メイプルシロップになるまで(血界(レオザプ))


 新人のレオナルド・ウォッチがやってきてから、うちの手の付けられない問題児ザップ・レンフロがより面倒臭い生き物になった。書類上の保護者である番頭役はそう語る。


「あ、スティーブンさん。ザップさんと昼飯行ってくるんで、お使いしてきましょうか?」
「ああ、じゃあ頼もうかな。サブウェイで」
「いつものやつですね」
「うん。……ああ、それと、ついでにこの辺りで一仕事してきてくれないか。帰りは少し遅くなってもいいから」
「それって例のクスリがやけに出回ってるとこっすよね?」
 例の薬とは、近頃流通量が増えた、俗に言うスイートドリーム。ヘロインのことだ。
 量を間違えれば10分後には永遠の夢を見られる。ザップですらあまり使わないこの薬は、この街が紐育の時代から死者を多数出していた。
 聞き分けのいいレオナルド少年とは違って、嫌ですという顔を隠そうともしないザップにスティーブンはそうだよ、と返してやる。
 生存率33.33%を切る地帯に行くのを渋るなんて、ザップ一人なら無かったことだ。こいつの使い道の一つが『一般人やそこそこの強さの奴には行けない場所へ行かせる』だったので、やりにくくなってしまった。
「えぇ〜犬女じゃ駄目なんすかぁ」
「チェインはもう偵察済み。少し買ってきて少年の目で薬を見て欲しいんだよ」
「わかりました」
 生存率の情報はデータで知っているスティーブンと、現地を知っているザップしか持っていない。レオナルドを騙すようではあるが、戦闘力が無くともライブラの一員であり、戦闘員の中でも上位のザップと共にならばこの程度のお使いくらいこなしてくれなければ困る。
 レオナルドも温室のような扱いでなく、他のメンバーと同じように仕事をしたいと言っていたのだから、決してスティーブンが無茶を強いている訳ではない。
「レオなんかただのカモだって」
「何のためにお前をつけていると思っているんだ?」
 心配しているのか。
 スティーブンがザップと出会った頃から、ザップは感情面に関して不器用なことが多かった。それは幼児期の環境故か、成長期に過酷な修行一筋であった故か、判断はつけられなかったが、とにかく、心が痛んだり揺さぶられたりする感情について表現がとても下手だ。
 その分かりにくい感情を、近頃は新人――レオナルド・ウォッチ――に向けているらしかった。
 後輩で、背丈も低く、非力で未成年。神々の義眼さえ除けば平々凡々な少年に感じているのは、友情か、庇護欲か、はたまた。自覚が薄いのがまた厄介だった。
「あーはいはいどうせ一人じゃ行けませんよ! さっさと行きましょうね〜」
「おっ……、まえ、先輩置いてく気か! アァン!?」
 てきぱきと出かける準備を整えたレオナルドは既に体の正面を扉へ向けている。身一つで立ち上がったザップはじとりとスティーブンを恨めしそうに見てから、一回りも小さい後輩にヘッドロックでも見舞うような勢いとパワーでもって距離を詰めた。そのまま押したり縺れたりしながら二人は仲良く事務所入り口の扉を出ていった。

「ザップとレオナルドは仲が良いな」
「それで収まってくれればいいけどなぁ」
 スティーブンの呟きに首を傾げるクラウスには、本当にただ"仲が良い"ように見えているのだろう。この"仲が良い"はスティーブンとK・Kの間にも使われた表現のため、基準は一般的なものではなくクラウス式だということが証明されている。しかし、クラウスのこういった点をスティーブンは好んでいるため、今更突っ込みはしないのだった。

 この後、調べ終わった薬を「貰ってもいいすか」などとのたまった問題児には勿論教育を施した。


***


 調べものを終えて事務所に戻ると、高めの男の声で迎えられた。ソファの端に寄ったまま、顔だけを向けられる笑み。彼とは別の、もう一人分の吐息が聞こえるが、入り口の扉側からはあまりよく見えなかった。
「ザップさん起こします?」
「いいよ。騒がしくなるし」
「そうですね。ああ、出来ることがあれば言ってください」
 遊び相手もいなくなった少年は、一人でゲームに勤しんでいたらしい。
 出動要請や世界の危機が無ければ、クラウスとスティーブン、ギルベルトや少数の構成員を除き、待機が仕事のため指摘はしない。するのはあまりにもかしましい時だけだ。

 デスクに戻る際に少年の座るソファの後ろを通り、その肩に銀色の頭が寄りかかっているのが確認できた。
 馴れ合うように見せて意識的に隔たりを持つことが得意なザップが、無意識の状態でこれだ。さらに、レオナルドはリラックスしており、ザップを気にかける素振りが無い。
 良く言えば兄弟のようであったが、他人同士にしては身体も精神も距離が近すぎる。その後もこんこんと眠り続けるザップはとても静かで、レオナルドもそのうちソファに体を預けて寄り添うように眠りに落ちた。サラリーマンの言う定時頃にクラウスが二人を揺さぶるまで、とても穏やかな時が流れていた。

「んあ? 寝過ぎたわ。首いてぇ」
「二人とも良く寝ていた」
「うーん…、今何時ですか……」
「もう18時になる」
「あ〜寝過ぎた……僕、バイトなんで帰ります……」
「アマンダんとこまで乗せていけやコラ」
「あんたランブレッタあるでしょ」

 大口を開けて欠伸をするザップと、少し下を向き口を隠しつつ欠伸するレオナルド。真反対なのに馬が合うというより、反対だからこそ嵌まるものがあるのだろうか。
 出動も結局無かったので、二人とも帰れと告げると、今度は同じ返事が返ってきた。なんにせよ仲が良いことには変わらない。信頼しきっているならいるで、この前のように駄々こねが無ければ悪いことではないのだが、とスティーブンは思っていた。


***


「レオ!!」
 クラウス以上の巨体を持つ俊敏な制圧対象が、少年の5.5フィートに満たない小さな身体を横薙ぎにした。勢いよく瓦礫の山に突っ込んでいくその直前に、紅いネットが思いきり張る。ネットに受け止められたレオナルドは意識が飛んでいるらしく、ずるずるとそのまま崩れていった。
 足を一踏みしてレオナルドの前に氷の盾を作って顔を上げる。ライターを握り締めたままの部下はだぱだぱと多量の血液を流し出していた。
「刃身ノ四 紅蓮骨喰」
 そうして固まった身の丈と同じ大きさの刃は、絶えず火花を散らしてその刀身をさらに大きく見せている。まれに見る大剣はさぞ血液消費が激しいだろうに、それを振るう際のザップはいつも落ち着いた状態だった。
 貧血を起こすほどの血液を費やしてまでザップが戦うのは、分かりやすく仲間のためである。彼は冷静に、本気で怒りを感じているのだ。自分の領域のものを傷つけられることに。

 本来はそういった予定では無かったが、大剣が巨体の膝から下を横薙ぎに仕返して、騒動はなんとか収まりを見せた。

「少年、」
「スターフェーズさんはあっち」
 氷の盾を解除してレオナルドの様子を確認しようとすると、横切ったザップが彼方の方向を指差す。HLPDの警部補がお出ましだった。
 スティーブンの姿を確認するやいなや迷いなく真っ直ぐ進んでくるものだから、ああまた大きい小言か、と諦める。伊達にHLPDをやっていない警部補は肝が据わっているどころか、牙狩りであるスティーブンにすら脅しを掛けようとしてくるので、ザップには手に余るだろう。
「いつまで寝てんだ陰毛頭」
 気絶している相手に対して乱暴過ぎる起こし方をする音を聞きながら、得意の微笑みで男を待った。

「ありえねー!! 怪我人蹴り起こすか普通!?」
「うるせーよなーせっかく人がぐちゃぐちゃになる前に助けてやったのになー」
「その件に関してはありがとうございました!! でも納得いかねー!!」
「オウ感謝しろ、そんで夕飯奢れや」
「残念今日は冷凍ピザです〜金マジでないです〜」
「なんで?」
「あんたが集るからだよ…………」
「使えねぇ陰毛だなぁ」
「使えない陰毛ってなんだ!? ていうか陰毛って呼ぶな!!」


***


 朝、他のメンバーよりも早めに出勤していたスティーブンの元に、一本のコールがあった。連絡してきたのはレオナルドで、用件は『暴動に巻き込まれているためザップとともに遅刻する』。言葉の通り、二人が顔を見せたのは10時を過ぎた頃だった。

「すみませんギルベルトさん、タオルとかありませんか?」
「ご用意いたします。ですが、先にシャワーを浴びてはいかがでしょう」
「そうさせてもらうっす。番頭?」
「行ってこい。これ以上事務所を汚すのはやめろ」
「うーす」
「すみません……」
 レオナルドとザップは、二人して緑色のどろりとした液体と赤黒くなった血液を散々にまとわりつかせて出勤してきた。レオナルドの膨らみのある髪は湿ってへたり、ザップの白いジャケットとパンツは最早斑模様だ。
 既に事務室は入り口の扉周辺は掃除が必要な状態になっており、汚れの原因はいち早く追い出すに限る。
 二人してぐちぐちと文句を言いながら出ていくのを横目で確認しながら、昨日は一緒に帰った訳ではないのに出勤は一緒だったな、とスティーブンは思った。

「戻りゃしたー」
「来て早々すみませんでした」
「まあ仕方ないさ。それで? いつも通りのか?」
「そっすね」
 ここHLでは暴動や事件などは掃いて捨てるほど起こるため、13王主催のものと神性存在など、厄介を極めたもの以外は"いつもの"扱いだ。もちろんそれでも人類や異界人は散々死ぬのだが、HL内で済むのならいちいち構っていられないのが実情である。
 ザップは家が無いため、レオナルドは以前短期だが事務所で寝泊まりしていたため、それぞれが替えの服を置いていた。そのため、髪がさっぱりとした水気を帯びただけで、あとは既にいつも通りであった。
 普段から光を反射しやすいザップの髪は一層光を纏い、レオナルドは全体がボリュームダウンしているが毛先の跳ねがそのままだ。

 レオナルドが肩にタオルをかけたまま、もうひとつのタオルを手に持って腕を伸ばしザップの髪を拭く。身長差で手は頭の頂点に届いたり届かなかったりしていて、かなり拭き辛そうであった。
「ザップさんそっち座ってください」
「あー? お前ホントちんちくりんだな」
「はいはい」
 三人掛けソファの気持ち奥程度のほぼ真ん中に座り込んだザップを追って、レオナルドもソファに座る。再びレオナルドがタオルと共にザップの頭に手を伸ばし、ザップもレオナルドのかけっぱなしになっていたタオルを引っこ抜いた。そうして互いの髪をわしゃわしゃと揺すり、ケラケラと笑い合う。
 ああ、兄弟みたいだな、と再び思う。駄目な兄としっかりものの弟のようだ。

「お前たちは最近随分と仲が良いなぁ」
「んなことねーすよ!」
「最近ってなんすか」
「いやね。一緒に出勤してくることも多いし、昼も一緒だろう? 今までそんなこと無かっただろ、ザップ」
「え、……っあ"あーッッ!! ちょっスターフェーズさん!!!」
「へ」
 眉をつり上げて顔に力を入れるザップを半ば良い気味だと思ってしまう。レオナルド少年は、一瞬驚いたようなリアクションがあったがそこまでではないらしい。
「ちげーよ勘違いすんなよ陰毛頭! 他の奴はすぐ死ぬから!」
「まぁそれも事実だが、お前ライブラでは一匹狼してただろ? 悪いことをするお友達はいたようだが」
「だーっっ!!」
 ザップは頭を抱えて地団駄まで踏み始めて、一人でこんなにも騒がしくなれるのも凄いなと呆れを通り越して感心する。一応、他のメンバーよりもべったりな自覚はあったらしい。
 ふと隣のレオナルドを見れば、なんと笑っている。それも、馬鹿にしたり、恥ずかしがるような笑みではなく、嬉しそうな笑みである。
 そんな顔に気がついたザップは、ほぼ反射的にレオナルドにラリアットをかました。
「ゴホッゲホッッ、ツッ、ぐぅええぇ」
「な〜にニヤニヤしてんだ変態野郎!!!」
「っ、にすんだ! 照れ隠しにも限度あるでしょ!!」
「うるせえ馬鹿レオ!! 俺もう今日電話出ねーぞ!! 番頭は姐さんに言いつけますんで!!」
 ザップは勢いよく立ち上がり、一層大声を張り上げたかと思うと、最早威嚇のような体でキッとスティーブンを睨む。急ぎの仕事も無いためおざなりにはいはいと言ってやれば、事務室の窓を開けてそのまま飛び降りて行った。割らないだけ上々だ。

「あーあー……、スティーブンさん」
「うん?」
「ザップさんて僕みたいな、つるめる仕事仲間いなかったんですか?」
 口角を上げたままレオナルドが問う。ザップもこのくらい素直ならもっと可愛げがあるだろうに、とスティーブンは思うが、ザップの可愛さとは可愛げのないところだと知っている。
「ああ、そうだね。年が近いのはチェインぐらいだったけど、チェインは人狼局所属だし女性だろう? 何よりチェインの方がザップに対してああだからなぁ」
「自業自得ですけどね。……へへ」
「……嬉しそうだなぁ」
「もちろん」
 へにゃりと害の無い笑みを漏らし続ける少年は見ていて微笑ましい。友と言うには理不尽の塊であるザップでも、心を開かれるのは嬉しいと言うようだ。
 自分がティーンの頃はこんなにも素直に友情を喜べただろうか。スティーブンはもう10年以上前のことに想いを馳せた。
「ザップさんは自分に素直な人なんで、普段の素行は最低ですけど、さっきもラリアットくらいましたけど。…...でも、好意も分かりやすくって。ちょっと恥ずかしいくらいです」
「なんというか……青春だな」
「いやぁ……へへ、恥ずかしいなこれ、僕も出てきても良いですか」
 今更にじりじりと頬を染めた少年に、先に出ていった青年と同じように許可を出す。こちらは『落ち着いたら戻ります』と言って扉から退室した。


「夜は久しぶりにサシ飲みでもしようかなぁ」
 事務室に取り残されたスティーブンはひとり呟く。
 レオナルドとザップの友情のような熱い想いのやり取りに当てられて、いま一番の友が恋しくなったスティーブンは、仕事の切り上げ時に向けてタスクを確認することから始めた。



2019/05/08

友達以上恋人未満も、熟年夫夫もバッチコイなレオザプ。
原作、アニメ、ペパムンそれぞれちょっとずつ違ってネタが多いです。でも小説より絵を描いてることの方が多いかな。



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