▼乗り越えた先に(チャンスは一度きり)


※♀承太郎×花京院



「……花京院」
「うん、おはよう。髪の毛はねてるよ」
「ジョナサンに遅刻するっつって追い出されたんだ」

教室の後ろ戸を勢いよく開けてずかずかと教室に入ってきたのはクラスの男子の身長を悠々と越すような身長のスケ番、空条承子である。大きな胸に細いウエスト、長いスカートをひっかける出っ張った腰はクラスの女子の理想体型でもあり常に注目の的だ。授業態度や素行は良くないが成績は上の中、何もしていないクラスメイトなどには暴力も奮わないためクラスメイトからの評判も悪くない。クラスになついた近付きにくい狼みたいなもので飼い主は花京院、というのがクラスメイトの印象である。
今日もHRで行われる連絡など聞かず席に着くなり隣の花京院といくつか言葉を交わしてから持参した辞書とワークブックを開いていて、授業の準備は教科書が順に山積みで端に追いやられているだけだ。去年から使っているものもあるはずなのに教科書はどれも新品同様である。それでも指されれば花京院に問題を聞いて一息おいてすぐ答えを言い当てるわけだから教師もある意味一目置いていた。授業態度は流石に最低をつけざるを得ないが。

「今日もイタリア語かい」
「ああ。基本的な単語は覚えたが……、繋ぎ方はまだ駄目だな」
「すごいなぁ。ぼくは今年は初めてやる教科ばかりだからとてもじゃないが他のものはできそうにない」
「無理するな…、夏休みはイタリアにでも連れてってやる」
「お小遣いが全然足りないな」
「じじいに出してもらえ」
「そんな、まだ学生なのに悪いよ」

授業を聞き流しながらこそこそと会話しては穏やかな時間を共有する二人が付き合っているんじゃないのかと思っている生徒も少なくはないが、実際のところ証拠がないためわかっていない。女子が花京院に訊いても「どうだろう」と曖昧に答え、承子に訊きに行こうという強者は未だにいない。
だからと言って抜け駆けて告白しようとする者も同じ学年の中にはいなかった。二人が付き合っているにしろいないにしろ二人が信頼しているのはお互いであり、阿吽の呼吸のように気があっているのは遠目から見てもわかることだったからだ。花京院は人見知りの気があり女子とも距離を置きたがるが承子には雛鳥のようについていくし、いつも無表情の承子の顔が緩むのは花京院といる時だけで、どちらかと言えば幼馴染みや親族のような二人の仲を裂くのは難儀だと認めざるを得なかった。
実際家族ぐるみの付き合いだと言うことは誰も知らないが、感じ取っていたと言うことだ。時々同じ中身の弁当を持っていたりするから思うところがあるクラスメイトもちらほらといる。

「聞いてなくて大丈夫か」
「英語は自信があるんです。ほら、昔散々やっただろう」
「……。 それもそうだな」
「ノォホホ!」
「そこ、後ろ!もう少し静かにしてなさい」
「あ、すみません」

花京院が頭をかきながら平謝りして、二人は顔を見合わせて破顔した。こんな小さなことでも花京院典明はとても幸せに感じていた。



***


四限が終わり、花京院はひと伸びして教科書を閉じちらりと承子に視線をやる。承子はとっくに出していた辞書などを机に押し込んでいて、手には財布を装備して今日は購買だと示した。承子は基本的には購買派だった。
理由は簡単、弁当を準備する人がいないからだ。仗助は自分で弁当を作っているが承子は料理を滅多にしないので弁当持ちの時は花京院が家に泊まった時か昨日の料理の余りが多い時で、どちらも花京院と仗助に作ってもらっている。一人暮らしも経験があるため料理が全くできない訳ではないのだが、前とは消費できる量も違ったし弁当サイズに収まるよう細々と作るのは面倒だったからだ。それに前も今も金には困っていないため買い癖がついているのも事実だ。

「たまには弁当でも作ったらどうだい」
「面倒だぜ」
「女の子だろう?って……、関係ないか。君の手料理がたまには食べたい」
「……タッパーで良けりゃおかず一品ぐらいはつめてやれるが。ただしほぼアメリカンだがな」
「ああ〜…すっかり忘れていたよ……。日本食の方がいいかな……外国の食べ物はどうも抵抗が」
「散々腹下したからか」
「わかってるなら言わないでくれ!」
「問題ねぇな。調理の基本はあいつが教えた日本式だ」
「ホリィさんの?なら安心だ。今度行った時にでも」

購買のある一階まで階段を降りると、購買には既に学年問わずぎゅうぎゅうになって生徒が押し寄せていた。人込みが嫌いな承子は少し顔をしかめるが、ここはいつも人で溢れているし承子自身に寄ってくる訳ではないので諦めるしかない。花京院もそれをわかっているので承子にくっついて何気ないことを話しながら人の波に呑まれた。
無事に承子がパン2つとおにぎり1つを手に入れて教室に引き上げると、承子はパンを、花京院は弁当をあけてしばらく食べること優先でアイコンタクトで会話を――、と周りは思っているが、二人はそこまで器用ではない。殆どの人が見ることができない悪霊、もといスタンドでパワー比べや速さ比べをしながらスタンドを通して楽しくおしゃべりしているのである。パワーも速さもスタープラチナの方が常に上だが、前に比べて平和なこの世界で万一スタンドの使い方を忘れたら困ると言う理由で行っているので結果は関係ないのである。理由自体もこじつけで、ただ自由な昼休みに遊びたい盛りを発散させているに過ぎない。
秘密を共有する瞬間はなんて素敵なんだろうとお互いに口に出さずに思っていて、顔を合わせては表情を緩めた。

(そういえば)
(ん)
(最近遊びに行ってないな、君ん家に。ごはんついでに仗助くんとかとゲームも大画面でしたいな)
(…………)

ふと花京院が箸を止めて、スタンドを通していつもは二つ返事で話がつくことを提案すると珍しくビシッと承子が固まった。テストあったっけ、それとも個人的な予定が入っていたか、と考えながら咄嗟に謝罪する花京院に謝りながら承子は無い帽子の代わりに顔を覆った。

(……驚くなよ)
(? うん…)
(今家にディオが来てるから来ない方がいいぜ)
「………えっ!?な、なんっ」
(花京院……)

急に大声を上げた花京院にクラスメイトの視線が集まり、それに気がついた花京院が口を覆いなんでもないと手を控えめに振る。確認にもう一度承子を見るととても冗談を言っているようには見えない。そもそも承子……、承太郎はそんなたちの悪い冗談を言うような人ではないことは花京院自身がよくわかっている。

(本当なのか承太郎……!なんで…)
(アイツが勝手に押し掛けてきやがった。ジョナサンは喜んでるみてぇだがいい迷惑ってんだ……)
(いつまでいるんだい?せっかくテストも終わって、春休みもあるのに……、いるとわかっててわざわざ行くのはちょっと)
(多分4月の中旬くらいまではいる。春休みは…丸つぶれだな)
(それは寂しい)
(オレの方から会いに行く。水族館に行かないか)
(本当に好きだね……)

へらりと笑う花京院は大分笑い方が柔らかくなったと承太郎は思った。前はもっと困ったように笑う事が多かったので、その小さな変化が嬉しくて承太郎自身も口角を釣り上げて昔のように笑う。ディオは確かに近くにいたがなんとも穏やかな時間だった。



***


「聞いてくれ、あの後考え直したんだがやはりディオをこそこそと避け続けるのは良くないと思うんだ」

6限が終わり生徒が流れるように下校する中に混じりながら花京院は言った。承太郎は視線だけを寄越しながら下駄箱からローファーを取り出してその場で履き替える。花京院は同じようにシューズを取り出して一段下に置き、足を突っ込んで緩んでいた紐を締め直した。

「ディオがジョナサンさんにくっつき続けるならば君がディオとの繋がりを絶つことはできないだろうし、ぼくは君と友達をやめるつもりはないから君の家族ともよろしくしなきゃならない。そしてぼく同様ジョースターと、…仲がいい人同士くらいは仲良くしていた方がいいだろう」
「無理をするな」
「億泰くんやアナスイさんとは話せてるし大丈夫だよ…………。多分……」
「アナスイはいい」
「とにかく! 仲良くとまではいかないでも、会ってもぶつからない程度にはしたい」

今は殆ど同じ身長なので、花京院は承太郎を見上げることなく横を向いて話す。一度決めたら揺るがない花京院を説得するつもりはなかったが、承太郎はただひたすらに『花京院をDIOに合わせてはいけない』という警告を出し続ける頭を処理できなかった。またいなくなってしまったら、二度と話せなくなったら? この都合の良い世界がもう一度体験できるという確証は全くないのだ。

「駄目だ」
「何故だい」
「……ディオといがみ合わないなんてのはそれこそ今のジョナサンくらいしか出来る奴はいねえ。仗助ですらディオとは合わない。あいつは根本から話が違う」

でも、と花京院は言葉を繋ぐ。いつものように花京院の家に向かって歩いていたが承太郎にはいつもより余分に目にうつる物が頭に残ってどこを歩いているのかよくわからなくなっていた。無意識にスタープラチナが浮き出て周りに忙しなく注意してしまっている。

「…………決めつけるのはいけない」
「来させねぇ。じじいにも言っておく」
「承太郎!」

足を止めて花京院が大きめに声をあげる。周りには誰もいなかった。たまにしか、――人がいない時しか呼ばない前の名を呼ばれても、承太郎の考えは変わりそうになかった。他のことなら花京院がしたいようにすればいいと思うが、ディオの話だけは訳が違う。花京院の生死が関わる部分なのだ。ディオのスタンドも健在で自分が確実に死から守れるとは限らないのだ。論文を書いていた時以上に承太郎は、必死だった。

「花京院」

少し眉を寄せて、それでも力強く見つめてくる紅茶色を正面から見返す。甘い雰囲気でもあれば唇に噛みついてやるところだがそんな場合ではない。

「てめーが動かなくなるのは嫌だ」

花京院が微かに息を飲む。ばつが悪そうに視線を落として、しばらくしてからもう一度顔を顔を上げた。

「それでも……会わせて欲しい。このままじゃあ駄目だ。ぼくは前に、確かにDIOの恐怖を乗り越えられるようになったんだ。今避けていては意味がなくなる」
「花京院…ッ」
「わかってる、承太郎。君を不安にさせたい訳じゃないんだ。だから、君の家に行く時は必ず君にそう伝えるし、君から仗助くん達にも伝えてくれ。君の兄弟が入れば心強いだろう?なんなら、ジョナサンさんがいるときだけという条件にしてもいい。君とジョナサンさんならDIOを止められる」
「……………引く気はねーんだな」
「もちろん」

怖いもの見たさや試しに、なんて軽さで言っている訳ではないことが視線を外さない花京院からは解る。決断したら花京院の考えは承太郎には変えられない。承太郎がNOと言っても花京院は家までやってくるだろう。急にやってきて不測の事態を招くよりかは、家族総出でディオを止めることが可能な状態を整えておいた方が安全性は増すだろう。承太郎の眉間にはたくさんの皺が刻まれていたが、結局折れたのは承太郎の方だった。

「…………、家族が全員いる時だけだ」
「……! ……ありがとう、承太郎」
「てめーがあんまりにもしつけえからだ」
「うん。ありがとう……、君はぼくの心配をしてくれたんだよね」

張りつめた糸が緩んだのか肩の力を抜いて笑いかけてくる花京院を見て、絶対に守らねば、と承太郎は思う。せっかくの二回目をふいにすることは許されない。好きだよ、とこぼしてから目を閉じて恥ずかしさを誤魔化すようにわらう彼の顎を鷲掴みにして、今度こそ承太郎はその大きな唇に大口を開けて噛みついた。




150928




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