▼04:わたしは、ひとり(さみしいよ、だれかたすけて)



「………さむ、い」








神託の盾としての仕事が増えたのか、俺を慰めるのに飽きたのかわからないが、俺が起きている間に師匠は顔を見せなくなっていた。以前はあんなにも長い間一緒にいたのに。感じるのは不安と、少しの安堵。あの行為が無いだけでそう感じるのは、今も慣れない快楽と意識の狭間を行き来するのが怖いから。自分を見失いそうで。
固いコンクリートの部屋の中には一切物は無く、時間潰しできる物はないし、かといって時間がこれ以上長く感じさせる物もない。ただひたすら色もわからなくなる壁を見つめるだけ。冷えた地下に温かみなど感じない。ガウン一枚で放置されている俺には十分寒さが浸みていた。まるで一体化したように。

「……ぅ…」

元から母親譲りであまり身体が強くない俺には、この寒さがつらかった。腹は冷えて痛み出すし、元から白い指先は一層白くなって熱を感じない。少しでも体を動かせば篭った熱が逃げていった。寒い。毛布などこの部屋にない。師匠が、俺が逃げる道具にしないよう入れてないのだろうが、もうそんな気力なかった。頭を膝に預けていると、いつの間にか暗い壁はなくなった。


ふと、目が覚めた。
そして、先程まで感じていた寒さが和らいでいることに気が付く。何故だろうと体を動かすと長い袖が目に入った。

「いつの、ま、に…」

着ていたのは肩丸出しだったガウンではなく、重ね着された暖かな冬服だった。季節はわからないが多分合っている。師匠が着せ替えてくれたというのがすぐにわかった。少し嬉しくなって、袖に顔をうめて誰も見ていないのに赤くなったであろう顔を隠した。でも、すぐにそれは止めた。こんな環境に俺を入れたのは他の誰でもない師匠で、俺が死なないようにわざわざ着替えさせたんだ。そんな風に考え出したら、優しくしてくれたんじゃないと気付いた俺は哀しくなった。昔の優しかった師匠は全部嘘みたいだ。

「………、」

もう声がでなくなってきた。最近ずっと誰とも話してない。昔はガイなんかがずっと傍で喋っていたから喋る機会なんていくらでもあったし、メイドなんかに応答する時だってとりあえず会話だ。でも、今はそれらが全て無い。見えないところで立ってる門番は声を発しないし、食事を持ってくる神託の盾兵も一言も喋らない。当然来ないから師匠も。話す相手なんかいなかった。
そんなのがさらに二日続いて、もう寝ることしか考えなくなった俺を見に来た師匠。たまたま睡眠の間に来た師匠を見るのは久しぶりで、色があって、温かみがあって、とにかく俺には鮮明に焼き付いた。そして、格子越しに立つ師匠に触りたくて、喋りたくて仕方がなくなった。俺が近付くと師匠も近くに来てくれて、嬉しくて、沢山ある鉄の棒の隙間から手を伸ばした。腕が冷たい金属に触れたことなんてどうでもよかった。

「せ…んせぃ…!おれ、あ…の…!」

声が若干小さくなっていた気もするがそれも今はどうでもよくて、ただ触れたくて手を伸ばした。
なのに、師匠は昔のような笑みを湛えて一歩、二歩と後ろに遠ざかった。そして一言も発さずに向こうを向いてしまった。
触れないのが悲しくて、一言すら会話してくれないのも悲しくて、久しぶりに俺は泣いた。俺が手を引っ込めたのを見て師匠は格子にまた譜術を張り巡らせて見えないところに行った。重い扉の閉まる音がした。
師匠が出て行っても涙は止まらなくて声も無しに泣いた。あとからあとから涙が零れてコンクリートの色が微かに変わった。限界だった。この環境も、見知った人がいないここも、なにより喋る人がいないことも。せっかく遊びも好きなことも我慢して作ったプライドや性格なんて無駄になってしまった。こんなの、知らなかった。




12.03.31





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