挽きたてのコーヒーを二つのカップに入れてテーブルに持っていくと、新聞を眺めながらありがとうと優しくわたしに笑いかけてくれて、ダイニングテーブルに置いてある砂糖に手を伸ばすリンク。対するわたしはどういたしましてと答えて椅子に座って、熱々のコーヒーカップに口をつける。テレビに視線を向けてちびちびとコーヒーをすすっていると、砂糖を入れ終えたリンクは今度はコーヒーフレッシュに手を伸ばしていた。ブラックで飲んでいるわたしと違ってリンクはコーヒーをカフェオレにしている。

結婚をしてからというものの、自分の嗜好も変われば新たな相手の嗜好を知るものだ。わたしは元々今リンクが飲んでいるようにカフェオレが好みだったのだが、いかんせん日頃の家事なんかをしていると眠気との戦いが待っている為に最近はもっぱらブラック派になってしまったわたし。わたし以上にリンクは多忙な為に仕事を家に持ち込んでいる為寝不足が危惧されたけれど、リンクは睡眠時間を削ってもけろりとしているタイプだった。これが超人と言われる理由なのかと、結婚をしてから知ったわたしはてっきりリンクはブラック派だと思っていたがそうじゃなかったらしい。リンクはこれでもかという程に砂糖とミルクを使ってコーヒーを飲むというのも、一緒になってから知ったのだ。何でも頭を使うと疲れるからと、コーヒーにて糖分を補給しているとの事だ。見ているこっちが甘さを想像してうげろ・・・と顔を顰めてしまうけれど、そんなのそっちのけでリンクは美味しそうにゴクゴクと飲み干す。

「毎度思うけど甘くないの?」
「それが美味しいんだって。なまえがチョコが好きなのと大差無いだろ?」

ほら、朝の一粒だよとこれまたテーブルに置いてあった小さなチョコの包み紙を解いてリンクの指先に挟められているそれを、さぁさぁ食べなさいと言うようにわたしの口元に持って来る。それじゃあ遠慮なく、と口に含んだチョコはすぐに解けて無くなった。朝のエネルギーを補給して、わたしは椅子から立ち上がり朝食の準備をする。リンクは手にしていた新聞をテーブルに置いて、空になってしまったカップにおかわりのコーヒーを注いではテレビに流れるニュースを眺めている。


とまぁ、これがわたし達の毎朝の風景だ。朝起きてはおはようと言ってコーヒーを飲むのは日課になっていて、チョコを食べるのも変わらない。今日リンクに食べさせてもらったのは珍しいものだった。適正なような、新婚らしくないようなこの距離感はあまりベタベタしすぎるのが苦手なわたしにはありがたいものだ。とは言っても夫婦なのだから、キス云々をしないものなのかと言えばそうじゃないけれどここはあえて触れないでほしい。

その距離感とは、夫婦であるけれどそれぞれが成り立っているというべきか。互いに必要としているけれど、それぞれで自分を持っていると言うのかな。実際、わたし達は部屋を別々で持っていてそれぞれ別のベッドで就寝している。友達に言えば「それって夫婦として大丈夫なのか」と心配されるけれど、ご安心をと太鼓判を何度押した事だろう。リンクはそりゃ勿論なまえと一緒に寝たい時もあるけれど、一人でぐっすりと眠りたい時だってあるだろうしと言っていた。わたしの事を考えての意見だと思ったけれど、それはリンク本人にも当てはまる事だった。仕事を持ち込むとなると、わたしが先に眠るのだって数多い。それに一人部屋のほうが仕事だってはかどるだろうし、趣味とかに没頭したい時だってあるだろうと思ってリンクのその申し出にわたしも快諾したのだ。ちなみにわたしの趣味は色々なジャンルの小説を書くのが好きで、それは旦那であれあまり人には触れられたくない趣味であって。リンクもリンクで色々と趣味があるようで、互いに別の部屋で没頭するのがとてもストレス解消になると言っていた。それにはわたしも思わず頷いてしまった。

「・・・ねぇなまえ」
「ん?」
「今日は、なまえと一緒に寝ていい?」

朝食の焼き魚の身を綺麗にほぐしているリンクが、ちらりとこちらを覗き込んでは今晩、よろしいですかとお願いをしてきた。一緒に寝ていい?となるとこれは・・・そういう事だろう。こう改まって、その時間になってもいないこんな朝早くから夜のお願いをされてぼっと顔が熱くなってしまい、まるで中学生のような反応をしてしまったけれどリンクはわたしの反応を見て嬉しそうに笑っていた。わたしとしては朝食を食べながらする会話じゃないだろうよ・・・と思ったけれど、頭の中では今日は体をピカピカに磨き上げようと決心をしている自分も、随分と心の中は舞い上がっていると思われる。わたしがうん、と無言のまま静かに頷くと「今夜が楽しみだなぁー」と言われているような気分になるぐらいに、リンクは上機嫌になっていた。魚の身を掴む箸が踊っている。

もくもくとご飯を食べて、リンクは食器をちゃんと片付けてから洗面所へと消えていく。食べるのが遅いわたしは今もまだテレビを見ながらご飯を貪っていた。しかしさっきの会話から、今日はわたしの部屋で寝るのかな、それともリンクの部屋に招待してくれるのかなと、まるで他人の家に遊びに行くような、自分の家に招待するような気分になりちょっとだけ、ワクワクしてしまった。

わたし達は付き合って他人同士、いや恋人同士を楽しむ時間が少ない状態で結婚をしてしまっている。故にあまり相手の家に遊びに行く行動をしていなかった。今となってはわたしが元々リンクが住んでいたマンションに越してきたのだけれど、別々の部屋を持っているとそこが自分の家のような気持ちになってしまい、相手が自分の部屋に訪れると「ようこそ!」って気持ちになる。それがまた初々しい、恋人同士の気分になってわたしは凄く楽しいのだ。いつまでも初心を忘れないと言うものなのか、あの頃みたいな気持ちになるのが年を取ってから感じるのが喜び・・・みたいな、とは言っても懐かしむまで長い時間が経っている訳では無いのだけれど。

となると今日は家事をこなした後に部屋のお片づけをしなきゃなぁと、あれこれ今日のスケジュールを頭の中で組み込んでいく。ちなみに言っておくけれど、これじゃあわたしがリンクの部屋にあまり入っていない即ち、わたしはリンクの部屋を掃除していないと捉えられてしまいそうになるけれど、ちゃんと掃除はしている。プライベートには触れないように配慮だってしている。家計を担ってくれているのだから、家の事はわたしがきちんとしなければいけない責任感がこんなわたしにでも、備わっているのだ。主婦になる前ずぼらだった自分が成長したのも、全部リンクがいつもわたしの為にも頑張って働いてくれているからだ。

「それじゃあ行って来ます」

スーツに着替えたリンクがパタパタと小走りで玄関に向かっていくのを、わたしは食事途中だったのを放置して後を着いて行く。靴を履いてくるっとわたしへと体を向けたリンクに、わたしは手にしていた手提げ袋を渡す。俗に言う愛妻弁当・・・と言うと手の込んだお弁当みたいに聞こえるが、実際中身は簡単なものである。今日は会議があるからご飯を食べる時間があまり無いかもしれないと前日に漏らしていた為、ささっと食べられるようにサンドイッチにしておいたそれは、いつものお弁当よりもずっと軽いものだった。ちょっと手抜きすぎたかもしれない・・・と手提げ袋を持ってから気付いたわたしだったが、受け取ったリンクは全然そんなの気にしていなかった。

「遅くならないようにするね」
「今日も頑張ってね」

さぁここで新婚だったらいってらっしゃいハートのチューとかするんだろうとお思いでしょうが、わたし達はそれがありません。頑張ってねと声をかけてすぐに、手を振ってリンクは家を出て行く。ぱたんと静かに閉まる扉を確認してから、わたしはリビングへ一人寂しく戻っていくのも日常だ。寂しい?いいえ寂しくなんてありません。朝に甘い時間が無くったって、彼は夜に真価を発揮するのだから今から甘い時間を過ごしていたらわたしの身も心も持ちません。かと言って毎日夜な夜なベタベタしている訳じゃないので、わたしやリンクが「あーしたいなぁ」と思えば、はい新婚夫婦の朝の風景を再現致しましょうとキスをする時もある。今日は夜のお約束があるので、お互いその時間に目一杯甘える方向で考えているのだ。こんな瞬間でも、お互い同じ事を考えているんだって思えるのががもう、あーもう幸せだなって思える。

だが幸せに浸っていると時間なんてあっという間に過ぎてしまう。ホワホワした感情に浸っている暇は無かったんだと、途中にしていた朝食を口にかきこんで、ああそうだ今日は燃えるゴミの日だったと思い出して、わたしはいそいそとゴミ捨て場へと走った。しかしそれが運のツキであった。






「あらなまえさんおはよう!」
「(う、時間早まったか・・・)お、おはようございますー」

片手にゴミ袋を持ってゴミ捨て場へと急いで行くと、ちょうどそこには主婦の井戸端会議が始まっていた。朝早くからご苦労様です、とか労いの言葉をかける以上にわたしはこの場に出くわした事に後悔している。決してわたしがご近所付き合いが苦手とか、話をしていないという訳じゃないんだけれどこれはあれだ、この場で会議がなされているという事は・・・嫌な予感がしてしまい、わたしはぺこりとお辞儀をしてさっさとゴミを出して家に戻ろうとしたのだが、主婦の皆様は一致団結でわたしの腕を拘束にかかった。この連携プレーがずば抜けているのは、きっとわたしにあの話題を振る為である。

「さっき旦那さんに会ったわよー、おはようだって!もういっつも思っていたけれどあの笑顔素敵よねー!」
「わたしあれだけで濡れたわ」
「(白昼堂々何言い出すんだおい)」

このマンションにはリンクの隠れファンが多かった(隠れていないけれど)リンクと同じマンション住まいがわたしよりも長い彼女達は、以前からリンクを傍観するという一時の癒しを求めて過ごしていたらしく、その嫁として住み着いたわたしはこれは嫌がらせとかされちゃうパターンなのかと恐れていたものの、このマンションの人々は本当に人が良い様で手厚く歓迎されたものだ。そんな訳でそれはリンクがわたしの旦那になろうが、現在もその活動は怠っていないらしくきゃいきゃいと好き勝手な感想をわたしにぶつけるのだった。途中爆弾発言が飛んできたけど、何人の旦那に欲情してんだとツッコミを入れたかったけど。リンクが誰かに褒められていたりするとわたしも何だか嬉しくなるので、こうしていると自分が褒められているような気分になり、思わずにやけてしまう。

「じゃあ、家の事をしなければいけないのでここで」
「なまえさん、今日はお楽しみ?」
「ま、まぁ・・・」

やっぱり彼女達の夜の営み妄想モードにわたしは苦笑いをしつつ、だが馬鹿正直に肯定をしてしまったばっかりにああんもうどうやって愛されているのよぉぉ!と黄色い声を受けつつも、わたしは家に戻る事にした。反応をしてしまえば彼女達の思うツボ、惚気てやりたい気持ちも無いとは言いがたかったけれど、わたしは今日一日中きちんと家の事をすると決めたのだ。とことん掃除をして、とことん自分を磨くので(最後のは家の事じゃなくて来る深夜の為の行動であるが)申し訳ないが、井戸端会議に参加している時間が勿体無い。とまぁ今日はさっさと切り上げてしまったが、今度はちゃんとお喋りに付き合わなくては付き合いが悪いだの噂されるのも辛いものだと、人付き合いというのは本当に面倒だと思ってしまった。根はとてもいい人達の為、疎遠を望んでいないから今度はちゃんとお喋りに参加します、の意味合いを込めて遠くからであるがぺこりとお辞儀をする。

「赤ちゃん出来たら教えてね!」

しかしわたしの誠意など何も伝わらなかったらしい。気が早いよまだ結婚して全然時間経ってないよと思いながらも、わたしは精一杯笑い顔を作って振りまいた。












「そんな訳ではりきって掃除していたら自分を磨く暇などありませんでした」
「どんな訳?」
「ちょっと掃除に夢中になってそれ以外の事が出来なかったの・・・見てよこの埃っぽいわたし、髪とかぐっちゃぐちゃでしょ」

何がそんな訳なんだと自分が一番思っているけれど、帰宅してきたリンクは何の事やらと笑ったまま首をかしげている。わたしが掃除をしていると整理整頓に夢中になりすぎてしまい、こうムダ毛の処理とか肌のお手入れをする時間を失ってしまったのだった。別にリンクはそんなの気にするタイプでは無いのだが、わたしとしては女の手前たしなみというのを重んじたかった訳である。だって大好きな人と抱き合う云々だったら、ピカピカの自分で抱き合いたいじゃない。ムダ毛でジョリジョリしている肌を擦り合わせたくない。だがどうだ、今のわたしの肌は・・・ムダ毛は勿論掃除をした為に若干埃っぽいオプションまでついてしまっている。これは早急にお風呂に入りたい、せかせかとお風呂場に急ごうとしたのだけれど、リンクの手によってそれを阻まれてしまった。

「うわ、だからわたし今汚いって!」
「そっか、なまえはそんなに抱かれちゃうのが楽しみだったんだー」
「どうしてそう捉えちゃうんだ!」

にやにやしながら、間の伸びた声を出しては後ろからぎゅっと抱きしめられてしまった。だから、わたしは埃っぽくて変な匂いがするんだから引っ付くなと力いっぱい違うから!と力説してみるけれど、全部が逆効果だったらしい。恥ずかしがって、肌のお手入れを気にするぐらいにワクワクしていた癖に・・・そう耳元で言われちゃ、確かに楽しみにしていた部分もあった為に今度は違うなど言えず仕舞いになってしまう。

「・・・うう、」
「今日も家の事頑張ってくれてありがとう」

沢山の家事をこなしてくれて、ありがとうと感謝を述べられつつもその手元はあらぬ方向へと伸びてしまっているけれど、どういたしましてと小さく漏らしながらわたしの肩口に顔を埋めるリンクの頬に口付ける。あれこれ夜を待たずしてお楽しみタイムに突入ですかと、そんな野暮な事は言わないよ。

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