親孝行の為に家族旅行をプレゼント、なんて話はよく聞いていた。わたしも家庭を持った身であり、親のありがたみを感じている今こそその恩をどんな形であれ、お返ししたいとしみじみ感じている。自分が一家の家庭を築き上げ、仮にもし自分の子どもが居たとすればもっともっと大変な事が沢山あるだろう。と思っている。今はわたし達には子どもが居ない為にそれほど苦労はしていないものの、やはり独り身よりも誰かと共に暮らしている以上、誰かと支えあう生活の中で苦労は少なからず感じているものだ。そんな苦労の中に自分という子どもが生まれて、この十数年間もの育ててくれた両親にそう言えば親孝行らしいものをしていないとわたしはふと思った。

だったら、何かしらの両親の記念日にでもプレゼントを贈ってもいいかなとある日リンクに相談をしようとした所にわたしの携帯に一本の電話が鳴った。もう少しで両親の結婚記念日があるんだよ、と言いかけた手前に鳴り出す電話を取ればわたしは、考えていた事とは逆な展開へと発展を遂げてしまったのだった。と言うのも、両親が偶然にも福引で老舗旅館の温泉一泊旅行を当てたらしい。へぇ、それは運がいいねよかったね、それじゃあ行ってらっしゃい!と素敵な旅行にしてくれとエールを送ったのだったが、両親はわたし達にそれをプレゼントをしてくれたのだった。両親は互いにその日は用事があるようで、代わりに私達夫婦で旅行に行きなさいとその旅行チケットを押し付けてきた。ありがたい話ではあるが、そんな言い草をするのにもわたしなりの理由があった。両親曰く「日頃頑張ってくれているリンク君の為にもゆっくりさせろ」と言い放ったのだ。相変わらず両親はリンクにとても甘い。そしてわたしに対しては何の労いの言葉は皆無だった。まるでわたしが日頃リンクを労わっていないような発言に、ちょっと心外なんですが・・・と心の中で反論しつつも押し付けられたチケットを受け取って今日、温泉旅館へとわたし達は赴いた。



「静かでいい所だね」

その旅館は山が近く、遠くには海も見える閑静な場所に静かに構えていた。隠れ家のようなその場所は穴場のようにも見える旅館だったが、日本特有の庭園があったりと由緒ある佇まいに一流の旅館の雰囲気がたっぷりと込められている。わたしは旅館の雰囲気に圧倒されっぱなしであったが、リンクは車から鞄を取り出しながら旅館よりも風景に魅入っていた。お客さんもあまり居ないようで駐車場はあまり車が止まっていない。これはのんびりとくつろげそうだなぁとわたしは完全にこの高級そうな雰囲気と貸切のような気分に浮き足が立ちっ放しだった。

「ご両親、都合が合わなくて残念だったね」
「ねぇ・・・こんな素敵な場所だと思わなかった」

あまりにも立派な旅館に、わたしもリンクも両親も連れてきたかったねと口を合わせてそう呟く。両親には悪いけれど、今日はとことん癒されてゆったりとした時間を満喫しようとも、自分の欲求を最優先させてしまうような考えを巡らせてしまう程に素敵な場所。そんなわたしは今完全に顔がにやけている。まるで自分のお金で贅沢に泊まりに来ました!と言わんばかりのこの自信満々な顔。旅館の人には福引で当たりました、と運のお零れを戴いたのはしっかりバレているんだったと思い直してわたしは緩んだ顔のままに旅館の入り口へと逃げ込む。

「ようこそいらっしゃいました、お荷物お預かり致します」
「・・・す、すいません」

中に入るなり和服美人の大行列に見舞われてしまう。先頭にいらっしゃる女将さんは他の美人集団の中でも年が少し入っていたが、あまりの美しさにわたしはぼーっとしながらも手にしていた荷物をおずおずと差し出した。女将さんはにこりと素敵な笑顔をわたしに見せた後に、一泊旅行用の小さな鞄を上品に手に持つ。ナイロンで出来た安っぽい鞄が一気に一流ブランド物に一瞬見えてしまったのが不思議である。しかすすぐにその柄が水玉、と言う少し子どもっぽいデザインの為にそんな幻覚はかき消されてしまったが。女将さんはわたしにスリッパを差し出してくれている間に、そう言えばリンクは何処へ消えたんだろうと思ってみてみれば外からきゃいきゃい女の子の黄色い声が聞こえてきた。何事かと女将さんにちょっとすいません、と一声かけて外へ飛び出してみるとリンクの周りにはわたしよりも若い女の子集団に囲まれていた。何をしているお前は。

「ちょっと何してんの」
「いや・・・写真を撮ってって頼まれただけだったんだけど・・・」

たじたじしているリンクの近くに群がる女の子集団は全員立派なデジカメを片手に持ちつつ、何故か皆して風景ではなくリンクを激写していた。リンク曰く皆でこの絶景をバックに写真を撮って欲しいんです!と頼まれただけとの話ではあるが、女の子のメインはそうじゃなくて景色よりもリンクがメインだったらしい。おい、勝手に人を撮るなんぞ盗撮と同じなんだぞとわたしは不機嫌になりながら、パシャパシャと写真を撮り続けられているリンクの手を取ってぐいぐいと旅館の中へと押し込んだ。後ろから「女連れかよ」とさっきまでの黄色い声とは真逆のドスの聞いた声で呟いたのは聞かなかった振りをしておく。

「お、お荷物お預かり致します!」
「わたしが預かります!」
「それじゃあわたしは履物を・・・!」

しかし今度は若い女将さんの餌食になったのは言うまでも無い。







案内されたお部屋はこの旅館の離れになっていた。二階建てになっている旅館の端で窓からはさっき見えていた庭園を見下ろせる。部屋の広さも申し分無く、整った家具や置物は一流と思われるような一品の数々。何たってベッドがとても大きい。わたしの部屋のベッドよりもはるかに大きい。思わずわたしはそのベッドにダイブしてはゴロゴロとのた打ち回ってしまった。

「凄いとしか言いようが無い!」

しかも客室露天風呂もあるときた。これ以上の贅沢を経験した事の無いわたしは一気に上流階級の役職についた気分になってしまう。一端の主婦なんかじゃなく、わたしはまるでお姫様みたいだと考えてふと自分の服装を見ると、完全な普段着に全然上品じゃないや、と萎えてしまったが。おおいにはしゃいでいるわたしを他所にリンクは窓辺に立ったまま未だ絶景を楽しんでいるようだった。静かにこの雰囲気を楽しむなんて・・・何とも大人な対応に自分のはしゃぎっぷりが少し恥ずかしく感じてしまって「さて、ちょっとトイレにでも行ってきますか・・・」と別にトイレの気が無いのに意味も無く洗面所へと歩いていく。

「本当に綺麗な所だな」

ぽつりと述べる感想は本当にそう思っているのだろうかと思われるような小さなものだった。わたしのように気持ちが高ぶっているような素振りを見せないリンクに対して、わたしはへぇ・・・?とこれまた可笑しな言葉を返してしまった。

「本当にそう思ってる?」

そう問いかければええ・・・?とまた微妙な反応。温度差がわたしと違う気が否めない。

「何でそう思うの?」
「だって全然はしゃいでないじゃない」

だってわたしみたいにはしゃいでいるようには全然見えないんだもの、とはっきりとわたしは告げてしまった。これが未だ恋人同士だったとすればわたしは言葉を選んでいたかもしれないけれど、自分の思った事を正直に言えるのも夫婦の強みかもしれない。と考えてそう言えば、そんな事は無いよときっぱりと反論された。いやそれだけじゃない。

「正直楽しんでるよ、素敵な場所だし非日常的で開放感だってあるし。きっと食事だって美味しいものだろうし・・・温泉だって露天風呂だって。それに浴衣までご丁寧に用意されているしなまえの浴衣姿が楽しみでたまらないけど」

いけしゃあしゃあとアホな事を抜かしているリンクは発言からしっかりと開放的になっているようだった。そんな言葉を聞いては、やれ浴衣になった時とか露天風呂に入った時とかどうなるのやら・・・と後々の事を考えるとふーふふふと何と捉えらていいのやらと思われるような反応を返しておいた。そんな作戦や思惑通りにはさせまいと、意味のわからない対抗心がわたしの中に芽生えてくる。

「生憎わたしはそんな下心のある開放感はありませんが」
「そんな事言って本当は楽しみにしてるんでしょ」
「いいえ?ぜん・・・全然!」

出たよいつもの発言が。確かに楽しみにしていない、とは。言い切れないけれど。思いっきり恋人期間に戻ったようで新鮮さにドキドキしちゃってるけどとは悟られないようにと、毅然とした態度を見せてみるが容易く見破られてしまったようだった。ほら見ろまた意地悪企みを考えているような、悪戯な顔をしてわたしを見ている。こんな会話をしているわたし達はベッドと窓辺という少し距離があるのにも関わらずに、わたしの心理を見透かしたリンクの視線はひたすらに今夜が楽しみだな、と言わんばかりの熱視線たっぷりだった。

だがわたしの対抗心が、後に変な方向へと転がっていくとは浮かれていたわたしには何の予測も出来ない事態に落ちていく。





まずわたし達は温泉を満喫しようと二人で一緒に温泉まで歩いていった。温泉は勿論男女別々だった為に互いのペースで体を温めて日頃の疲れを癒し尽くした。わたしはいつも家事ばかりで特に手を酷使していた為に、温泉に浸かりながら腕をしっかりとマッサージをした。リンクは仕事の疲れはわたしと違って全身を酷使している為にじっくりと温泉に体を沈めていたらしい。わたしよりもずっと長い時間温泉に入り浸っていたようだったリンクはとても満足そうだった。そしてその流れで温泉を満喫して軽くなった体で、温泉お馴染みの卓球があったので少し運動をしてみる事にした。後々の為に体力を残しておいてくれよと言われたが知らん顔をしてしまったのが気に入らなかったようで、わたしはストレート負けをしてしまう。・・・本当に手加減を知らない男だと感じた。わたしはあまり卓球をした事が無いんだから仕方が無いじゃないと負け惜しみを言ってみれば、じゃあもう一度勝負してみる?と再試合を申し込まれたが丁重にお断りをしておいた。これ以上負けても惨めになるだけだとわたしにしては珍しく賢明な考えをしたと思う。ただのわたしのプライドの自己防衛なんだけど。ああそうかこれからの事を考えれば体力を温存しておかなきゃねとお馬鹿な発言をされたのは流せ流せ。

それから少し旅館の外を散歩してみたり、楽しみだと言っていたわたしの浴衣姿を写真におさめていたりとわたしもリンクも温泉を大いに楽しんでいた時にちょうど食事の時間になっていた。部屋に戻って運ばれてくる料理は懐石料理で、これまた立派な食材を使用した彩りも美しい数々の料理に舌鼓。こんなに上品な、見て楽しい食べて感動な料理はなかなかお目にかかれないと今度はわたしが料理を激写し続けた。今後の料理の参考になればいいと思ったが、わたしの腕前じゃこんな立派なものは作れないだろうと即諦めた。これもまた旅の思い出の一つだと思い直す。

ご飯も食べた温泉も満喫した。一通りこの旅館で楽しめるような事は全てやったつもりだった。お土産屋にも訪れてリンクはちゃんと職場の人達にお土産も買っていたし、わたしと揃いの可愛い箸も買った。これは早速家に帰ってから一緒に使おうねと子どものように指きりまでして約束をした。完全に温泉マジックにかかって余計な出費もしたけれど、楽しみすぎていつもの日常が恋しくなってひたすらテレビを見てそれからの時間を過ごす。

場所は違えど、こうやって肩を並べて同じ動作をしているのがとても落ち着く。いつもの日常から切り離された展開ばっかりでまったりしている今の時間がとても心地よい。若干いつもよりも格上の雰囲気に未だそわそわしてしまうけれど、隣を見ればいつものリンクの横顔が見えてほっとする。その横顔を見ると、今日は仕事をしていないのに思わずお疲れ様、と言葉が漏れ出してしまいそうになってしまうのだ。

「ん?」
「いや、何でも・・・」

じっとわたしが見ていた視線を感じたようでテレビからふとわたしに視線を移す。温泉に入った為互いが揃いの浴衣を身につけていて少しはだけた首下に、くっきりとした鎖骨。ぶわ、色気ありすぎじゃないですかとわたしは慌てて視線をテレビに戻した。テレビは感動もののドラマが繰り広げられていて、とてもじゃないがそんな甘い雰囲気には合わないこの空気。わたしは何をいけない考えをしているんだととにかくテレビに集中し直す。だが物語なんて、全然頭に入ってこなくて思い出すのは美しいとさえ思った旦那の首筋。

「もしかしてもう眠い?」

ぼーっとテレビを見ていたわたしの行動は睡魔に負けないようにと奮闘しているように思われていたようだった。違うそうじゃなくて、もっと変な方向に思考を曲げないように奮闘していたんだよ、とは言えず誤魔化しも兼ねてああそうだね、ちょっと眠たいかな。と言ってみれば。

「じゃあ先に寝てもいいよ」

と言われてしまってわたしは先にベッドの中に潜り込んだ。あれ、展開が思った方向に向けられなかったけれど、何で拍子抜けしなきゃいけないの誰だ夜が楽しみだとか言っていた奴は。ちょっと期待したじゃないかとわたしの後ろで今もなおテレビに夢中になっているリンクに、テレビはいいからさっさとこっちに来いよと無言の念を送る。念が通じたのかテレビを消して、部屋の明かりも落としてわたしの隣に潜り込むリンクとの距離はいつもよりもずっと広いベッド。その為同じベッドのはずなのに離れているように感じる。

「・・・もう寝ちゃった?」

こんなもやもやしてすぐに寝れるかと、言ってしまえば事は変わったかもしれない。よくわからなくなってしまったこの空気をどうにかしようと行動をしたくても、何故かわたしは言葉が出せなかった。何で、こんなに距離を感じるんだろう。いつもと違って同じベッドで寝ているはずなのにずっと遠くに感じるこの距離が、とてつもなく寂しいと思うのはどうしてだ。暫くしてからあまりにも寂しいと思ったわたしは、寝返ってリンクのいる方向へと体を向けたけれど、暗闇に浮かんで見えるのは普段からあまり見ないはずの、リンクの後姿。





・・・あれ、あれれ。


どうしてこうなった。

<<prev  next>>
[back]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -