▼運命=宿命



※援助交際DIOジョル
 気持ちR-15



 パッショーネのボスとして腰を据えてからの時の流れは本当に早かった。
 ぼく自身学業を兼行することが難しく人づてで休学することを学校に伝えたし、個人としても行いたかった三人の葬儀や片付けがあった。それから組織の建て直しや一連のことの隠蔽工作、亡くなった者の確認処理、警察に対する働きかけや口封じ。
 暗殺チームが全滅したことによりチーム自体の復活をさせなければいけなかったし、組織内での喧嘩だと他の組織や協力者たちに報告するのは随分骨の折れる仕事だった。
 ディアボロが姿を見せていなかったため後継ぎだのは言わずに済んだが親衛隊も揃って倒してしまったから新しく用意する必要があった。幹部の中には怪しむ者も後を経たなかったしそれは今でも解決していない。



 やらなければならないことは沢山あったが、ようやく落ち着いてきてぼく自身のことに気を配ることができるようになってきていた。
 アルバイトと称して犯罪を犯すことを見逃してもらうため金を払っていた警察は今や、ギャングが主役のこの地で敵ではなくなっていた。学校も寮から通っていたが安全面での問題もありカモフラージュの家を買いそこから自宅通いと言うことにした。保護者宛その他の書類など、どうとでもなる。


 ぼくは学費もそうだが、生活費もろくにない状態で一人で暮らしていたから、日々食べていくために犯罪を犯していた。
 ギャングも警察もショバ代さえ払えば好き勝手を許してくれた。実際はぼくの、一般人には見えない能力の噂を恐れていたのかもしれない。
 そんなこんなで稼ぐ方法がいくらでもあったぼくは、わざわざ体を売ってなんてことはしようとは思わなかったし、持ちかけてくる奴に応じたことはない。自分からアクションをかけたことはないということだ。
 それでも世の中に物好きは一定の数存在している。見た目だけは良いものだから強引に襲いに来た奴も少なくはないし、返り討ちにしてやればその分奇妙な噂が広まって近寄る輩は減った。

 その中にひとりだけ噂など関係ないと思っている、それどころか聴いていないんじゃあないか、と感じる人がいた。ぼくに話を持ちかけるだけに済まず体を撫でてきたので、スタンドで一発決めてやろうかと思ったらいつの間にか地面に捩じ伏せられていたのだ。なにを言っているかわからないと思うが、ぼく自身もなにが起きたのか理解出来なかった。
 スタンドはまだしも、ぼく自身のパワーというのは高が知れていたから後はもう察して欲しいのだが、そこはあまり問題ではない。組織のトップにでもならない限りいつかは行きつく可能性が高い結果だからだ。

 男は無茶を強いたりはしなかったし、ぼくが経験無しだと知れば笑いはしたけれど後処理の仕方を説いたりしてくれた。
 なにより驚くぐらいの金額を去り際に寄越したのだ。乱暴をするだけで去って行くゲスがごまんといる中で、軽く1ヶ月以上暮らしていけるような額は異常と言えた。
 疲れきっていたぼくが金額を確認したのは次の日だったから思わず、靴が買える、と喜んでしまった。食事は最低限食べられれば満足だったからだ。

 大金を手にしたぼくは何時間かは浮かれていたが、一日二日と経って落ち着いてくると身売りをして稼いだ金だということに気がついた。
 自分からしようと思った訳ではないが結果としてはそういうルートになってしまう。
 噂として広まると厄介だと思い、いつも通りにタクシーを走らせに行ったものだ。


***

 おかしな男とはわりと会っている方だ。2、3ヶ月に一度でも、他に定期的に会うような人がいなかったからそう言える。
 当然約束を交わしたりしてはいないのだが、ふと何かに引かれて路地に目を向けると彼がいるのだ。それは偶然かと言えば偶然で、まるで匂いに誘われる動物のようでもあった。彼は体も顔のかたちも良かったがいつもぼくだけを待っている。

「染めたのか」
 金髪になってから初めて会った時には、あまり喋らない彼も多弁になった。勝手に変化したと言って信じてもらえた試しがなかったので適当に相槌を打ったが、頭の頂点や眉、下の色を確認されて気まずかった。
 同じだな、と言いながら愛撫のため胸元に頭を寄せてきて彼が金髪ということを思い出した。明るい場所で見たことはないから正確な情報じゃあないが、少なくともブルネットやブラックではない明るい色だ。
 この人にもそんな気持ちが存在したのかとは思ったが口には出さない。ただやけに体温の低い手が足腰を刺激するのに耐えながら、さぁ、と曖昧に答えた。その日は入れもしなかったからよく覚えている。

 身売りというよりか、男の身勝手な援助交際と言った方が感覚として近いかもしれない。
 必ずセックスをする訳ではないがそれとは関係なしに金を渡してきたし、ちゃんと食べているか、体調を崩したりしていないか、学校は問題なく行けているか、などとまるでセックスと関係ないことを聞いてくる。ぼくのことを気に入ったのか知らないが都合の良い人物であったことは確かだ。



 すっかり会わなくなってふと彼のことを思い出した。あれだけ金持ちならどこかのお偉いさんなのかとも思ったが、彼に似たような人物は書類では見なかった。会合にもかなり出たが彼の姿を見ることはなかった。ともすれば犯罪者かもしれないが人のことを言える立場ではないから調べるのはやめた。
 街に出るとき意識的に暗い場所に目を向けてみても彼を見かけることはできなかった。完全にオフの日ひとりで出てみても変わらない。こちらから探しても見つかる気配がないので、別に金に困っているわけでもなくましてやセックスがしたいわけではないから、ついには探すことも諦めた。
 ぼくが具体的にわかるものは彼の声と身長、あと性器のサイズくらいであったから当然とも言えた。


***


 ぼくが自分から探すのをやめると間もなく会う機会があった。普段からぼくを見ているとしか思えないが、ストーカーには慣れてしまったし実害はないため直接言いはしない。
「お久しぶりです」
 いちよう挨拶をしてみると、彼は機嫌が悪そうにしておれの周りを嗅ぎ回るなと言った。
 怒るのは形だけらしく撫でる手のひらは優しいものだった。
 彼はどこまでぼくのことを知っているんだろうか。
「ん……」
 ギャングのボスと知りながら手を出しているのだとしたら相当な怖いもの知らずだ。それか、ぼくを上回る身分の持ち主だとか。
「少し痩せたか」
「…ンン? そうですかね?」
「ちゃんと食べろ。抱き心地が悪い」
 そんなものが変わるほど痩せたのか自分ではわからないが、心当たりはいくつもあったので間違いではないのだろう。短い間しか共にいなかったとしても大切な、信頼できる初めての仲間を喪ったのだからぼくでも食欲不振になる。
「あまり食欲がなくて」
「……良い立場になったなァ?」
 ぼくの金回りを知った上での言い方なのが気になるが直接訊いてもはぐらかされるだけだろう。
 頬を撫でていた手はいつしか首を伝い爪をたてる。この男のくせだ。
 制服もどきを開いていけば、ぼくの素肌はたちまち行き止まりの冷たい風に晒されることになる。夏が近づいているとはいえ、日陰に溜まりこんだ空気はさすがに冷えた。
「…ッ、震え上がらせるつもりですか」
「まさか」
 そういいながらも彼の肌はひんやりとしているので、肌が微かに強張る。

 彼とのセックスは嫌いじゃない。やれば確かに腰は痛むし尻も痛い、おまけに下着が体液まみれになって気持ち悪い。
 けれど入れている時は前を刺激してくれるから痛いだけではないし、頭を真っ白にできる時間がありがたかった。経験があるからこそセックスは脅しや辱しめにならないという利点もあった。下っ端だったのは一週間程だから役にはたたなかったが。



「手を出せ」
 脚の震えに耐えきれず地面にしゃがみこんだぼくに男が言う。視線だけを向けると小さな紙袋を差し出していて、なるほど大金の代わりか、と理解した。それにしたって、ぼくが現金に困らなくなったからといってわざわざ別のものを用意するなんて物好きもいたものだ。前からわかっていたことだが。
「あんたって人は……」
 腕だけを伸ばして袋を受け取り、中身を覗いてみる。サイズから見てアクセサリの類いだろうか。
 さすがに汚れた手で開けるのは気が引けたので適当に相槌をうち確認したことを示した。礼を言うことは関係上おかしいと思ったからだ。
 彼はいつも、何も言わずに去っていく。また会おうだとか、身体の気遣いだとか、それ以外の雑談でも何か言えばいいのにと思う。こんなにもぼくを気にしているくせに、援助交際から進みたがらない。進みたい訳でもないが金さえあれば物言わせられるのでは、とただ不思議だった。


***


「ナァ、すげえ石だなマジで」
 仕事でもプライベートでも一番近い男に言われ、そうでしょう、と返す。外では緑色、室内ではピンクに光るそれは、小ぶりで上品な無駄のないピアスだ。

 あの日男からもらった袋には小さめの箱が入っていた。それを開けると中から、石のついたピアスが鎮座していたのだ。
 始めは石の種類も解らず首を傾げながら眺めたのだが、窓の近くで見ていた時に色みが変わることに気がついた。図書館で調べるとすぐに石の名前は出てきたが、アクセサリに使用されることは少ないらしい。色の変化の幅が広いほど高値がつくと書かれており、鮮やかに光を反射するそれを見て背筋が震えた。
 値段だけが全てではないがわざわざこの石を選び純度の高いものに絞り、普段他人に見えるピアスにして寄越してくる本心が読めない。自分のものだと主張したいのだろうか。


 試しに一週間の間着けてみたが、これが驚くほど自分に馴染んだ。今までのサファイアカラーのピアスと違ってマイルドな色みが心を落ち着かせたし、部下は室内で怪しく光るそれに気をとられて仕方がないらしい。自分からは見えないが、色うつりする様がぼくの目のようだと言う者もいた。

「おいくら万円するわけ?」
「さぁ」
「貰い物?誕生石ってワケでもねぇーよな」
「……誕生石?」
「オメーの月はディアマンテ(ダイアモンド)! オレは、トゥルケーゼ(ターコイズ)とかラピズラッズリ」
「へぇ……」
 どうやら男はぼくの誕生日を知らないらしい。そもそもごく一部の人間しか知らないし、知っていたとしてもこの石を選んだとしたら、選んだ理由は値段か稀少性となる。
 そもそも、ぼくに大金を払うことがぼくのためなのか男のためなのかもわからないのだ。男の謎は尽きない。
 組織の力を使えばすぐにでも正体がわかるのだろうが、ぼくらの関係は決して良いものではないからおいそれと明かしたくはないのだ。そこまで意地になって調べるほどでもない。ぼくが力を手にしたこと以外、ぼくたちの関係はなにも変わらなかった。


***


 今日、あの人に会った。今日はセックスをした。おかげで腰を痛めているのだが、収穫に比べたら安いものだ。
 天気がよく夜になる前だったから、誰かに見つかるんじゃあないかと思うと焦っていつもより興奮した。

 彼に貰ったピアスを付けて行ったら、お気に召したのか耳朶をこねくりまわし散々に耳元で囁かれ吐息を浴び、正直に言って他人より弱い耳は堪えきれず頭がどろどろに溶かされてすごく良かった。だが、理由はそれだけじゃあない。
 はじめは近すぎてぶれているのかと思ったが、男の首には、ぐるりと一周する盛大な傷があった。いつもより暑くてすがったところ、ハイネックが引っ張られて見ることが出来たのだ。無意識を装って指を這わしても何も言われなかった。

 痛みはなさそうだったが、あれだけ盛大な傷は一般人ならつく機会などないだろう。
 白の人間ではないということは知れたが、ここイタリアは裏の住人が回している国だ。絞り込むにはまだまだ時間がかかるし情報も足りない。
 他にも、明るかったから普段よりも彼がよく見えた。今までは手探りで彼の顔や体を覚えていたのだが、顔立ちはちょっとどころではなく、誰が見ても綺麗だと言えるほどに整っていた。ここまでとは思わずしばらく見つめてしまい、その時に既視感を感じたのだがその後行為に流されて忘れてしまった。今も、彼の顔すら確かでなく思い出せない。

 ちなみに今回は天道虫のラベルピンだった。スーツのアクセントとして役立つ予定だ。


 そんなわけで、ぼくはすこし彼のことを知れたのである。まだまだ先は遠そうだがこの調子ならわざわざ聞き出さなくとも調べが着くかもしれない。どうしてこんなにも望んでいない援助交際の相手が気になるのか、自分でも不思議だった。


***


「また新しいモン付けてたな」

 パーティに招かれた次の日に、側にいた右腕が目敏くプレゼントに気がついた。今日はスーツでもなんでもないので家に置いてきていたが、知らない間にじろじろと眺めていたのか天道虫の形で黒石が入っていることまで覚えていた。普段銃を握ってるだけあって視力はいいのだ。

「お前が天道虫好きってのは知ってるけどよー、ピアスに立て続きプレゼント?彼女でもいんの?」
「……ミスタ。ぼくが前にした話を覚えていますか」
 それくらいは覚えてる、まだ半年だって経っちゃいない、と彼は言う。覚えていようが、彼はこういった類いの話が好きだから少しでも匂わせるとすぐにかじりついてくる。反対に、ぼく自身はこういう話は苦手というより興味が持てない。
「彼女いない。女はニガテ。でもイタリア男でそりゃあ信じられねぇよ」
「…ぼくイギリスと日本のハーフなんですよ、一応。それにイタリア男の在り方を教える人なんていなかったんです。」
 事実ばかりだし、自分が他より淡泊なことを自覚しているから自分が普通だとは思っていない。それだけで十分だった。

「オメーの細かい事情なんか知らねぇけどよォ、自分のこと好いてくれる女の子がいて嬉しくねーのかよ? たとえアタックの仕方がプレゼント攻撃でもさぁ」
 肘をつき溜め息を吐きながらミスタはジョルノを指差す。同じような台詞や感情を何度も向けられたことのあるジョルノには、飽き飽きする質問だった。
「女に好かれるなんて面倒ごとが増えるだけなんで、嬉しくはないですね」
「は……え、ハァ!?マジで言ってんのか!」
「そもそも……、女からもらったものならこうして身につけたりしませんよ。不気味なんで」
「不気味ってなんだそりゃ!!」

 あり得ないだの頭がおかしいだの散々に喚くミスタの反応まで、今まで話してきた男とまるで同じだ。イタリアの男は女に好かれることが最上級に幸福なことだと思っている。ミスタのことは気に入っているが、こういった話を好むところはどうも反りが合わない。
「でもお前つけてんじゃん……女からじゃないって、つまり…男からってことか?まさかだろ?」
 そう言われて、ああしまったなあとジョルノは思った。ミスタの口は欲しい情報が得られるまでブザーのように騒ぎ立てる。恋人かゲイなのかと迫られるのも時間の問題になってしまう。
「パパはいないって言ってただろ? そしたら……、え、お前男の恋人かいるってこと?」
「そう来ると思いましたよ。違います」
 間違っても恋人ではない。向こうがぼくにぞっこんなだけで付き合っているわけではないし、彼が好きかと言うと、すぐに答えは出ないが決して良い関係じゃあないのだ。
「オメーの彼氏なら気持ちがわからなくもない! 隠さなくてもいいじゃんオレとお前の仲じゃんか!」
「だから違いますってば」
 平生と変わらぬ落ち着いた態度で発すると腑に落ちないながらに理解したのか、そうか、と言ってテンションが下がる。

 しかし完全に興味を失ったわけではないらしく、黒曜石の瞳は撫でるように値踏みの視線を向けてくる。とても歓迎できるものでないそれを睨み返すと降参と言うように両手を上げた。
「んじゃあ、男にアプローチされてる、で正解なわけね?」
「……誤解のないように答えておきます。その通りですよ」
「相手はギャングだったりしないよな?」
「まさか」
「OK、これ以上は詮索しない。おめーが貰ったモン身に付けるくらい気を許した相手なら問題ねぇだろ」
 上げた手をヒラヒラと振ってミスタが言う。なんだか癪に障る態度だと思ったが、聞いてこないだけましだろうか。
「その言い方だとぼくがあの人のことをミスタと同じように思っていることになる」
「違うのかよ?」
 手を下ろし腕を扇のように開いて肩を竦めるミスタにふざけている様子はない。ひとりの人として好意が持てているかなんて考えてもみなかったのだ。

 金持ちで顔が良くて身体も立派、セックスももちろん巧い。でも体は繋げても愛は囁かない。ミスタのことは信頼しているけれど、彼のことは信じるも何もない。

「もし恋人が出来たらオレ様に一番に教えろよ!女はもちろん男だろうが、お前のお眼鏡に敵ったっつーことは間違いねぇ」

 そう言って人が好みそうな笑顔で肩を叩いてくる部下に半分上の空で返事して、彼のことを思いだそうとしていた。



 彼がぼくに関心と好意を持っていることはわかっている。
 じゃあぼく自身はどうなのか?
 他人に貰ったものを素直に着けている時点で彼への感情がそれなりに育っているということだろう。でもそれが好ましい――つまり信頼しているだとか、大切かと言われると違うものだと思った。

 ぼくの感情への理解はミスタよりも劣る。むしろミスタは、――ブチャラティやナランチャもそうだったが――ぼくにたくさんの感情を教えてくれた。謂わば感情面ではぼくの先生なのだ。 そのミスタからのヒントが先の言葉である。彼のことを気に入っているんだろうと言いたいのだ。彼のことなんか何も知らないのにセックスだけで気に入るなんて、ついに開発され尽くしてしまったかと、おかしな気分だった。



***


「珍しいですね、まだ前からそんなに経っていないのに」
 路地裏に引き摺られてそう答えるとしれっとした態度でスルーされる。気にせず10cm以上高い位置にある顔をじっと見つめると、唐突に顔を大きな掌で包まれた。愛し合っているかのように赤い眼が真っ直ぐにぼくを見ていた。
「……あなた、カラーコンタクトでも入れているんですか」
「もともとだ」
「瞳孔もながい……、あなたの顔をこんなにじっくり見たのは初めてです。ぼくから見ても美しい」
「当たり前だろう」

 おべっかがいらない程に整った顔はやはり見覚えがある気がする。
 触れるだけのキスで一層距離が近付いて、男の背に手を伸ばそうとするところを彼の手に捕まえられた。男はそのまま手を自分の首に持っていきそっとぼくの手で傷痕をなぞらせる。かなり深そうな、一周している切り傷は生きていることが不思議なくらいだ。

「ボーナスヒントだというのに上の空か?」
「えっ?」
「近頃ずっと考え込んでいるだろう」
 ヒントとは何のことだろうか。それに、考え込んでいるのはあなたのことですなんて言えるはずもなく。されるがままに手のひらにキスをもらった。
「わたしが誰だか気になるか?」
 さも愛しそうに言うのが理解できなかった。今日はやけにおしゃべりだ。ついに次の段階に進む気になったのだろうか。
 肯定も否定も返せずにいるぼくの手をご機嫌に指先で擦り、自分の身体を這わせる。胸元を通る時、彼の鼓動は感じられなかった。
「わたしはお前の名を知っている」
「そうでしょうね」
 名前どころか職だって知っているのだろう。そのことに今更驚いたりはしない。

「わたしはお前を誰だか知った上でセックスをして金まで与えているが、お前はわたしのことを何も知らないと言うのはおかしいと思わないか?」
「ン……? ……ああ、援交から進もうって誘いですか」
 自分のことをもっと知って欲しいと思っているのだろうか。
 確かにぼくだってこの男のことで頭の何割かは占められてしまっている。男のことを知りたいというのも勿論あるが、男への自分の感情が如何なるものなのかうんうんと悩んでいる訳である。
 ある意味ありがたい誘いでもあるのだが、お互いのことを知り援助交際以上になるといえば、差し詰め愛人か恋人か。セックスが当然の関係になるのは少し抵抗がある。

「進みたいのか? 何も知らないまま」
 引っ掛かりのできる言い方にもう一度視線を合わせると、真っ赤な瞳が射抜いてくる。恐ろしく整った顔は見覚えがある気がしていてデジャビュを感じる。
「ジョルノ・ジョバァーナ」
「……誰が聞いてるかもわかりませんよ」
「シオバナハルノ」
「…………、」
 男が何をしたいのかが理解できない。
 先程ヒントと言ったが、多分男の素性を知らせるような゛ヒント゛なのだろう。それでもぼくには思い当たるような身元が考えつかない。そもそも男に身元を明かして得することがない限りこんな誘導尋問は行わないだろう。
 ぼくの本名を知っていて、首回りに傷があり、赤い目に美しいかんばせ。身元を明かすことによる得がある。そんな人がぼくの知っている範囲にいただろうか?

「だんまりか。知りたくはないのか?」
「……ぼくは…」
「わたしに都合が良すぎるなら、言わなくとも構わないが」
 なにか、は引っ掛かっているが一体何が引っ掛かっているのだろうか。都合が良すぎると言うことはぼくには都合が悪いのか。ぼくにとって都合の悪いことなんてやたらめったにあることでもない。
「悩むな。知りたいか知りたくない、どちらかだけだ。望むか望まぬか」
「ハルノ」
 ぼくの考えと同じ、白黒はっきりとした意見を求められる。答えは言葉にしていなかっただけでもう決まっているものだ。男の胸に手を乗せて服を掴み、男の視線に負けぬように強くひとみを貫く。
 興味がある、もっと知りたい、話をしてみたい。それらはまごうことなき好意だった。

「……、ぼくは、あなたのことを知りたい。あなたが何をしていて、ぼくに何を思うのか。ああ、こんな関係なのにあなたのせいでぼくの頭が馬鹿になってしまった」

「フ……フハハハ! 随分と情熱的だ!!」
 狭い路地で高らかに笑い声を上げられる。笑いが引かないのか胸が震えていてぼくはだんだん居心地が悪くなるのを感じる。
 顔を下げてそっぽを向くと口角を上げたまま、機嫌を直せと髪や頬にキスされた。

「かわいいハルノ、わたしのことを教えてやろうじゃあないか。ただ、お前にとっては知らない方が良かったかも知れんな」
「や、やめてください……、あと、ぼくは一度決めたら後悔しないことにしているんです。教えてください」
「いい事だな」

 思えばただの他人にするにはあまりにも甘ったるすぎたし、゛なにか゛が思い出せないのは都合が良すぎた。偶然と言う名の必然があり、今のこの場所にぼくたちはいるのだ。

「お前から気付いていたらもっと面白かったのだがな」
「茶化さないでくださいよ」
「まぁ、まあ。落ち着け。最後のヒントだ」
 そう言って男は羽織っていたコートを脱いで、胸元近くまで開いたシャツの襟を引っ張った。すこしだけ屈んで首を反対に反らしてそこに見えたのは、見事な星形のアザだった。
「それ……タトゥーじゃあ、ないですよね……」
「もちろんだとも」
「…………、は、はは。まさかでしょう」
「そのまさかだ」

 冷水を浴びせられたようだった。
 そして同時に、頭がいやに冴え渡る気分だった。

「さぁハルノ、わたしの名前は?」

 さも愉快そうに、援交相手の゛ぼく゛に言う男は、彼は、想像以上におかしい頭をしていたらしい。

「……ディオ、ディオ・ブランドー。ぼくの記憶では、あなたは……ぼくの血の繋がった父親」
「わたしの記憶でもそうだな」
 半ば呆然としているぼくの頬を撫でて、髪にキスをしてくる。今までと変わらない動作が随分と珍奇なものに思えた。ただ救いかどうかは判断がつかないが、遺伝のせいか、不思議と今更な嫌悪は湧いてこない。
「ショックだったか? 近親相姦だったと知って」
「ショックと言うより……、ただ、驚きばかりで…………。 ……もしかして、金を渡していたのは生活援助のつもりでした?セックスは?」
 あれこれと疑問が出てきて、そのまま言葉にする。自分の性に関する倫理の緩さに驚いて、おかしい頭は確実に遺伝してしまっていることを知る。
 そして今なおのこと思うのは、父親である彼のことを知りたい、何故こんなことをしていたのか知りたい。それだけだった。

「金があれば飢えずに済んだだろう? セックスは、父親とセックスしていたと知った時が面白そうだと思っていたが……そうでもなかったな」
「残念なことに、あなたの緩い貞操観念が似たみたいですね」
「あんなに熱く口説いていたくせに冷めた態度だな。息子としてはあまりかわいくない」
「セックス相手としてはかわいいと?」
「いじらしく相性が良かったからな」
 とても自分の子供の髪をときながら言う台詞でないことをポンポンと出す彼は世間から見れば有り得ない親だったが、何故だかしっくり来るようだった。まさに『此の親にして此の子あり』の言葉が合うような。
「……突っ込まないでおきます。でも、冷めたなんて早とちりはやめてください」
「そうだな……、冷めたと言うより、いつものお前だった。お互いを知って熱くなっていたのはわたしの方だったらしい」
 最早腹の探り合いなどではない。分かりきったコントを演じるように、恐ろしいくらいに息があっていた。それだけぼくらは似ているところが沢山あって、親子とはこういうものかと感じ合っていた。
「ぼくもいつもより、ずっとずっと熱くなってます。さっきも言いましたよね? ぼくはあなたのことが知りたくて堪らないんです」
「ほう? ではわたしはどうやってお前に、かわいくない息子に、わたしのことを教えれば良いのだ?」
「ぼくに言わせるんですか? ……意地の悪い父親だ!」
 そう言って目一杯腕を伸ばして、大きな身体に抱き着く。彼がぼくに腕を伸ばして口付けをするのとほぼ同時だった。

 この世の神とやらに決して顔向けできなくなる日になった。




***


「ミスタ! あなたに一番に知らせたいことがあるんです」
「んあ? ……あ! もしかして、ついに恋人が」
「違います」
「はァ〜〜ッ!? じゃあなんだってんだよ……」
 がくりとあからさまに肩を落とす部下の様子すら面白くて仕方がない。誰にも救いようのなく気分のいいぼくは、焦らすことなく話をしてやることにする。

「プレゼントは全部、父さんからだったんです。なので、恋人とかにはなりませんけど……、たまに顔を出してくれるらしいですよ。あなたに話したおかげであの人のことを知ることができました。感謝してもしきれないです」
「そうか良かったな…。……って、パードレ? お前、前にアプローチされてるって」

 ぼくは首を傾げるミスタの質問を無視して、次に会えるのはいつかとひとり浮かれていたのだった。




161016
加筆修正170515


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