▼風邪



※イタリア知識にミス有/詳細は下記



「ありがとう、もう下がって良いよ」

昼頃、纏めた書類を提出して短く言われた言葉を聞いて退室しようとした際に、ジョジョは小さく咳き込んで鼻を擦った。シーラEからそう報告を受けたフーゴはまずいちにあんな人でも風邪を引くんだなぁと思った。そのせいで軽い返事になったのか、彼女はカッと眉を立てて心配じゃないんですか!と声を上げた。そんな声に思わず体を強張らせた僕を見て鼻を鳴らすシーラEはすっかり立派な女性で、頼もしいやら少し怖いやら。と言っても心配なのは事実なので、一番素が出るであろうミスタに様子見を行かせて、僕自身は風邪の時のリゾット(お粥)レシピ本は何処へ行っただろうか、と探しに書類の山を掘り返しに行った。



学校で言うメレンダ(おやつ)の時間頃、ミスタはジョルノの執務室のドアを叩いた。どうぞ、とかかる声はいつもより心なしか低い。が、ジョルノの声は最近どんどん低くなっていくため風邪かどうかの区別は付かない。中に入るといつも白い頬が火照っていて、どう見てもそこにいるのは風邪人だった。自分自身は滅多に風邪をひかないがいいとこ育ちのフーゴなどがよく辛い顔をしているのと重なった。二人とも全体的に色素が薄いからかもしれない。

「んん、ミスタじゃないですか。何かありました?」
「誰かさんが風邪だから様子見にな」
「…すみません。放っておけば治りますんで」

移るので近寄らないで下さいと言いジョルノは咳き込む。イタリアでは風邪の時はマンマから甘やかされてとびきりよく効く薬を飲むのが当たり前なのだが、前にちらりと聞いた過去のせいかジョルノは体に無理を強いていつも通りボスとしての仕事をこなしていた。

「はあ?なんで?薬持ってないのかよ……確かフーゴが持ってるぞ」
「薬…?そんなに酷くないです、ゲホッ、これくらいならいつも勝手に治りますよ」
「そんな咳しながら言ったって説得力ねぇよ、意地張ってないで薬飲めって」
「意地なんか張ってませんよこんなことで。本当に大丈夫なんですって」

近寄るなという命令を無視してミスタはジョルノの机に手を勢いよくついて手を止めさせる。ミスタ、何度も言わせないで、と言うジョルノのほんのり赤い額に手を当てると、とても微熱といえる範囲を越した熱が出ていることがわかる。ジョルノは眉をひそめながらもようやくペンを置き、不服そうにミスタを見上げた。元々大きな瞳が熱に浮かされて濡れ、きらきらと光を弾いている。

「おめーは仕事やめて寝ろ。粥食えるか?薬はその後だ」
「……いい加減にしてください」
「いい加減にしろってのはこっちの台詞だ!いいかジョルノ、普通は、風邪の時はマンマの粥食って薬飲んで大人しく寝てるもんだ。ボスだからってイタリアで生きてる以上はそれが当たり前なんだよ!」

一番最近まで”当たり前”の家庭で生きていたミスタはそんなジョルノを見ているのに我慢ならなくて、ジョルノが気にする”普通”を敢えて強調して言った。普段より頭が回らないのかジョルノはひとつふたつ瞬きをしてから困ったような顔になる。わからないことがもどかしい顔だ。

「仕事が……」
「それは情報チームに回す。急ぎのは俺とフーゴ、シーラEやムーロロと看病しながら他のやつで片す。だから寝ろ」
「……看病ってなんです?」

言葉が出ないとはこの事か、とミスタは一時停止した頭で考える。病気の時は看病されるのが当たり前だった自分には理解できない質問だったが、ジョルノは本当にわからなくて訊いているのだと思うと胸が痛んだ。今更他人の自分がジョルノの過去を憐れんでも何もかわらないことはわかっているのに。

「あー…看病ってのは、病人の世話をすることな。飯作ってやったり体拭いてやったり…あと、風邪の時は心細くなるだろ?そういうのを癒す?ために近くにいること……かな」
「普通は…いや、君も看病してもらっていたのか?」
「…おう。フーゴがマンマ代わりにリゾット作ってる筈だからとりあえずは俺が看病してやるよ。だから寝とけ」
「……わかりました」

ようやく説得の甲斐あってか大人しくなったジョルノの頭を軽く撫でて、書類を机の端に纏めていく。気を抜いたせいかミスタの前だからか、辛そうに息を吐くジョルノからいつものカリスマ性だとかは感じられず、まだ成人にも満たないのだと納得する弱った姿だった。フラフラとソファに向かうのを見てベッドにしろよ、と釘をさして自分は一度フーゴに容態を報告に部屋を出る。
途中でムーロロに会い、歩きながらジョルノの容態を話してシーラEにも伝えるように言う。わりぃけど仕事増える、と言った時「我らがジョジョのためなら」と一昔の彼らしくないことを言われて、ジョルノの統一力を少し恐ろしく思った。



無事レシピ本を発掘してからリゾットを作り上げたフーゴは、一緒にサルビアレモンと薬をトレイに乗せてジョルノの部屋のドアを叩く。先に様子見に行かせたミスタが報告に来た後に看病しに部屋に行ったので部屋からはミスタの返事が帰ってきた。部屋に入ってからさらに奥の部屋にジョルノのベッドがある。間のドアは開けっぱなしになっていて、ミスタが早くこいと手招きしていた。

「おせぇよ」
「すいませんね。薬探してたんですよ」
「ごめんねフーゴ、ミスタ…」
「なんで謝んだよ?ここはありがとうだろ」
「迷惑をかけてしまったから……自己管理が甘かったです。すいません…」
「ジョルノ!」
「ま、まぁ…ミスタも落ち着いてください」

いつもより赤い顔を見て僕も風邪の時はこうなるな、とフーゴは思う。ライトブルーの瞳が歪んで不甲斐ないような顔をするジョルノは本心からそう思っているようで、幼少期の経験はこんなにも根付くものかと思ったが、フーゴ自身父親に圧をかけられながらやらされたピアノやヴァイオリンなどは今でも何曲か引けるしミスをすると体が強張る。人のこと言える身でないのはよくわかった。
テーブルにトレイを置いて、リゾット食べられますか、と訊くと多分、という曖昧な返事が返ってきた。たまにこういった微妙な表現をするから日本の血が入っているのにも外見的な要素が見つからなかったとしても頷ける。ベッドでいいから起き上がって食えとミスタが甲斐甲斐しく世話を焼いており、ジョルノはやっとグラッツェと呟いてのろのろとだがリゾットを食べ始めた。
バターの香りがしなくなってきた頃、空になった皿を毛布越しに腿に置いてジョルノは一息ついた。だるそうに伏せられた目を見て大丈夫ですか、とフーゴは声をかける。

「ん…うん、フーゴは料理上手だね」
「ありがとうございます。サルビアレモンもあるんですけど飲めますか?スプレムータの方が良ければ搾ってきますよ」
「……レモンってことは酸っぱいのかな?あんまり酸っぱいのは今つらいや…」
「えっ」
「おめースプレムータも知らねぇのかよ、ホントどんなマンマだよ……」

ジト目をするミスタの言葉を聞いて、普通では考えられない仮定が頭を過る。目を白黒させているフーゴにミスタが、こいつ看病って言葉すら知らなかったんだぜと洩らす。それを聞いてジョルノは困ったようにしか笑わない。祖母に作ってもらうサルビアレモンが好きだったフーゴには、ジョルノの過去がどれだけ酷かったか容易に想像できた。風邪で苦しんでも看病してもらえず、子供は毎日飲むようなスプレムータですら飲んだことが無いなんて、そう考え出したら胸が痛んで仕方がない。
説明してやって、とミスタから言われてフーゴは顔をしかめながらも、サルビアレモンは「風邪の時に多くビタミンCを摂るために飲むもの」、スプレムータは「普段から風邪対策にビタミンCを摂るためのもの」となるべく初めて聞いても分かりやすいように解説した。いつもより潤んだ瞳をこちらに向けて聞いていたジョルノは、フーゴはどちらが好きなんだ?と訊いてきた。三人しかいないことに慣れてきたのかいつもの敬語が外れている。

「僕は祖母のサルビアレモンが好きだった」
「じゃあそれにしよう」
「無理はするなよ」
「大丈夫、うん」

ジョルノは緩く笑ってカップを受けとり、両手で包んでゆっくり口付けた。リゾットを食べている間に温くなってしまったかもしれない、と今更ながらに思う。甘いもの好きのジョルノはハチミツに気付いたのか甘いね、とだけ言ってまた口付けた。

「あ、薬もあるので飲んでしまってください」
「わかった」
「すっかり大人しくなりやがって」
「うるさいですミスタ」
「辛辣だなオイ!」
「僕、薬好きじゃないや。飲むけどね」

甘い薬を口に入れてサルビアレモンで飲んだジョルノが言った。飲めば早く治る甘いお薬を苦手だと言うやつはそういないから、こういうところも変わっていると言えるだろう。唇を尖らせながらもミスタは早く寝ろと言ってジョルノからカップと皿を回収してトレイに置いた。ジョルノも大人しく礼を言ってもう一度横になる。首もとから覗く金の輪を見て思い出したようにミスタが、髪が長いのも考えようだな、と言いながら輪を崩してゴムをほどき緩やかに編んであった髪をほどいた。

「僕は…」
「ん?」
「僕は、体調を崩した時は周りにネグレクトの母と、暴力を奮っていた義父しかいませんでした。ただひとりで寝室に引っ込んで寝ているだけでした。学校は大事な人に行かせてもらっていたので治らなくても通ってましたけど、頭が働かなくてつらかった。あまりにも調子が悪いと先生に家に帰されましたが、帰っても家に人はいなかった。スプレムータどころか母の手料理すら食べたことがない」

目を閉じて、また時々うっすら開けながらジョルノは言う。細かい過去の話を聞くのはミスタもフーゴも初めてで、そっとジョルノの言葉に耳を傾けていた。いつも年齢に合わない大人びた精神を持つ彼の心の吐き出し口になれるなら、そう思いながら。

「薬も、知識としては知っていたけどのんだことはなかったな。随分と甘かったけど……ええと。僕は、初めて看病してもらった。母の味なんか知らないけどフーゴのリゾットは美味しかったし、ミスタの手は優しい。ちっぽけかも知れないが、今とても嬉しいと感じるんだ。あたたかい。こんな…知人を持てて嬉しい」
「おいおい、かわいー部下とか、友達とか、もっと言いようがあんだろ。ん?」
「ともだち……」

知人、という言葉に少し肩透かしをくらいミスタが言う。フーゴも友達は烏滸がましいとながらも頷く。

「ふふ、友達か…フーゴはかわいい部下の方がうれしい?」
「うぅ…おまえな…」
「僕、友達っていたことないんです。うれしいなぁ」

目を閉じたままらしくなく眉尻を下げてふふふと笑う姿にミスタとフーゴは照れ臭くなって顔を見合わせて笑った。すこし寝ます、と笑いながらにジョルノが言ったので二人はかつて自分がされていたように額にキスをした。

「おやすみなさい」
「おやすみ」
「はい…おやすみなさい、二人とも」





141025

加筆修正170515
スプレムータはすごく一般的な飲み物です。多分サルビアレモンも。当時そこまで情報が無かったため特別な飲み物のような書き方になっています。すみません。




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