▼8.抱きしめた体温




「あーもう!いい加減にしてくださいルーク様!」
「やだーーっ」

だんだんと言語を話せるようになり、少しずつ言葉使いを正すためにこの前また先生が増えた。今は勉学の先生と礼儀作法の先生、そして言葉の先生、ぐらいが多分ルークにあたっている。

「ガイのバーカ!ついてくんな!!」

こんな貴族にあるまじき言葉使いになったのはどう考えても教育係の俺に原因があると睨まれているが、こいつが覚えなくてよいものを勝手に覚えただけで俺は悪くねぇと主張する。だってちゃんと敬語で教えていたのに途中途中俺がこぼす愚痴ばかり覚えやがって。実はお前ちゃんと喋れるだろと言いたい。
と、碌でもないことを考えながら小走りしていたらルークを見失った。もう申し分無いぐらいに走れるようにもなっていたのだ。 成長したなと思い、すぐに恥じて表情を正した。あれはただの獲物で、成長を喜ぶなんて馬鹿らしい。むしろ昔みたいに頭がよく回るようになられては困るのだから。そう言い聞かせ気持ちも正して、ルークを探しに立ち止まっていた足を動かした。



「ガイ」
「あっはい、なんでしょう先生」
「ルーク様はまだ見つからないのですか?」
「…すみません」
「探すのを怠けているのでは?早く見つけて頂戴。私のプライベートの時間を潰しているとわかってますね?」
「…充分に理解しております。早急に見つけてお連れいたします」
「お願いね」

様子を見にきたであろう口煩い…、喋るのに熱心なコティ先生。ルーク様だなんて言っているけれどプライベートと言う辺りそんなにルークの優先順位は高くないことが伺える。こんなこと言ったらかんかんになってたちまちお説教だと安易に想像がつくので心の奥底に収めておく。報告されたら俺の身分が危ないというのもある。


「ルーク様〜どこへ行ったんですかー」

完全に棒読みな掛け声でうろうろと適当にぶらつく。まるで散歩じゃあないか。中庭まで来るといつも通りペールが庭弄りをしていた。もう当たり前の光景だと受け入れることができるが、本当の姿を忘れてはいない。

「ルーク様なら少し前に向こうの方に駆けて行かれましたよ」
「ありがとうペール。お前も大変だな」
「そんなことはありませんよ。…私はガイラルディア様が選ばれた道へとどこまでまお供いたしますよ」
「……ありがとう、ペールギュント」
「いえいえ。早く探しに行かないと瞬く間に先へ行ってしまいますよ、子供は。」
「わかってるって」




「ルーク様ーいい加減にしてくださいーまったくもー」

中庭を過ぎてから大分歩いた気がするのだが、なかなかルーク坊っちゃんは見つかってくれない。屋敷がこんなに広いから見つからないんだと悪態をつく。俺の屋敷より普通に広い、と思う。子供の頃の視点だし広々と感じていて自慢だったと言うのに。

「くそっ……見つけたら尻ぶっ叩いてやるあんの赤ん坊め…」

聞かれたら困るような愚痴でも吐いてないとやってられない。
ふと空を仰ぐと、沢山の緑のバックに青い空。姉上に聞いた話だがグランコクマも綺麗な青に包まれた都市だと。貴族だと言うのに首都に出向かう前に使用人になりさがっているなんて笑い者だ。
そよぐ葉達を眺めていると、なにか風と別に動くものをみつけた。そして次に吹いてきた風に乗って、景色を妨害する赤が目に入った。

「ルーク!…様!」
「っ!ガイ…」
「さー見つけましたよ!降りてきてください」
「…やだ。勉強つまんないもん。したくない」
「先生がお待ちです。危ないですし早く降りてください」
「やだ、ガイこっちくんな!」
「ちょっ馬鹿、ルーク!」

がさがさと細い枝を登りつつ俺がいる場所から遠ざかるように向こう側に移動していく。木ががさがさと揺れてこの上なく危ない。我慢の限界で、ついに俺が木に足をかけると一層木の揺れが激しくなった。こんな登りにくいのよく登ったよなと変なところで感心している場合ではない。

「ルーク!ほら…っ戻ってこい!」
「やだもん!ガイのバカ!こっちくんなよ」
「おまっそれ以上下がると危ねぇよ!落ちるだろ!」
「落ちないー…っ!?」
「馬鹿!」

バランスを崩しルークは頭から落ちていった。思わず泳ぐ手を必死に掴んで体ごと自分の懐に引き寄せて、重力に引かれるままに俺も一緒に落ちた。



「…ガイ……?」
「……」
「ガイ!ガイ…なぁ……」

心配しているのがわかる。言葉がわからずに右往左往しているのもわかる。背中や腕がジンジン痛む。多分枝にやられて出血しているのだろう。落ちた衝撃で息も苦しい。

「ガイ…赤、が、いっぱい…ガイ…」
「……大、丈夫で、すよ…ルーク様…」

全然大丈夫なんかじゃないと自分でも思う。けれど胸に乗る小さな身体が温かくて、赤子にするように背中をぽんぽんとたたいた。赤子はしばらくそれを甘受していたが、出血が異常だと言うことに多分本能気がつき、目を潤ませて慌てた。

「ガイ…大変?」
「はは…まぁ、大変かな…」
「おれ、行ってくる」
「…どこに」
「メイドに言うのっ!」
「……いいよ、行ってきて」
「走るね!走ったらびゅーだから!」
「わかったわかった」

俺の胸から飛び起きて俺から見れば遅い全速力でルークは駆けて行った。見送ってから自分も起き上がり、所々擦れて出血している腕を見る。思ったより出血してはいないが傷が多く、ルークはこれをいっぱいと言ったのだろうと予想がついた。確かに″出血している場所″がいっぱいだ。未だ痛む背中には擦り傷らしきものが。後頭部には土埃がつき上を向くとくらくらとして地面ともう一度接触した。
そうしてしばらくするとルークがとっとこ走るのに合わせて後ろをついてくるメイドの姿が。もう一度体を起こして大丈夫だと言おうとする前に、ルークが俺を呼んだ。

「ガイ!」
「……ルー、ク、様」
「ガイ!怪我してるじゃない…」
「ちょっと、そこの木から落ちましてね…いてて」
「悪いけどちょっと待ってて。治療道具持ってくるね」
「ありがとう」


メイドが向こうへ行くのを見たルークは、不安そうに俺を見る。

「ガイ…いたいの?」
「大丈夫ですよ。大分痛みも引きましたし」
「おれと落ちたから?」
「大丈夫ですって」
「……ガイ…」

大きな目からついにぼろぼろと涙が溢れて嗚咽を繰り返す。心配だったのか自分のせいだと思っているのかはわからなかったから、抱き着いてきた背中をもう一度ぽんぽんと叩くことしかできなかった。ひしと俺の服の端を掴んで、多分胸に埋めている顔は涙と鼻水とよだれまみれなんだろう。俺のシャツは絶対ひどいことになっているはずだしこんなに近くに首が晒されているというのに、俺には憎いとか殺してやりたいとかいう感情がなかった。ほてるお子様体温がとても温かかった。動かすとまだ痛む腕で小さいとも言えない体を包んで肩に顔を乗せる。

「もうやめちまおうかな…」






12.07.14
訂正13.10.21

コティは幼少アッシュの話に出てくるあの子の名前です
あくまで名前当てただけでコティちゃんは先生にはなってません。




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