最近、ボーっとしている事が多いよと同僚から言われ続けてもう何度目だ。わたしはパソコンとにらめっこをしながら、そんな事をぼんやりと考える。これがまぁボーっとしているんだという事になるのだが。ボーっとしてはいけないと思いながらも、頭が上手く回らないし働かない。パソコンの画面を見ているはずなのに、わたしの視界はぐにゃぐにゃと歪んでいる。ちゃんと視線のピントを合わせておらず、何処を見ているのかわからないと目の前のデスクに座る同僚からツッコミを頂いた。そしてその後上司から厳しいゲンコツまで頂いた。体罰が日常的ってどんな職場なの。

思い出すのは昨日のリンクとのやりとりの事ばっかりで、今もぼんやりしているわたしの主な原因だ。布団に入っても考えるのはリンクの事ばっかりで、一応睡眠を取る事は出来たけれどあまり寝付けなかった。寝不足もその原因の一つではあるけれど、眠いよりも考えるのは昨日の事ばかりだ。とっても今日会い辛いけれど、もうすぐ仕事も終わりの時間である。どんな顔をして会えばいいのやら。











「(何だかんだで家に着いてしまった)」

ゆっくりと家に帰宅しようといつもより五割減で歩いてみたけれど、ついに家にたどり着いてしまってわたしは自宅の扉に突っ立ったまま未だ中に入る事に戸惑い中だ。今日が仕事でよかったけれど、一日が過ぎるのは何と早い事か。特に今日は異常なぐらい時が過ぎるのが早く感じた。それもこれも変な考えを妄想していたリンクの責任であるけれど。まぁちゃんと説明をしなかったわたしも悪いんだけど。

今日、わたしはいつもよりも家を早く出て行った。いやいつもよりと言ってももの凄く早く家を出た。何てったって仕事場まで電車を使うのだが、始発の時間に出て行ったのだから早いなんてもんじゃない。会社がまだ開いていないというのに仕事場に行くなんて、時間の無駄遣いもいいトコだった。わたしは朝一リンクと顔を合わせても何を言えばいいのか、また昨日みたいな変な空気になるんじゃないかと恐れて早く家を出たい一心だった為に、店もろくに開店していないのに始発に飛び乗ったのである。よく眠れなかったわたしとは違ってリンクが熟睡をしているのを見計らって、だ。なので今日一日リンクと顔を合わせていない。その為今日はこの扉を開いた先で、初めてリンクと顔を合わせる事になるのだ。



「・・・ただいま」

いつもよりも控えめに帰宅を告げて、いつもよりも重たく感じる扉を静かに開いて中に入る。おかえりの声も、出迎える姿も無く静かな家の雰囲気にあれ、これってデジャヴじゃないかと思ってしまった。この静けさは、リンクがこの世界に来てからすぐに感じたあの日と同じで、コンビニに行って帰ってきた時と酷似している。しんと静まり返る家の空気に、もしやもう元の世界に帰ってしまったんじゃないかってそんな気がしてしまったあの時と、とてもよく似ている。その時はちゃんとリンクは居てくれたけれど、ダイニングの扉の向こうに、今日ばかりは人の気配を感じられなかった。別に第六感がわたしに標準装備をされている訳じゃないのだが、そんな気がしてしまった。

「・・・」

今回ばかりはわたしの勘とやらが冴えていたらしい。ダイニングへと通じる扉を開いてすぐにソファーに視線を移したが、そこには誰も居なかった。綺麗に整頓されている部屋には、いつもだったら床にわたしが仕事中に暇を潰してもらおうと散らばっていた雑誌の姿も無く、文字の勉強に置いてあった筆記用具だって・・・たまに落書きをして遊んでいたリンクの為に色鉛筆も用意してあったのだが色鉛筆は他の筆記用具の傍にも無くこつぜんと姿を消してしまっていた。何処に行ったのだろうと部屋を見渡しても、色鉛筆だけは何処にも無い。そしてその色鉛筆で色々と絵を描いていたリンクの姿も、何処にも居ない。

「(本当に、帰っちゃったのかな)」

肩に掛けていたカバンをソファーに放り込んで、わたしもゆっくりとソファーに深く腰掛ける。しんとした部屋に、わたし一人だけだと虚しく感じるのは久しぶりだ。と、感じるよりも、こんなにも静かなものだったかと思った。わたしはずっと一人で暮らしていたはずなのに、そんなのはずっとずっと前の事だったと考えらさせる程、リンクとの生活がよっぽど「当たり前だ」と考えが浸透していたようだ。そんな考えに至るまで、長い期間一緒に居たような、短かったようなよくわからない気分。これが正に、心にぽっかりと穴が空いたって言うのだろう。

突然現れたのだから、いつ突然元の世界に戻ってしまうのかといつだって考えていた。この生活に慣れ親しんでしまって、いつまた日常に戻る時が来るのだろう、別れの時もまた出会った時のように突如として訪れるものなのか。わたしに別れを言わないまま、わたしも別れを言わないまま離れ離れになってしまう可能性だってあるだろうと覚悟はしていたけれど、だからってこんなタイミングでそんなのアリ?

「別れぐらい・・・言わせてくれたって」

彼をこの世界に招き入れたのも、彼をこの世界から追放するもの全部が神様の気まぐれだったとしたら、わたしはきっと神殺しの罪を被るだろう。なんて、見た事もなければ実際そんなの居ないんじゃないかって信じられない存在に殺意を芽生えたところでふと物音が聞こえた気がした。

ヒタヒタと、裸足で床を歩く音。音がぴたりと止まればゆっくりと扉が開く。わたしの寝室へと続く扉がゆっくりと開けばその先には未だ寝巻きのままのリンクが現れた。わたしはずっとその姿だったのかと言うよりも、ああ元の世界に戻っていなかったという安心感が勝った。それは一瞬だけ。

「っ、」

わたしの中にあった考えなど、リンクの姿を見て一瞬にして消え去った。彼はわたしを見るなり走り出してそのままソファー目掛けて倒れてきたのだ。すなわちソファーに腰掛けているわたし目掛けて、なだれ込んできては意外にもがっしりしている腕で体を拘束されてしまう。俗に言う抱きついてきたというものではあるけれど、勢いが凄まじくほぼタックルで攻撃されたと言っても申し分無い勢いだった。わたしに抱きつくリンクの体は震えていて、こんな姿をしている彼を見るのは初めてでどうしていいのか、どう話しかけてあげればいいのかわからず困惑してしまう。何よりどうして抱きつかれているのかこの状況がわからない。

「なまえさん、なまえさん・・・」
「ど、どうしたの」

ずっとわたしの名前を呼び続け、ぎゅうぎゅうと腕の力を強めていく。只ならぬリンクの様子にどうしたんだとやっと口から言葉が飛び出したけれど、見上げた顔にまた言葉が喉に詰まってしまって何も言えなくなってしまう。

今にも泣き出してしまいそうな、酷い顔をさせていたから。

「今まで、何処に行っていたんですか?起きてみれば居なくなっていたし、手紙だって無かったし・・・仕事かなって思ったんですけど、昨日の事で怒ってしまったんだと思ってどうしたらいいかってずっと、悩んで、探そうかなって思ったんですけど、外に出てはいけないって言われていたから待っていたけれど、帰ってこなかったらどうしようって」
「ごめん、本当ごめん」

突き放された子どもみたいに、不安だったと漏らす言葉をただ呆然と聞いていたわたし。最初に出会った頃にわたしは反省したはずだった、世界に放り出されたリンクをもう不安にさせないと決めていたはずだったのにまたやってしまった罪悪感もある。だけどわたしはいつだって仕事があるからと、一緒に生活をしていてリンクにはわたしの生活が身に染みていたはずだったのだけれど、こんなにも不安にさせるとは思いもしなかったからだ。

わたしは感情的に機嫌の上下も激しいし、気分によっては思わぬ行動をするかもしれないと自負してはいるけれど、悪いがそこまで深く考えは纏められないのだよ。君と違って相手の考えを妄想する事も、だ。あの時のわたしの態度も言葉も覚えているでしょう?わたしはいつ、どのタイミングで嫌な顔をさせていた?ずっと驚いていただけだったし、逆にちゃんと説明をしなくて悪かったってずっと反省していたじゃないか。何故わたしがそこで怒ったと思ったの、別に怒ったつもりはわたしは無い。

「怒るなんて、無いよ。驚いたけれど、嫌じゃ・・・なかったし」

別に怒る事は無い、昨日のやりとりは怒るよりも驚きのほうが大きい。わたしの考えがリンクの事を好き故の言葉だと勝手な考えを持ってしまったから、勝手に感情を決め付けていた事にわたしが怒ったとも捉えられるかもしれないけれど。だけどわたしはリンクにそう言われて勝手に決めつけるなと思う事も無かったし、だからってリンクがわたしに好意を持っていると嫌な気持ちにならなかった。それよりも信じられなかった、ただそれだけだったから。まぁわたし自身もカッコいい姿を見てどきんとしたのを、恋したんじゃとか考えた時点で同等の罪を着ていたんだが。

それが深い意味があるのかと、信じられなくて恋愛感情ではないのだろうと頭の中で解決をしてみたけれど、もしかしたら・・・と考えるだけでまた頭の中が真っ白になっていく気がした。今現在昨日よりももっともっと近くにある顔に、昨日言われた言葉が頭の中でうるさく打ち付けては自分の中で違う、違うと言い聞かせてみるけれど。本当はどんな意味があったのかと聞きたくなってしまったけれど、わたしが居なかった事に不安になっている姿を見てそれは今言うべき事ではないだろうと自制する。






「なまえさん、昨日俺の言った言葉の意味をわかっていてそう言っていますか?」
「へ?何が」

しかし相手がそうではなかったようだ。わたしの言った事が何を表しているのか、自分自身でも言った言葉の意味がわからない。さっきわたしは何て言ったんだっけ、そうだそうだわたしは気持ちを勝手に捏造されていた事に対して怒るよりも、驚いたと。別に嫌な気分にはならなかったんだよと言ったんだ。それが何が?リンクは一体わたしの言葉をどうとらえたのだろう、逆にわたしがリンクの言葉の意味が全くわからない。

「だから、昨日の俺の言葉に対しての返事なんですよね?さっきなまえさんが言ったのは」

・・・何言っているのか全然理解出来ない。昨日の今日なのにまたかよ。

「返事?いや・・・返事って言うよりもわたしはまだ」
「大丈夫です、わかってますから!」

貴方の脳内が大変な事になっているんだってのがわからないのかとは言えない。さっきまで泣き出してしまいそうな顔をしていたはずなのに、今度は真顔になってわたしに問いかけてくるリンクに、わたしは困惑が隠せずに詰まり詰まりで言葉を返す。しかしわたしの言葉はリンクの耳に全く入らずにスルーされてしまったようで、自分の中で何かに納得したように呟き手のひらで口元を抑えて顔をどんどん赤らめていった。いやいやわたしは返事をしたんじゃなくて、あれは何て言うのかな。リンクの言葉に対してわたしが抱いた感想を述べただけなんだけど。だってわたしはリンクが一体どんな考えを持って昨日はあんな事を言ったのか、さっぱりわからないと言うのに返事も何もあったもんじゃない。何に対しての返事、何の告白に対してのお返しなんだって。

「なまえさんは俺よりもずっと大人だ。わかって言ったはずなんだ・・・」
「お願いだから話をきちんと聞こうよ」

ちゃんと言ってもらわないとわからないって言うのに、リンクは自己完結してどこか誇ったような顔をさせていた。だから何でそんな顔をするんだ、わたしの顔をよく見てみて。わたしがこんなに困った顔をしているというのに、まるで見えていない。リンクは完全に自分の世界の中に入ってしまっている。

「わかりました、なまえさん」
「え?本当にわかってくれてる?」
「はい!なまえさんの言いたい事はちゃんと理解しているつもりです!」

ぐっと両手の拳を握り締め、晴れやかな笑顔をさせてわたしの言葉に力強くリンクは頷いた。自分の世界に入っていたけれど、わたしの言葉がちゃんと聞こえていた事に安堵していいのやら。まぁそういう意味でわかったと言ってもらえたのだと、わたしはリンクの言葉を良い様に解釈する事にした。自分の為にも、これ以上頭を悩ませないで欲しいという願いもあってだ。

「困らせてしまってすいませんでした」
「(全くだよ・・・)いや、わかってくれたんだったらいいんだけど」
「これから俺、全力で挑みます!」
「はぁ?」

あれれ、すいませんとか言っておきながらわたしを困らせたいだけなんじゃないのかと、更にいい笑顔をさせてわたしをじっと見つめるリンクに対してわたしは顔を強張らせる。

「なまえさんの言葉を聞いて、決心しました!」
「んん?何それどういう意味なの?わかったってわたしの話をわかってくれたって事でいいんだよね?ねぇそうだと思っていいんだよねわたしは」
「俺もなまえさんが好きです!」

あああやっぱり人の話を聞いていない。しかもわたしの言葉がリンクに好意があると捉えられてしまったままで、勝手に事を纏め上げたリンクから告白までいただいてしまった。あの時の言葉が、やはりわたしの思い過ごしじゃないんだと本人の口から気持ちを聞いてしまった以上、もうその事実を受け入れるしか出来ないわたしは。


「人の話を聞けない人は嫌いだよ」

と言ってとにかくこの場を誤魔化す。




だけど、はっきりとしたリンクの気持ちを聞いて嫌だとは思えなかった自分も居る。自分の心がよくわからない。

文字を教えるよりも先に人の話をちゃんと聞くという事を、先に教え込んでおけばよかったとわたしは更に頭を悩ませ後悔した。


<<prev  next>>
[back]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -