▼96.愛してるって耳もとで


※情緒不安定ジョルノ
 突然の事後




「ぼくに対して少しでも自分のせいだと思うところがあるのなら。ぼくをかわいそうだと思うなら……、あなたが代わりになってください。傷心のぼくを慰めて。」
 きっかけは、よくありそうな陳腐な言葉だった。


 年端もいかない子供の親を殺したヒーローと、親なしでも立派に成長し一国を裏から操る支配者。
 二人の関係は一言では表せない。遠くとも一応血は繋がっているから血族に当たるが、それ以上に『親殺し』と『残された問題視すべき子供』だった。
 言うまでもなく、仲が良いとはいえなかった。権力の差により必然と、監視者とモルモットにもなった。

 それでも言葉を交わす上では対等だった。
 いくら世界のためとはいえ、誰かの親を殺したことを承太郎自身が良しとはしなかったのだ。人類の敵の息子、という意味ではいささか甘すぎる考えだが、正義を持つ一族として、悪に染まりきっていない者に対する心は捨てられそうになかった。
 承太郎も自身の甘さを無くそうとは思わなかったし、ジョルノは用意されだ特別゙に堂々と付け入った。




「……セックスがしたかったワケじゃあないんだけどな」
「……拒めば止めたが?」
「べつに……」

 ぐったりとベッドに体を預けたままジョルノが呟く。白い背中にはうっすらと汗の後があり、金の髪に紛れながらきらめいている。
 ジョルノの我儘を承太郎は断ることもできなかったし、断るつもりもなかった。すこしだけ方法に悩んで、結果としてセックスになっただけだ。
 始めは抱擁か適当なキスか、試してはみたがジョルノがもっとと乞うたのだ。抱擁やキスよりももっと近いもの激しいものとヒステリックに叫ぶのを、止められるのがそれだけだった。
 普段の冷静さを欠いて物欲しさに喘ぐ姿は、確実に承太郎が作り上げた結果だった。


「なにか飲むか?」
 ふるふると首を振り拒否を示す子供に困りどうしたものかと思うと、腕を伸ばして承太郎の腰に抱き着いた。頭を擦り付けて声をかけてもいやいやと答えようとしない。
 子供の扱いに慣れていない承太郎にはどう対応したらいいのか、良い案は浮かばなかった。なので世間で一般的にやるように頭をぽすぽすとだけしてみた。
「もう一回…」
「……?」
「抱いて」
「……明日に響くぞ。それにもう遅い」
「いやだ」
 弱くなっているらしい涙腺に耐えきれないのか鼻をすする音がする。肩が震えて腰に回る腕の力が一層強くなった。
「だきしめて」
「承太郎さん」
「あの人の代わりでしょう」
 ぐずる子供は苦手だった。どうすればいいのか検討がつかないからだ。

「きらいだ……、あなたなんて。微かな可能性ですら潰したあなたが。文句を言わないことにも腹がたつ」

 それっきり黙り込んでしまい、揺さぶっても反応を示さなくなってしまった。癖でくるくるとしている髪をかき混ぜたり、露出している耳を撫でたりとちょっかいを出してみると声のかわりに脇腹をバチンと叩かれた。

「もう寝ろ」
 絡み付く腕をそっと離しながらに言う。抵抗はなかった。
「……」
「ッてぇ」
 一息つこうと煙草に手を伸ばすと引き離した手で今度は腿を叩かれる。不機嫌なのかそのまま爪まで立てて、ひっかき傷を作ろうと何度も掻いた。
「……やれやれだ。てめーは猫か」
 やはり返事は得られない。悪さする手をひとまとめにして、スタープラチナに握らせ煙草を口にする。すこしだけ手の塊が動いたが、それも直ぐに止んで赤くなった顔が上がった。
「ぼくにもください」
「未成年だろう」
「いいから」
 自分を振り返ると人のことを言えた立場でないから、ちょっぴり悩んでから一本差し出した。悪ガキをしていた結果か、火をねだるので付けてやると慣れた様子で吹かしてみせた。一晩で随分と爛れた関係になったものだ。

「吸ったら寝ろよ」
「承太郎さん」
「……なんだ、」
 ジョルノは体を起こして本格的に煙草を吸いながら、ゆるりと視線を寄越す。意味に気付けず頭の中にはてなを浮かべていると、煙を多めに吸い込み、ふうと吐き出すと同時に煙の輪を出した。DIOによく似た笑いは、得意気な顔なのだろうと思う。
「上手でしょう。 …出来ます?」
「……試したことがないからわからん」
 声を上げて笑う姿は同世代の子供と変わらないようで、逆に不気味だった。白と黒が混じりあっている彼の思考の底は読むことができない。
「失敗したって笑いやしません。うまくできないならぼくの顔にかけてかまわないんですよ」
 また煙草をくわえ直してフフ、と笑いをこぼす。
 輪の作り方も知らない状態でできるはずもなく、ジョルノがわざと言葉にしたことを実行してやる。本来無礼に当たる行動であり普段は絶対にしないが、煙を浴びながらジョルノの口は弧を描きむしろ喜んでいた。

「これには……」
「相手を抱く時のサインです」
「……ろくでもないな。聞いたことがない」
「でしょうね」
 機嫌よく笑う子供にからかわれたのだと納得しながら、停滞している煙を払ってやる。その指を捕まえられて、そっと口付ける彼からはまだ劣情が見て取れた。

「またしましょうね。今夜じゃなくてもいいんです。また、ぼくが゙欲しい゙と思った時、あなたは拒むことができないでしょう?」
「セックスがしたいわけではないと言ってなかったか」
「今のところはこれがあなたに効きそうだと思って」

 わざとらしい笑顔を向けられて既に彼が正気であることを知る。すぐに真顔に戻り、邪魔くさそうに乱れた髪をかきあげた。

「父と同じだと思ったら往来でもビンタするので覚悟しておいてください」
「……それは怖いな」

 もう一度ぷかりと輪を吹き出して、それが消えると煙草を一本の薔薇に変えてごみ箱に投げ入れた。疲れたと言わんばかりに横になり、大きなため息をつく。二人とも丸裸のままで、にじり寄られるといくらセックスをしたと言えども気まずいものがあった。


「そうだ、承太郎さん」
 横にぴったりと身体をくっついて顔だけを動かして、ジョルノが言う。
「なんだ」
「痕を残してほしいんです」
 どうしたものかと行動にしかねていると、援護するように言葉を重ねた。
「首に盛大な噛み痕なんてどうです?DIOみたいに」
 そうして首を差し出して、抱いてとねだった時のように手を伸ばす。スイッチのオンオフの早さは見習うべきかとすら思った。人の心を読むことに特化しているのを活かして、疲れた身体で本音に当たるであろう言葉をを吐く。
「真面目にしているとバカになる時間が欲しくなるんです。だからお願いです」
 断ることができない。
 そんな体験すらさせてやれなかったのは承太郎の責任でもある。今更ながらに、アメリカにいる妻と子供のことを思い出した。ほんの少しだけ罪悪感が沸いた。

 噛みついてやると力が強すぎたのか、ジョルノは顔を歪めて呻き声を上げる。力の入りきらない腕で胸を押してきて、新たに近くを噛み直す。
 わざと立てた犬歯で皮膚を突き破り血の味が滲んで、ジョルノはただ息を荒くして震えていた。初めてであろう受け身のセックスの時ですら余裕綽々としていたのに今こんな状態なのは、精神的苦痛による震えなのだろうと思う。けれど言葉にはしない、推察も苦手で、承太郎には原因を知ることもできない。
「ふぅ、ふ、う……」
「ん…、痛むか?」
「そりゃあ、そうでしょう! ただの人間なんですから……っ」
 叫ぶように言うのが頭に響いて、手のひらで口をふさぐと一声唸ってから静かになる。依然として震える身体は普段大人びている彼を年相応どころかそれ以下に見せていた。



「あまり自分の体を雑に扱うんじゃあないぜ」
「この期に及んで……、説教ですか」
「成り立てでも、一応組織のトップだろう」
「……わかっていますよ」
 毛布をかぶり寝る体制を整えたままぶっきらぼうに返事するジョルノを゙不幸な子供゙だと、ふと思ってしまい口をふさぐ。背中を向けて反抗的な振りをしているが優しく包んで応えてやる資格すら無いのだ。
「明日はいつ出るんだ」
「…………。」
「おい? 仕事があると言ったのはてめーだろうが」
 静まり返った空間に自分の声だけが響くので、承太郎はジョルノがもう寝入ってしまったのかと思い顔を覗きこむと、唇を突きだして拗ねていますと主張していた。返事をしないのはわざとだとわかると、声をかけることすら馬鹿らしくなってくる。
「……起こさんからな。朝も腰が痛いとか騒ぐんじゃあないぜ」
「…………、」
「寝ろよ」
「……あなたなんか嫌いだ」
 それだけを言うと体の角度を変えて顔を隠すのでそれ以上は侵食するのを止める。もうかける言葉も尽きてしまった。
 セックスしておいて背中合わせで寝るのも随分とおかしなことだが相手の背中を見て寝るのも、好意を寄せているわけでもないのに、と思い結局背中を合わせて横になる。ジョルノか丸まっているせいで背中同士がくっついてしまったが、離そうとする動きはない。


 暗闇の中で二人分の呼吸音が刻まれる。ジョルノがもそもそと動いて寝返りをうち、背中にぴったりとくっついてくるので承太郎はどうしたものかと身を固くする。吐息が肩甲骨の辺りに当たるのを多少くすぐったく思いながらも、心の中の動きだけで体はどう動かしたら正解なのかすら検討がつかない。そのまますがられるような格好で、承太郎は朝を迎えた。



「おはようございます」
 朝から昨夜のことなどなかったように爽やかな青年の首には承太郎の噛んだ痕が残っている。夢ではなかったようだが、今さらにどうやって隠すのかそれとも事後だと丸わかりなもの晒すのかとまだ眠気のある頭で考えた。すぐに襟の高い上着で答えは出た。
「じゃあぼく、夜には会議があるので帰りますね。さようなら」
「待て、財団の者を空港まで連れていけ。それかおれが出るまで待て」
「あなたを待っていたら航空券が無駄になる。面倒なことは頼みますよ、承太郎さん」
 来たときと同じ身軽な格好で部屋を出ていくジョルノを、髭すら剃っていない承太郎は追うことが出来なかった。財団の者ですら多分途中で撒かれてしまうだろう。
 ジョルノのことは諦めて一服しようとナイトテーブルの上の煙草の箱を持ち上げると、やけに軽く中身が一本も無い。その代わりに床に落ちた薔薇が数本あり、思わず頭を抱える。
 悪戯しまくって逃げてしまう姿が幼い娘と重なってしまい苦笑いが口に出る。そんな風に甘えられても、承太郎には正しい対処の仕方がわからない。昨日ぶりに呟いた口癖を聞くものは誰も居なかった。





16.07.31




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