カゴをカートに乗せて、とあるデパートの中をぐるぐると回っているわたし。あれこれ食材を手にしては目利きのスキルレベルがさほど高くはないけれど、これは新鮮そうだろうと思っては野菜やお魚などをせっせとカゴの中へと入れていく。今日は日頃の食事支度で消費してしまった食材を補充しようとこのデパートに赴いたのだった。食材は勿論の事、リンクが明日から出張へと行く為にネクタイを新調しようという魂胆も含まれている。ネクタイなど、身につける本人のセンスにも好みにも左右されるとわかっているのにわたしは無謀にも、わたしのセンスでそれをチョイスしようとしている。こんな前日に土壇場になってからそれを買おうとしているわたしは何事も瀬戸際にならないと行動を起こそうとはしない所謂面倒臭がりなのだ。それがわたしの専売特許である。

本来だったらリンクが休みの日にでも一緒に買い物ついでに選んでもらえばよかっただけの話であるが、ついこの前のお休みは朝の井戸端会議を放棄した穴埋めの為に、近所の奥様方のお茶会に参加してしまった為に行けなかった。ごめん本当はデパートに行ってネクタイを買おうと早く切り上げてしまえばよかったんだけれど・・・と、奥様方の長話の所為で抜けられなかったと他人に罪をなすりつけてしまいそうになったところで、リンクは大丈夫だよと頭を優しく撫でてくれた。それになまえが選んでくれるのなら何だって嬉しいよと、甘やかす一言だって贈ってくれた。わたしは愛されている、自慢ごめんなさいでも言わせて下さい、わたしは凄く愛されている。センス云々よりもわたしがチョイスしただけでもうそれでいいんですって、馬鹿殺し文句も大概にしなさいよとその日はその話題から逃げてしまったけれど、きっとその時のわたしの顔は酷くだらけていたと思われる。

わたし調子に乗っているんです、正直。調子乗ってんじゃねーぞって言われても「はいわたしは調子に乗っています!」って馬鹿正直に言える。気持ち悪くてごめんなさい、でも反省はしていない。リンクはわたしを持ち上げるのが上手で、それで今日のお買い物に全力を注いでやろうと意気込むわたし。食材を選んでさっさとレジに持ち込んで、買い込んだものをマイバックにつめこんではそのままカートに袋を乗せて紳士服売り場へと歩んでいく。こうなったらリンクが喜んでもらえるようなものを!とネクタイ選びに集中する。気持ちが空回りしないようにと、とりあえずディスプレイされている人気のものを見る事にした。

「無難なデザインがいいかな・・・それとも色重視で行こうかな」

高いものを買うぐらいなら二人で何処かに行くほうがいいと言うリンク(ここでも惚気ます)はこれと言ったブランドに指定は無い。かと言って安すぎるものもどうだろうと思うわたしは、ハイブランドまでいかずして値段もそれ相応ものもで、似合いそうなものをと物色していく。リンク馬鹿なわたしにとっては、見るもの全てが似合う似合うと一人で買い物をしているというのに、気味が悪いぐらいににやけていれば店員さんに白い目で見られている。と思ったのだけれど、店員さんはそんなの気にせずしてわたしの元へと歩み寄ってきた。

「旦那さんに贈り物ですか?」
「はい・・・あら、貴方も新婚さん?」

物腰柔らかそうな態度をさせているその店員さんは、わたしよりもずっとしっかりしていそうなタイプではあるものの、わたしよりも若い男性だった。これなんかおすすめですよとネクタイを持つ左手にはまだ新しい指輪がはめられていて、きっとこの人もわたしと同じように新婚さんなのだろうと思って思わず口に出してしまうと、男性は「そうなんですよ」と照れくさそうに笑っていた。そうなんですか、わたしもそうなんですよ、それで出張に行くからと新しいネクタイを探しにやってきましてとわたしが話をすると、男性はまた話を振ってくる。

「そうなんですか!ああそうだ、旦那さんは綺麗なブロンドをさせているからこういう色が合うかと!」

そう言ってそそくさとバックヤードへと消えてしまい、手元には店員さんが言うようにリンクの明るい色をさせた髪に似合いそうな色をした・・・と、店員さんが持って来たネクタイに注目をしていたが注目点はそこじゃないと思い直した。何故、この店員さんはリンクを知っているのだろうと、どうしてわたしの旦那がリンクだとわかっていたのかを。わたしはこの店員さんと面識が無くて、今が初めて会話をしたものだ。もしかすると以前に面識はあったのかもしれない、ただ話をした事が無くて初めて会った気になっているだけかもしれないが、店員さんはリンクを知っている。となればわたしも傍に居た時に、この店員さんに会った事が・・・あったのか?残念ながら全然覚えちゃいない。そもそも第一印象から好印象を与えるような、こんないい店員さんだったら以前に出会っていれば、忘れないと思うんだけどなぁ。・・・と、悶々考えて黙っていると店員さんはははは、と微笑する。

「旦那さん、よくここに訪れるんですよ」
「え、そうなんですか!」
「恥ずかしい話ですが以前お弁当を忘れてしまいまして。それで休憩時間に買い物をしていた時に旦那さんと貴女の姿を一度、見かけた事がありましたから」

店員さんは知らない間にたった一度わたしを見ただけで覚えていてくれたらしい。何たる記憶力だろう、こんな平凡を絵に描いたような人間を一度見ただけで覚えているなんて、わたしには真似が出来ない芸当だと思う。まぁ店員さんの話を聞いている限り、いつもこの売り場にやってくるお得意さん(らしい)であるリンクの隣に居るのはきっと嫁なんだろうって、そういう紐付けで覚えているだけかもしれない。目立つもんなぁあの髪色は、あれが地毛なのだから、正反対の色をしたわたしもある意味目立っているのかも。じゃなきゃわたしがリンクみたいにこの売り場に訪れたって、きっとこの店員さんは覚えてくれないんじゃないかなぁって・・・わたしは一体何にがっかりしているんだか。









「そんな訳で今日リンクを知っている人に会ったのよ」

テレビで明日の天気予報を眺めているリンクに対して、わたしはリンクの出張の為に着替え等を詰め込みながら今日あった事を話す。シャツが皺にならないようにいつもより丁寧に畳んで数日分の洋服を詰め込んだ後に、体調が悪くなった時の為にと腹痛薬や酔い止めなどもカバンの中に押し込む。さて、後は洗面道具を取りにいこうと立ち上がると、からんと何がが倒れる音が聞こえてきた。さっきまでテレビを見ながら「明日は雨か」とがっかりしていたはずのリンクが、座っていたソファーに何故か正座をして座ってこちらを見ていた。ちょっとだけ晩酌がしたいとねだられて、飲んでいた小さめの缶ビールがテーブルに転がっている。少しだけ残っていたその黄金色の液体はテーブルに小さな水滴が飛び散っていた。さっきの音はこの缶が倒れた音らしい。

「そ、その人って紳士服売り場に居た人?」
「だからそうだって言ったでしょ?」

お得意さんであるリンクがその店員さんを知らないはずが無いでしょうし、それにわたしが話をしたのはネクタイを選んでいて、そこでリンクを知っている人に会いましたって話をしたじゃない・・・なのに何で再確認する必要があるんだろうと、ああそうだ今日買ったネクタイも入れておかなきゃ意味が無いなと、洗面所へ行く前に自室に戻ろうとした。ちょうどリンクが座るソファーのすぐ傍にわたしの自室がある為に、焦った顔をしているリンクの傍をすり抜けていこうとしたのだがわたしの進路はすっぱりと断たれてしまう。

「な、何」
「そ、その人なまえに変な事言ってなかった?」

突如わたしの目の前に現れたリンクにびっくりしつつも、何をそんなに焦るんだろうと疑問を投げかける。疑問はまだあった、いつも思うけれどその身のこなしの良さは一体どうやって培われたものなのかと。ぴしっと正座をしていたリンクはひらりとソファーを飛び越えて、ジャニーズもびっくりな一回転を見せたのだ。そんなの目の前で見せられちゃこっちが驚くだろうとリンクは思わないのか、自分の中の焦りに必死だった。わたしとしては今の振動の音に、近隣の人からクレームが来やしないか不安だったけれど、それよりも狼狽しているリンクが気になった。

「変な事って何?」

別に店員さんとは世間話というよりもリンクの事しか話をしていない為、リンクの言うような変な事を言われた心当たりは無し。そもそもリンクの思っているその変な事というのは何を表しているのか、わからない。リンクがそう言うという事は、わたしが店員さんに今日初めて会う前にリンクは店員さんと何かを話していたという事になる。しかもそれがわたしが関係しているというような口ぶりに人が居ない間に何、陰口でも言っていましたか?とわたしは自然とリンクを睨みつけてしまったらしい。リンクはわたしの顔を見て縮こまってしまって、わたしとしては只の世間話をしていただけというごく普通の会話だけをしたとはっきり言える立場な為に、リンクのその反応に本当に陰口でも言っていたんじゃなかろうか、とリンクを疑う。

「ねぇ一体何を言っていたのか正直に言ってみなさいよ」
「や、あのなまえ・・・怒ってる?」
「いーえ?怒ってなんか無い、そう見えるって事は何かやましい事を隠しているって考えていい?」

とは言ったものの、わたしはちょっと怒っているけれど。別に怒ってないし、ただ何を言ったのか聞いているだけですよ?と全然穏やかじゃない声で言ってのけてみれば、何故かリンクはわたしに抱きついてきた。誤魔化そうったってそうはいくもんですか、といつもだったら嬉しいと思えるその行為は今日ばっかりはイライラしているわたしに対して、火に油を注ぐ行動そのものだ。隙が出来ている脇腹をぎゅうううと強くつねって、離せ馬鹿と言葉でも攻撃を試みてみたけれど痛い痛いと悲鳴を漏らしながらも必死でわたしの体を手繰り寄せている。何がしたいんだ。

「この前、買い物に行ったんだけど・・・」

さっさと手放せと言うわたしにちゃんと言葉を伝えようと、リンクはわたしの耳にぴったりと唇をつけて話をし始める。ダイレクトに響く声は聞き取りづらいけれど真っ直ぐとわたしに伝わる、しかしわたしは耳が弱いと知っていてわざとやっているのかとまた脇腹をつねってやりたかったが体はびくりと反応をしてしまってその行動は制御される。拗ねてみて、イライラしているってのにわたしはたった耳に触れるだけのその熱に対して、欲求を求めてしまうってキモいわわたし。こんな場面でもそういう方向に思考が奪われるなんて発情期すぎるでしょ、いつもよりも過敏に反応をしてしまうのはきっと、明日から出張で暫く一人になってしまうから寂しいのかと思って、リンクの脇腹に添えていた手を背中へと滑り込ませる。「・・・それで?」と、続きを求める言葉を投げかけてやれば、リンクは機嫌が戻ったわたしに安心したように笑って話を続ける。機嫌は戻っていないけれどさっきよりは、幾分かマシになったのは事実だ。

「あの人のね、初恋の人に似ているって前に言われて」
「え、誰が?リンクが?」
「・・・なまえがだよ、話の流れでわかってくれよ。何でそこで俺になるの」

わたしのすっとぼけたボケに(半分は本気だったけど)違う俺じゃなくてなまえがだよと、苦笑いを見せる。

「だからさ、仲良くなっちゃって一緒にデートとかしようとか言われなかったかなーって思った・・・だけ!」
「わたしが浮気すると思ってる?」
「思ってない、けど男は無理矢理にでもこぎつける可能性だってあるかもしれないじゃないか」

いつもお世話になっている店員さんに何て言いがかりを・・・とわたしは思ったが、なるほどリンクは自分が見ていない時にわたしがあの店員さんといい仲になっちゃうかもって不安だったんだなぁ、それは妬いたんだなぁと思うと危うく夫婦喧嘩に発展しそうになった数分前が馬鹿らしく思えて、わたしははははと大きく笑い出す。そっか店員さんは目立つリンクの傍に居たわたしじゃなくて、店員さんの初恋の人に偶然似ていたわたしを覚えていただけなのか、そういう覚え方もあるもんなんだなぁと思ってくすくす笑っているとリンクはわたしが店員さんの事を考えて笑っているのが気に入らなかったようで、さっきのお返しと言わんばかりに頬を軽くつねる。

「痛い痛い」
「笑うなよ」
「そうよね、リンクみたいに家に連れ込んで告白してわたしを追い回していたように強引な駆け引きだってするかもしれなかったものね?」

出会った時の話を、さっきの無理矢理云々にこぎつけて話を振ってみるとリンクは顔を赤くしてしゅんとしてしまった。別に意地悪じゃなかったんだけど、そう捉えられるような言葉だったなと思い直してわたしはリンクの綺麗な髪色をさせた頭を撫でた。

「意地悪じゃないよ、あの時があったから今があるんだもの。わたしにとってはあの時以上に素敵な強引さは無かった」
「〜〜・・・なまえ」

まるで大きな子どものように、ぎゅうぎゅう抱きついて頬をすり寄せる。わたしよりも綺麗なんじゃないかって思えるぐらいにすべすべの頬は、弾力がありそれもまた子どもみたいだって思わされてしまう。さすがあの時に他の男が近づくのが嫌だと言った言葉通りの嫉妬に、あの時とは違う嬉しさがこみ上げてくるのはもう、わたしが他の男に対して全然興味が持てないってぐらい感じてほしいものだ。

「ねぇ、なまえ」

明日から暫く離れてしまうから、今日はちょっと激しく抱いてもいい?と今の今まであどけない笑顔をさせていたくせに、急に大人の男の顔に変化を見せてわたしを寝室へと連行する。強引さは今もなお健在なんだと呆れてしまうような、無理矢理な口実に笑っちゃいそうになったけれど。わたしも今日は沢山愛されたい気分なのだ、ええしっかりと数日分寂しい気持ちにさせないようにしてちょうだいねと、首に思いっきり抱きついて体を摺り寄せた。


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