▼髪:思慕



※ED後




使用人になって、初めて朝焼けの美しさを知ったんだ。


「やあ」
「また来たのか」

笑顔で挨拶してきた伯爵に向かって思いきり顔をしかめる子爵。公爵家ではもはや恒例の出来事だ。

「今日はみつあみか。似合ってるよ」
「…フン」
「つれないな」

けらけらと笑うガイを見てアッシュは更に眉間を深くした。毎度毎度来るたびにレプリカだった彼を甘やかしては自分をからかって帰るガイに苛立ちが募るのも仕方のないことだと思う。どうしてこんなにも扱いが違うのかと思って、頭からかき消すのが毎度だ。
中庭で三人でお茶をして、二人がしゃべっているのをひたすら聞き流しているだけの自分にいる意味はあるのだろうかとも思うのだが、席を立とうとすると二人して止められる。それが何故だか全く理解できなかった。二人が旅の時どころか屋敷にいた頃から仲が良いのは知っているしむしろ邪魔だろう。それでも席を外すことは許されず、茶を飲み、話し声を聴きながら読書をするのが常だ。なにせ他に出来ることがほとんど無いからだ。

「……ッシュ!お前もそう思うよな」
「っ!あ…?」
「アッシュ聞いてないのかよ」

急にガイに話を振られ生返事を返すとルークから文句を言われた。話し声は聴いていたが内容まで耳に入れてなかったために何を言われたのかさっぱりだった。にしても話さない癖に話を聞いていろとは理不尽ではないだろうか。俺は悪くねぇ。

「聞いているわけがないだろう!俺は本に集中してんだよ」
「なんでいつも本読んでんだよ!」
「お前らがいろと言うから仕方なく妥協してやってんじゃねえか!」
「まあまあ」
「お前もお前だ!こいつと話したいなら俺は居なくていいだろ!」
「俺はアッシュと話したいんだけどなぁ?」
「はあ?とち狂ったか」
「えっ流石にそれは酷くないかアッシュ」

二人して自分の時間を割かせているとしか思えず怒鳴ると予想外の台詞がガイから飛んできて素で返す。ガイは傷ついたような声を出すが、それよりアッシュはガイが自分と話したいと言ったことに理解が及ばずに口を止めた。ガイはファブレを憎んでいて、レプリカには解かされ甘くなったが本物のファブレの子である自分にはまだ憎む気持ちがあると思っていた。実際旅の間は酷く当たられたし確認も取ったつもりだったのだが、アッシュのいない間に変わったガイの心の内をアッシュは知らないでいた。

「アッシュにちゃんと言ってねぇから知らないんじゃないのか?ずっと憎まれてるって思ってたみたいだし」
「あー…。その、アッシュ。俺はもうお前を憎んでないんだよ」
「はあ?」
「アッシュもうちょい愛想の良い返事しろよ……」
「ま、まあ…少しずつでも良いからさ、昔のことは忘れて仲良くしてほしいなんて…。都合が良すぎるかな」
「……?」
「駄目だ…アッシュ頭に入ってないよ」

何を言っているんだと言う顔で固まったアッシュを見てルークが代わりに言う。アッシュにとっては、ずっと前に欲しかった言葉を本人から聞いて何がなんだかわからなかった。憎んでない、仲良く?そもそも誰かと仲良くなんてしたことが無いような、と頭は別の事を考え始める始末。

「ええっと…、さ。本当に少しずつで良いんだ。俺とやり直してくれないか?ガイラルディアと、アッシュとしてさ」
「………、はぁ!?」
「あ、やっと頭働いた」
「やっとか…」
「お前頭は正常か!」
「正常じゃないのはお前だよ…」
「お、お前……」
「ん?」
「俺に、復讐は…」
「しないよ」
「…!??」
「あーあ、駄目だこりゃ」

見えるくらい頭にはてなマークを浮かべて混乱する姿はもはや面白いのだが、ここで笑うとガイとアッシュが和解しようとしているのがパァになる、とルークはわざと呆れた口調で言う。
ずっと憎まれて、それでも良いとさえ思い続けてきたアッシュはガイの言うことがやはり理解出来なかった。幼少期から人生の最後まで憎まれ、もう憎まれないのなんて無理な望みだとすら思っていた。なのに今更。

「お…お前馬鹿か」
「馬鹿なのはアッシュだろ」
「なんだと…!」
「俺はもうお前をファブレの事で憎まないって決めたし、ルークと同じ様に大事にしたいんだ。もう会えないと思っていたけど、嬉しいことに還ってきたんだから」
「う…」
「まあお前個人を好きになるか憎みたくなるかは今からなんだけど。…仲良くしてくれないかい?」
「………勝手に、しろ」
「え」
「勝手にしろと言っている!俺は誰かと"仲良く"なんて出来ねぇ。お前がしたいなら好きにすればいい…」
「アッシュツンデレー」
「黙れ屑!」

何度も繰り返されるガイの言葉を聞いて、これが夢だったとしたら信じてみてもいいのでは、と思えてきた。ガイと仲良くなんて夢のまた夢だったから。嘘だと思いたくなくてとりあえずレプリカの頬を引っ張っておいた(ルークは煩く痛い痛いすいませんと喚いた)。思いがけない現実(ゆめ)に少し顔が火照っている気がしてガイから顔を背けた。

「あ"ーよかった…」
「まあアッシュはガイ好きだもんな。最終的に断るわけないよなぁ」
「それでも、断られたらどうしようかと思ってたんだ。あー…。また新しく、よろしくな。アッシュ」
「ああ…」
「なんだよ、こっち向いてくれよ。照れてるのか?」
「……」
「…照れてるのか」

昔から照れ屋だしな、とガイが言うのは聞き流してアッシュは眉間を深くする。顔に出ないようにと心では必死なのだが、睨まれる形になっているルークはアッシュから目を反らしている。会った当初から被験者に睨まれるのは怖い。はたから見ると三人共が円のように左を向いている状態は少し面白い。

「まあ、和解したんだし。そんな怖い顔すんなよ。とくにアッシュまじ睨むのやめてこわい」
「照れると目付き悪くなるってことか」

ガイが笑ってアッシュに手を伸ばす。テーブルは小さいから隣にも簡単に手が届いた。そして子供にするように、ルークにするように頭を撫でた。アッシュは驚きあまりガイに振り向いたまま固まる。口までポカーンといった感じで、滅多にしないであろう表情にルークの目は釘付けだ。

「そういうところはルークに似てるな」
「なっ、な…」
「でもルークとは違う。ルークの髪は夕焼けみたいに橙だけど、アッシュの髪は朝焼け色の赤だ」
「っ!な、っ…」

アッシュが撫でられたことに文句を言おうとしていると、お得意の口説き文句に匹敵する誉め言葉と共に、ガイはアッシュの胸に垂れた髪を一総掬って口付ける。アッシュは口を開閉しながら真っ赤な顔を晒した。

「あっか…」
「すごい照れてる。子供の頃から変わらないなぁ。…そろそろ照れ隠しが飛んでくるかな」
「……この、屑!そういうのは女にしろ!!」
「なんで俺!」

理不尽にも飛んできた拳を間一髪で避けルークは腰を抜かす。椅子から転げて地面に尻をつきアッシュを恨みがましく睨むもアッシュはルークに微塵も関心を置いてなかったため、一人悲しくついた汚れを払い椅子に座り直す。ガイはにこにこと上機嫌で、アッシュは未だに顔を赤くしたまま怒っていますというオーラを放っている。二人共が違った意味で怖い。

「まぁ、仲直りしたんだし…いいの、か…?」

ぼそりと呟やかれた言葉に頷いたのは、ルークと音譜帯の音素集合体だけであった。





14.01.05




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