▼lunacy



※ガイが精神異常的な意味でおかしい
 CPなしですがガイ→→→ルーク



「ルーク…」

最近会っていない元ご主人様が何か失敗したり怪我したりしていないか心配で心配でブウサギの散歩もままならないガルディオス伯爵は、道端で深くため息をつく。少し頭の悪いブウサギルークは自分の名前を呟かれていると気付きはしない。

「手紙もあんまり送ってくれないしなぁ。ナタリア姫とかにしごかれてんのかね」

噴水の縁で座り込みがっくりと肩を落とす。六本の手綱を握りしめて落ち込む青年はグランコクマではよくある光景として既に馴染んでいるが、おかしいものはおかしい。過ぎ行く人は目につく青年を気にかけていった。その懐に入れられた手紙が「アッシュ・フォン・ファブレ」からのものだと誰が知っただろうか。



立場上よくガイと会うジェイドはここのところずっと眉を比較的寄せて不機嫌ですという顔をしてグランコクマで過ごす。自身には影響はないがある意味影響がありすぎる悩みを抱えてのことだった。固形の悩みを抱えたのは初めてか久しぶりか、体が追い付いていないのだ。こちらもため息をひとつついて、執務室で背凭れに体重をかけた。
ガイがおかしい。
悩みはただひとつだけだった。あの成人式の日に還って来たのは紛れもなく被験者の精神を持った赤毛だった。短く切った髪は長く、赤く、どちらともつかない色を宿していた。ガイの彼を見た時に発した名前は誰もがそうであって欲しいと思っていた名前だったが、全く同じ名を持つもうひとりはそれを想定していたのか彼を偽ることはしなかった。自分がルーク・フォン・ファブレであると言うことを卑屈に考えることはない、ルーク・フォン・ファブレであり、アッシュである自分だと言い切った。ガイはそこからおかしくなってしまったのだ。

『………は…』
『…ガイ?』
『……あ、あ…おかえり、おかえり…ルーク。遅かったじゃないか、どれだけ待ったと思ってるんだ…』
『お前…』
『音機関一緒に作るって約束したよな。アルビオールでまた旅にもいこうって』
『っ…ガイ!離せ!』

アッシュを相手に何やら喋り出したガイはついにはルークにしていたように肩を叩いて挙げ句抱き締める。アッシュが抵抗し振り払うと、目を見開いて驚きまたこう言った。

『ルーク…照れんなって』

緩くアッシュの頭を撫でて酷い顔をしているガイを、仲間達は何も言えず見ることしか出来なかった。何か呟きながらもアッシュを撫でるのを止めたガイを見てジェイドは手を叩いた。夜の渓谷は危険ですと声をかけ、とりあえずノエルを待たせていたアルビオールへ戻る。ガイに手を引かれたアッシュはどうすることも出来ずそのまま引かれて見慣れない白いアルビオールへ乗った。

『…ガイ。それに皆さん。少し待っていて下さい。私は…彼と話してきます』
『…はぁーい。わっかりましたぁ。ほらナタリア、あっちでお茶飲もう』
『えっ?私は…』
『いいからいいから』
『大佐。彼を頼みます』
『はい、ではまた後程』

半ば呆然としているガイと女性陣とは別の部屋にアッシュを案内する。ジェイドと二人という状況が嫌で、しかしガイの異常性が気になるのか俯いたまま目を合わせようとしないアッシュにジェイドは語る。

『改めて、お帰りなさい、アッシュ。早速ですが体に問題はありませんか?また解るならば構成などを』
『…問題無い。体は、自分の物の筈だ。確認はしていない』
『では脱いでもらっても?』
『…わかった』

ガイを見た後で二人ともやけに冷静であった。まるでガイが狂気に触れていたようであったから。
アッシュが自分で着ていないのにも関わらず初めて脱ぐ服を上だけ脱いで半裸になるとそこには胸から腹部にかけて斬られた傷跡に、三ヶ所に貫かれた跡があった。胸から腹部の傷はヴァンに斬られた物、他は最後にやられた傷だろうとジェイドは察しアッシュの体だと確認をとった。ルークにこんなに目立つ傷は何一つなかったのを鮮明に覚えている。彼の背中は白く艶やかだった。

『傷は塞がっていますね。ローレライの癒しの力でしょう』
『…そうか』
『そちらから質問は?』
『……。』
『解りました。わざわざすみませんね。着服して構いませんよ』

他に着るものはなく、着ていた服を着直してアッシュはベッドに腰かける。今になって汗が吹き出してきた気がして、軽く頭を振った。

『…あいつは。あいつはどうしたんだ』
『ガイのことですか』
『そうだ』
『………彼はルークの事を、ルークだけを待ち望んでいました。決して貴方を待っていなかったわけではないでしょう。彼は優しすぎた。それでも、ルークだけを待っていたのに、還ってきたのは貴方だった』
『…はっ…はは。やはり俺が還って来たのは間違いだった。誰も待っちゃいない』
『そんなことはありませんよ。私だって貴方、…達が還って来るのを待っていました。確率は無いに等しかったのです。それでも。ですが…、…やはり論理は正しかった。貴方が還ってきたから証明されました』
『そんなのはどうでもいいんだよ』

アッシュの目は昔と変わらなかった。それどころか、昔より酷かった。今は彼を動かす信念もなく、皆がレプリカだった彼と重ねるだろう。自分も、別の個体だとわかっていながら深く関わってしまったあの子と重ねるのだろうと予想できた。それはアッシュにとって今生きている意味の侮辱であるのだ。わかっている、と頭では思う。皆が思うだろう。けれど皆レプリカのルークと関わってしまったから。

『お前達の目を忘れない』
『俺が還って来る意味なんてなかったんだ』

ぽつりとアッシュが言う。彼が最も求めたであろう生まれた意味に、目の前で絶望させるしか出来ない自分が恨めしかった。自分にそれを改心させるなんてことは天が言おうとも出来るはずがないと。
沈黙が続いた。だが、赤毛は帰ってから満足に食事や睡眠をしていないことを思いだし、さらに今が夕暮れを過ぎた夜だと言うことを思いだした。

『…空腹感はありますか?それに、眠たいと思いますか』
『…特にない。音譜帯にいる間どう過ごしたのかは知らねぇか、こっちに慣らすためにも寝る』
『分かりました。貴方をバチカルまで送ることになっていますが、それまで時間がかかりますから部屋を用意します』
『……ああ』

それまではご自由にどうぞと言うと、ギンジはいるのかと聞かれたジェイドは機関室にいますとだけ言って部屋を出る。黒いアルビオール3号機とほとんど変わらない作りだと後から聞いていたため案内はしなかった。部屋に残してきたアッシュは何を思うのだろうか、とジェイドは一人ため息をついた。


『…ガイ』
『ん……?なんだルーク』
『俺は…アッシュだ』
『何言ってるんだよ。まだ嘘つきが直らないのか?もう俺に隠すような嘘は止めてくれよ』
『……。お前はレプリカの使用人だからな。とくに長くいただろうし、狂ってもおかしくないのかも知れないな』
『ん?なんだなんだ…しょぼくれてるのか?ルーク。腹でも減ったか』
『……、…ああ…』
『こんな時間だもんな。そうだ、俺が軽く作ってきてやるよ。アルビオールの中だしきちんとしたものは無理だけどな』
『…そうだな』
『少し待ってろよ』
『…ああ……』

どうして狂ってしまったのだろう、どう考えても自分が還ってきたせいだとしか思えないアッシュはガイの言葉に胸が抉られるような思いでいた。傷つけられているのは自分の筈なのに、ガイを傷つけてしまった自分が存在している意味がわからない。あれほど生きたかったのに今は何故生きているのか理解出来なかった。自分が死ぬ前に得た存在意義が無くなってしまった。ただ不思議と悲しみは感じない。全てが無意味に思えた。直前にギンジに還ってきたことを嬉しく思う、と素直に伝えてもらったのも、嘘だと思った。こんな自分はこれからどれだけ生き長らえなければならないのだろう。

『ルーク』
『……』
『ルーク!』
『…、なんだ』
『なんだとはなんだ。ほら、出来たぞ。ついでにミルクも飲んどけ』
『…ああ…』

ガイの手料理を食べたことの無かったアッシュは、そんなことはまるで忘れていた。違和感を覚えながらも心は虚ろで感じとることが出来なかった。味などわからぬままただたべものを押し込んだ。とうの昔に枯れた涙は零れる様子がない。ガイの声と話はヴェールを通してぼやけて、細かい輪郭など見えようがない。残った心で今更にジェイドを恨んだ。



項垂れていた伯爵は時間を無駄に出来ないことに気がつき、仕方なしに腰を持ち上げた。陛下は緩くてもその懐刀はきつく締め上げてくるものだから夜まで仕事が残れば厄介なのだ。手紙は郵送されて来るから鳩で飛ばされてくるでもなく、今すぐに来る可能性はゼロに等しいのである。そんな手紙を待っている時間はまさしく無駄の一言に尽きる。そう決めて頭を振って、手綱を再び握りしめて歩き出した。足止めされていたブウサギ達は勢いよく走りだしたがそれを必死に引き留める。楽に見えて以外な体力仕事なのである。

「帰ったらこっちから手紙を書こう。最近会ってないからノエルに頼んでみんなでスパにでも行こうか。ルークはまたはしゃぐんだろうなぁ…ティア達も、新しい水着着たり…」

思いだし笑いで歩きながらもにやけた顔を晒す伯爵は、はたから見ると悪巧みでもしているような素敵な表情で、目を釘付けにされた女性も少なくはないとか。グランコクマ名物となりつつあるイケメン伯爵様の一喜一憂の表情とかなんとか変な名前で知れ渡っていることを本人は知らない。





14.02.23





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