「(まずいぞ、これ一体どうしたらいいの。このまままた戻していいものだろうか)」

予想外、とはまさに今この時をもってして使うべき言葉だろうとわたしは思った。手にしているそれを見て、思いもしなかった落し物を見つけて咄嗟に拾い上げて中身を見ては、わたしは光の速さでそれを袋の中へと戻す。そしてやってしまった、と後悔したところでそれはもうわたしの手中へと収められてしまっていて、さてはて困り果てたぞと思考は右往左往して解決策が見つからず。だってこんなものが落ちているなんて思わない。そもそもこれを落とした奴、今すぐわたしのこの手からひったくってほしいと切に願う。

「どーすれってのよわたしにこれを」

今現在わたしの手にある袋の中身。それを持ったまま道端で立ち尽くしているわたしはぶつくさ独り言を言い続けている立派な変質者だと思われる。しかもその袋の中身も相まって、わたしは完全に変人の道を歩もうとしているのだ。まだ誰にもその中身を知られていない為に、そんな可笑しな道へと進もうとしているのはわたしだけしか知らないものの、ううん。落ち着けるか。一体これは誰が落としていったんだ。その袋の中身を持っているであろう人物は生憎わたしの中では誰一人として当てはまりそうに無い。

律儀に中身が見えないように色がついている袋に収められていたものは、学校の教科書ぐらいの厚みだったが教科書よりもずっと軽いもので。しかしその内容たるは教科書よりもずっと重いものだった。そしてわたしみたいな女よりも、騎士学校に通う男の子だったらもしかすると教科書よりもずっと魅力的なものである。と言えばお察しのいい人ならピンとくるであろう、その中身は俗に言うエロ本というものだった。表紙だけしか見ていないがわたしでさえ持っていないセクシーな下着を纏った綺麗な女の人が、魅惑的な視線でこちらを見ているだけだったがわたしにはちょっとばかり刺激が。いや衝撃が強すぎた。この平和を象徴しているようなこのスカイロフトでこんなものが存在しているなんて、噂では聞いたことがあるもののそれが平然と道端に落ちているなんて、衝撃ったら凄まじいものだ。だってこれが落ちているって事は誰かが製作したって訳で、モデルになった人が居るって訳じゃない。誰。そんなお下品な考えしている人は。そしてそれに乗っちゃうなんて同じ女としていかがなものか。自発的に自分の肌をさらすなんぞ考えられん。

それよりもこの所在をどうするかを重視しよう。わたしがこれを持っていても何の得にもならないのは明白。・・・や、興味が無いんじゃないのだが、何が悲しくてわたしよりもずっとセクシーな人を眺めて喜べと言うのだろうか。いやいい体してるなーでへへへ、なんて・・・んんんん。恥をかいてまで抱えていても、そもそもこれがわたしにメリットをもたらすとは考えられない。

「・・・、そっか」

それなら、わたしは自分の手でデメリットをメリットに消化すればいい。急がば回れ、違う思い立ったら即行動あるのみだ。







「え、プレゼント?」

わたしがこのエロ本をどうすれば相手にもわたしにもメリットがあるのだろう、と考えながら騎士学校の校内を歩いていると、ちょうど自室へと消えていくリンクの姿が見えた。そしてわたしはひらめいて、入っていく姿を追うように走ってノックをする。誰?と扉の向こうから反応する声が聞こえてわたしだよ、と名乗ればああなまえか、いいよ入ってとわたしを快く招き入れてくれた。これプレゼントだよ受け取って、と例の紙袋をリンクに差し出す。別に誕生日でも記念日でも無いのに、わたしから突然のプレゼントを渡されて疑問に思いながらも、リンクは嬉しそうに笑ってありがとうとお礼を言った。おーおー嬉しそうに。笑うなわたし我慢しろ。

「(さてどんな反応をするのかな)」

純朴でエロから遠いような印象を受ける(わたしにはだが)リンクが、もしエロ本を目の前にしたらどんな反応をするのだろうと思ってわたしはそれをリンクに押し付ける事にしたのだ。もしリンクが興味があるんだったら相手にとっても嬉しいだろうプレゼントだろうし、わたしが待ち望んでいるような反応を見せてくれればこちらとしても得をする。と思ってわたしは置き場の無いこれを処理する為に・・・いいや違うリンクが喜ぶように。これがメインだが、わたしが楽しむが為にリンクには犠牲になってもらうのだ。これが笑いを我慢しろ、なんて出来るものか。わたしとしては表紙の女性にビックリしてその辺に転がってしまう、そんなオーバーな反応を求むわ、と期待を込めた目でリンクを見守る。きっちりとわたしが閉じた袋の口が開いて、さぁ中身を取り出そうとしたのだが。

「あれ、そう言えばさっきラスがこんな色をした袋を無くしたって騒いでいたような」

ぴたりと袋の中に手を入れた状態で、リンクは何かを思い出したように呟いた。袋の色を見て、さっき言われた言葉を反芻させて確かこんな色をさせているって言っていたはずだったなぁ・・・と思考を巡らせる。わたしは思わぬ展開にぎくっ、ヘラヘラしていた顔が凍りついてしまった。え、何そのエロ本の持ち主はラスだったのアイツそんなもの落とすなんてって考えよりも、プレゼントと偽ったものが実は他人の探し物でした。とバレるのが怖かった。まずい、非常にまずい展開になってしまった。わたしがエロ本を手に入れてしまった以上にまずい展開である。

「そそそ、そうなんだ。ラスが・・・」
「見つけたら絶対中を見るなってね。一体何が入っているのか教えてもらわなかったけど」

そりゃその中身が今の尊厳を覆すようなブツなら見るなって言うだろうよ。と思うよりもわたしはラスにとってそれは本当に大切なものなんだなと思った。だって普通だったらそんなものを落としてしまえばまた戻ってくるだろう、なんて考えられない。たとえ誰かが拾ったとしてもそれは俺のです!なんて恥ずかしくて言えないじゃないか。そもそもそれを落としました、と騒ぎを立てるなんてもっての他だ。わたしが男で同じ立場だったら知らぬの一点張りに徹するところ。

いいやそんなラスの心配よりも我が身の心配だ。バレてしまうのを防ぐに徹したほうがいいに決まっている。どうする、それがラスの落し物と知られる前に袋をまたわたしの手中に収めるべく作戦を考えろ!そうだわたし手違いだったこれはバドにあげるものでリンクには違う袋のものだったテヘ!って流れでどうにか袋を奪取するってのはどうだろう!?わたしにしてはこの短時間でよく思いつけたと思うぞ名案だ、さぁ作戦開始するべく!

「ああでもなまえがくれたものだから違うか。たまたま同じような袋だから思い出しただけ!」
「(あああああああ!)」

待て折角作戦を思い立ったってのに!中身がバレる前に強奪しようとしたわたしの手はあと一歩及ばずに袋の手前で止まった。伸ばした腕の手先に触れた袋は空っぽで軽い紙の感覚に、指先に向けていた視線はおそるおそる見上げる妖艶な女性の顔とご対面を果たす。やぁ久しぶり、なんて気安く話しかけている場合じゃない。

「・・・」
「・・・」
「・・・なまえ、これ・・・」
「・・・はは」

終わった。たった四文字の言葉が頭によぎってしまった。わたしの望んでいない展開、わたしの理想とはかけ離れた結末に、乾いた笑いしか出来ずにははははととにかく笑い続ける。ご開帳したエロ本は最早空気となってしまっていて、とにかくリンクから蔑んだ目を向けられている気がする。これがプレゼントだって?冗談だろって言われている絶対に。

「いやー・・・それは。うん。ちょっとしたジョークって言うの?ほら男の子ってそういうの興味あるじゃない思春期だったらさ、ちらっとでも見てみたいって思うんじゃないの?だからその思いを叶えようかなってささやかなサプライズってー・・・」
「いつ誰がそうしたいって言った」
「はいごめんなさいわたしが勝手にそう考えただけです見たいかなって思って押し付けただけです嫌な気持ちにさせてごめんなさい」

最悪だ。これじゃあわたしが男の子をそんな目で見ているからエロ本差し出してみた、それだけの結果にわたしにとってメリットなんて一つも残らずして終了である。いや冗談なんだよと今になっておとぼけてみせたって、何の意味もありゃしない展開にもうわたしはこの場から逃げ出したくなってしまった。何てったって、痛い。わたしを蔑むようなその視線がもの凄く痛い。男の子を、ましてわたしがリンクをそんな目で見ていたのかとご本人からお怒りの視線を大いに食らっているのだ。ああもうわたし、馬鹿な悪戯を思いついてしまった時間よ戻ってほしい、そもそもこんなのを拾わなければよかったのだと思っても、やってしまったのは仕方が無い。

「責任もってその処遇をこちらでどうにかするので返してもらっていいでしょうか」

嫌な気分にさせた元凶であるエロ本を返していただこうとずい、と手を差し出す。しかしどうだ、あれだけエロ本を否定していたはずのリンクはわたしの手と顔を見比べて、え?何で?そんな顔をしていらっしゃる。わたしとて何で?と思うのですが。だって全力でエロ本を拒絶していたじゃないの何その手の平返したような反応は。

「だってなまえがくれたんだから、返す必要がある?」
「え、ええ?だって嫌でしょそんなの貰っても」
「なまえがくれたものだったら何でも嬉し・・・あ、いや」

言葉を詰まらせ、ぼぼぼと顔を赤くして目を見開いてわたしを見るその瞳。視線が交わってすぐに気まずさにぱっと離れてしまった行動にわたしが思ったのは。

「別にそんな口実作らなくてもエロ本が欲しかったんだったら素直に言えばいいのに」
「どうしてそうなるんだよなまえは本当に馬鹿だ」

やはりいただいたエロ本に少なくとも興味はあった、と。そういう意味だろう。馬鹿はそっちだ馬鹿め。わたしがくれたものだったら云々と建前を言うよりも素直にそれを貰って嬉しかったと言えばいいだけのものである。やはり男というのはそういうものがお好みなのだろうと、結果的期待していた反応が少しだけ見えたのにわたしは満足したのだが、リンクは完全にヘソを曲げてしまったようだった。僕はそういう意味で言ったんじゃないのに、小さく訴える言葉は残念ながらわたしには聞こえなかった。振りをしてやった。じゃあどんな意味で言ったのか、何となく察したわたしはそれはわたしも同じだよ、とはきちんと言わない人には答えてなんかやらない。

だがしかしぷんすか怒るリンクを見て、まぁ今度は真面目な贈り物でもして株を上げておこうと思う。ちょっとばかり意地悪しすぎたかと罪悪感を持てるのだよ、最低な考えを持ったわたしにだって。






珍しくワンピースを着ていざロフトバードに乗ろうと飛び降りた瞬間、何故かリンクも後から飛び降りてくる。誰かが背後からやってくるとは思わなかったわたしは完全に油断してしまっていて、背後に居るリンクにわたしのパンツが丸見えになっている、と思って慌ててみれば。それよりももっと慌てているリンクが手で顔を覆ってパニックになって落ちていく。お前は何がしたかったんだ。そう思いながら見ていると颯爽とロフトバードに乗ってわたしの真横を掠めていく。その顔はとてつもなく満面な笑みをしていらっしゃった。アイツ、図っていやがった絶対。

男と言うのはやはり皆スケベなのだと、ミエミエな馬鹿正直な行動しやがってとわたしはやっぱり株なんて上げないわ。渾身の拳骨を味あわせてやる、と野心を燃やすのだった。

<<prev  next>>
[back]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -