本日我が家はとても賑やかだ。この前のように別の生き物の声がプラスされたどころの騒ぎじゃないぐらいに、人々の声が部屋に溢れ返っている。

子どもよりもずっと低い大人の声。それはわたしにとって馴染みのある声である。

馴染みあるその人からメールがやってきたのが今日の出来事の始まり。今日を終えれば世間的に三連休。そんな中わたし宛にゼルダさんからメールがやってきたのだった。今日これから時間ある?久しぶりになまえと会いたいとまるで彼氏のような素敵メールに、わたしはものの十秒でもちろんと即レスを返したのだが。ゼルダさんにメールを返信してからわんさかやってくるは別の人からのメールだった。元上司ガノンドロフさんから我も行くぞと短めなメールが来て、えええ部長も来るのどうしよう断れないし緊張するじゃないかと慌てていれば、今度はいつも気配りしてくれていた秘書課のファイちゃんからも。今現在一人で暮らしているわたしの健康管理が出来ているのかチェックしますと業務的なメール。会社員現役時代わたしがお世話になったインパさんからもメールが来て、いい酒が手に入ったからなまえも付き合え、と締めのメール。

「これは・・・大人数が来ると覚悟するべきだろうな」

となるときっとこのメールをくれた三人だけでは済まないだろうとわたしは悟った。毎度インパさんが美味しい何かを手に入れたと言えば、ほいほいついていく輩が沢山いるのをわたしは知っているからだ。そしてその一人の中にわたしも含まれていた過去。まぁ今日はちょうど一人で鍋でも作ってつつこうと思っていたので大きな鍋を用意して皆に振舞おうと野菜や肉やらありったけの具材を煮込みまくったのだった。

だがそんな鍋の材料はあっという間に底をついてしまい、残っていたスナック菓子やらでお酒のつまみにしていただいている。わたしの大好きなチョコレートも幾つか犠牲になってしまった。

「なまえグラスをよこせ」
「はいぃ!ええわたしのですかあああ部長自らお酌してもらえるなんて悪いです!」
「固い事言うな、まぁ飲め」

向かいに座っているガノンドロフさんにグラスを出せとせがまれて、言われれば従わなければとわたしがグラスを差し出すと一気に酒を注がれた。てっきりわたしは新しいグラスが欲しいのかと思ったのだが、わたしに飲んでもらう為だったらしい。まさか部長にお酒を注いでもらう日が訪れるとは思わなかったわたしは、生きていれば不思議な体験もするのだとこの場を持って実感した。まぁガノンドロフさんはお酒に上機嫌になっているってのもあるだろう。だが恐れ多い。しかし差し出されてしまったそれをないがしろにするのはもっと悪いだろうと、わたしは意を決してそれに口をつける。とりあえず一口だけ、一緒に飲む誠意だけ伝わればいいだろうと思ったわたしの考えは正解だったようで、注がれた酒を飲むわたしにそれでいいと言い残し、ガノンドロフさんは男性陣の輪の中へと消えていく。

「なまえ、次あけましょう」
「なまえさん、普段飲んでいないのならアルコール分解精度が低下していると思われますのでほどほどに」
「おい、全然飲んでいないじゃないかなまえ!」

元上司に与えられた緊張の糸を引きちぎるかの如くわたしの元へやってくるのは今回メールをくれた女性達。順番から申し上げればゼルダさん、ファイちゃん、インパさんの順当である。あまり沢山のお酒を飲む機会が無くなったわたしと違って、飲み会に繰り出す数が桁違いな彼女達は余裕綽々な様子。見た目と違って彼女達はまぁ酒に強い。そして飲み会から離れ続けていたわたしは弱くなってしまったので、同じペースで飲んでしまうと一気に潰れてしまいそうで怖かったのだ。

だから一口で逃げようと思ったのに、今日はおもてなしに回ろうと考えていたのにこの人達は・・・

「わたしはいいですから、皆さんで楽しんでもらえれば」
「何!?わたしの酒が飲めないのかっ」
「ひぃぃインパさんそうじゃない!」

逃げるのを見透かしたインパさんがわたしを逃すまいと肩に手を回して拘束を開始してグラスを口に押し付ける。顔に出ていないが相当酒が回っているらしい。

普段のインパさんと違う姿に、こんなの違う!とは思わずああ、楽しんでらっしゃるようでよかったとわたしは思った。いつも人一倍仕事ばかり考えていて(また先輩であるゼルダさんを慕う事も人一倍努力をしているのをわたしは知っている)切り詰めている姿をわたしは何度も見ていた為、大いに羽目を外せて本当によかったと感じた。今回の宴会は成功だったと思われる。少しはインパさんのストレスの発散になってくれればいい。

と考えていればわたしの隣に座るファイちゃんがこれならアルコールが低くておすすめですと少し注がれたフルーツ系のカクテルを差し出す。アルコールが少しでも入っているのであれば飲みすぎるな、という注意もクソもないのだが、可愛い可愛いファイちゃんに差し出されたのであればわたしはよろこんでいただこう。

「本当だ美味しい」
「喜んでいただいて何よりです」
「最近どう?仕事で悩んでいたりしていない?」
「何かあればなまえさんに報告をしています」
「それもそうか、じゃあ変わらないみたいでよかった」

わたしもわたしとて、皆が変わらないままでよかったなと思った。あの頃と変わらないままの皆が、昔のようにお話を楽しんでいるのを見ると勤めていた数ヶ月前を思い出してしまう。あまり成長をしなかったわたしを、見放さず傍に置いてくれていたのはガノンドロフさんだった。成長を焦るな、ミスをしなければいいと怖い顔をしているのに優しく励ましてもらった時だって。それでも悩み続けてしまった時にはすかさずインパさんが飲みに誘ってくれて、吐き出してしまえと励ましながらもお互い酔いつぶれたのもいい思い出。仕事を通じて知り合って仲良くなったファイちゃんも、いつもわたしの変化にいち早く気付いてくれて助けてもらったりした。会社を退職したわたしに、変わらない優しさに気分がよくなり手にしている酒をぐいぐい飲み干したくなってきてしまう。

・・・けど、何だかあまり飲みたい気分にもなれない。結局ファイちゃんからもらったカクテルも一口を流しただけで、テーブルにおざなりにしてしまった。







疲れが溜まっているのかな、最近眠気が酷い。今ももうとにかく眠くて、すぐにでも寝オチしてしまいそうだ。皆が帰宅をしてから、わたしはそのままソファーに寝転がってしまう。いいや、皆じゃなくてゼルダさん以外である。ゼルダさんは自分から皆を誘った手前だからと、この惨劇の後片付けを買って出てくれたのだ。わたしがやりますと言っても、ゼルダさんはダメの一点張りで汚れた食器を手際よく洗ってくれている。そんな中わたしは寝転がっているのもどうなのかと思うのだが、本気で体調がよろしくない。

「あまり体調よくなかったのに誘ってごめんなさい」
「いえ、さっきまでは大丈夫だったんです。気にしないで下さい」
「でも、久しぶりになまえと会えてよかったわ」

それから眠りについてしまいそうになるわたしに、ゼルダさんは片付けをしながら話をしてくれた。会社の話、趣味の話、また恋の話と普段だったら食いつくであろうゼルダさんの話を、わたしは夢うつつで聞く。

折角話をしてくれているのに、こんなんで悪いなと思って体を上げたのだが寝ていてと肩を捕まれソファーへと押し戻されてしまう始末である。何故こんなに眠たいのだ。

「それじゃ、わたしはそろそろ」
「・・・え、ゼルダさん帰っちゃうんですか」
「あら、それはまだ一緒に居たいって言っているのかしら」

冗談交じりの声に、わたしはうんうんと頷けばゼルダさんは少し驚いた顔をさせてわたしの傍に戻ってくる。久しぶりに会えたのに、まともに話も出来なくて帰ってしまうのが勿体無く感じたのもある。

だけどわたしは、今は一人になりたくないと考えてしまった。久しぶりに人の温かさを感じて、また一人この家に居るのを考えて寂しくなったのである。ここ最近は気持ちが安定してきたと思っていたのに、気持ちなんて一瞬で変わってしまう。

今日はずっと誰かが傍に居てもらいたい、それがゼルダさんだったらリンクも許してくれる。そう、思ったのだ。

「じゃあ、今日は泊まってもいいの?」
「是非・・・あ、着替えはわたしのでも大丈夫ですか?」
「助かるわ」

ちょっと帰るのが惜しいなって、わたしも思っていたからと柔らかく、嬉しそうに笑うゼルダさんにわたしの頬も緩む。だるさを感じていた体を今度こそ持ち上げて、ゼルダさんに着替えを持ってこようと部屋に急ぐわたし。ちら、とゼルダさんを見るとわたしが寝ていたソファーの皺を整えながら、目が合ったわたしに微笑みかけている。

ゼルダさんの雰囲気は、リンクとちょっと似ている部分がある。一緒に居ると安心するような空気を纏っていて、とても幸せな気持ちになれる。だから、わたしは傍に居てほしいと思ったってのも、僅かながら自分の欲求を満たす為の口実だったかもしれない。

「今日のね、集まりは誰が企画したと思う?」
「ゼルダさんじゃないんですか?」

まさかガノンドロフさんが企画したんじゃあるまいと、わたしもまた冗談を言ってのけようとしたのだが見とれる笑顔に冗談を飲み込む。

「いいえ、リンクなの」

違う、と首を振るゼルダさんの綺麗な唇から、飛び出す名前は今日ここに居ないはずの愛しい人。

「・・・そう、ですか」

今日の出来事に全く関われていない人の名前に、わたしはどうしてだと疑問を覚えるよりも先にやっぱりわたしはかなわないな、と思った。

「ふふ、驚いた?」
「いえ、やっぱりなぁって思いました」

不安に気付いてあげようと電話をしていたのに、わたしよりも先にリンクがわたしの不安に気付いていたのだろう。

会社の人に協力してもらって、わたしを元気付けてほしいってお願いをしたのかもしれない・・・と考えると、柔らかく微笑むゼルダさんをリンクと錯覚して思わず抱きついてしまった。


「全部お見通しって感じかな、ああもう大好きだ!」
「わたしに言っていいの?なまえ」
「抑えられなかったんです〜〜!!ああ〜〜好き!」

眠気など、消えてなくなったっての!

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