大神は昇降口のガラス越しに見える地面に打ち付ける数多の雫達をキッと睨んだ。 秋の空はきまぐれで先程までの清々しい快晴が嘘のように、鼠色の雲が延々と広がっていた。
「やれやれ…雨、か…。」
傘を持たない大神は困ったように呟きぐるりと辺りを見渡した。 するとどこを見ても自分と同じ境遇に陥り途方に暮れた顔の生徒が立っている。 生徒数が極めて少ない日の出高校でこの様子という事は、ここがもし以前大神が通っていた本土の学校だったとしたら昇降口は通勤ラッシュの満員電車くらいの人口密度になっていたのではないだろうか。 それ程皆の意表をついた雨なのだ。 きっと島の働き者の主婦達は躍起になって洗濯物を取り込んでいる事だろう。
「パパに迎えに来てもらうか…。」
大神は皺一つない学生服のポケットから携帯電話を取り出すと父と連絡を取ろうと試みる。 しかし、待てど暮らせど呼び出し音は鳴り止まない。 繋がったかと思えば留守電。 こんな時に限って…。大神は大げさにため息を吐くと何の役割も果たせなかった携帯をまたポケットへと戻す。
「はぁ…どうしようか…」
頼みの綱は、はかなくも呆気なく切れてしまい本当に途方に暮れていると辺りに一際明るい声が響いた。
「やっほーっ!大神くーんっ!」
その元気有り余る声の持ち主は、大神の不景気な背中を元気づけるかのように叩いた。 誰かなんてたやすく検討がつく。 彼の一つ上の先輩で部のマネージャーでもあるあの人。 人懐っこい性格で校内でも有名なそれは今日も太陽の様な光を放つ金色の髪を揺らしそれに埋もれない輝かしい笑顔を振り撒いて大神の前に現れる。
「雛芥子センパイ…。」 「んもう桜子でイイってば〜博之くーん。」
からかう様に名前で呼んで肘でツンツンと大神の腕を突く。 正直桜子のノリにはついていけない部分はあるものの、不意に名前を呼ばれた事と何気ないボディータッチに内心どぎまぎし、心理的な反射で足元に目をやるとふと彼女の手に握られている大神とは縁遠いビニール質の物に目が向いた。
「先輩…傘持って来てたのかい?あんなに晴れていたのに。」 「ふふふ…傘立てにあったの適当にパクって来た。」 「最低だな。非道徳的過ぎる。」 「やだなぁ冗談だよ。置き傘してたの。」
悪戯っ子の様に笑う桜子に大神は眉間のシワを一層深くする。 いつも桜子と話していると彼女独特のペースに流され、してやられた気分にされてしまう。 それよりなにより彼女の笑顔が何もかもを正当化しているような気がしてそれがまた悔しいのだ。 だから桜子の前ではついつい意地を張ったり憎まれ口を叩いてしまう自分の大人気なさにまた嫌気がさす。
「大神くんはお迎え?」 「いや…パパと連絡がつかなくてね…。」 「へーそうなんだ。」
そこでぷつりと途切れる言葉。流れる沈黙。 彼女は気にしていなさそうだが何とも言えない気まずさが大神を襲う。
「…それじゃあ、先輩、また…。」
紡ぐ言葉が見つからない大神は、妙な空気に居心地が悪くなり名残惜しくも去ろうとした時ふと学生服の袖がきゅっと引っ張られ振り返った。
「ねっ!大神くんがよければだけど…入って行かない?」
−−−……
「屈辱だ。こんな安物の傘に…何よりアンタに借りを作る事になるとは。」 「傷付くなぁ。それにこんな安物でもちゃんと役立つでしょ。」
悪態をつきながらも傘と二人分の鞄を持ち桜子の横を歩く大神。 きっと彼の人生でビニール笠にお世話になる事は後にも先にも二度とないであろう。
「ね、大神くん。肩濡れるからもうちょっと傘こっちに寄せて。」 「…僕が濡れる。」 「…君ねぇ…。」
入れてもらっているという立場にあるにも関わらず普段の横柄さを崩すどころか、一段とふてぶてしい後輩に流石の桜子も呆れ顔になり傘を奪い取ろうと柄を握った。
「もう私が傘持つから貸して!」 「やだね。僕を濡らす気だろう?」 「うぐ…いーから貸せ貸せー!」 「うるさいなぁ、」 「きゃっ!」
不意に肩を引き寄せられた桜子は勢い余って大神のほど好く鍛えられた胸板に顔をぶつけた。 温かくて男らしいその身体に包まれ思わず頬を赤く染めるも慌てて顔を離す。 しかし大神の手は自分の肩に添えられたままで身体は密着している。 ふと大神の顔を覗き込むと、彼の頬も紅潮していて…お互い変に意識してしまい妙な空気が傘の下を漂う。
「濡れなければいいんだろう?」 「う…うん。って、歩きにくいよ。」 「わがまま言うなら置いてく。」 「え!ご、ごめん…ってそれ私の傘だから!」
イイ雰囲気になったのも束の間、一度言葉を交わせばくだらないやりとりを交わすいつもの二人が一つ傘の下を並んで歩いていた。 二人の心が通じ合うのはもう少し先のお話…。
(あ…。) (何?) (大神くんの鼓動…聞こえる。) (……。)
end...
4表って携帯あったっけ?まぁ…大神くんなら何かしら連絡手段持ってるよね。
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