リンクがイギリスへと旅立ってからあっという間に一ヶ月が経った。一人残ったこの広い家の中に居る寂しさを感じていたのは、一週間ほどだったように思う。意外すぎる感覚に自分自身びっくりしている。だって、離婚かもしれないと考えていたわたしがあれだけ荒れたのに関わらず、案外あっさりできるとは思っていなかったのだから。それは離婚のように一気に他人に、下手すりゃ一生関わろうともしたくない相手になってしまいそうな関係性は今も夫婦として健在している安心感もあれば、旅立つ前に言ってくれた通りリンクがしっかりとわたしに電話をしてくれているのもあって、距離はあれど近くにいるように感じるのだ。

だから今のわたしの精神状態は良好である。寂しい、とは思わない。ってのは嘘もあるけれど。やっぱり声を聞いては会いたい気持ちもあるし、顔を見たいと思う。しかし今の技術はテレビ電話という便利なものもあって、声だけじゃ埋まらない寂しさをしっかりカバーしてくれている。万歳今の時代の技術。

活躍を期待され異国へと派遣されてしまったリンクがプレッシャーに弱っていないのかを確認すべく、毎回電話をする時は耳をかっぽじってリンクの声を聞き、カメラ越しに映された顔色を凝視するわたし。そして何故か毎回電話をする時はリンクは会社のパソコンを利用している。わたしはもちろん自室で。どうして家じゃなく会社から電話をするのか。それはとても簡単な理由。この日本とイギリスの時差の関係である。わたしが家事を終わらせて後は寝るだけの時間になる夜と、リンクのお昼の休憩と重なる時間に電話をするのだ。時差は九時間あるようで、例えばリンクのお昼の時間はわたしにとっては夜の九時頃になっている。別にリンクが家に帰宅をしてから電話をしてもいいのだが(何度かしたけれど)そうなればわたしは朝早くに起床をして電話をしなければいけない。別にわたしは今は仕事をしていない身だし、リンクに合わせて朝でも大丈夫なのだがリンクがわたしに対して配慮してくれたらしい。

そんでもって現地の会社の人達は本当にいい人で、日本に残した奥さんを寂しくさせないように電話しなさいと言ってくれているらしい。ちょっと軽すぎやしないかイギリスの人達。仮にも職場ですよ概念が違いすぎる。だがとてもありがたい話だった。まだ転勤してさほど時間が経っていないのにそんな心意気を見せてくれるとは、イギリスの人達の人柄なのかリンクが頑張っている賜物なのか。どちらもだとわたしは思うのだが。だからいつも電話をする時は決まって会社の人がちらほらとわたしのパソコンの画面にリンクもろとも映し出される。言葉はわからなくても絶対奴等は茶化しているとリンクの反応から伺えるのもしばしばと。まぁ、それは置いておいて。

「そろそろインしておきますか」

時刻はいつも通話をする時間になって、わたしは自室にあるパソコンの電源を入れてはいつでも電話に出れるようにスタンバイ。そろそろあちらはお昼休憩だろうと、ちらりと時計を見てはマイクの音量を調節する。傍には通話のお供の飲み物をちびちびと流し込みながら待っていると、リンクからアクションがやってきた。

「お、来た来た。はいはい今出ますよ」

カチカチと通話を開始しようとマウスを動かして、映し出されたのはやっぱりいつものオフィスの中やぁなまえ!なんて決まった挨拶をする我が旦那に、にやけ顔で画面を見ている会社の人間達。はぁ今日も今日とて二人だけの会話にならないのだな、とわたしは苦笑いをしながらも今日もお疲れ様、と言葉をかけた。ちなみに日本語のわからない会社の人達にはわたしとリンクの会話が何を言っているのか理解出来ていないようで、好き勝手想像をされているだろうが知ったこっちゃ無いと、わたしは一度も背後の人間の存在を気にした事はない。気にしてちゃ、知りたいものも知れないじゃないか。わたしが声を聴いて寂しくなろうとも電話をすると言うリンクの言葉を了承した意味は、一人異国へと飛んでいってしまったリンクの不安や悩みにいち早く気付く為なのだから。

「今日は何をしていたの?」
「いつもと変わらないよ。あ、でもお隣の家に行ってお喋りをしていたらご飯が遅くなっちゃったかな」
「そっかぁ。・・・ちなみに今日は?」
「今日は大きいキャベツをお土産に貰ったからたっぷり使ったお好み焼きを」
「うわぁぁぁずるい!」

意外と食いしん坊なリンクはやはり毎回わたしが何を食べたのかを質問してくるから、わたしは今回もまた得意げな顔をさせて答えるとずるい羨ましい食べたいとお決まりの反応が返ってきて大笑いをした。イギリスに行った当日も同じようなやり取りをして、変わらないやり取りにリンクの調子もいいのだろうと、こんな会話から感じられるのも勝手かもしれないがそう解釈する。日本に居た時と変わらなく元気そうな姿に、ああ、よかったといつもと同じ話をする度わたしは安堵をする。いつもの調子に安心をすればリンクはわたしにむくれた顔を見せてきた。あ、これはまたお決まりのパターンだなとわたしは机に置いてあったメモとペンを用意する。

「それ日本に帰ったら作って」
「はいはい・・・って。わたしにどれだけ料理させる気なの」
「そんなにリクエストしてる?」
「してるって。今回のお好み焼きを含めざっと30品目はあるんですけど」

ほれ見てみろと、ぎっしりと料理の名前が書かれているメモを見せ付けてやった。これだけ君がリクエストしたのだぞと、わたしは一体何を優先させればいいのだと講義をすれば本気で悩む声が返ってくる。うーん、じゃあまずは焼き魚でいいかな。あ、でも肉じゃがも捨てがたいと言っているのを横目にそれじゃあ納豆ご飯でいいって事で、と提案をすれば。え、それ本気で言ってるの!?と焦り始める目の前のお方。何このやり取り凄い楽しい。けらけらわたしが笑っていると、いつもは通話中のわたし達を見ていただけの会社の人の一人が突然リンクの隣へと移動してきた。まだ若いだろうその男の人は、わたしに向けてひらひらと手を振っている。何だ何だと思いながらも、わたしはパソコンのカメラに向かってお辞儀をしてみせる。

「その人は?」
「今年別の部署から異動してきた人でね、ああ。今年結婚した新婚さんなんだよ」
「ふぅん・・・誰かさんと似た人なの」
「そう、似ているんだ」

自分に似ているんだよと、わたしに言うリンクに隣の男の人はわたしの顔をじっと見て何と話をかけてきた。(多分)世界共通語である英語を流暢に操って、笑顔でわたしの反応を見ているのだが残念な話、わたしは全く英語が弱い。何一つ男の人の話す内容がわからない。困り果てたわたしは、とにかく笑って誤魔化した。

すると反応に困ったわたしを見かねてリンクが男性に何やら話をし始める。そして聞こえてきたのは男の人の「sorry」という単語だけ。全く会話が成立する見込みが無く困り果てていたわたしをに助け舟を出そうと、リンクが英語を話せないと説明をしてくれたのだろう。わたしがありがとう助かった、と思いつつも馬鹿こんなパソコン越しでいい男風吹かせるんじゃないよと思いながらも、あーやっぱり会いたいなーって思わせるようなカッコいいとこ見せないでほしいんだけどとか、言いたい事は沢山あった。

わたしが英語を話せないのを見ながらも、男の人はまだ英語でリンクと話をしている。楽しそうに話しているのを見て、わたしは完全に蚊帳の外状態ではないか。と思うよりも、仲のいい人が出来てよかったと思った。会社にも馴染んでいるようだし、不安はなさそうだと二人を見つめていた。すると何故かリンクは顔を赤くしていって、男の人はけらけら笑いながらまたわたしに手を振って外野の元へと戻っていく。そして何やら内輪で内緒話を始めて、程なくすると指笛を吹いている人まで出現した。

・・・ははぁこれは完璧茶化されているんだろうな。

「(あ、もう時間か)」

ふと時計を見るといつも電話が終わる時刻になっている。リンクのお昼休みも終わりであり、わたしも寝なければいけない時間。さっきの会話が気になるが、話を聞いている時間も僅かな為今回は詰問するのをやめようと思った。今度の電話で、覚えていた時に聞いてみたらいいだろうと考え、電話を終わらせようとわたしはマウスを握る。

「そろそろ時間だよね。ごめんね今日もありがとう。お疲れ様、残りの時間も・・・」

だがいつもと違うリンクを見て、わたしの手は固まった。いつもだったら電話を切る時にはこちらこそありがとう。なんて言ってくれて、それじゃあまた明日ねと明日の約束をして電話を終わらせてくれるのに。ぐいぐいとパソコンの画面に近づいてきては、後ろの外野を写さないようにしてきた。あれ、どうしたんだろうと思わずわたしもパソコンの画面に近づいてしまう。

「さっき、なまえの事可愛いって言われたんだ」
「えっ、あの人がそんな事を?うわぁお世辞でも嬉しいけどあの人の奥さんに怒られそう」
「喜ぶなよ。ちゃんと俺のだって釘刺しておいたから、安心してね」
「・・・馬鹿」

ぺろっと第三者が聞けば砂を吐いてしまいそうになる甘い言葉を、真顔で言ってのける姿を見てわたしが恥ずかしくなる。

いつも、いっつもそうだ。誰かに言われたら恥ずかしくなるくせして、そういう浮ついた発言をするのは平気なのは出会った頃と変わらない。電話だけじゃそんな姿を見るのも出来なかっただろう、画面に写る姿が、全てを赤裸々に表してくれる。手で顔を覆って恥ずかしさを見せないようにと必死になっているわたしを見ては、あははと楽しそうに笑う声。


違うんだけどなぁ。

そんな甘い言葉を言われちゃ、会いたくなるって思わないのかって。会いたくなって寂しくなりそうな顔を必死で隠しているんだって、気付いていないくせにそんなに楽しそうに笑わないでよ。

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