この関係が変わるって言ったら、なまえはどう思う。

突然の言葉に言葉を詰まらせてしまったわたしは今現在暗い自室のベッドの上で、ぼんやりと座っていた。誰も居ない無音の部屋の中に、窓を開けて入り込むカーテンがそよそよと動くだけの動きの中、わたしは微塵たりとも動けないままでいた。本来であれば家事が終わって時間があった時なんて、絶好のお昼寝チャンスだったり音楽を嗜んでみたり小説を書いてみたり、とまさに自分の部屋で自分の趣味に没頭するにいい環境である。これはチャンスだ。

だがわたしは全く眠くない。全く創作をしようとも思えない。

わたしはただリンクが忘れてしまったお弁当を届けに行っただけだった。そして今になっては懐かしいとさえ思える思い出の場所に来て、他愛の無い話をしたり昔話を思い出しては幸せだと感じていたはずだったのに、幸せなんてものの一瞬で崩れてしまったあの言葉の真意は教えられていない。詳しい話は家に帰宅してからと言われて、わたしは後ろ髪を引かれるままに自宅へと戻ってきたのだった。その時にぶちまけてしまったカフェオレによってわたしの靴は被害を受けてしまった為、とりあえず帰宅してからは靴を洗うまでは気力は保っていたけれど。それさえ終わらせてしまえば思い浮かべられるリンクの言葉の真実は一体、何を意味しているのかただそれだけだった。あれはどういう意味なのだろう。考えられるのはどうも不安要素ばっかりだった。不確定であるもののあの言い方がどうも引っかかる。

「洗い物でもするか・・・」

黙ったままではマイナス思考に陥るだけだろうと、わたしは家事に専念する選択を選んで洗い場までやってきた。慌ててマンションを飛び出しておざなりになっていた食器達を綺麗にしようと洗剤を含ませたスポンジを取っては黙ったまま、流れる水道をじっと眺める。どうやっても、頭からあの言葉が離れられない。家事どころじゃなくなってしまっているわたしは大きくため息を漏らした。

わたしがすぐ思ったのは、今の関係が変わるというのはすなわち離婚という信じられない結論だった。わたし達の関係が、変わるって言われればこの夫婦関係が変化するって訳であって、変わるってのはどうしても離婚という決断しか思い浮かべられない。もしだが、本当に離婚を考えられているとすると何が原因なのか全然わからない。いや考えられないんだけどもし、仮として。わたしは何か気に障るような態度を取ってしまっていたのだろうか、わたしの行動が気に食わない部分があったのかもしれない。だけど自分ではそんな気が無い為に、もしその考えが正解だったとするとこれほどショックなものは無い。

だって、ついこの前まで仲良く旅行まで行ったってのに。それもこれも演技だったの?浮かれていた自分って一体何だったのって惨めにもなる。

何が幸せだ、何が愛されているだ。

全部、聞くまではわからないじゃないかと何度も自分に言い聞かせるものの、一度落ちてしまえば這い上がるのなんて容易じゃない事ぐらい、自分が一番よくわかっている。仕事でも経験した、学生の頃にも経験だってした。這い上がるのなんて、どれだけ自分の精神力にかかっているのぐらい。何度も自分の弱さに、打ち負かされてきたのだ。そして今回もコテンパンに打ち負かされて、どう考えてもどんどん落ちていくだけ。

(ダメ、何も考えたくない。悪い方向にも、いい方向にも思考は考えられない)

考えられないのなら、考えないで自分のしたい様にしてしまえばいい。

そうしてどうやらわたしは洗い物に手がつけられなくなるほどに酷く混乱をしてしまっていた。無心でスポンジを投げ捨てて、家の中を暴れまわって掃除途中だった部屋はどんどん荒れ果てていく。居間に散らかる本の数々、クッションに至ってはカバーまで捲れて無残な姿に成り果てて洗濯したての洋服もぐっちゃぐちゃに床に散らばっている。夕暮れになり部屋が暗くなっていく中で、映えるは美しさからかけ離れてしまった負の巣窟へとなってしまったわたしの大切な空間。これが自分だけの空間だったらいくら汚したって構わない。しかしここはわたしだけの空間じゃない。過去とは違うわたしだけの空間では無い、ここは昔からリンクが住んでいた場所で夫婦になったわたし達互いの空間だ。そんな共有している空間をこんな酷い汚し方をしてしまうなんて何て酷い事をしたんだろうって、一瞬だけ考えたが今のわたしにはそんな余裕なんて。








「ただいま・・・え、どうしたの、これ」

ぐっちゃぐちゃの暗い部屋で、電気もつけずに部屋の真ん中で佇むわたしを見ていつもよりもずっと低い声で帰宅を知らせる扉の音と声。いつもだったらおかえりなさいって帰宅したのを出迎えなきゃ、今日も頑張ってくれてありがとうと感謝の念を込めるべき場面である。だがいつもと違う様子のわたしを見て、酷く驚いたリンクはわたしを見たのちに荒れ果てた部屋の中を見回している。そしてそれはわたしにも言えるものだ、いつものリンクと違うように見えて限りなく無の思考に落ちる。おかえりの言葉も言えない、ただ何処を見ているのかもわからない虚ろな目を泳がせるのみだ。

「なまえ、何かあったのか?」

手に持っていた鞄と昼間にわたしが届けたお弁当の袋を床に放り投げてばたばたとわたしの元へと駆け寄っては肩を掴んでリンクはわたしに目線を合わせる。ぎゅうと掴んだ手が必死にわたしの視線を自分に向けさせようと力がどんどん強くなっていくが、体が少しだけ持ち上がろうがわたしの視線はリンクに向けているようで向けていない。

おかしいなぁ、人と話をする時は極力目を見て話すようにしようって心がけているはずなのに。

・・・目が、見れないんだよ。

見えているはずなのに、何も見えなくて本人が目の前に居ると認識をしてやっぱり思い浮かべられるのは昼間の言葉と、最悪な結末の事ばっかり。ちらりと鞄に目をやれば、落ちた衝撃に鞄のフタが開いてしまっていて中身が床に飛び散ってしまっている。携帯やら名刺入れやら、ファイルやら・・・中には、紙も見える。それを見たわたしは一瞬心臓が止まった。

もし、あれが只の紙じゃなくて。

・・・離婚届とかだったとすれば。

「・・・嫌」
「何が嫌なんだ?」
「それ、その紙、何・・・」

その答えが、悪い予感に結びつくしか思考が動けない。その紙が、本当にこの関係を終わらせてしまうものだとしたら。あんなちっぽけな紙切れ一つで、この関係が一瞬にして終わってしまう最後の切り札だとすれば・・・あの紙に、名前を書く行動が私達の最後の共同作業だとするなんて考えるだけで声が、震える。体は、痙攣をする。何、と問いかけたのが最後に、言葉なんて放つ余裕なんて無くなってしまって、必死で空気を取り込もうと段々息遣いが荒くなる。只ならぬ様子のわたしに落ち着くようにとリンクは必死でわたしの背中をさすってくれているが、全然落ち着けない。その紙の正体が知りたい、けど知るのが怖いとわたしは何度も同じ言葉を繰り返す。

「それ、その紙・・・」
「これ?・・・ああ、昼間に話をしていたやつなんだけど」
「わたし嫌だからね!」
「なまえ・・・」

その紙の正体が、わたし達の関係が変わってしまうと言えば、という問いかけの重要なものだってのもわかった。そして、それが恐れていたわたしの中で燻っていた不安の可能性が結びついたように感じてしまって否定の言葉を荒げてしまう。嫌だ嫌だと言い続けるわたしの言葉にリンクは困った顔をさせていた。困らせたいんじゃない、本当はしっかりと話し合いをしなければいけない事態なんだって事ぐらい、わかっているはずなのに。話し合いもしていないうちに、決め付けて騒ぎ立てないで妻として、旦那の言い分をきちんと聞かなければいけないってのに、こんな展開。冷静になんてなれないじゃない!



「なまえ、転勤する話誰から聞いたの?」

嫌だよ離婚なんて絶対に嫌・・・

え、て、転勤・・・?

「転勤・・・って、何?」

喚き暴れるわたしの両腕を掴んで、しっかりとわたしの目を見て言い放たれた言葉にわたしはあれだけ喚き散らしていた口は素直に大人しくなってしまう。わたしの予想を遥かに超えた展開に、まるで石のように固まってしまった。今なんて言った、転勤とか言った?それは誰が転勤するって、そんなのこの話の流れから一人しか対象が居ないに決まっている。リンクが、転勤をする?転勤って、生活ががらっと変わってしまうあの転勤の事?固まったままのわたしは、床に散っていた転勤通知であろう紙に視線を移す。更に予想出来ない展開に、わたしはその場に崩れ落ちてしまってから随分と時間が経ってしまったようだ。真っ暗になった部屋を、とりあえず片付けようとわたしとリンクで手分けしてリビングの後片付けを無言で行う。

わたしの中でずっと考えられるのは、転勤の言葉ばっかりだった。

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