ボケしそうだなと思いながらグラスを呷った。





141203




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