「いいから観念して捕まって下さい」
「だから誤解だって!」

ぎゃあぎゃあと城下町で言い争う男女の声に町の人も興味本位でざわついて見物をしている。しかし当の本人達はそんなの知っているのか知らないのか、気にせずに相手の言葉に違う、違わないの攻防戦を延々と繰り広げていた。女の方は怒りが溢れて止まらないのかさっきまで顔を真っ赤にさせて怒り狂っていたけれど、今じゃ冷静さを取り戻してずっとさっさと捕まってしまえと言い続けている。対する男の方は最初と同じでずっと誤解だ、捕まるなんて冗談じゃないと冤罪を求めている。

これは町の女の子が遊んでいた際にボールを木の上に引っ掛けてしまった為に起きた珍事件。ボールが取れなくてベソをかいて、どうしようと泣いている所を今現在焦り顔の男が通りかかったのだ。泣きじゃくる子どもを助けようとしただけの男に襲った不運、自分には災難だったなと同情しか出来ない。

男の顔を見て、どこかで見たような風貌をさせているなと思って頭の中にある記憶を辿ってみると、なるほど相手の男に見覚えがあると思った。その男は今この城下町でも噂になっている男であって、この城下町にあるテルマの酒場によく立ち寄っている旅の剣士だった。城の兵士も噂をしていたのを聞いた事がある。何でも病に倒れてしまったゾーラ族の子を助ける為にテルマとイリアという女の子の護衛を買って出た、と言っていたはずだ。魔物が蔓延る平原をカカリコ村まで護衛をしっかりして、そのゾーラ族の子は一命を取り留められたんだとこの前テルマが酒場で話していたのを聞いた事がある。魔物を一掃するなんて、一体どんな巨漢だと思っていたけれど実際はパッと見優男のように自分には見えた。ただその瞳だけは、少し鋭さがあるようにも見える。

その男を罵倒し続けている女は、この城下町に住まうなまえで自分の家の傍に住んでいる、所詮幼馴染であった。町中で誰が喧嘩をしているんだろうと人々の壁をかき分けてみれば知った顔があってぎょっとした。女は比較的物静かな性格で、母親の手伝いをよくしている柔らかな物腰をさせている印象ばっかり見ていたからか、あんなに怒りを爆発している姿を見るのは、幼馴染の自分でも初めてみる光景だったからかもしれない。一体何に対して怒り散らしているんだろうと思った自分は、近くに居た人に訳を尋ねてみると男が可哀想としか思えなかった。

「だから俺はあのボールを取ろうとして!」
「そんなの知らない、どうあれ貴方はわたしのスカートを捲ったじゃない!」
「あれは思わぬ事故だって!故意にする訳ないだろ!」

お願いだからそんな大声でスカートをなんて言わないでくれよと、男の懇願が広場に響き渡った。周りに居る男達は誤解を貫く男に、「必死にもなるわな・・・」と自分がその立場になったら同じようにするだろうと、男の気持ちに賛成をしている。しかし女の気持ちに賛同している女達は「いやあねぇ、スカート捲りなんて」等言っている。そう言っている女達は今しがたこの人ごみの中へと興味本位で入り込んで、女・・・もといなまえの意見を鵜呑みにした為だった。

目撃者の言葉によれば、これは男の言う通り思わぬ事故だったらしい。男は子どものボールを拾ってあげようと、木に登ろうとしたけれど凹凸の少ないその樹に足を引っ掛ける部分が無いと判断した男は、別の方法でボールを取ろうとしたそうだ。その方法が不思議なもので、一見子どもが遊ぶオモチャのようなブーメランを手にした瞬間、まるで風の精霊が乗り移ったように突風が舞ったらしい。そしてそのブーメランから放たれる風で、ボールを掬い上げてやろうとしたとの事。自分にはそんな芸当が出来るものか、いささか信じがたいけれど風が起きたのはなまえの訴えから否応にも信じざるを得なかった。そうこれは、ボールを掬おうとした際に発した風によって通りかかったなまえのスカートの裾をも掬ってしまったからだ。

広場に集まった人達は、この事実を広めていくと男の無罪に納得をする。あーあ、だったら許してあげればいいのにとなまえに対してもう勘弁してあげなよと言葉を持ちかける人も居るけれど、激高したなまえはそれを全て却下する。まぁ、やられた身としては事故で済まされるのは負に落ちないと思うのはごく当たり前だと思うけれど。困り果てて可哀想なぐらいに落ち込んでいる男の顔を見ていると、外野が一番どうしたもんかと悩むって思わないのだろうか。

「事故だろうが何だろうが、わたしのパンツを見たのに変わりない」

そんな威張って罪を認めさせようとするのも必死すぎるんじゃなかろうか。たとえ事故でもわたしの下着を見たもうそれだけで有罪を決め付けるなまえは、普段の温厚な顔と違いすぎて別人に見えてしまった。きっと本人もどう収拾をつけていいのかわからなくなってしまったのだろう。さぁこの男を兵士にでも連行してやろうと、なまえは何処かに兵士が居ないか辺りを見やっているが、さっきよりもずっと少なくなってしまった見物人の大半が暇を持て余しているような子どもばっかりだった。見物人の中には、剣士である男のファンも居るようで「あの人にだったら見られてもいいやー」なんて、随分とませた言葉を言っていたのには耳を疑ってしまった。下着を見られてもいいなんて、さすがは子どもの思考だと思う。自分だったらそんなの絶対口走れないだろう、あっけらかんとした態度でそう言う子どもを露出魔を見るような目で、見てしまってはたと気付いた。

なまえ#と男の姿が消えていた。事態が変わったのに気付いた自分は一体何処へ行ったんだろうと辺りを探してみると、ちょうど下着を見せても云々漏らしていた子どもが走り出す。視線でその子どもの後を追ってみるとなるほど子どもはなまえと男の後を追いかけていた。兵士が居なければ自分から赴いて相手を捕まえてもらおうと、男の腕を無理矢理引っ張っている必死な姿に、男は抵抗をしようとしているけれど大人しく連行されている様にも見える。

「さぁ罪を償ってちょうだい」
「だからもう・・・はぁ、兵士が結論を出してもらえば納得してくれるんだろう?」
「ええ、わかってもらえるなら」

何を言っても聞く耳を持たずななまえに男はされるがままになっていた。自分は無実を言い張っても、なまえが認めないのならもう他人に判断して納得してもらおうと、男は兵士に全ての結論を委ねて大人しく連行されていってしまった。男は利口である。と自分はそう思った。この言い争いが何を理由に起きたのも、結局は誤解だったというのをついさっきまで城の兵士も見物していたのをわかっている為に、自分が何を言っても信じてもらえないなら無実を証明出来る兵士に全部任せてしまえと、更に言うと今城は厳重に警戒態勢に入っていて、町の人の戯言に肩を入れる余裕が無いのだ。きっとそれも男は理解をしているんだろうと、男の言葉から見受けられた。それで兵士に話をしてもらえばきっとなまえは納得するのだろうと、ちゃんと計算もしているようだった。ははぁ、頭の回転もいいという訳だろう、さすが剣士は死闘を繰り返した為に経験の場数も違えば、度胸も据わっていると言うべきか。

「絶対に無実だってわかってもらえる」
「さぁ、それはどうでしょうね?」

自信満々に答える男に対してなまえもまた自信満々だ。だが残念な事になまえの自信は後に無意味なものになると知ってしまうのだけれど。自分は兵士が男に対して無実を言い渡した時に、なまえがどんな反応をさせるのか気になり、城まで二人の後を着いて行く事にした。男の勝訴が確定している中、さぁどうなるこの展開はとワクワクさせて。




「あーさっきのね、その人はボールを掬おうとしただけなんだろう?他の人も見ていたんだ、その人は悪くない」
「でも見たのに変らない!」
「あーもー痴話喧嘩はあっちでやってくれ、こっちはそれどころじゃないんだよ」

ああやっと二人に追いついたと思っているとバタン、と大きな音を立てて城まで続く扉が閉じられ追いかけていた二人は門前払いを食らっていた。自分の言っていた事が全部否定されてしまい、あまつさえそんなくだらない喧嘩を城にまで持ち込むな(と強くは言われていないけれど、意味合いはそんなところだろう)と言われてしまったなまえは哀愁を漂わせながら閉じられた扉を見つめている。何だかとても不憫に感じてしまって自分はなまえに話しかけてあげたほうがいいのかな、と思ったけれど顔も知らない剣士が傍に居る手前に、完全部外者な自分はその中に入れない。

「・・・納得してもらえた?」

静まり返った通路に男の声が響く。兵士に突き放された事によって放心するなまえに、これでもう自分が疑われる要素は無いだろうと、答えを求めている。二人は後姿でどんな顔をさせているのか、こちらからでは確認が出来ていないけれど、きっと男は困ったように笑っているんだと思った。自分としては兵士だって男は悪くないと言ったのだからいい加減、許してあげればいいのにと思ったのだがなまえはやっぱり納得出来ないようで、逆に自分の話も聞いてもらえない事にとうとう、怒りが限界に達してしまったようである。

「いーえ!兵士が無実って言ってもわたしは納得出来ません!」
「は、だってさっき納得するって!」
「貴方ねぇ、今回の出来事に味をしめてこれからも誰かを助けるって口実に同じ事をするかもしれないでしょ!これだっから男ってのは!」

何だか訳わからない言いがかりに、支離滅裂な事を口走って男に詰め寄りなまえはまたぎゃいぎゃい騒いでいる。しかし顔はさっきまで怒り狂っていたけれど、自分の訴えは負けてしまったからか覇気が無いというか、収拾つけられない気持ちになるようになれ精神でなのか、困ったようにも見える。さっきまでの威勢は一体・・・素直にごめんなさいって謝ればいいのに、逆に男が逆上しないか心配になってしまう。だって男の立場からしてみれば無実は明白なのに絶対そうしたでしょと言われ、ちゃんと第三者から違うってきっぱりと言われたのにこの仕打ちをするんだから。しかも男だからって、挽回しようにも出来ない言いがかりまでされちゃあ。自分だったら「んだとこの野郎」とか売られた喧嘩をあっさりと買うと思う。大丈夫か、その背中にある剣でなまえを脅すとかしないだろうか。

「男だったら・・・ね、俺だけかもしれないけれど俺だったら、正々堂々とやるけど」

ややあって、男は喧嘩を買う以上にとぼけた事を言い出した。その発言気持ち悪いぞ。キモいぞ男よ、正々堂々スカートをめくるってそんなの威張って言う事じゃない。何そのドヤ顔は。いやこれはあれだ、あんな不慮の事故を起こしてまでスカートめくりをするんじゃないって、遠まわしに説明しているだけなんだきっと。だがおい、だけどちょっと。その変態発言には目があまると思われる。顔に似合わず俺変態ですと発言した男に自分は完全にドン引きしていたが、なまえはそうじゃなかったらしい。なまえは男の発言に広場に居る鳩のような顔をさせた後に、ぷっと楽しそうに笑い出した。

「あはは、潔い。そういう人嫌いじゃないよ」

それで納得しちゃうなまえもなまえで可笑しいだろ。と自分は思ったけれど、そうだなまえは自分みたいにうだうだしている人間よりも、我が道を行く人間のがタイプなんだって前に言われたのを思い出す。うじうじしているよりも、きっぱりと物事を言う人との関わりのがわかりやすいと。以前に言われたのだ、なまえに。自分がなまえの好きなタイプとは逆の人間だから、はっきりと言ってくれたほうが楽だと。だから言った言葉が変態発言であっても、ストレートに思っている事を言われてなまえは納得したんだろう。いや納得していいものなの?それがなまえにとって納得できるような結論だったのなら、これにて一件落着でこちらとしてもまぁ。いい終わり方って思ってしまうけれど。

「だから今回の出来事は俺の意志じゃないってわかってもらえる?」
「うん、ごめんね」

いいよそれでなまえの怒りが収まるんだったら自分はもうこれが結果でいいって自分に言い聞かせる。本当は違う展開とか起きれば面白いと思ったけれど、独創的な意思を持っている二人は案外、気が合うのかもしれないなぁと外野の自分は瞬時にそう思った。





本当に気の合った二人が肩を並べて楽しそうに笑って歩いているのを見た時、自分も男のように正直になまえに思っている事を伝えられたら。あんな風になれるのかなと考えてしまった。なまえと、もっと色々話をしてみたいなってあの一件を見てから自分はそう考えるようになってしまった。

幼馴染だけじゃなくて、その男との仲を教えてくれるような親友になれるといいなぁ。


(第三者からの視点で。幼馴染の第三者は男でも女でも当てはめられるように一人称は自分になっています)

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