▼ディオ来訪


※「日本語」、『英語』です



 寒さの峠を越えて3月となり、学生達は春休みを待ちかねる季節。日本で比較的北に位置しているジョースター家は今も冷え込んでおり、皆ばらばらに靴下なり、日本に来てからは室内で履かなかった靴を室内用に新しく買って履いたりして足元の防寒をしている。足元以外はヒーターやエアコンがあるのでとくに着膨れている者もいない。むしろジョナサンやジョセフィンは鍛えられすぎな体のおかげで寒さへの耐性があるのか靴を履きながらも既に春並みの格好だった。
 明日は学校と気分が落ち込むにはまだ早い日曜の午前中、ジョナサンは研究所へ、ジョセフィンはバイト、定助は康穂とデート、と家にはいつもの半分しかいなかった。寒空の中わざわざ出る用事もなく暖かな室内でそれぞれ好きに過ごしていた。
 エアコンを制限されている自室よりも暖かく快適なリビングで、仗助はテレビゲームに熱中している。徐倫はソファーの端で雑誌を読み、承子はテーブルでヒトデ図鑑と生物図鑑を広げている。仗助が時々悲鳴をあげたり声を荒立てたりしているが慣れているので他の二人は黙々と趣味に没頭していた。


「だーっ、駄目だ、もう我慢できねぇ!トイレトイレ!」

 コントローラーを派手にカーペットの上に手放した仗助は多少前屈みになりながら小走りでトイレに向かう。ゲームの切り時が見つからずそこそこに我慢していたのでドタドタと音をあげるとさすがに承子が顔を上げた。が、トイレに向かう仗助が見えた途端だいたいの成り行きを理解してため息を一つつく。ソファーの方を見ると徐倫も同じことを思ったのか目が合い肩を竦められる。
 そんな中急に玄関のチャイムが鳴り響いた。徐倫より玄関に近い承子が動こうとすると、仗助が声を張り上げて出ると言ったので上げかけた腰を下ろす。二人とも新聞かなんかかと思い特に気にしていなかったのも束の間、仗助がものすごい勢いでリビングに走り込んできた。

「どうした」
「えっ、あ、今外に、外に……!」
「出たんでしょ?何だったの?」
「外に……ディオさんが」

 困惑しながらも告げられた言葉に承子は深いため息をついた。頭が痛くなってきたのは気のせいじゃあないらしい。徐倫も思わず気の抜けた声を出す。

「あの野郎何しに来やがった……」
「……もしかして、誰かジョルノのことゲロっちまったとか?」
「どうせジョナサンでしょう? やれやれだわ……」

 三者三用に頭を抱えながらも再度どころか連続で鳴らされるチャイムに承子は舌打ちをする。家に入れたくないが外に放っておくと何をやらかすかわからないので、ジョナサンに恨みの念を飛ばしながら承子は玄関に向かった。


***

 いやいやながらにディオを家に入れてから仗助にジョナサンに連絡させた承子の顔つきはまるで般若だ。前回からの因縁はもちろん、今生でジョナサンに牽制されながらも、高飛車で唯我独尊な性格は変わらず承子やジョセフィンと相性が悪い。仗助はとても間接的にしか知らないので先入観はなかったが、腐った根性のディオは知る者達の言うとおりゲロ以下だったので嫌いと言い切りはしないもののとても好けるものではなかった。徐倫はプッチ神父の親友と言うだけで言わずもがなだ。定助は前世では会わず今生でも記憶に残らない程度にしか会っていないので知っているか怪しい、そういう意味だと嫌われてはいないのだろうが。
 とにかく、ジョースター家は基本的に皆ディオが苦手だ。

『うわぁ、真っ赤じゃない。血染めでもした?』
『ゲロ以下何の用だ』
『……エート、新聞敷くんでその上にスーツケース置いてください』
『おいディオ』

 白いコートの下にワインレッドのシャツ、黒いパンツという格好のディオも寒さには強くこの時期着るにはいささか薄すぎる服装だった。徐倫は覗いたシャツの原色に顔をしかめ、承子も同じような顔になり、一番常識の残っている仗助がとりあえず広いリビングの端に新聞を重ねて敷くとディオは手持ちの鞄をその上に投げた。スーツケースは玄関におきっぱなしだ。

『靴を脱げとはどんなプレイなんだ? ンン?』
『日本じゃそれが普通だぜ。何しに来やがった』
『そう怒るなよ。今は貴様らの仇になるようなことはしてないつもりだが?』
『関係ねぇな』
『今もプッチと友達やってるって時点で駄目』

 吐き捨てるように言うかつての空条親子は知り合いも震え上がるレベルで冷たい目をしている。話でしか事情を知らない仗助は北風が吹いてきそうな空間で一人気まずくて部屋に戻りたい気分だった。
 ディオはそんな二人に慣れているので無視をして一度玄関に戻りスーツケースを持ってきて、仗助が敷いた新聞の上に置き中から出した袋を縮こまっていた仗助に押し付ける。急に渡された仗助は驚いて慌てたがディオは気にせずにコートも脱いで仗助に押し付けた。

『ちょ、ちょっと』
『片付けておけ』
『なにこれ? コートは自分でそっちにかけいて下さい』
『スコーンだ。あのマヌケが煩いから買ってきてやったのだ。クリームティーにでもして食べろ』
『もしかしてお土産ですか? あ、だからコート!』

 スーツケースをたたんで廊下に出ていったディオを両手の塞がった仗助は追うことも出来ず仕方なくコートをクローゼットにかける。ジョルノの件で来たとすれば一ヶ月近くの滞在はするだろうと半ば自棄だ。スコーンは食べ物だし食べ物に罪はないのでとりあえず台所に置いておく。ちらと中を覗くと結構な量が入っていて、家の人数分以上はある。それがディオの優しさなのか適当に買ってきたのか仗助にはわかりようがない。

「何なんすか……もう」
「ていうかアイツどこに行ったのよ」
「放ってんじゃあねぇぜ仗助」
「えっ! スイマセン承太郎さん……」



 しばらくして廊下から戻ってきたディオは不服そうな顔でダイニングの椅子を引いて承子と反対の席についた。承子が図鑑をたたんで席から立つとディオが呼び止めたため全力で顔を歪めながらも立ち止まる。

「ああ?」
『ジョナサンがいないじゃあないか』
『なんで話し合わせてから来ないんだテメーは』
『私は私が来たい時に来る、それだけだ! ジョナサンがいないなら貴様が今後の予定を吐くがいい』
「主語抜けてるし……」
『日本語を喋るんじゃあない! そんなだからいつまでも貴様の英語は駄目なのだ!!』
『うっわ、すいませんって!』

 横から仗助が日本語で口を挟むと苛ついているのか大きな声での罵倒が返ってきてジョルノが来る前から心が折れそうだ。ジョナサンに日本語を勉強していると聞いていたのでわからない言葉を出してしまったのだろうと推測はつくが、元々でかい方の自分よりもでかいディオに急に英語で捲し立てられると驚いて焦ってしまう。そんな仗助を見て承子は大きいため息をつくと図鑑をキッチンの手前台に置いて椅子を引いてテーブルから離れた所で座った。

「仗助ビビらせてんじゃねぇ」
『承太郎…、嫌味か貴様』
『……用件無しに突然来られて迷惑以外の何を感じろってんだ』
『私が来てやったのだからありがたく思え』
『帰れゲロ以外』
『相変わらず頭沸いてるのね』
『…………』

 容赦ない親子の攻撃に顔をしかめながらディオは承子と同じくらいのため息をついた。これもジョナサンから聞いたがディオは普段から勉強やスポーツも出来たし顔も良かったので褒められ慣れてはいるが貶され続けるのには慣れていないらしい。仗助は少しだけディオをかわいそうだと思ってしまった。

『仗助』
「えっ…あ、はい?」
『お前でいいからジョルノがいつ来るのか言え』
「あ、ですよね……」
『返事は』
『はい…って、「承太郎さん」、俺知らな……』
『…ジョナサン帰ってくるまで大人しくしてやがれ…』

 無い帽子の鍔を引っ張る仕草をして承子はまたため息をつく。とりあえず用件は判明したためジョナサンが帰ってくるまで煩いディオを二階のジョナサンの部屋に承子と仗助の二人がかりで押し込んで三人は一息つく。
 ジョナサンはあと一時間とちょっとあれば帰ってくるであろう。やりかけだったゲームをきりの良いところでセーブした仗助は待っている間に五人分の昼食の準備をするためキッチンに行き冷蔵庫の中身とにらめっこを始めた。承子は一度よけた図鑑を自室に戻してから仗助と一緒にメニューの相談を始める。昼食は担当していない徐倫は雑誌をたたんで後日遊びに来る予定だったF・Fに謝罪のメールを入れるため自室に戻っていった。


***

 昼食は結局来日したてのディオに合わせて無難なパスタにして、二階の徐倫も呼んで準備をしているとようやくジョナサンが予想より早めに帰ってきたので部屋に押し込んでおいたと報告して、話より先に昼食を取ることに決める。
 ジョナサンがディオを呼びに行き、降りてくる時にはディオは赤いシャツではなく緩いトレーナーを着てむくれていた。ジョナサンは笑顔でテーブルまでディオの手を握り締めて引いてきたので、仗助以外の二人の表情はすごいことになっている。そろそろ胃が痛んできてもおかしくない。

『本当によく来たねディオ!嬉しいよ』
『コソコソとジョルノを呼んでおいてその態度かジョジョォ……』
『だって承子やジョセフィンが君に話すのを嫌がっていたし、実際君との繋がりがあったらあったでうるさくはなるだろうなあって思って』
『うるさくとはなんだ! ジョジョ!』
『ほらぁ』
『その…、とりあえず昼食食べません? 冷めちゃうんで』
『そうだったね。ごめん仗助、せっかく作ってくれたのに』

 承子、仗助、徐倫が片方に寄って座り対面位置にジョナサンとディオが席についた。ディオに合わせて殆ど味のついていないパスタに個々で味をつけながらもジョナサンとディオは噛み合わない話をするのを止めない。隣の空条親子の放つ不機嫌さに仗助は斜めの席にいるディオに恨み通り越して同情を覚えていた。

「いただきます」
「どーぞー」
「いただきまーす」

 バラバラと食べはじめてディオは皆が”いただきます”と言ったことに眉をひそめながらもしぶしぶとフォークを動かし始めた。料理だけは気を配らずに済むので仗助もディオを気にするのをやめて空いた腹を満たすことに集中した。

 ”ごちそうさま”と全員が言い終わったことを確認したジョナサンはディオの分も一緒に食器を片付けて腰を据え直す。話し合いに残るのは承子だけで良かったが徐倫が動こうとしなかったため仗助も動けずにいた。先にことについて口を開いたのはジョナサンではなくディオだった。

『で、ジョルノはいつ来るんだ』
『ディオ、それも教えてあげるけどそれより先に君とジョルノの関係を説明しなくっちゃ』
『してなかったのかジョジョ』
『君が来るのが早かったんだ』
『コントはそれぐらいにしてよね』

 徐倫が突っ込むとジョナサンは眉尻を下げて困ったように笑った。ディオはそんなジョナサンを見て鼻を鳴らし、関係も何もただの弟だと呟いた。承子が弟、繰り返したがディオの反応は無く、ジョナサンは未だに笑っている。
 ディオの年齢で一番あり得る関係性であったし子供ではディオが遊びに出てから作った子にしても大きすぎるので嘘は言っていないだろう、と仗助は詳しく知らないながらに推測する。承子をちらと見ると思いっきりため息をつかれ肩を震わしたが特に仗助に不満があるわけでは無いらしく、呆れやらなんやらで思わずといったとこだろう。ディオといる時は特に多い。

『てめーみたくひねくれてなきゃいいんだが』
『誰がひねくれてるだ。ジョルノは随分と賢いぞ、貴様なんかよりもな』
『…………』
『ディオ、承子、喧嘩は駄目だよ』
『……まだ喧嘩じゃあねぇぜ、おじいちゃん』
『フン』

 顔を背けたディオは反り返ってしまい、ジョナサンは苦笑いをする。勝手に進めるね、とだけ言って不機嫌なディオには触れずに弟妹に向き直って顔を真面目に戻して話し出した。

『まあ、ディオが言った通りジョルノはディオの弟なんだ。一人暮らしをしていてここ何年か会ってないからディオも会いたくって来たんだって。だからジョルノが来て帰るまではディオも一緒に住むからみんな喧嘩しないようにね。あと、ジョルノが来るのは新学期始まってからになっちゃうみたい。日本とは違うしそれは仕方ないよね』
『具体的にはいつぐらいですかね? 康一に会わせてやろうと思ってるんですけど……』
『4月20日くらいかなぁ……来る日自体は土曜日に合わせてもらってるから何人かで迎えに行こうね』
『……待って、つまりディオって一ヶ月以上いるわけ』
『そうだね。だから早いって言ったのになぁ』
『…ジョルノに会えるなら仕事くらい蹴る』
『ふふ。やっぱりジョルノのこと好きなんだね』
『……フン』

 然り気無くジョナサンにしかしないデレを見た気がしたが一ヶ月この喧嘩の種と過ごすという衝撃に隠れて三人は気がつかなかった。ジョナサンだけは優しい顔をして微笑ましそうに笑っている。テーブルの左右で面白い程に空気が違い、ディオは気まずくなったのか笑うジョナサンの頬をつねった。
 ひとまず情報交換は終わったためジョナサンが解散を言い渡してようやく肩の荷が下りた仗助はそそくさとゲームに戻り、承子と徐倫は部屋に上がっていってしまいジョナサンは眉を下げて仕方ないね、と呟いた。ディオは何を言うまでもなくリビングを出ていき、後を追うようにジョナサンもディオのスーツケースを持って自室へ向かった。




150422
加筆修正180227


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