一日中屋根を打ち付ける鬱陶しい雨音に、ジメジメ陰湿な空気に張り付くような湿度。数日前まで空を照らしていた太陽はここ数日お休みしていて人間の連休よりも遅い長期休みに入ってしまったようだった。五月お前達が娯楽で楽しんでいた間に、自分は頑張っていい天気を確保してやったんだから六月ぐらい休ませろ気が滅入ったんだ、と言わんばかりに休暇に入ってしまった太陽の姿をここ最近見かけていない。更に言うと月の姿まで見えないここ毎日はどんよりとした雨雲を見ているだけの生活で、気が滅入りたいのはこちらのほうだ、と厚い雲に覆われた先にある太陽に訴えたかったもののわたしの抗議の声が入り込む隙間なんてどこにもない。

外はどしゃぶりの雨、時折雨足が衰えようともとにかく止まる事なくひたすら振り続ける天の恵みはこれほど沢山降られると害にしか思えなくなる程にとんでもない量の降水量。びしゃびしゃに濡れた地面を歩きたいとも思えずに、わたしは梅雨時である時期は決まって家でじっとしている。雨の日は本当に憂鬱だ、雨に濡れるのが嫌って訳じゃない。冷たい水と熱い水じゃ感覚が違えどわたしはお風呂は大好きな性質である。濡れるのは別に構いはしない、それに雨の中をお散歩をしてみると意外な発見が見え隠れしていて楽しめるのも事実。だがこの季節だけは、この季節だけはどうしてもわたしにとって憂鬱だ。

ずず、入れたてのコーヒーを優雅にすすりながら本を見ようとテーブルに置いてある小説に手を伸ばした。静かな家の中、わたしが動いた時に発した椅子の音だけが聞こえる中でわたしの耳に小さな足音が聞こえてくる。ぴちゃぴちゃと水溜りを踏む音はどんどんわたしに近づいてくるな、あ、今じゃぶ!って凄い音が聞こえた。音から察するによっぽど大きな水溜りにハマってしまったんだなと考察しているとノックも無しに玄関の扉がバン!と開いた。

「おはようなまえ」
「・・・おはよう、今日も元気ね」

どうしたらその元気さを保てるんだろうと今日は特別強くそう感じながら、扉に立ってはきはきした声で挨拶をするリンクに対して、わたしは元気が一ミリも感じられない挨拶を返す。憂鬱な気分もあるものの、外からやってきたリンクの姿を見て余計に元気さなんて一気に萎えてしまったのだ。びっちゃびちゃに濡れたままで、しとしと雫を散らしながらズカズカと家に入ってくる。家の中が水浸しになろうとも我関せず。今に始まった訳じゃない傍若無人振りに、取り合えず傍にあったタオルを投げつけて遠まわしにその体を拭きなさいよと訴える。ついでにその床に散らした水も綺麗さっぱり拭き取れ、って意味もあったがそこはきちんと聞き入れてくれていないようだった。にしたって、このどしゃ降りの中傘も差さずして外を出歩くなんて子どもですら戸惑うであろう降水量なんてなんのそので、身一つで出歩く馬鹿は居ないだろう。そう思っていたのにわたしの中の常識は覆された、この目の前の男によって。

「何で傘を使わない」
「だってなまえの家隣じゃん」
「隣にしたって濡れるぐらいわかるでしょこの雨の量は。ねぇ見えてる貴方の足元に落ちている雨が全部を物語っているって」

隣から隣の家に来るぐらいだったら、そりゃあ通常の雨だったら傘を差さなくても大丈夫だろうと考える時もある。しかし今日は例外だ、こんなんだったらいっそ水の中に入ってしまったほうがすっきりするだろうってぐらいにザーザー降っている雨が、こやつには見えていないのだろうか。わたしだったら、いやリンク以外の人だったら絶対傘必須だって断言出来る雨の量なのにあえて傘を選ばないのは・・・馬鹿がする事なんじゃないかと。そうかリンクはお馬鹿なんだとわたしは思い直して、いいから早く雨を拭えとタオルを手にしたまま突っ立っているリンクを急かす。

「これ以上家を汚さないで。水滴垂れないぐらいにきっちりと拭いてよね」
「・・・ぷくく・・・」
「何、人の顔見て笑って失礼」

笑ってないで今もボタボタ落ちている雨水を早く拭き取れよ。じれったいなぁと考えているとリンクはぼけーっとわたしの顔を見て突然笑い出した。何人見て笑って、失礼ってか無礼だわ。いきなり家に来たと思ったら笑い出すって何なの馬鹿にしに来たんですか、わたしが冷めた目で見ているのに気付いていないのか仕舞いには人を指指してゲラゲラ笑い出した。何じゃこいつ。

「なまえ、髪型変えたの?」
「・・・!!」

指摘された言葉にはぁ?何言ってんの別に髪なんて切ってないし何もしていないんだけどと抗議しようとした言葉は、わたしの口から放たれずに空気となって出て行く。代わりにわたしの脳裏に浮かんだのは、今日もわたしは家の外に出ないと決めた手前髪型をいじっていない事であり、だから何もしていないんだけどと言おうとしたが、それがどんな髪型をしているのかを思い出すきっかけになる。髪をきちんと梳かしていない、いいやそれだけじゃなくて。

「髪、クルクルしてる」
「うううううるさい!だって誰か来るなんて思わなかったから!」
「なまえはクセ毛だからこの時期は大変そうだね」
「わかってるんなら笑うなホントデリカシーなさすぎ恥かかせないで!」

咄嗟に傍にあったもう一つのタオルを被ってその場を凌ごうとしたが、見られてしまってからじゃ遅すぎる。被ったタオルからぴょこっと飛び出た毛先を必死にタオルに押し込んでいると、小声で無駄な努力。と暴言を言われてしまった。本気人の気持ちわかってくれない空気読んでくれない腹立つ。苛立って深くタオルを被りなおした。

わたしはとにかくクセが強い髪質で、水滴を含めば髪はリンクの言うようにクルクルしてしまう。更にこのジメジメした季節では毛先が踊るだけではなくてぶわわわ、広がっていつもよりも頭が大きく見えるぐらいに膨張してしまうのだ。それが室内であろうとも、外が水で支配されている空気が隙間から家の中に入り込んでわたしの髪を暴走させる。特にわたしの髪は一般的な人よりも湿度に過敏に反応してしまうようで、だから一層この季節が嫌な理由でもある。きちんとセットしたって今日みたいにセットしなくたって一時間もしないでこの有様だ。

対するリンクは雨にぐっしょり濡れていつもよりも髪がぺったんこになっているが、わたしと違って水分を含もうが広がる気配は見受けられず。それは今日に始まった事ではなくて、いつも思うがリンクはわたしとは違って髪質が硬いのかどんなにずぶ濡れになろうとも髪がくるんとなったのを見た事が無い。一度セットするときちんとその髪型を維持出来ているのは、その前髪のきっちりとした分け目がいい証拠。濡れようが形状記憶。何て羨ましいんだ、と最初の頃は思ったのだが。

「でもリンクは寝癖つくとなかなか直らないんだものね」
「なまえだってデリカシーないじゃないか」
「おあいこじゃない?」

わたしの髪質とは別の意味でリンクは頑固な髪質のようで、盛大な寝癖がついてしまうとなかなか直らないというのを知っているわたしはお返しに、と嫌味を言うとリンクは少しむっとした顔をした。いやいや先に笑い出したのはどっちだよ、と思ったわたしはさっきの仕返しと言わんばかりに指をさしてゲラゲラ笑ってみせた。どうださっきのわたしの嫌な気分を味わって、少しは反省したらどう?

「ぶはっ!見えてる見えてる」
「あははははぁぁぁぁ!?しまった!」

高らかに笑ってみせるとわたしの頭からタオルがはらり落ちる。きゃー見ないで!なんて恥ずかしがるタオルすとんなシチュエーションとは違ってぎゃぁぁぁ見るな!と本気全開で嫌がる叫び声を上げながら慌てて手で頭を覆う。だがわたしの手じゃ頭を隠しきれるはずも無く、このグルグルになってしまった髪をまとめるのは到底無謀。おそるおそる手をどけてみると、びよよよん。四方八方に髪は飛んでいく。・・・もう嫌。何でこんな髪に生まれたんだろうと嘆きたくもなる。

「はっは・・・ごめんごめん、ちょっと笑いすぎた」
「笑いすぎたどころじゃないわ。悪意ありすぎる」
「いや別にそんなつもりじゃなかったんだけど?」
「嘘つけそんなつもりで笑いやがったのなんてミエミエなんだっつーの」

ごめんって言うぐらいならその馬鹿にしたように笑う顔を隠してから物を言え。全然人の気持ちを逆撫でしたのに対して反省の色もさせず、しかも反省している振りをして今もなお笑い続けているリンクを見てわたしは完全にヘソを曲げた。そうかそうかそんなにわたしのこの毛先クルクルさせながら大爆発を起こしている髪が可笑しいか、だったらわたしだって。

がたん

「見てなさい!」
「なまえ?」

椅子から立ち上がってリンクの隣をすり抜けて、わたしは玄関へと歩いていった。行儀悪く足で扉を蹴破って、開け放たれた外を見ると窓から見ていた以上に雨の量は凄かった。早い雨の残像に、その中に飛び込んでしまえばきっと目なんて開いていられないと思う程にまさに「落ちる」と言う言葉が似合う水の塊が強く地面を打ち付けている。そんな中にわたしは、飛び出していった。

「何してんの」
「そんなにわたしの髪が面白いんでしょう?だったら雨に濡れてぺったんこにすれば笑われないだろうと思って」

かなりぶっ飛んでいる考えに、どうしょうもないなと思ったのはわたしだけじゃなくてリンクも同じだったようで、呆れた顔をしながらわたしを見る。ため息もオプションにつけられた。

「馬鹿だなぁ・・・そんなの風邪を引くだけだろ、・・・」

段々と濡れて重くなる服に、どの場所よりも先に雨が当たる頭に降り注ぐ水はわたしの中へと吸収される。滴る水が、絶え間なくわたしの頬を伝っていった。目は思った通りに雨が強すぎて、開けない為ずっと瞑ったまま。わたしの体に流れる水の温度だけが伝わっていって、まるでプールの中に飛び込んだような感覚だ。ほわほわしていた髪も、段々重みを増していって毛先は重力に従うように地面へと向かう。そろそろいい具合だろう、体中濡らしてしまったがあの爆発ヘアーはきっとぐっしょり濡れておさまってくれていると確信したわたしは冷たくなってしまった腕で目元を拭いて、ぱたぱた家の中へと入る。

リンクの事を言えないぐらいに玄関をびしゃびしゃに濡らして、滴る水を最小限にするべく払いのけて髪を整える。たっぷりと水を含んだ髪はさっきまでのクルクルさせた毛先とは違って素直で真っ直ぐと伸びている。どうだわたしだって本来クセ毛じゃなかったらこんな髪型になるんだぞと、得意げな顔をさせながら「どう変わったでしょ」とリンクに言ってみせた。

「わたしだってクセが無かったらこんな風に真っ直ぐで綺麗な・・・」
「うん、とても綺麗だった」
「・・・うん?」

タオルが頭に乗せられて、やわやわと髪を拭きながら意外な甘い言葉にわたしは目を丸くさせた。優しく髪を撫でるリンクは驚いたわたしとは違って、小さく瞳を細めて微笑んでいる。自分で言うのも何だが沢山の水分が含んだ髪はしっとりしていて、艶めいているようにも見える。まさにわたしの理想であるツヤツヤストレートの髪、ザ・女の子ヘアーだと思っている髪質が今わたしの髪にて現実になっているのだ。だからケラケラ人を指さして笑っていたリンクでさえ、その王道のヘアスタイルにくらっとしちゃったんだろうそうに決まっていると決め付けたわたしは、自分がちゃんとした女の子になっている気分になって自信満々な態度になっていく。

「やっぱりこういう真っ直ぐの髪のが女の子らしく見える?くらっとしちゃった?」
「そうじゃない」
「はぁ・・・?」

思った答えと違います。くらっとしているは大げさだったと思うがまさかわたしの髪型が変わった事に対しても全否定しやがった。ずぶ濡れになって笑われた髪を変えても、何とも思われなかったのが本気腹が立つ。少しは何か気の利いた言葉ぐらい言えないのか、ぶーぶー内心文句を言うわたしに対してなお微笑み続けるリンクにじゃあどう思うこの髪はと、言葉を続けようとしたが。

「服、透けてるけどそれ見せてるつもり?」
「げげ!早くそれを言え!」

頭に乗せられたタオルをふんだくって、体に巻きつける。どうやら髪にくらっときたんじゃなくてわたしのこの透けている服にくらっときたようだった(いやくらっとしていないかもしれないが)本当、男ってやつは。もう見すぎだからちょっとどっか見ていて、今すぐ着替えてくるからこっち見るんじゃないわよ!捨て台詞を吐いて逃げ出すわたしを、リンクはさっきと変わらず微笑みながら見つめている。

「雨が天の恵みだって言われるのがようやくわかった気がするよ」
「はぁ?意味不明な事言ってないで後ろ見ろったら!」

馬鹿な事言ってどさくさに紛れて見ているんじゃない!叫ぶわたしの目には、何故か頬を染めて視線を反らす彼の姿が目に入った。








瞬きする瞬間も与えずに、天の恵みを受けて美しく変わる姿がまるで花みたいに見えて綺麗だって思ったなんて。そんなの言えなくて服が透けてるなんてずれた発言をしてしまったけど。


濡れた髪が張り付く肌の色気、体のラインがはっきり見れる服が。

いつもと違うなまえに、正直くらっとしちゃいました。これでも男ですから。

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