旅行から帰宅してから早くも二週間ほどが過ぎていた。あれからわたし達の生活は元通りになり、文字通り平和な日々が続いている。これといった問題も無ければ、不幸も特に訪れた記憶は無い。日頃の忙しさから離れた旅行は、日にちが経つにつれてわたしにとってもリンクにとってもいい思い出へと変わっていく。

後日談ではあるが、あの時どうしてわたしが眠いと言ったのに対して素直にそれに従ったのかを尋ねてみた。するとリンクはわたしが日頃沢山家事をこなしてくれていて、旅行であまりの楽しさにはしゃぎすぎて(完全に子ども扱いされていると後で気付く)疲れてしまったからじゃないかと考えたらしい。だからわたしが眠たいと言ったのに対してそれなら仕方が無い、と妥協してくれたとの事だった。何の妥協だ、と今じゃ思うだろう。結局は当初予定していた行いをきちんと果たしたのだから。結局はわたしが眠れなくて(本当は悶々としていただけ)起きたのを口実に事に進もうとしたようで、まんまとわたしもその気になってしまって(元からその気であったが)あんな外で、と言うとまるで大っぴらに外でやりました!と語弊が生じる気もするが野外だろうが露天風呂だろうが外でやっている事に変わり無し。こんなわたしが言うのも何ではあるが、旅館の露天風呂でいちゃつくのはマナー違反であるので真似をしないように。勿論旅館の人には内緒にしていたが帰りに女将さんに一言告げられたのは記憶に新しい。

「ちょうど貴女方がお休みになられたお部屋は子宝に恵まれると言われるお部屋だったんですよ」

・・・とありがたいお話を頂戴した。わたし達が泊まった部屋で宿泊をした夫婦や恋人同士が、その部屋に泊まった後に妊娠しました!なんて報告がやってきたのが何度もあるらしい。なかなか子どもに恵まれなくて是非そのお部屋に!と希望される方も少なくないと教えられてしまった。まさか両親はそれを知っての上でこの旅行を譲ったのかと思考の裏を考えると、孫をせがまれている気がして否応にもプレッシャーが訪れるってもんだ。その真意は両親には訪ねられず仕舞いである。






「どこで待ち合わせればいい?」
「(ロビーに居てくれればいいよ、ごめんね急いで行くから)」

さて、旅行の後日談はこの辺にしておいて今わたしはリンクの勤めている会社のロビーにやってきた。事は一時間前にわたしがさぁ今日は家の掃除を頑張ろうと、掃除機を引っ張り出した時にテーブルの上に静かに鎮座されているお弁当の袋が目に入ってしまったのだ。いつも玄関でちゃんと渡しているお弁当をわたしはすっかり持って見送るのを忘れてしまい、よりによって今日リンクは寝坊をしてしまって慌てて会社へと出ていってしまったから、リンクもお弁当の存在を忘れた様子だった。お弁当を忘れたのを気付いてわたしは慌てて電話をして、今から届けるからと言って急いで会社へと赴いた。最初リンクは持ってきてもらうのは悪いから適当に食べるよ、と言ってくれたけれど(そしてお弁当は帰ったら食べるからと言ってくれた)今日はカレーだったんだけど・・・と言うとじゃあお願いします!と一気に思いやりの言葉は寝返った。リンクにとってカレーに勝る夕ご飯は無いらしい。

会社の中に入ってリンクと待ち合わせする為にロビーに立って、リンクが降りてくるであろうエレベーターを見つめ到着を待っていた。そしてわたしは怪しいぐらいにコソコソしている。それもそのはず、この会社はわたしが元勤めていた会社でもあり少なからず顔馴染みの人間が居るからである。入り口に居た警備員の人や受付嬢は新人なのかわたしとは面識が無かったけれど、いつ何処でわたしと一緒に働いた事のある人と出くわすか気が気じゃない。ちなみにリンクがちゃんと受付の人に説明してくれたようで、わたしの名前を出せば承っておりますと素敵な笑顔で答えてくれた美人受付嬢。そんな受付嬢は今のわたしの行動をどう思っているのだろうと考えると、堂々としておいたほうがいいのかと思い直す。

「(早く来てよもう!)」

そわそわとしながら、エレベーターの扉が開くたびにわたしは肩をびくりと動かす。今のところロビーに訪れる人はわたしが会った事の無い人達。そしてわたしの顔をじろじろと見る。何とも居心地の悪い。時間が経つのがとても長く感じるなと、なかなかリンクが来てくれない事に若干イライラしていると入り口から賑やかな女性の声がロビーに響いてきた。

「あら、なまえじゃない?久しぶり!」
「!わ、わぁ久しぶり・・・」

営業から戻ってきたわたしが以前勤めていた部署の女の子と対面を果たしてしまった。女の子はわたしを見つけるなりパタパタと走りよってきて、元気だった?今日はどうしたのとわたしに言葉を紡がせる隙も与えず喋りまくる。わたしはねー、今営業から戻ってきてこれから休憩でー、部長に奢ってもらえる事になったのえへへ。と嬉しそうに笑う。ぶ、部長と食事ってまさか二人っきりで?そんなに親密なのアンタ達どんな仲なのと思っても口には出せずに、嬉しそうに笑う彼女をとりあえずぼーっと見つめて相槌を打つ。

「あ、もしかして旦那さんに何か?」
「うん、お弁当忘れちゃって届けに」

わたしの手にある袋を見て、ピンときた彼女はリンクに何か渡しに来たのかと問いかけてきた。その通りでわたしは彼女の言葉に肯定を表す。彼女もわたしが結婚しているのは知っているし、わたしの旦那が誰なのかも勿論理解している。そして、リンクが最初にわたしと同じ部署に移動してほしいと声を出したのは彼女であった。よってその話題に触れるのはわたしとしてとても微妙な気分になるネタである。仕事仲間で何度か食事をしたりと、所詮仕事以外でも通じる友達になってしまったわたしと彼女の関係はわたしがリンクと付き合うと知った時にゃそれはそれは荒れたものだった。何でなまえとなのよー!全然なまえはリンクさんに興味なかったくせに!等つらつらと。今じゃ結婚をした為なのかわからないが、前よりも気さくに話をしてくれている(ように思う。たまにメールをしてくれたりもしてくれるし)わたしとしては順番が違ったとは言え、好きになった気持ちは彼女と何ら変わらないと思っている。それで以前喧嘩をした時だってあった・・・今では互いに話題に出せないタブーな思い出になりつつある。

「ああ、そろそろわたし行くね。部長待たせちゃうから!」

社会人にとって必需品である腕時計を見て、彼女は「やばっ」と小さな声を漏らして足早にわたしの目の前を過ぎ去っていってしまった。また今度時間がある時にでもお話しようねーと、朗らかな声を残してわたしはまたロビーに一人ぽつんと残される。受付嬢の方達もお昼休憩の為か、いつの間にやらロビーには誰も居ない。無用心な・・・吹き抜けが高いロビーの中で、黙ったままのわたしに物音一つしない空間にただ一人。我に返って思うのはリンクさっさと来なさいよ、ただそれだけだ。



「遅くなってごめんなまえ」

それから十分程経ってからやっとリンクがロビーにやってきた。よほど急いでいたようで息を切らした状態でわたしの元へと走りよって来る。遅い、そう言えばごめんごめんの謝罪オンパレードにそもそも遅れてしまった理由は何だと考えていると、何でも部下がちょっとミスをしてしまって少し作業をしていたから、と説明をされた。それなら致し方ないだろうと、きちんとした理由を聞いて納得したわたしはおざなりになっていたお弁当を思い出した。ああそうだ、わたしはお弁当を届けに来たのにこんなイライラする為に待っていたんじゃなかったと思い直して、まだ息が荒くなっているリンクにお弁当の袋を押し付ける。

「ありがとうなまえ!そうだ、これからちょっと外出ない?」
「外?」
「あの場所に行こうよ」

若干怒りをも押し付けてしまった感があったなと思っていたわたしだったがリンクは微塵も感じていないようだった。それだけじゃなくてそれじゃあ帰るかな、そう言おうと考えていたところにやってきたお誘いにわたしはいいよ!と二つ返事を返す。わたしとてその場所はとても久しぶりで、リンク誘われて行きたくなってしまったのが本心だ。その場所はわたしもまだ働いていた時の頃に、お弁当を作り忘れてしまってコンビニへと行った時に見つけた場所だった。会社の裏にある小さな公園、と言っても遊具があるような子どもの遊び場では無くて、ちょっとした散歩で生き抜きをするような些細な公園。ベンチがあって、小さな花壇があって、ただそれだけの場所だったがあまり人が立ち寄らない場所なのかいつも行っても人が休んでいる姿は見られなかった。お年寄りが時たま座っているのを見かけるぐらいだろうか。



「いつ見てもこの花壇は手入れがされているんだね」

久しぶりに訪れたその場所は相変わらず閑散としていて、以前と全く変わらなく人も居なければ寂しくベンチが置いてあるだけの空間。それでも花壇の花は最後に見た時よりも数が増えていて、色とりどりの花が植えられているのを見てわたしは思わず顔が綻んだ。誰が管理しているのかわからないが、大事にされているんだとひしひしと感じた。マンションじゃ、こんな花壇は設けられないもの。ガーデニングが趣味じゃないが、ちょっとやってみたいとも思ってしまう。

「昔はよく二人でここに来て一緒にご飯を食べたよね」
「なまえが教えてくれたこの場所、たまにゼルダさんも来るんだって」
「あの頃はよく一緒に外に出る時とかゼルダさんにかわかわれたよね」

昔話に花を咲かせつつ、リンクはわたしが持ってきたお弁当を食べる。わたしはリンクがいつの間に持ってきていたお菓子とコーヒーを手渡されたのでそれを口にする。ちなみにそのお菓子はこの前ガノンドロフさんが旅行に行った時のお土産らしい。お笑いが好みらしく(わたしも今初めて知った事実)大阪に行った時のもののようだ。しょっぱいせんべいとコーヒー(しかもリンクのチョイスの為カフェオレ)の何とも言いがたい組み合わせであるが、この小さな緑園を見ているとちょっとしたピクニック気分になれる。

「前は、ここでわたしはよく小言を言ったりしていたね」

それは今現在わたしは仕事をしていない専業主婦の立場だからそんな楽観的な考えが出来るものであり、以前のわたしだったらこの場所に訪れようものなら会社で感じた怒りや、辛さ、苦しみを吐き出すような場所にもなってしまったこの空間の苦い思い出もあった。わたしは途中から異動してきたリンクよりも全然仕事のスキルは伸びなくて、最後の最後まで以前の立場と何ら変更も無く退職してしまっていた。自分の不甲斐なさ、思う様にいかなくて上司にも怒られたりして辛くて、その中でも嬉しい事も沢山あったそんな毎日に。付き合う前は一人で過ごしていたこの場所はリンクと付き合ってからは毎日のようにこの場所に訪れていたし、社内恋愛なんてどうなんだとあーだこーだ言われて二人で思いっきり愚痴を言い合った時もある。

「プロポーズもこの場所だった」
「・・・ん」
「仕事の話をして、仕事場の人の話をしている時に突然言われてびっくりしたのをよく覚えているよ」

昼下がりのいつもと変わらぬ昼食の最中に、わたしはもう特定の仕事場の人の態度(それはさっきの彼女も対象になっているが)がもうたまらん!と憤慨していた時に、突然リンクから結婚しようって言われたんだった、と同じ位置のベンチに座りながら思い出す。まさか普段と変わらない話をしている中に、人生を一気に変えるような言葉が飛び出してくるなんて思わなかったわたしは、ベンチから転がり落ちそうになるぐらいに驚いたものだ。実際わたしは転がり落ちてはいないものの、わたしの身代わりに弁当を落としてしまった苦い記憶が甦る。その日はお詫びにって、仕事が終わった後に食事に連れて行ってもらったっけ。

「懐かしいなぁ・・・って思うぐらい昔って訳じゃないけど。懐かしいって思っちゃうな」
「うーん・・・そうだな」
「何、歯切れの悪い」

一人昔の思い出に浸って盛り上がっているわたしはさっさとせんべいを平らげて、ぺちゃくちゃとせわしなく話をしているから温度差はあるだろう。わたしの話に相槌を打つリンクはお弁当に箸を進める動作が鈍るのもわかる。しかし、どうも温度差がありすぎて、うんだのそうだのそれしか言葉が返ってこないリンクの様子がちょっと可笑しいと思った。いつものノリだったら「それだけ今の関係が染み込んでいるんだろうな」とか気の利いた事を言ってくれるはずの場面である。具合でも悪いんだろうかと隣に座るリンクの顔を覗き込んでみると、わたしの瞳は思い悩んだ様子を浮かべるリンクの瞳とぶつかった。

「懐かしい・・・ね。今の関係がもう当たり前だって染み込んでいるんだろうな」
「(やっぱ思った通りの言葉を言ってくれるんだ)」

わたしの思った通りの言葉が返ってきて、満足したわたしはふふふと笑って自然と笑ってしまう。しかしどんどんわたしの笑顔は消えてしまって、最終的には不安な顔へと変わってしまう。だって、わたしが同じような事を考えて笑ってしまうような場面にリンクは今もなお思いつめたような顔をさせているんだもの。何か悩みがあるのかもしれない、もしやわたしとの関係に不満でもあるのかもしれない?そんな馬鹿な。

そしてその不安とやらが、的中しちゃうなんて思うか?

「この関係が変わるって言ったらなまえはどう思う?」
「・・・変わる・・・って、」

本当に的中するとかありえない。待ってよ何?変わる?それは。今みたいに同じような事を考えるようないつもと変わらない関係が変ってしまうという事か?それは・・・どういう意味が込められているの。



・・・まさか、考えたく無いが離婚を考えているとか。

そんな、考えられないし思えない。本当にわたしに不満でもあるって言うのか。そんな素振り見た事無い。いきなりそんな話、心構えなんて出来ない。

リンクの言葉の恐ろしさに、わたしは過去同じ場所でお弁当を転がしてしまったようにカフェオレを地面にぶちまけた。

<<prev  next>>
[back]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -