侵食(コナソ(コ赤))

 玄関からガチャリと音がして控えめな足音がする。整備と腕が鈍らぬよう練習のために出した愛銃をテーブルに置いたまま、真っ直ぐに向かってくる人物を迎えに行く。リビングのドアを開いてやれば、迷いなく小さな彼は進む。
「ボウヤ」
「ただいま、赤井さん」
「……ああ」
 数十分前にメールは貰っていたので、来ることは知っていた。彼はよく作戦会議のために会議室をここ工藤邸にするし、そうでなくとも自宅だ。メールなど無くとも、いつ来ても不思議ではない。
 壁にかかる時計が指す針は夜の20時、小学生が夕食を食べるような時間はもう過ぎている。それにも関わらず、尋ねればまだ食べていないと言う。赤井も食事を取る時間を正確には決めておらず、作業に集中していたため食べていない。二人で食事を取ることにした。

「今日は煮込み料理作ってないんだ?」
「そもそも毎日は作ってはいないさ。何せ暑いしな。……ふむ」
「そのまま食べられるものとかあればそれでいいけど……どうしたの?」
「……買い出しに行くのを忘れた。道理で時間がやけにあると思ったんだ」
「何が残ってる?」
「トマトとキャベツ、…肉はない、あと卵。1つだが」
「うわぁ」
 赤井は昨日の時点で肉が無くなったので買いに行こうとしていたが、朝はフレーク、昼はピーナッツバターパンを食べ、作業中は珈琲を飲んでいたため空腹を忘れていた。灰原哀の監視に加えてFBIとしての仕事もある。FBIの仲間達には正体をバラしたからには、やることが無いわけではないのだ。
「ボクはいいけど、赤井さんサラダじゃお腹いっぱいにはならないよね? ご飯…もあるみたいだけどさすがに寂しいか」
「そうだな」
「ちょっと遅いけど買いに行こっか」
 炊飯器を開けては見たものの、成人男性が腹を満たせるほどのおかずもないため、21時までやっているスーパーに行くことにした。
 頭部の変装のみしていた赤井は眼鏡と変声機をつけてハイネックに着替え、コナンはその間に現在赤井が使用している部屋から赤井の財布を持ってきて、自分の財布とともにリュックにしまった。さらに赤井がライフルをケースにしまい、二人で戸締まり確認をする。10分もあれば車に乗り込むことができた。
「よろしく、昴さん」
「はい」

 エンジンをかけてからスーパーまではすぐ。20時半近くだが30分もあれば男の買い物など終わるだろうと、二人とも特別急ぐこともなく店内を一周した。購入したのは肉、魚と卵、コナンの薦めでインスタント味噌汁、あとはバーボンウィスキーとついでにティッシュ箱。時計は20時50分を指していた。
 ちなみに会計は全て赤井が払い、赤井の財布は彼のパンツのポケットに納まった。
 再び車で短い距離を移動して工藤邸につけば、相談するでもなく赤井は料理を、コナンは食卓の準備を始めた。けれど、食卓の準備はすぐに終わってしまうもので、結局二人で台所に立ち、一方は料理をして、もう一方は使用したものを洗っていった。
「赤井さんも味噌汁飲もう」
「ああ」
 メインである肉がテーブルに乗る頃に、コナンが二人分のインスタントパックを汁椀に開ける。やかんで湯を沸かして入れれば簡単に味噌汁の完成だ。味噌の匂いがふんわりとダイニングに広がった。
「はー……ああお腹すいた」
「食べよう。ああ、ボウヤ。ありがとう」
「んー。それじゃ、いただきまーす」
 茶碗に盛られた白米に礼を言いながら、赤井も席につく。日本式に手を合わせて、箸をそつなく使いこなしながら腹を満たしていった。
 途中、コナンが最近あったことをいくつか話した。元太が給食で出たハンバーグを求めて他クラスまで行っただとか、灰原が徹夜で実験をしたために学校で食欲がなく歩美に心配されていた、この前の事故のあった場所でまた事故が起きそうだったので阻止した、安室さんが左足を怪我したようだった、など。日常から非日常の出来事まで、二人は共有することができるのだった。
「赤井さんの方で何か変わったことはあった?」
「ああ。だがそれは後にしよう」
「はぁい」
 子供故に食べるのが遅いコナンがやや急いで白米をかきこむのを、先に食べ終えた赤井は飽きもせず眺めていた。

 二人で食器をシンクに置いて、コナンが風呂に入ることになり、赤井は食器を洗う。コナンが早く眠くなるように、二人でいるときはいつも同じ入浴順だ。待っている間に赤井は食器を洗い、テーブルを拭いて、着替えと化粧落としを用意して、テレビを眺めつつバーボンウィスキーを舐める、を出来るところまでやる。片手で数えきれない程には行ったことのあるルーティンだ。
「赤井さーん。上がったよー」
「おかえりボウヤ」
「うん」
「髪は拭けるか?」
「大丈夫だって」
 先端に雫がなっている頭をタオル越しに撫でて、入れ替わりで赤井が入浴する。今日は、バーボンを用意するところまでは出来た。自身を慰めるように甘いウィスキーばかり取っているので、口が寂しい。煙草もこの邸では満足に吸えない。早く上がらねば。

 風呂を出てリビングに戻ってきた頃、壁にかけられた時計が示すは22時半。テレビを見ていたコナンが欠伸をひとつした。
「すまないボウヤ、待たせたな」
「大丈夫。……赤井さんも髪、水垂れてるよ」
「今拭くさ」
 外出前に自室にしまっていたタブレット端末をコナンに渡して、ロックグラスにアイスボールを入れる。コナンのためにオレンジジュースも用意して、彼が座っているテレビが見える側の三人掛けソファに並んで座った。
 コナンはと言うと、渡された端末のロックを外して開かれていた記事に目を通している。パスワードは教えていないが、変更もしていない。赤井はその様を見ると、自分の年の半分程でしかない彼に自分をどれだけ暴かせているのだと、どうしようもないような気持ちになる。顔にも出ないが。
「この事件って、まだ全然犯人の情報出てきてないよね? 他のところでも見たよ」
「そうだ。しかしこれは確定だ」
「……取引先のひとつってこと?」
「ああ、俺がまだ組織にいた頃にな。おそらく今も」
「へえ……じゃあ、安室さんに聞いたら早いね」
 オレンジジュースが入ったグラスをコナンの前に置き、ロックグラスにはウィスキーを入れて、一口舐めてから髪を拭く。コナンは赤井の行動に礼を言ってグラスを傾けた。
「安室君の怪我はこれが原因だろうな」
「あんまり無茶しないで欲しいよね。無茶したならしたで休めば良いのに」
「難しいだろう。彼はワーカーホリックだからな」
「うん……」
 安室の、降谷の信念を知っているからこそ、必要以上の心配はしない。覚悟の上での結果を憐れんではならないと、コナンも赤井も知っていた。
 コナンはタブレット端末を赤井へと返して、背もたれに体を預けた。幼い体は体力が"足りない"と前に漏らしていた。
「まぁ、ラムのことがわかるまではこういう小さいところから攻めて行くしかないね」
「そうだな」
「……昴さんも、全て終わるまでの辛抱だからね。ちゃんと演じてよ」
「勿論さ」
 赤井は受け取ったタブレット端末を少し操作してから、スリープにしてテーブルに置く。
 まだ湿って萎びているコナンの髪を撫で、「もう寝なさい」と存外優しい声で言う。右手にはグラスを持ち、自分は寝るつもりはないと示していたが。滲み出るものが兄らしさか父らしさか、兄弟を持たぬコナンにはわからないが、ずいぶんと子供らしい扱いを受けていることだけはわかる。
「髪乾かさなきゃ」
「俺がやろう。少し待っていてくれ」

 ドライヤーを洗面所から持ってきて多少コンセントにあくせくした後に、背を向けるコナンの頭に熱風を当てる。実は、こうして髪を乾かしてやることもそう回数が多かった訳ではない。弟はよく出来ていて、妹の世話はほとんどしていない。それでも嫌ではなく、むしろ信頼が心地好かった。
 熱風の後には冷風を当てて、カチリという音と共に作業を終えた。
「ありがとう」
「ああ」
「赤井さんも乾かしてあげる」
「俺は……、いや。お願いしようか」
「うん」
 振り返って小さな手でドライヤーを引っ張る力にそのままドライヤーを預ける。コナンは身軽に体の向きを変えると、次に赤井の肩を押して後ろを向くように言った。
「赤井さんって、結構癖毛だよね」
「ああ。日本にいると湿度にやられる」
「ははっ」
 ドライヤーの音にかき消されぬよう声を張りながら他愛のないことばを溢す。短く癖があるために空気の通りやすい赤井の髪はあっという間に乾いた。

 終わりに、強風によって乱れた赤井の髪を撫で付ける。襟足が長めの髪に沿えば、自然とコントラストの激しい首に辿り着く。背後から、首筋に触れるコナンの行動を妨げる者はいなかった。
「触っても怒らないんだね」
「ボウヤだからな」
「何かしたらどうするの?」
「するのか?」
「するかも」
 手のひらがぎりぎり回るか、回らないかの首に手を這わせ、戯れに力を込める。赤井の喉が微かに震えた。しかし、それだけだった。抵抗らしきものは何もしない。
「……仮に何かしたとしても、今の首輪はボウヤにつけられたものだからな。大人しくしているさ」
 赤井がBowwowと吠えて見せるのを、コナンは眉をしかめて聞いていた。さらに赤井はその光景を見ているかのように返事をしてくる。それも楽しそうに、だ。
「ボクがつける前から、アメリカのわんちゃんでしょ」
「ボウヤのcollarが一番太くて丈夫だ」
「……それ、本気で言ってる?」
「嘘だと思うのか? 酷いマスターだな」
 コナンが赤井の頭を抱え込むようにして、頂点に顎を乗せる。猫にするように顎下を撫でてやれば、小さく声を漏らして柔らかな髪がコナンの首元にまとわりついた。
「赤井さん」
「なんだ?」
「外ではあまりそういうこと言わないでね」
 特に、安室さんの前では絶対に。そう念を押すと、むしろ安室君の前で言ってやりたいよ、などと言うので、小さな手で制裁を加えておいた。



2018/09/20

ここの中では珍しくCPありのものです。
そんなに小説書きそうじゃないので、こっちに上げました。



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