一つ、条件があります。そう言ってあらかじめ用意したクマのキャラクターのお面を顔に装着させて、その男の腕を引くわたし。そんなわたしの頭にも、色違いのクマのキャラクターのお面をひっさげている。大の大人が二人、今時小さな子どもしかつけないであろうお面をつけて人ごみの中を掻き分けていく。完璧お祭りをエンジョイしきっている奴等だなぁと周りが笑っているけれど、ほとんどの人達は自分のお目当ての出店を楽しんでいるようでわたし達に注目している人は数少ない。

日も落ち、普段だったら暗い町並みに点々と光る小さなお店に並ぶ人々の姿はまるで今が夜じゃないと思わせるほどに活気が溢れている。この時期限定の浴衣姿に身を包みながら、時折出店の食べ物を買っては美味しく頂く。楽しそうにはしゃぎまわる子ども達は金魚すくいや射的と言った、食べ物よりも遊びに夢中になっているようでわたしも楽しそうだなぁと横目で見ていると、わたしよりもそれに興味津々にさせる、お面を完璧に装着している男が声を上げた。

「なまえ、あれやりたい」
「今混んでるじゃない」

だからそのお願いは却下します、と言いながらぐいぐい引っ張る腕の力を最大限にさせて子ども達の輪から離れていく。お面をつけたリンクからは文句が漏れていたけれど、君はそんなに楽しそうにしている子ども達の邪魔をしたいのかと言えばだんまりする。そんな様子を見ながら、やっぱり君は他人を最優先させる性格なのだと改めて感じていると、今回はすんなりと折れてくれそうにないらしい。どうも彼は金魚すくいをやりたくてたまらないようだ。

「じゃああと少し経ってから」
「金魚をすくって誰が世話するの?」
「・・・なまえが?」
「端から人任せにするならさせません」

ぴしゃりと物申したわたしは金魚すくいの出店から少し離れた場所にある、お好み焼き屋さんに立ち止まって二つ購入した。隣からはまた食べ物かよと呆れた声を頂いたが、わたしは気にせず左手にその袋を提げた。まぁ、お好み焼き好きだから歓迎するけど。と言うリンクのご機嫌な声から察するにもう金魚すくいの恨みなどは忘れ去ってしまっているようだった。単純である。わたしも人の事は言えないけれど、食べ物に勝るものはこの世の中には無いのだと大それた格言を考えるほどに切り替えの早い。お好み焼きを購入する前にはチョコバナナやりんご飴と言ったお祭り特有のスイーツだったり、焼き鳥など酒の肴にちょうどいいようなものも沢山買い込んでしまった。どうも食べ物に対しては財布の紐が緩んでしまうのは、出店の食べ物がどうも美味しそうに見えるのがいけないとわたしは思っている。祭り特有の雰囲気に、策に溺れるとはこの事。

「それで?そんなに買ってこれからどうするの?」

わたしの左手からお好み焼きが入っている袋を奪い取って、他にも買った食べ物をまとめて右手に持ちながらどうするのかと尋ねたリンクはわたしの右手を振りほどいて、お面を少しずらす。青く美しい瞳が次は?次はと完全に浮き足立っている様子をさせながらわたしを見つめるものだから、わたしはずらしたお面をまた被せにかかる。

「前が見えにくいんだけど」
「それでいいの」

ほら言わんこっちゃない、あの一瞬で素顔を見られたばっかりにちらちら、ちらちらと着飾った女の子達に見られているのをお面を被っている貴方には見えないだろうよ。それを恐れてのお面でそのお顔を封印だったのに、好奇心には敵わなかったなんてあーあーあー。全部水の泡。それだけが目的じゃなかったのに、条件を覆されてちょっとだけヤル気を無くしてしまったけれどまぁいいわ。

「これからある場所へ行こうと思って」
「どこに?」
「それはついてからのお楽しみ」

ネタばらしをしようと思ったけれど、見せたほうが手っ取り早いだろうと思ったわたしはまたリンクの手を取って歩き出す。もったいぶるわたしにリンクは何が?ねぇどこへ行こうとしているんだと言い続けているがわたしは全てスルーする。ついでにまさかホテルとかじゃないだろうな、とか雰囲気に飲まれすぎて馬鹿発言をかましていたけれどそれもスルーする。構っている暇は無いのだ、早く向かわなければ時間に間に合わなくなる。

「一つ、ヒントをあげる」
「その場所のヒント?」
「さっきの女の子達が貴方を見るよりももっと目を奪われるような光景。もう、お面外していいよ」
「・・・?え、ここ?」

わたしのお許しを得てお面を外した先にある光景。先、と言うよりもずっと目の前に広がっているその光景はさっきよりも随分と賑わいのあるものだった。出店で楽しんでいる人達よりも沢山の人がごった返しており、わたし達のすぐ隣にも男女のグループや家族連れの人達が所狭しと配置されている。溢れる人ごみの広場の真ん中にわたし達は立っていた。まさかこんなに人が多い場所に連れてこられると思わなかったであろうリンクは、わたしの顔を見て何でこの場所へ連れてきたの?と尋ねる。まぁまぁ、ここは座っている皆のようにわたし達も座ってみようよと手を引っ張ってその場へと座らせる。わたしもその隣に座り、暗い夜空へと視線を移した。わたしの行動にリンクも同じように空を見上げるが、周りが気になっているようでせわしなく周りを伺っている。だが周りの人もわたしと同じように空を見上げているものだから、きっと空に何かが現れるんだろうと思い直したのだろう。周りの様子を伺うのをやめたようだ。

「空に何が・・・ああ、もしかして」
「うん、もうすぐ花火が上がる時間・・・あ、始まった!」

座ってから程なくしてどん、と響く轟音と共に空を彩る光。弾けた光は四方へ飛び散り見事な大輪の花火が夜空を彩った。わたしもリンクも、周りの人々も美しい花火におおおーと歓声が飛び出す。スタートに大きな花火が打ちあがると、次々と花火は夜空へと上っていった。小さく可憐で、沢山の花びらを残していくようなものにベタであるがハートマークが浮かび上がるような変りダネ。子ども達にも喜んでもらおうと人気のキャラクターのものなどバラエティー豊かに夏の夜空を飾っていく。

「あれ、何だと思う?」
「金魚、かな」
「どれだけ金魚すくいに未練あるの」
「じゃあなまえは何に見えた?」
「・・・・・金魚」
「だろ?」

周りからはお魚!やリボン!等ユニークな答えが飛び交っている。わたしにはどうしても金魚に見えていたのだが、まさかリンクも同じ考えだったとは思わなくて驚いてしまった。リンクはわたしが自分と同じ考えだった事に喜んで、楽しそうに笑ってわたしを見てやっぱり後から金魚すくいやろう、とここぞとばかりに約束を交わそうと仕掛けてくる。そんな手には乗らないぞ、と思ったわたしはその手を跳ね除けてやろうと思ったのだが。わたしはそれが出来なかったのだ。

花火が上がるにつれて、空に淡い色を残して消えていくその光が、一瞬一瞬わたしを見つめるリンクの顔を照らしているから。周りの人達は花火に夢中になっているのに、わたしはどうも目の前で光に照らされているリンクに目を奪われる。花火を見なければ、折角楽しみに来たってのに楽しまなくてどうするの。そう心に言い聞かせるものの目が離せなくなるのは、柔らかく微笑んでわたしを見つめるリンクの所為よ。

「目、閉じて」
「おい、人ごみの中で何しようとしている」
「このムードに乗っかろうと思って」
「皆に見られちゃうでしょ・・・」
「大丈夫、じゃない?」

何を根拠に、続ける言葉はわたしの頬に触れる熱にほだされる。

「だって皆は、僕よりも目が奪われる光景の中に居るんだろう?」

自分で言った言葉が跳ね返ったのは、何もそんな下心を沸きたてる為に言ったものじゃなかった。だけど、そう言われてみれば大丈夫な気がしてきたなぁと思うのは、きっとこのムード満点な光景に飲まれてしまったから。最後の大きな花火の打ちあがる音に、花開く光に反射したリンクがそっと目を閉じたと同時にわたしも静かに目を閉じる。触れるだけの小さなキスをした時には、大きく打ちあがった花火は消えて無くなった。花火が終わりを告げた時に、周りから拍手が沸きあがった。まるでそれはわたし達の仲を祝福されているような気分になり、目を合わせて照れくさく笑い合う。

花火が終わり静かになった祭りを後にしようと立ち上がる。帰ろ、そう言って伸ばす手を握って歩く帰り道。見上げた空には打ちあがった花火の煙が残っているのを見て、ああもう夏も終わりなのだなとしみじみ感じた。真夏日に感じた熱帯夜よりも随分と涼しくなってきた夏の夜。

それでも変わらず、熱く感じるのはきっと傍に居る君の所為。見つめられるだけで熱く感じるのは、あの秘密のようなキスの所為だろうと考えると、まだまだわたしも青いものだと感じるのだった。







しかし公共の場所での思い切った行動に、やはりお灸を据えてやろうと帰り道で下駄を履く素足を踏みつけてやる。本当だったら花火を見ながらお好み焼きを食べようと思ったのに、計画が台無しになった報いの意味もありったけこめて。

痛がって飛び上がるリンクの手にぶら下がる、晴れて家族となった金魚が袋の中でぴちゃりと跳ね上がった。

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